ダサい奴
「そんじゃ手始めに……蜂の巣になれや!!」
バババババババババババババババッ!!
ケントのガトリング砲が火を噴く!砲口を高速回転させながら、数多の弾丸を雨霰のように翼の怪物に向かって巻き散らす……が。
「はっ!なんだ、そりゃ!」
怪物は熱気で揺らめく宙を自由自在に動き回り、全て回避する。
「現代人の武器ってのも大したことないな!それともこの“トンバ”様が速すぎるのか!!」
「ほんまさっきから……しゃべること全部三下やねん!!」
ケントは背負っていたもう一丁の銃、大口径プラズマライフルを構える!
「こいつで……吹っ飛べや!!」
バシュウゥゥゥン!!
引き金を引くと砲口がバチバチと帯電し、それが一つの光球に収束、熱せられた空気を更に焼け焦がしながら凄まじい速度でその球が発射された!
「ほう……威力は中々……だけどな!」
トンバは腕の代わりについている翼を大きく広げると……。
「当たらなければ意味ねぇんだよ!!」
おもいっきり羽ばたかせた!熱風を巻き起こしながら、一瞬で彼方へと移動し、光球はムーサ火山内部の岩肌に吸収される。
「ちっ!!」
「はっ!達者なのは口だけか、現代人?」
「達者って認めるってことはさっき言われたこと、もしかしなくても気にしてるんか?」
「――ぐっ!?」
図星だった。気にしているから、華麗に回避するように心がけたし、とっておきの攻撃を躱してやったことで溜飲が下がった……今の一言で全て台無しになってしまったが。
「やっぱダサいって言われるのは、古代の人でも嫌なんやな。でも、本当にカッコいい、本物の一流の人間は自分のやっていることを他人になんと言われようと気にせえへん。他人の目を気にして、自分の信じたものを曲げるのが、一番ダサいって知ってるからな」
「……うるさい」
「えっ?」
「……うるさい」
「だから、えっ?大きな声でハキハキしゃべれや。ほんま激ダサ男やな」
「うるさい!黙れって言ってんだよ!!」
ボオォォォォォォォォォッ!!
トンバは怒りの言葉とともに口から炎を吐き出した!
「おっと!!」
しかし、焦ることなくケントは耐熱性のマントで炎を弾く。
「ご主人様同様炎を使うんか……けど、悪いな、そういうのはドラグゼオを見て慣れてるねん」
「そういう割には、追撃を警戒しなさすぎじゃないか?」
「――!?」
炎に紛れて、トンバはケントの横に回り込んでいた!自慢の足の爪を光らせながら!
「ケケーッ!!」
ビリリッ!!
「――ッ!?」
特製のマントは炎には強くても、引き裂かれることに対しては普通の布と変わらなかった。ズタズタに細切れにされ、中から翼を持った黄色と黒の機械鎧が飛び出す。
「それが現代のセールアルムか?」
「ちゃうわ!こいつはピースプレイヤー!このケント・ドキ特注のな!!」
それはタリク追撃の話し合いが行われた後のこと……。
「三体のピースプレイヤーを一つに合体させる?」
ウレウディオスメイド隊の一人、ジャニスはケントの言葉を咀嚼できずに、頭を傾げた。
「あぁ、どんな状況でも対応できるマシンが欲しい」
「それならスタンゾルバーで間に合っているんじゃないですか?」
「あかんあかん!あれじゃ力不足や!」
「だとしても、状況に応じてマシンを使い分けるのが、あなた様のバトルスタイルじゃないですか?わざわざバランス型のマシンを新造するなんて」
「それはそうなんやが……あのレベルの相手にはマシンを切り替えている僅かな隙も晒したくない。それに火山の外ならともかく万が一内部に入ることになったらおいそれとチェンジなどでけへん」
「確かに……超高温の中でコンマ何秒だとしても生身になる時間は作りたくないですね」
「せやろ?だからのニューマシンや」
「あなた様の考えは理解しました。それでミックスするピースプレイヤーというのは……?」
「こいつらや」
ケントは首に下げていた三つのタグを掴み、ジャニスに突き出した。
「先ほど言ったスタンゾルバーと……ツムホルンに……ゲイム・Lですか……」
「あぁ、バランス型であるスタンゾルバーをベースにツムホルンの装甲とゲイムの飛行能力を移植する」
「そうですか……」
ジャニスは顎に手を当てて、目を伏せ、考え込んだ。
「……防御能力と機動力の融合……理屈はわかりますが……装甲の重さがスピードを殺してしまう。逆にスピードを重視するなら増強できる装甲にも限りがありますし……どっち付かずの半端なマシンになると思います。わたくしとしてはおすすめはしません」
「ワイもそこまで馬鹿やない。わかっとるわ」
「なら……」
「装甲は前面だけに集中させる。背部につけても飛行ユニットの邪魔になるやろし、後ろを取られないように立ち回ればええだけや。ついでに速度を維持するためのエネルギーを確保するために武器は全てオミットする」
「武器をつけない!?それじゃあ、まるで第四世代のマシ……そうか、武器は外部から調達するんですね?」
「イエス。スマイスのプラズマライフルやガトリング辺りを持っていこうと思っとる。つーか、それもあんさん達に頼みに来たんやけど」
「それなら用意できると思いますが……」
「ならオールOKや!とっととくっ付けちまおう!」
「わかりました。三体のピースプレイヤーのミックスビルドに取りかかります。ですが……」
「まだ何かあるんか?」
「名前がないと不便です。何でもいいですからつけてください」
「せやな……なら!」
「ケントスペシャル2!!『ツムゾルム』!!行くで!!」
黄色と黒に彩られたマシンは翼を広げ、空中に飛んだ!
「お前も空を……!」
「そんなダサい身体になってまで、手に入れなくても良かったちゅうことやな!」
「ふざけるな!そんな玩具ごときがおれのスピードに対応できるか!」
「口で言うだけじゃなくて、試してみぃや!!」
バババババババッ!ボオォォォォォッ!バシュウン!!
ツムゾルムとトンバはお互いを睨み合い、一定の距離を取りながら旋回、遠距離攻撃を矢継ぎ早に繰り出し続ける。空中で光と炎が左右に行き来し、まるでイルミネーションのようだった。
(イケる!突貫工事で調整の時間もまともに取れなくて内心ドキドキやったが、バッチリやないかい!!あのアホと完全に渡り合って……いや、凌駕している!さすがワイ!さすがツムゾルム!!)
ケントは心の中で自分と愛機を褒めた。実際に驕りではなく、手数の差ではトンバを圧倒していた……していたが。
「ちっ……!小癪な奴め……!仕方ない……」
追い詰められているはずのトンバは苛立ちはあっても敗北することへの焦りは感じていなかった。彼にとって今の状況は取り乱すほどの事態ではないのだ。
そんなこととは露知らず……。
「ほれほれ!どうしたどうした!!」
ババババババッ!バシュウゥゥゥン!!
意気揚々とガトリングとプラズマライフルを発射し続ける!
「手も足も出ぇへんな、古代人!!」
「調子に乗るなよ、現代人!空はおれの領域だ!!」
「――なっ!?」
トンバの背中が隆起、変形した。それはまるでジェット機のエンジンのようだった。
「なんやねん、それ……!またより気色悪くなりおって……!!」
「お前はさっきあのピンクのおかげで炎使いに慣れていると言ったな」
「そ、それがなんだっていうねん!!」
「おれがさっき奴を取り逃したのは、奴のスピードに驚いたからではない……奴とおれが似ているからだ!!」
ボオォォォォォォォォォッ!!
「――ッ!?」
背中の隆起した箇所から炎を勢いよく吹き出し、急加速した!あっという間にトンバはツムゾルムの目の前まで接近し……。
「ケケーッ!!」
ガリッ!!
「くっ!?」
足の爪で追加した前面の装甲に傷をつけた。そしてそのまま通り過ぎて行く。
「野郎!?」
ツムゾルムが振り返ると、トンバはすでにUターンをしていて、第二撃の準備を終えていた。
「もう一発行くぞ!!」
「くっ!?」
ガリッ!!
「……くうぅ!?」
また為す術なく、装甲に傷をつけられる!そして当然トンバが攻撃の手を緩めることなどなく、更なる追撃を繰り出す!
「ケケーッ!!」
ガリッ!ガリッ!ガリッ!ガリッ!!
縦横無尽に飛び回るトンバによって、瞬く間にツムゾルムは傷だらけになってしまった。
「思い出した!この感覚だ!生意気な奴をいたぶり殺す!この何物にも変え難い快感を味わうためにおれはタリク様に忠誠を誓ったんだ!!」
「そんなことのために……ダサ過ぎやろ!!」
バシュウゥゥゥン!!
「当たるかよ!!」
カウンター気味にプラズマライフルを放つが、トンバはきりもみ回転をしながら、回避!そして……。
「ケケーッ!!」
ガリィィィッ!!
「ぐあっ!?」
逆に無防備なツムゾルムにカウンターアタック!今までで一番大きな傷を胸に刻みつけた!
「ダメダメだな、お前。どっちがダサいんだよ!?ええ!!」
完全に自信と余裕を取り戻したトンバはウイニングランのように、ツムゾルムの周りを周回した。黄色と黒のマシンは挑発するようなその行為から一瞬も目を逸らさない。
その目に映っているのは自分を嘲笑う憎らしい敵ではなく、輝かしい勝利のビジョンだ!
(あいつの言う通り、動きがドラグゼオに似ている。だから、致命傷を受けずに、正面の装甲で防ぎ続けることができた。そしてそのおかげで観察も十分にな……!)
やられっぱなしに見えていたケントであったが、その実、勝利のために防御に徹していたのだ。そしてその成果が結実する。
(もしやと思ったが、動きも同じなら弱点もドラグゼオと同じや!推進力があり過ぎて、小回りが効いてへん!攻撃を加えた後、こちらに無防備な背中を晒す時間がある!)
ケントはマスクの下で深呼吸をすると、酸素を全身に巡らせる。
(全神経を研ぎ澄ませ、ケント・ドキ!もう嫌というほどあいつの技は食らったはずや!なら、もう見切れる!避けて今度こそプラズマライフルをぶち込む!)
そして更に両目と引き金にかかる人差し指に意識を集中させる。
そのタイミングを見計らったようにトンバが再び攻撃態勢を取った!
「そろそろ終わりにしようか!現代人!!」
「初めて気が合ったな!激ダサ古代人!!」
「その失礼な口を……二度と訊けないように我が爪で心臓を抉り出してやる!!」
今までで一番炎を激しく燃やし、それを背に突撃!まさに一瞬!まさに刹那!トンバの爪はケントの心臓に届くところまで来た!しかし……。
「ツムゾルム!フルアクセルや!!」
「――なっ!?」
完全にタイミングを見切っていたツムゾルムは紙一重で回避!そしてすぐさま振り返り、プラズマライフルを構える!狙いはいまだに直進を続けるトンバの背中だ!
「しまった!?」
「ワイの勝ちや!!」
バシュウゥゥゥン!!
発射された光の弾丸は熱せられた大気を切り裂きながら、トンバに迫る!そして……。
ドゴオォォォォォン!!
「……えっ?」
「……えっ?」
エネルギーを凝縮した弾丸はあろうことか大きく逸れ、トンバではなく岩壁に命中し、大きな穴を開けた。
「な……なんでや?」
渾身の策が失敗に終わり、茫然自失となるケント……。
「お、脅かしやがって……!」
一方、九死に一生を得たトンバのテンションは上がっていく!
「狙いは良かった……良かったが!作戦がよくても、それを実行する腕がなければなぁッ!!」
再度炎を吹き出し、突撃!
ガリッ!!
「――ッ!?」
そしてツムゾルムの黄色い装甲に新たな傷が刻まれる!
「もう二度と同じミスはしない!お前が避け辛く、そしておれが反撃に対処できるちょうどいいスピードで精神と体力を削り取ることにするよ!!」
ガリッ!スカッ!スカッ!ガリッ!
「っうぅ……!!?」
また右から左から、はたまた上から下から突撃を敢行するトンバ。宣言通り先ほどよりもスピードが落ちているので、空振りも増えているが、Uターンにかかる時間も短縮され、隙自体は減っていた。
(あかん……!反撃する暇があらへん……このままではあいつの望み通り、嬲り殺しに……!)
絶望がじわじわと胸の中を侵食していく。それと比例するように先ほど逃した絶好のチャンスへの疑問と後悔がとめどなく溢れ出す。
(なんで外した!?いや、なんで外れた!?ワイの射撃は完璧やった!ならば何故……突貫工事の調整不足で照準の不具合に気づかなかったせいか!?それともこの熱さでツムゾルムのコンピューターがイカれたんか?それを言うなら、プラズマライフルのバレルが熱で歪んだんかも……もしかしたらそれら全部が複合的に……)
頭の中で考えられる要因が次々と浮かんで来る。しかし今はそんなことを考えている場合では……。
「ケケーッ!!」
ガリィィィッ!!
「しもた!?」
久しぶりのクリーンヒットの衝撃で体勢を崩し、ツムゾルムは空中をぐるぐると回転した。
「この!!」
それでもうまいこと身体とスラスターを操り、立て直す……身体はもちろん心も。
(そや……今は戦闘中!考えても答えの出ないことを考えても仕方ない!今は普通の方法じゃプラズマライフルを当てられないことだけわかってればええ!)
ケントは再びマスクの裏で息を吐き出した。焦りや迷いも一緒に……。
(取り乱すな、ケント・ドキ……ダサいのはあいつの専売特許や……ワイが今まで培って来たものを生かせば必ず……!)
記憶の引き出しをひたすらに、がむしゃらに開けていく。ここまで送ってくれたトラウゴットに報いるために、今一緒に戦っているジョゼットに負けないように、カッコつけて送り出したトモルに恥じないように、過去の経験をサルベージする。
そして、彼は一つの解答にたどり着く……。
(……我ながら、ほんまにアホやな……まぁ、でもこれ以上の方法を思いつきそうにもないし……やるしかないか……!!)
ケントはもう一度息を吐き出すと、指に力を込めた。
「うりゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」
ババババババッ!バシュウゥゥゥン!!
ツムゾルムは四方八方にガトリングとプラズマライフルを発射した!狙いなどつけてはいない!ただ適当に、破れかぶれに!
「……がっかりだよ、現代人……知能もメンタルも退化してるじゃねぇか!!」
最大級の侮蔑を口にしながら、トンバは弾丸の暴風雨をくぐり抜け、ツムゾルムの目と鼻の先まで接近した!
「最後は運頼みだとは!お前が一番ダサいわ!!」
ガギャンッ!!
「――ちっ!?」
トンバはガトリング砲を蹴り上げ、砲身を爪で真っ二つにする!更にそれだけでは飽き足らず……。
「お前はここにいる資格はない!堕ちろ!!」
ドゴッ!!
「――ッ!?」
空中で横回転し、回し蹴りを放つ!それは見事にイエローの胴体を捉え、ツムゾルムは岩盤に墜落した、いや、させられた。
「終わって見れば……実に呆気なかったな」
対照的にトンバは悠々と着陸し、動かなくなったツムゾルムに向かって歩き出した。
「今の一撃で死んだか……だとしても散々小バカにされたからな……やはり心臓を抉り出してやらないと腹の虫が治まらん!!」
ガシャン!!
トンバはおもいっきりツムゾルムの胴体を踏みつけた!その瞬間!
「また気が合ったな、古代人」
ガシッ!!
「……へっ?」
ガトリングを失い、フリーになったツムゾルムの手ががっしりとトンバの足首を掴む。予想だにしない出来事に怪物はその恐ろしい外見に不釣り合いな間抜けな声を出した。
「ワイもお前の心臓ぶち抜かんと、気が済まんと思っとったところや……!」
「お、お前……!?死んだはずじゃ……!?」
「ケントスペシャル2を舐めんなや……!お前のしょぼい蹴りぐらいで……と言いたいところだが、かなり分の悪い賭け……ギリギリやったで……!」
それを証明するように腹部から鈍い痛みを感じる。
「肋骨が何本かイカれとるな……痛くてしゃあない……!でもそのおかげで意識を保つことができた、お前を捕まえることができた……!」
「くっ!?離せ!?」
必死に振り払おうと足を動かすが、ツムゾルムの手が離れることはなかった。
「死んでも離すかい……!お前に一発ぶち込むまでな……!!」
ガチャ……
「――ッ!?」
プラズマライフルをトンバの胸に突き付けると、怪物の顔は醜く恐怖に歪んだ。
「この距離なら狙いもクソもあらへん」
「お、おれがこんな下らない策に!!?」
「おいおい……死んだ振りっちゅうのは、由緒正しき最強の戦法やぞ」
「ふざけ……!」
「何がいいって……引っかかったアホが更にアホ面晒すのがええ……今のお前の顔や……!!」
「貴さ……」
バシュウゥゥゥン!!
「――まっ!!?」
トンバの胸に大きな空洞ができた。一気に全身から力を失い、怪物はバタリと倒れ、そのまま二度と動くことはなかった。
「ふぅ……もっとスマートに倒したかったんやけど、この期に及んでカッコつけ続けて、死んでしもうたら、それこそダサい奴やからな……」
ツムゾルムは立ち上がると、身体についた埃を払う。
「それにしても……」
そして、息絶えたトンバを上から見下ろす……珍妙な格好でくたばっているトンバを。
「ほんまにダサい奴は死に方まで激ダサやな」
ケントの侮辱にトンバの反論が返って来ることはなかった……。




