灼熱の戦場へ②
「……来ませんね」
最後尾を走るドラグゼオが警戒してチラリと振り返るが、エメラルドのような緑色の眼が虫達の姿を映すことはもちろん、あの不愉快な羽音や足音を聞き取ることもなかった。
「創造主様直々にアホ認定されてるような奴らやからな……目に入ったものを反射的に襲っとるだけやろ」
「うまいことヒガンマジロの巨体が囮になってくれたわけか」
「せや、トラウゴットの旦那が作ってくれたチャンス、必ずものに……ストップ!!」
「「!!?」」
ケントが急ブレーキ!ジョゼットとドラグゼオもその声にしっかりと反応し、動きを止めた。
そこは開けた空間だった。こういう場所は今までも何個か通過しているから別に驚くようなこともない。けれど、そこには今までになかったものが存在していた。
異形の怪物が二人、待ち構えていたのだ。
「あれは……エヴォリスト?いや、ブラッドビーストですかね?」
「似ているが、少し違う気がする……今まで何度かブラッドビーストと対峙したことがあるが、記憶の中のそれよりずっと歪で無理矢理感があるというか……」
待ち構えていた刺客の一人は両腕が翼になっていて、足には鋭い爪が生えていた。
もう一人は全身が甲虫のような殻に覆われていて、両腕が鋏で下半身では無数の足が蠢いている。
「何だかわからんが、気色悪いやっちゃな」
「タリク様に頂いたこの姿の美しさがわからんとは、可哀想な奴め」
「「「!!?」」」
翼を持った方に声をかけられ、三人に一瞬動揺が走る……そう、たった一瞬だ。すぐに平静を取り戻し、隙など見せない。
「むぅ……つまらんな。おれが言葉を話すと、もっと慌てふためいて無様を晒してくれるはずなんだが……」
「おあいにくさま……自慢することじゃないけど、ぼく達はここ最近驚いてばかりだったんで、あなた達程度の不細工では動じませんよ」
「ほう……それはそれは」
怪物は翼を広げ、羽ばたかせ、宙を舞い、足の爪を準備運動と言わんばかりに動かした。
「ならば実力を見せつけて、恐怖で揺さぶってやらないといけないな……!」
「……だな」
隣の相棒も鋏をガシャガシャと動かし、気合を入れ直す。
「やる気満々やな……」
「これは骨が折れそうだ……」
愚痴りながらも警戒を怠らず、ケントとジョゼットは後方にいるトモルに目配せをする。
だが、残念ながらそれだけではトモルは二人の意図を汲み取れなかったようだ。
「……どうしたんですか、二人とも?」
「勘の悪いやっちゃな」
「私達がこいつを引き受ける。お前は先に行け」
「!!?」
トモルは大声を出しそうになったが、必死に堪え、二人に顔を近づけた。
「トラウゴットさんに当てられたんですか?」
「安心せい、思いつきやなくて、最初からおっさんと話し合って決め取ったことや」
「最初から?」
「残念だが私達のマシンでは、タリクを倒すことはできないだろうと。だから、お前の言っていたドラグゼオの新たな必殺技に賭けようと二人でな」
「ワイとしては不本意極まりないが、今回はその為の露払いに徹することに決めたんや」
「ケントさん、ジョゼットさん……」
「こんなところで無駄に消耗なんかさせない。お前は一気に突っ切れ。奴らは私とドキが食い止める」
二人の熱い想いが背中から伝わって来た。なのでトモルは素直に「わかりました」と頷いた。
「よし……あいつらが動き出したら、それが合図だ。お前のスピードなら初見の奴らの虚を突ける」
「はい……!!」
意志を統一すると、作戦を悟られないように、二体の怪物に殺気を飛ばす。
「ん?話し合いは終わったか?誰が一番最初に殺されるかのな?」
「はぁ……しょうもな」
「……何?」
「古代人タリクの部下ってことで、一周して新しい挑発の一つでも聞けると期待してたんやが……使い古されたダサいセリフやの。がっかりや」
「何……!?」
翼の怪物の額に血管が浮き出た。ケントは内心ほくそ笑みながら、さらに舌を動かす。
「さっきの美しさが……とか言っていた奴もダサかったな。古代の連中っていうのはみんなそんなしょうもないボキャブラリーしかないんか?」
「お前……!」
怪物の中でさらに怒りのマグマが沸々と沸き上がる。
「あっ、それはさすがに偏見か。みんながみんな、あんさんみたいなダサいいきり方しとるわけやないもんな」
「………!」
さらにマグマは……。
「っていうか、それこそ一周して凄いことかもな。古代でも現在でもダサくいられるってのは、ある種の才能かもしれん。時代を超えるダサさ……感服するわ」
「………!!」
さらにさらにマグマは……。
「よっ!ダサ界の殿堂入り!キングオブダサ!古代からワイらに格の違うダサさを見せに蘇ってくれて……ありがとさん」
「殺す!!!」
怪物の中でマグマが噴火した!その激情に任せ、ケント達に飛びかかる!彼らの狙い通りに……。
「今や!ドラグゼオ!!」
「はい!!」
「「!!?」」
ドラグゼオはケントが罵倒している間に足裏に溜めていた炎を解放した!二人の仲間はもとより翼の怪物の横も刹那のうちに抜き去って行く!
「しまった!?」
はめられたことに気づいた翼の怪物は急停止からの方向転換を試みるが……。
「おっと!」
「――ッ!?」
漆黒のマントを羽織ったケントが立ち塞がる!
「もうちょいおしゃべりしようや……!」
「貴様……!!」
ドラグゼオはさらに加速し、この空間の出口に迫る!しかし……。
「タリク様のところには行かせはしない……!」
鋏の怪物が無数の足を動かし、立ちはだか……。
「ぼくは信じてますよ。あなたなら道を作ってくれるって……!」
「喰らえ!!フルパワー!!」
「――!?」
ドシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
「――ッ!?」
桃色の炎の竜と鋏の怪物の間に光の奔流が迸る!大剣に付いた大砲という馬鹿みたいな武器から発射されたそのエネルギーの凄まじさに怯んで、鋏の怪物は急ブレーキ!その間にドラグゼオはこの空間から出て行ってしまった。
「しくじったな……」
「お前の相方じゃないが、もっとショックを受けるべきじゃないか?なんだが妙に落ち着いているが……今の私に出し抜かれたお前は相方に負けず劣らずダサいぞ」
鋏の怪物の下に大砲付き大剣を担いだ黒マントのジョゼットがやって来る。先ほどまでのケントの罵倒を見ていたせいか、彼らしくない挑発的な言葉を口ずさみながら。
「何もわかっていない。あの桃色はここで我らの手にかかった方が幸せだった」
「タリクはお前ら以上にとっても冷酷で残忍だから……か?」
「わかってるじゃないか。あのお方に勝てる者などこの世に存在しない。なのに何故挑む?お前達が取るべきは降伏と服従だ」
「お前はわかってないな。ラブザは……私が認めた男は寝起きの年寄りに負けるほどやわじゃない……!!必ずタリクを倒し、この世界の平和を守ってくれる……!」
「ほう……」
話していてジョゼットに興味を持ったのか、鋏の怪物は彼の方を向き直して、構えを取った。
「お前と我の主張は真逆……どちらかが間違っていることになるが……ここで死ぬお前が答えを知ることはない……!」
「その言葉そっくりそのまま返すよ……!!」
ムーサ火山内の気温がまた急激に上昇した……。




