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No Name's Trust  作者: 大道福丸
本編
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メッセージ

 メトオーサの谷でタリク・ウシャマールが目覚めてから五日後、トモル達は退避したウレウディオスの施設で紅茶を楽しんでいた。

「んん~、この芳しい香り、たまらんわ~。この穏やかで素晴らしい時間を体験するためにワイはこの世に生を受けたんやな~……って!言うてる場合か!!」

 一人ノリツッコミをし、テーブルを叩き、勢いよく立ち上がるケント。五日目にして、彼の苛立ちはマックスに達していた。

「まだ何もわからへんのかい!?ジョゼットのおっさん!?」

「落ち着け、ドキ。ウレウディオス財団の総力を上げて、奴の行方を探している。いずれ捕捉できるさ」

「いずれって!奴が炎の巨神とやらを手に入れてからか!?そのスルトってのが、神凪が保有している『イザナギ』や『ユシミヤ王国』の『ティアマト』、『ワマレオ』の『アメン・ラー』と同様のものだとしたら……とてもじゃないが、ワイらにはどうにもできないで!」

 この世界において巨神とは絶対の存在だ。それがあの他人を家畜扱いして憚らないタリクのものになると思うと……背筋が凍った。

「それはそうだが……」

「それはそうって……あんたな!」

「ケントさん」

「――!?」

 いつもより低く強い声で呼びかけられ、そちらを向くと、トモルが首を横に振った。

「あなたもわかっているでしょ?ジョゼットさんに当たったってどうにもならないくらい」

「……わかっとるよ……わかっとるけど……!」

 トモルに窘められ、ケントは眉間に深いシワを寄せ、拳をギュッと握り締めながらも、感情をなんとか抑え込んで椅子に座った。

「悪かったな、おっさん……」

「構わない。むしろ私は少し嬉しいんだ」

「……はぁ?」

 言われた言葉を咀嚼できないケントにジョゼットは優しく微笑みかけた。

「その顔……あんさん、そういう趣味やったんか……?」

「勘違いするな。他人に責められるのが好きなわけじゃない」

「なら、何で……?」

「お前が、お前とラブザが金にもならない、どう考えても割には合わないことに真剣になっているところを見るとなんだか無性にな」

 ジョゼットの言葉を受けて、トモルとケントはお互いの顔を見合わせた後に、怪訝な表情で彼を睨んだ。

「あんさん、ワイらのこと、そんな血も涙もない奴やと思っとったんか……?」

「別に正義の味方ぶるつもりはありませんし、実際知らない場所で知らない人が苦しんでいても何も行動を起こさないくらいにはぼくは軽薄ですよ……けど」

「けど?」

「自分のやったことで、罪のない人達が傷つくことは許せないくらいには、責任感があります」

「そことスウィーツの趣味だけは気が合うな。あいつを復活させた責任の一端はワイらにある。なら落とし前はワイらの手で……まぁ、そういうことや」

 二人の力強く真っ直ぐな瞳に見つめられると、再びジョゼットの顔が緩んだ。

「私の目に狂いはなかったようだな……」

「今更やな」

「今更ですね」

「今更だったな」

 生まれも育ちも違う三人の心は今、一つになった、タリクという巨悪を倒すために。

 そんな一つの強固なチームとなった彼らに天からのプレゼント……というわけではないが、止まっていた時計が進み始める。

「おっ、べっぴんさん達が来たぜ。あの顔、何か掴んだっぽいな」

 アピオンの言葉通り、いつもよりも真剣に見える面持ちでウレウディオスの親子とトラウゴット、そしてメイド隊のリーダー、ゾーイといういつもの面々がこちらに歩いて来ていた。

「何かわかったんですか?」

「あぁ、色々とな……!!」

 苦味走った顔でトラウゴットはトモル達の前のテーブルにタブレットを置く。そこには様々な画像が写し出されていた。

「これは……あの願いを叶えるとか書いてあったっていう石板やな?」

「そうだ。改めて調査したところ、製造された時から、しばらく後に改竄されたような後が見つかった」

「改竄?タリクの仕業ですか?」

「だろうな」

「きっと本来は“絶対に開けるな”とか」

「“危険物注意”とか書いてあったんだろうな」

「くっ!それをまんまと開けてしまうとは……!」

「ウレウディオス、一生の不覚だな」

 メルヤミは悔しさから目を伏せ、フォンスは天を仰いだ。

「願いを叶えるなんてうますぎる話に釣られるからや」

「反論の余地もない。しかし、世界平和を実現するためには、そんな眉唾なことにでもすがらないと」

「まぁ、確かに世界平和を実現するなら……って、えっ?」

「え?」

 きょとんとした顔でトモル達とウレウディオス一行が顔を見合わせた。

「世界平和って、本気で言っていたんですか?」

「本気に決まっているだろう」

「それ以上に望むものはないでしょうに」

「それこそこのフォンスの、いや人類全ての願いだ」

 三人の地位も名誉も手に入れた大人の瞳は子供のようにキラキラと輝いていた。

「こ、こいつらマジかよ……!?」

「てっきりワイは何か裏があるのかと……」

「裏?ワシらは君達に嘘はつかんよ。命を懸けて、危険なミッションに挑む者達にそれは不義理というものじゃろ」

「そんな高潔なお考えを持っているなら、もっといい方法が……トレジャーハンターを使い捨てにするような依頼の出し方をするべきじゃなかったんですか?」

「いや、大義には犠牲が必要だろ」

「金に目が眩むような連中なら、別に……ねぇ?」

「あぁ!世界平和の前には些細なことよ!」

「「「うわぁ……」」」

 これまた曇りのない瞳で語る三人に、トモル達はドン引きした。

「あかん……こいつら正しい行いのためには、何をやってもいいと思っている一番タチの悪い連中や……」

「ディオ教の過激派と変わりませんね……」

「世間から気づかれてない分、こっちの方がヤベェよ!!」

 急激に不信感を募らせるトモル達。せっかくやる気になっていたのに、こいつらと一緒にいていいのかと迷いが生じる。

「おほん!!」

「「「!!?」」」

 突如、ゾーイが咳払いをした。散り散りになっていたみんなの意識が彼女に集中すると、彼女はトラウゴットの方を優しく見つめた。

「話を戻しましょうトラウゴット様、続きを」

「ん?あぁ、そうだな……こんな話をしている場合じゃなかった……」

「せやな……」

「ですね……」

 皆の頭の中からウレウディオスの暗部が追い出され、再びタリクのことで支配される。空中分解を防いだゾーイにジョゼットはアイコンタクトで「よくやった!」と褒めると、彼女は小さく頷いた。

「えーと、では話を戻して……タリクを封じ込めていた箱……あいつ的には棺についてだ」

 トラウゴットが指でタブレットを操作すると小さな破片の画像に切り替わった。

「パッと見、ただの破片にしか見えへんけど……」

「どうやらアーティファクト、獣封瓶と似たような素材、製法で作られていることがわかった」

「獣封瓶って……オリジンズを封じ込められるあの小さな瓶ですよね?」

 トモルはイラガ砂漠で傭兵に見せてもらったものを思い出しながら、空中に指でそれを象った。

「あぁ、それだ」

「じゃあ、その棺を直して封印し直すことは?」

「無理だな。各地で見つかっている獣封瓶でさえ、いまだに現代科学で完全再現できていないのに、それと似て非なるものの修復など……はぁ……」

 自分で言っていて、悲しくなったのかトラウゴットは小さなため息をついた。

「そもそも論で封印なんて解けないように鍵なんて作らなければいいのによ」

「その意見には一言一句同意だが……きっと何か理由があるんだろ、神器を作る理由がな」

「理由?なんだよ、それ?」

「私にわかるわけないだろ、アピオン……まぁ、あえて推測するなら封印を解ける方法を作ることによって、封印自体を強固にできるようになる……とかか?」

「なるほど……わかったような、わからないような……」

「っていうか、あれ回収したんやろ?何か変化はないんか?」

「何も変わらんよ。ただのアンティーク……それ以上でもそれ以下でもない」

「ほんまに鍵でしかなかったつーことか……」

「鍵なら鍵らしい形にすればいいのに……」

「それについて考えるのは後回しにしろ!今は再封印は無理だということだけわかっていればいい!はい!その話は終わり!次行くぞ!」

 トラウゴットは勢いよく画面をスライドし、新たな画像を出した。それは古代の文字とその下に一つの炎のようなマークと複数の×印が刻まれた地図のようなものが描かれた床であった。

「これは?」

「棺の下に描かれていたものだ。残ったみつ子達に送ってもらった」

「この文字はなんて書いてあるんや?」

「要約すると“暴虐の限りを尽くした魔王タリク・ウシャマールはスルトを狙っている。それを防ぎたいなら、ここに描かれている地を探れ”……的なことが書いてある」

「じゃあ……この炎のようなマークがタリク……つまり奴が封印されていたメトオーサの谷で……」

「残りがスルトのある可能性がある場所か」

「そうだ」

 トラウゴットが画面をタッチすると古代の地図に現代の地図が重なり合い、さらに炎マークの右隣に描かれた一つ目と二つ目の×印の近くにタリクの写真が映し出された。

「この写真……タリクはすでに二つの場所の確認を終えたってことですね?」

「あぁ、近隣のカメラが捉えたものだ」

「つーことは、タリクはメトオーサの東から順に総当たりしていく気か……」

「そうだとワタシは読んでいる」

「なら、次の三つ目の場所に向かわんと!」

 ケントの問いかけに、トラウゴットは首を横に振った。

「三つ目と四つ目は捨てる」

「捨てるって……そこにスルトがあったらどうするや!?」

「どうもこうも……天がワタシ達よりあいつが選んだのだと、諦めるしかないな」

「お前!!」

 ケントは激情に任せ、トラウゴットに掴みかかろうとする!しかし……。

「ケントさん!落ち着いて!!」

 トモルが咄嗟に羽交い絞めにして、取り押さえた。

「離せや!自分達の過ちを精算する気もないくそ野郎は一発殴ってやらんと!!」

「トラウゴットさん達は別にタリクを放置するとは言ってないですよ!!」

「あぁ!?聞いてなかったんか!?こいつらは三つ目と四つ目を捨て……五つ目か……!」

 冷静になったケントが目で同意を求めると、トラウゴットは今度は首を縦に振った。

「そうだ。あいつの力に対抗するには準備が必要だ。だから三つ目と四つ目は捨てて、五つ目の『ムーサ火山』で迎え撃つことに全力を尽くす」

「奴がそこにたどり着くのは?」

「このペースで行くと、およそ一週間後」

「そうか……ワイらのパワーアップには十分だな」

「ですね」

 ケントが完全に平静を取り戻したのを確認すると、トモルは拘束をほどいた。

「出発はいつや?」

「早めに現地入りすべきだろうからな、明々後日の早朝を予定している」

「そうか……」

「何か必要なものは遠慮なく言ってくれ。ウレウディオスの総力を上げて用意する。ですよね、会長?」

「あぁ……」

 フォンスは深刻な顔をして、トラウゴットの前に出た。

「ワシらの過ちの尻拭いをしてもらうんだ。できる限りのことをするつもりだ」

「いえ、あなた達だけに重荷は背負わせないわ。あたしも……」

「ならん!!!」

「「「!!?」」」

 フォンスが愛娘を一喝した!その迫力に百戦錬磨の勇士達も気圧される。唯一怯まずいられたのは、彼の血を良くも悪くも色濃く受け継ぐその愛娘だ。

「お父様!この事態はウレウディオスが引き起こしたこと!その血を持つ者が前線に立たなくては、示しがつきません!!」

「確かに……お前の言っていることは正しい……正論だ」

「でしたら……」

「だが、ならん!!」

「――ッ!?ど、どうしてですか!?」

「このウレウディオス財団を率いる者がいなくなったらどうするのだ!財団に関わる全ての人を路頭に迷わすことになる!!」

「お父様がいらっしゃるじゃないですか!?あたしは……」

「ワシはもっと先の話をしているのだ!ワシ亡き後のことを!この財団を作り出した者として、立派な後継者を育てなければならない!そしてワシは育てた!お前を!ゾーイ達にもこれからのことを考えて、ワシとお前、どちらかしか助けられないなら、生い先短いワシではなく、お前を取れと言っておる!!」

「なっ!?」

 メルヤミがゾーイに視線を送ると、メイドは頭を下げて、彼女の眼差しから逃げた。

「だからメトオーサの遺跡であなたは……!」

「ゾーイを責めるな。むしろ自分の責務を理解できずにいる自分の愚かさを責めろ。お前はワシに似て欲しくないところばかり似おって……まったく……!」

 フォンスは頭を抱えて、ブンブンと振った。

「ふぅ……この話は終わりだ」

「お父様……!」

「終わりだと言っているだろうが!下がりなさい!!」

「……はい」

 言葉とは裏腹にメルヤミの美しい顔は悔しさと情けなさで歪んでいた。それでも感情を胸の内に押し留め、父の指示に従う。

「……見苦しいところをお見せしましたな」

「いやいや!」

「お気になさらず」

 フォンスが頭を下げると、ケントとトモルも釣られて頭を下げた。

「それで本題に戻りますが、打倒タリク・ウシャマールに向けて必要なものは?」

「ええと……そんなら、ちょっとピースプレイヤーのことで相談があるかな」

「奇遇だな、私もだ」

 手を挙げ、要求を伝えるケントにジョゼットも乗っかった。

「奇遇って……基本的に戦闘に必要なものって言われたら、だいたいその話になるやろ」

「それもそうか」

「ピースプレイヤーのことなら、ゾーイ達に。彼女達はメカにも精通しているからの」

「はい、お任せください」

「よろしく頼んますわ」

 ゾーイが再び軽く会釈すると、ケントは右手でピッと敬礼した。

「ケント君とジョゼットについてはそれでOKとして……トモル君は?」

「ぼくは……」

 トモルは考え込む……ことはなかった。彼の中には明確なビジョンがあったのだ、タリクとの再戦のビジョンが。

「ぼくは人気のない広い場所を用意してくれますか?」

「広い場所?」

「ええ、少し試してみたいことがあるんです。ドラグゼオの……新しい必殺技……!」

「新しい……」

「必殺技やて!?」

「きっとそれを完成させなくては、タリクには勝てない……ぼくの本能がそう訴えているんです……!!」

 トモルは今もスルトを探し回っているタリクの姿を思い浮かべ、心と表情を引き締めた。


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