始動③
光が消えると、その中から現れたのはトモルのイメージとはかけ離れたたくましい桃色と黒のピースプレイヤーであった。
「あれがトモル君の……」
未だに立ち上がれないタモツは信じられないと自らの目を疑った。
「んん……?知らないマシンだな……」
一方パストルは青色のマスクの下で眉をひそめ、首を傾げた。
「ピースプレイヤーには詳しそうだったのに、ぼくのトゥレイターのことはご存知ないんですか?結構有名なマシンだと聞いていたんですけどね」
「俺様は新しいもの専門だからな。アンティークは専門外だ」
「そうなんですか」
「あぁ、最新こそ最強……ピースプレイヤーに限らず、何事もそうあるべきだろ?」
「一理ありますし、理想だとも思います。けど……」
「けど?」
「アンティークにはアンティークの魅力があるんですよ」
トゥレイターは軽く拳を握り、足を開いて、ゆっくりと構えを取った。それはとても自然体で見ている者達に「しっくりくる」と思わせるファイティングポーズだった。
「ほう……言うだけはある。さっきの奴より遥かにマシそうだ」
「くっ!?」
「俺様も最初から気合を入れ……」
ベッローザも構えを取ろうと腕を上げようとした……その瞬間!
「あなたも十分のんきじゃないですか」
「――てっ!?」
トゥレイターはまさにパストルの瞬きの間に一気に間合いを詰め、懐へと入り込んだ。そして……。
ガァン!
「――ッ!?」
強烈なフックがベッローザの顎に炸裂!脳ミソが揺さぶられ、パストルの意識は一瞬途切れる!
「ぐっ!?」
しかし、なんとか夢の世界から帰還すると、足に力を入れ、一発KOを阻止する。
「さすがにあれだけ偉そうに講釈垂れるだけありますね。生半可な傭兵なんかはあれで終わっていたはずなんすが」
トモルはパストルの粘りに素直に感心を示した。それが逆に彼の逆鱗を刺激する。
「上から……上から目線で語ってんじゃねぇ!!」
拳を引いたと思ったら、すぐさま最短距離で振り抜く!けれど……。
「どの口が言っているんですか!!」
ガァン!!
「――!!?」
カウンター一閃!後から放ったはずのトゥレイターのパンチが勢いのついたベッローザの顔面に炸裂した!
吹き飛ぶベッローザ!その様子を這いつくばりながら見ていたタモツは呟く。
「凄い……」
一方、無様を晒したベッローザは稲妻のような無数の亀裂の入った顔を上げる。その奥ではパストルが困惑の表情を浮かべていた。
(俺様の方が先に手を出したのに、あいつの攻撃だけが当たった……まさかこのヴィスカルディの最上位モデルのブルーがスピードで負けたのか……!?)
考えれば考えるほど納得がいかず、沸々と怒りが沸き上がった。
(あり得ない!今のは俺様が奴を侮っていた結果だ!俺様が本気になって挑めばあんな奴など……!!)
起き上がると同時に両足に力を込める。そして……。
「ここからが……」
「ん?何?」
「ここからが本番だ!!」
足に込めていた力を解放し、ベッローザは跳躍する!木の上に!
「もう油断はしない!ベッローザ・ブルーのスピードを最大限に生かし、一方的にお前を屠る!!」
ベッローザはさらに別の木に飛び移りながら銃を召喚した。
そしてそのまま高速移動しながら、憎い桃と黒の機体に狙いを定め、引き金を引いた。
「喰らえ!!」
バン!!
当然、弾丸はスピード自慢のベッローザ以上の速度でトゥレイターに襲いかかった。だが……。
「おっと」
ぼすっ
「――!!?」
あっさりと避ける。結果、弾丸は地面に吸い込まれていった。
「残念でしたね。狙いは良かったと思うんですけど……ぼくには通用しない」
「この!?まだ俺様の攻撃は終わってねぇんだよ!!」
ベッローザはさらに加速し、木の上を目にも止まらぬスピードで移動する!そして同時に弾丸も発射していった!
バンバンバンバンバンバン!!
森にこだまする発砲音!四方八方からトゥレイターに襲いかかる弾丸!しかし……。
「だから無駄だって言っているでしょうが」
ぼすっぼすっぼすっぼすっぼすっぼすっ
「なっ!?」
あれだけ撃ったのに弾丸は直撃するどころか掠りもしなかった。ただ地面に小さな穴を開けただけだ。
「こいつ……」
パストルの背筋に強烈な寒気が走る。この戦法は彼の必殺技だったのだ。それをまるで子供の児戯だと言わんばかりにあっさりと破られてしまった。
そのことに怒りを通り越して、心の底から恐怖した。
「さてと……」
対照的にトモルはこの下らない戦いをさっさと終わらせようと淡々と動き出す。
「ガンドラグR」
名前を呼ばれるとトゥレイターの手のひらの中に変わった形の銃が生成された。それをゆっくりと、どこか気だるそうに今も忙しなく木の上を移動する青色のマシンに向けた。
「射撃というのは、こういう風にするものですよ、ティーチャーパストル」
バン!ガァン!!
「――ぐっ!?」
奇妙な銃から発射された弾丸はベッローザの肩の装甲を見事に抉る。中身であるパストルにはダメージは入っていないが、代わりに精神的なショックは計り知れないものだった。
(俺様の、ベッローザ・ブルーの最高速移動中に弾丸を命中させただと……!?今までそんなことは一度もなかった……奴は一体……!?)
「ほら、次行きますよ、ティーチャーパストル」
「――!?」
バン!ガァン!!
「――ちっ!?」
今度は太腿の装甲を削った。僅かに体勢を崩すが、意地か経験の成せる技か、なんとか堪えて、高速移動を続行する。
「今ので地面に降りて来てもらうつもりだったんですけど、やっぱりやりますね」
「嫌味な奴め!!慇懃無礼という言葉はお前のためにあるのだろうな!!」
「ひどい言われ様ですね……では、機嫌を直してもらうためにぼくもレッスンをつけてあげましょうか」
「なんだと……!?」
「ぼくの射撃が何故あなたに命中するかわかりますか?」
「………」
わかっていたらこうなってはいないとは口が裂けても言えなかった。だが、足と同じかそれ以上に頭をフル回転させても答えにたどり着くこともできなかった。
トモルはそうなることはわかっていた。傲慢なパストルでは決して答えを導き出せないと理解した上で、彼により強い屈辱を与えるためにこんな舐めた真似をしているのだ。
そしてさらに追い討ちをかけ、とどめを刺すために口を開く。
「ブッブー!時間切れです!正解は……動きが単調なんですよ」
「――なっ!?」
「正確には単調にならざるを得ないと言うべきですか。そのマシンのスピードは確かに一級品ですが、それ故にきっと装着者にも一流のスキルを要求するんでしょうね……そして、それにあなたは応えられていない……!」
「うっ!?」
「そのスピードを自在に操る身体能力と反射神経が備わっていない。だから直接的にしか動けない」
「あ……」
恥ずかしかった。ただただパストルは恥ずかしかった。偉そうにマシンの特性云々と語ったのに、自分自身がその言葉を実行できていなかったことが恥ずかしくて仕方なかった。
そんな意気消沈しながらも足を止めないパストル先生にトモルは再び銃口を、正しくは彼の少し先、進行方向へと向けた。
「だから、動きを予測し易い。所謂偏差射撃をすれば……」
バン!ガァン!!
「――ッ!?」
「当てられる」
弾丸はベッローザの鼻先を抉る。目の前を少しずれていたら自分の命を奪っていた影が通過するのを見て、冷や汗がドハドバととめどなく溢れ出た。
しかし同時に追い詰められ過ぎて、ある種の開き直りの境地へと達する。
「ふ、ふん!!そっちこそ偉そうに言っている割には直撃させられていないではないか!!俺様も、ベッローザ・ブルーも傷はついても未だ健在!こうして走り続けている!!」
「うん。今までは当てるつもりはなかったですからね」
「そうか!そうだ……へっ?」
「本命を当てるために調整していたですよ」
そう言うと再び銃口を向け、指を引き金にかけた。
「これが本命」
バン!
発射されたのは当然弾丸!……ではなく、銃口の下にあるもう一つの穴から光のワイヤーが放たれた。そして……。
「何!?」
ベッローザの自慢の足に絡まった!
「そろそろ下界に降りて来てくださいよ、ティーチャーパストル!!」
「うおっ!?」
ゴォン!!
「――がはっ!!?」
ワイヤーを力任せに引っ張られ、ベッローザ・ブルーは久しぶりに地面へと背中から落ちて行った。
「はぁ……はぁ……くそッ!?」
衝撃で逃げ出した酸素を必死に回収しながら、ベッローザはドタバタと立ち上がった。
「剣よ!!」
ザンッ!!
そして新たに召喚した剣でワイヤーを切断した。
「てめえ……!!」
「さぁ、クライマックスです。ティーチャーパストル、あなたの力を出し尽くしてください」
最早トゥレイターは構えすら取っていなかった。腕をぶらりと下げ、ご自由にどうぞと無防備を装っている……そう装っているだけだ。
「いいぜ……そこまで言うなら……お望み通り俺様とベッローザの全力全開見せてやる!!」
パストルもそれが誘いだとはわかっていた。だが、トモルの思惑ごと粉砕することでしか自分と愛機の誇りを癒すことはできないと覚悟を決めてトップスピードで突っ込む!
「オラ!オラ!オラァ!!」
バン!バン!バン!!
ただ突っ込むだけではなく銃を乱射した。体勢を少しでも崩せればと思っての行動だった……が。
「ブレード展開」
キンキンキン!!
トゥレイターは銃の上部から剣を展開し、それでベッローザの弾を全て斬り払った。
「くっ!?だが、俺様の本命はこっちだ!!」
銃を投げ捨て、両手で柄を掴み、剣を振りかぶると、全ての力を込めて踏み込む!
これがパストル先生の最後にして最強の一撃!
「その思い……受けて立ちます!!」
トモルは回避運動を取ることなく、自らの脳天に振り下ろされる刃に、同じく刃を斬り上げた!
ガギャアァァァァァン!!
甲高い音が森中を響き渡り、太陽の光を反射してキラキラと光る小さな破片が桃と青の機械鎧の間を舞い散った。渾身の力を込めた衝突に耐えられず両者の刃は粉々に砕けたのだ。
「この!?」
「残念」
「うっ!?」
パストルが次の攻撃に移ろうとした瞬間には、トモルの行動は完了していた。青色のマスクに銃口を突きつけていたのだ。
「……銃、捨てなきゃ良かったな」
「だとしても結果は変わらなかったと思いますよ?」
「だろうな」
パストルは青色の仮面の下で苦笑した。
「つーか、それ銃だけじゃなく、色々ついているんだな。便利そうだ」
「このガンドラグRはトゥレイター502の元々の装備ではなく、後からぼくが注文して後付けしてもらったものです。高くつきましたけど、その代わりカラーリング代はサービスしてもらえましたし、あなたにも勝つことができました」
「謙遜するなよ。仮に俺とお前のマシンが逆でもお前が勝っていたと思うぜ」
「はい、ぼくもそう思います」
「ったく……」
再び苦笑いを浮かべながら、パストルはベッローザを待機状態のネックレスに戻し、生身の姿をさらけ出す。呼応するようにトモルも銃を下ろし、トゥレイターを脱ぎ、カメラ越しではなく、裸眼で見つめ合った。
「俺を採点するなら何点だい?」
「70点っていったところじゃないでしょうか」
「意外と高いな」
「ぼくがここまで圧倒できたのは、先にあなたを遠目から観察できたからです。初見同士ならもっと拮抗した勝負になっていたと思います」
「そうか……その言葉は今後の励みになる」
そう言うとパストルはトモルの肩を一回ポンと優しく叩き、彼の後方の森に向かって歩き出した。
「ウレウディオスの依頼は降りる。お前のような奴がウジャウジャいるとしたら、儲けることなんて夢のまた夢だ」
「でしょうね」
「だが、このまま終わるつもりはない。鍛え直して、必ず……!」
最後の意地か、はたまた完膚無きまでこてんぱんにされて逆にスッキリしたのか、パストルは前を向き、胸を張り、堂々とした態度で木々の隙間に消えて行った。
「さてとこっちは決着ついた……お次は……」
「うっ!?」
トモルがこちらを向くと思わずタモツはビクリと身震いした。
トモルの態度や表情は先ほどまで談笑した時と変わりはないが、自分を叩きのめした相手を更なる力で圧倒した彼の姿はタモツの目には別物に見えていた。
「……まだ立てないんですか?」
「えっ?あっ!?はい!大丈夫です!立てます!!」
慌てて立ち上がるとガナドール・Sを待機状態に戻し、傷だらけになった顔を晒す。風が頬を撫でるとずきずきと疼いた。
「あの……ありがとう。また助けられたね」
「今回のことに関してはお礼は結構ですよ。タモツさんがいなくても、あの人はぼくと戦うことになっていたでしょうから。むしろさっき言ったみたいにあなたと戦うところが見れて、楽に攻略できたとも言えるんで、ぼくの方がお礼を言いたいくらいです」
「それはさすがに……」
「言い過ぎでしたね」
ニコリと子供のように笑うトモル。その顔を見て、タモツは決意を固める。
「あの!トモル君!良かったら……」
「お断りします」
「おっ!?」
勇気を振り絞った言葉はあっさりと否定された。あまりにあっさり過ぎたので一瞬何事が起きたか理解できなかったタモツであったが、気を取り直して喰い下がる。
「まだ最後まで言っていないのに、断らないでよ!!」
「最後まで言わなくてもわかりますよ。ぼくとコンビを組んでウレウディオスの依頼をこなしたいってことでしょう?」
「それは……その通りなんだが……」
「無理ですよ」
「なんで!?」
「はぁ……」
自然とため息が零れる。自分が無茶苦茶なことを言っていることがわからない眼前の男に心底呆れた。
「あのですね、それぼくにメリットありますか?」
「メリット……?」
「コンビを組むっていうのは、お互いメリットがあって初めて成立することでしょ?あなたと組んでぼくに何か得がありますか?」
「そ、それは……」
「この程度の森にも迷う」
「うっ!?」
「ぼくが手も足も出させなかったティーチャーパストルに手も足も出なかった」
「ううっ!?」
「そんな弱い人と肩を並べることも背中を預けることもできません。ぼくとあなたが信頼関係を築くなんて無理なんですよ」
「うぐぅ!!?」
「さらに言うと……」
「も、もう勘弁してくれ……」
タモツは肩を落とし、項垂れるが、かろうじて伸ばした手でトモルの毒舌を制止した。
「まぁ、わかってくれればいいです」
「あぁ……おれがとんだ世間知らずの勘違い野郎だってことは、文字通り痛いほどわかったよ」
「そこまで卑下することはないと思いますけど。誰だって失敗はあるわけですし、そこから学んで成長すればいいだけの話です」
「……そうだな」
さすがに言い過ぎたと反省したトモルのフォローが功を奏し、タモツは傷だらけの顔を上げた。
「おれもウレウディオスの依頼は諦めるよ」
「賢明な判断じゃないでしょうか」
「それで……最後に良かったら……迷惑かけっぱなしのおれにアドバイスをくれないか?本当、良かったらだけど……」
「アドバイスですか……」
トモルは顎に手を当て、少しだけ考え込むと、すぐに口を開いた。
「そういうことを素直に質問できちゃうタイプはちゃんとした指導者の下で鍛えるのが、一番じゃないでしょうか」
「指導者……」
「というか、ティーチャーパストルに教えを乞うたらいいんじゃないですかね?言い方は乱暴でしたが、内容は的を射ていたと思いますし、ついて行けば迷わず森の外に出て行けると思いますし……」
「あいつに……」
一瞬迷ったが、逆に言えば一瞬しか迷わなかった。
「よし!人生一期一会!これも何かの縁だ!とりあえずあいつを追ってみるよ」
「そうですか。いい結果になることを祈ってますよ」
「あぁ!本当にありがとうな!時間はかかると思うが、この借りは必ず返すよ!それじゃあ!!」
タモツは勢いよく頭を下げると、踵を返し、パストルの後を追うように森の中に消えて行った。
「やれやれ……面倒だったけど、結果オーライってことでいいかな」
トモルは置いてある鞄の下へ歩き、持ち上げた。
「ん?」
持ち上げた瞬間、違和感を感じた。軽くなっていたのだった。トモルは鞄を肩にかけながら周りをキョロキョロと見回した。
「『アピオン』!どこに行ったの!?」
「どこにも行ってねぇよ。ここだ、ここ」
後ろから声がし、そちらを振り返ると目の前で羽を羽ばたかせた小人が宙に浮いていた。
「起きてたんだね」
「そりゃあ起きるさ!あれだけどんぱちやって、しかもおれっちごと鞄を投げ捨てやがって!!」
「ごめんごめん、ついね」
「ったく……」
ぷんすか怒りながらアピオンはトモルの肩にちょこんと腰を下ろした。
「つーか良く言うぜ、おれっちが空からナビゲートしてやらなきゃ、お前も迷ってた癖に」
「それはまぁ……そうなんだけど……」
トモルはバツが悪そうに頬を掻いた。
「それに信頼関係とか言ってたけど、強かろうが弱かろうがお前は他人を信用なんてしないだろうが」
「それも……そうだね……」
アピオンの指摘にトモルの目から輝きが消え、寂しげな眼差しを下に向けた。
「確かにぼくは……」
「おい!」
「いてっ!?」
センチメンタルになってるトモルの頬にアピオンのパンチが炸裂する。
「なんだよ……」
「下向くなよ!ここからバリバリ稼いで、バリバリ成り上がるんだろ!!そんなんじゃ無理だぜ!!」
「君が変なこと言ったせいなのに……」
「うるさい!前を向け!前を!!お前の前には明るい未来が広がっている!!」
アピオンが小さな腕とさらに小さな人差し指を伸ばすと、その先には光が差している森の出口があった。
「まぁ、なんだかんだ森は突破できたし、ライバルは二人蹴落とせたし、幸先いいってことなのかな?」
「おうおう!ポジティブに行こうぜ!ポジティブに!」
「うん!今までもなるようになったし、これからもなるようになる!ウレウディオスの依頼がどんなものかはわからないけど達成して、お金持ちになるぞ!!」
「おおう!!」
トモル・ラブザは一歩踏み出した。その先にあるのは彼が今想像しているものとは全く違う運命だとは知らずに……。