届いた祈り
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
呼吸を整えようとすればするほど乱れていった。
立ち上がろうとしても四つん這いになるのが精一杯だった。
もうまともに戦闘なぞできる状態ではない。
トモルの体力も精神力も大きく消耗する新必殺技はまさに最後の切り札だった。
だが、それだけの価値があった。
「や……やった……!」
会心の一撃、トモルは勝利を確信する。仲間たちから託された願いを見事成就できたと喜びに震える……。
「いいや……まだ終わってない……!」
「!!?」
ガァン!!
「――がはっ!!?」
視線が突然、何かに塞がれたと思ったら、頭が跳ね上がり、勢いそのままに先ほどの技の余波で更に熱を帯びた岩盤の上をゴロゴロと転がった。
「ま、まさか……!?」
「そのまさかだよ……!こんな様だがな……!!」
信じたくはなかったが、顔を上げるとそこに“彼”はいた。ドラグゼオをおもいっきり蹴り上げても、まだ怒りが収まっていないタリク・ウシャマールの変わり果てた姿が。
美しい彫刻のような姿は焼け爛れ、いつも余裕を崩さなかった涼やかな顔はおどろおどろしい怪物のように成り果てていた。
しかし、きっとその姿こそがタリクの醜悪な精神性を表現した本来あるべき姿なのだろう……。
「あれだけの熱と炎を受けてどうやって……?」
「本当にギリギリだった……お前の攻撃の火力があとわずかに高かったら、俺の炎の耐性が低かったら、判断が少しでも遅れていたら……俺は今この世にはいないだろうな……!」
「判断……?」
「迫り来る桃色の炎の壁を見て、細かく分裂したら、あっさりと焼却されてしまうと感じた……だから、俺はむしろ自分の身体をより固く結合させ、防御に徹した!炎使いとして、炎に焼かれ死ぬことなどないと信じてな!!」
タリクは両腕を広げ、究極の賭けに勝った喜びをこれ見よがしに表現した。彼にとっての歓喜はトモルにとっての絶望だということがわかっているからだ。
「そうですか……参ったな……」
だが、トモルは絶望に打ちひしがれ取り乱すようなことはなかった。彼は覚悟していたのだ、ドラゴニック・ブレイズパニッシュメントを放てば、結果はどうあれ自分の戦いは終わることを。
その飄々とした態度がタリクの怒りの炎に油を注いだ。
「達観してんじゃねぇよ!!」
ガァン!!
「――がっ!?」
再び顔面を蹴り上げられ、桃色の破片を撒き散らしながら、ドラグゼオは二回三回と転がった。
「やるだけやったから満足か?もう十分やったから、自分を褒めてやりたいか?そんな清々しい気持ちで逝かせてはやらんぞ!!」
ゴォン!
「――ぐはっ!?」
タリクはずかずかと興奮した様子でドラグゼオに近づくと、仰向けになった竜の腹を踏みつけた。
「もう見逃しはしない……!そもそも先の戦いでお前を倒していればこんなことには……!あの時、竜の一族だと気づいていれば……!!」
「竜の……だって……!?」
「炎に焼かれながら思い出したよ、貴様に感じていた既視感の正体に……お前は我が父を殺し、我ら兄弟を封印する術を家畜どもに与えた銀の竜の同胞だな!!」
ガンガンガンガンガンガンガァン!!
「――ぐあっ!!」
怒りに身を任せ、ひたすらにスタンピング!ドラグゼオの装甲が桃色の鱗のように細かくなって、剥がれ落ちていく。
「まさかこの時代にも“巨竜大戦”の英雄の血筋が生き残っているとは……そうだ……!」
「何……を!?」
タリクは突然足を止めたと思ったら、ドラグゼオの首根っこを掴み、この戦いの唯一の観客であるスルトに向けて掲げた。
「わかるか巨人よ!お前の命を奪った竜の末裔だ!俺がこいつを始末してやる!お前の気が少しでも晴れるように、最大限むごたらしくな!だから俺に手を貸せ!一緒に家畜どもを焼き殺そうぞ!お前の骸をそんな風に辱しめた人間どもに恨みをぶつけてやろう!!」
タリクの残虐な提案、炎の巨神スルトの答えは……。
…………………………
沈黙だった。巨神は悪魔のような誘いをガン無視した。
「ちっ!やはりか……!!」
ブゥン!
「――ぐあっ!?」
交渉が決裂したことに八つ当たりするようにタリクはドラグゼオをぶっきらぼうに投げ捨てた。竜はもう何回転がったかもわからない岩盤の上を再びバウンドする。
「やはり巨人の魂はすでになく、代わりに制御装置という名目で生け贄の魂を封じ込めているのか……!家畜め……酷いことを……!」
「なんだかよくわからないんですが……スルトにフラれたんなら、諦めて大人しく隠居したらいいんじゃないですか……?」
「ふん!魂を入れ替える術があるなら、俺も巨人の器に都合よく動かせる魂を取り込ませればいいだけ」
「そんなことが……!?」
「方法は俺もまだ把握していないが、時間はたっぷりある……お前を殺した後にゆっくり腰を据えて考えるさ」
タリクは両手のひらを這いつくばっているドラグゼオに向けた。
「お前はよくやった……この俺をここまで追い詰めるなんて兄弟たち以外にいないと思っていた。ウシャマールと並んだことを誇りに……死ぬがいい!!」
両手のひらに真紅の炎の塊が出現すると、どんどん大きくなっていく。ちょうどそれがタリクの全身を隠すほどの大きさになった、その時!
「ウシャマール獄炎」
ボシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
「あぁ……」
それは満身創痍の竜に向かって容赦なく放たれた!視界一面を“赤”に染め上げられ、トモルは自身の終わりを確信した。
(タリクの言う通り、ぼくにしてはよくやったかな。残ったみんなには悪いけど、ここで退場だね。封印を解いてしまった責任を取れなかったのは心残りだけど……いや、そもそも先人たちがきっちり奴を倒していれば……って、今更か。やるだけやって、なるようにならなかったなら、仕方ない……人生とはそういうものさ。きっと父さんも褒めてくれる……)
ボシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!
桃色の竜を真紅の炎が飲み込んだ!熱風が吹き荒れ、それに頬を撫でられながらタリクは腕を下ろした。
「最初から、初めて会った時にこうしていれば……くそ!!」
後悔先に立たずという言葉を痛いほど実感していた。だが、だからこそタリクは同じミスを二度と犯さないだろう。次に同じように、それなりの実力者に遭遇したら、躊躇も容赦もなく全力で屠ることであろう。
次があったら……。
「………ん?」
異変に気付く。渾身の力で放った真紅の炎がみるみる小さくなっているのだ。
「どういうことだ?俺の炎がそう簡単に消えるはずで………は!!?」
炎は小さくなるどころか完全に消失する。
そして現れたのは、ドラグゼオを守るように囲む三つの光の柱だ。
「………なんだそれは?」
「そんなこと……ぼくが知るわけないでしょ……」
質問されたところでトモルが答えられるわけない。彼にとっても、これは想定外。
トモル・ラブザは死ぬ気満々だったのだから……。
「これは一体……」
(立て、選ばれし勇者よ)
「――!?なんだ!?誰だ!?」
ドラグゼオは突如として頭に響いた声の主を探して、キョロキョロと視線を動かした。
タリクはその理解不能な奇妙な動きに首を小さく傾げる。
「ここには俺とお前しかいないだろうが。気でも狂ったか?」
「えっ?ぼくにしか聞こえていない……?」
(そうだ)
(我らの声は……)
(試練を乗り越えし者にしか聞こえない)
「試練……ぼくはそんなもの受けてなんて……」
(いいや、お前は立派に乗り越えた)
(思い出せ、お前が追い求めていたものを……)
「追い求めて……まさか!?」
瞬間、トモルの頭の中で鮮明に甦った……仲間とともにウレウディオスの依頼を達成するために、必死に駆け抜けた日々が。
その苦しくも充実感のある記憶がトモルに、ドラグゼオに微かだが、確かな力を与える。
「そうだ……大変だったけど、今までもなるようになってきたじゃないか……生きている限り終わりじゃない……今回だって!!」
(それでいい、勇者よ。まだ眠るには早すぎる)
「ぐうぅ……!!」
膝に手をつきながらも、ドラグゼオは再び二本の足で立ち上がった。頭に響く声に命じられたからではない、トモルの心の炎が再び燃え始めたからだ。
そしてまた頭に声が響き、トモルはそれに応えた。
(我らの祈りを受け取るために……)
(その名を叫べ)
「リーヨのマント!ハーヤの剣!ベケの盾!」
カッ!!
「――何!?」
「うおっ!?」
光の柱が弾けると、そこにはトモル達が必死こいて集めた古びた遺物が浮いていた!
それがドラグゼオの周りをぐるぐると回ったかと思うと、どんどんとその姿を真新しくきらびやかな装飾の施されたものへと変化させ、マントは背中に、剣は右手、盾は左手に勝手に装着される。
雄々しくマントを靡かせ、煌めく剣を握り、逞しき盾を構えるその姿はまさに勇者そのものだった。




