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No Name's Trust  作者: 大道福丸
本編
38/100

解放①

「「「うまいッ!!!」」」

 トモルにアピオン、そしてケントの三人は仲良く声をハモらせた。彼らの前には一人分に切り取られたシンプルなケーキが置いてある。これが本来バラバラだった彼らの心を一つにしたのだ。

「そう言ってもらえると、わたくし達も手塩にかけて作った甲斐があるというものです」

 みつ子は子供を見守る母のような笑顔を浮かべながら、ティーカップに湯気立つ紅茶を注ぎ、三人の前に出して行った。

「ほんまに最高やで、みつ子はん。最高のトレジャーハンターであると同時に、最高のスウィーツハンターでもあるワイをここまで唸らせるなんて」

「自称をつけてください、自称を。少なくともトレジャーの方はあなた以上の人をぼくは二人知っています」

「あぁ?お前はほんまに嫌な奴やな。そこは“そうですね!”でええやろ!」

「ぼく、嘘とかつけない性格なんで」

「それこそどの口が言ってるんや!嘘突きまくってターヴィをはめ倒した奴が!」

「あれはああしないと勝てなかったから仕方なく……ドラグゼオの燃費って、あんまりよろしくないんですよね。特に人を癒す炎はめちゃくちゃ疲れるんですよ。だからなんとか短期決戦で決着つけないと……って思って。実のところかなりギリギリ、薄氷の上の勝利でした」

「まぁ……そのことについてはうまくいったからええわ。確かにまともにやり合ってどうにかできる相手やなかったからな……」

 ケントはあの夜のことを思い出しただけで、身体が身震いを起こした。

「そうそう。こいつの性格が悪いのはいつもはあれだが、今回ばかりは役に立った。おかげでこんな豪華なジェットの中でこんなうまいケーキに舌鼓を打つことができたんだから!」

 アピオンは窓の縁まで飛んで行くと、下方を流れる白い雲を見下ろした。

 そう、今彼らはウレウディオス財団所有のジェット機に乗っている。全ての始まりの場所に行き、自分達の苦労が報われる場面を見届けるために。

「別に君達がついてくる必要はないのだがな。報酬だってすでに支払っているというのに」

 トモル達とは反対側の席にいるトラウゴットは明らかに不愉快そうな顔をした。言葉通りついてくることも嫌だが、遠足のようにはしゃいでいるのが気に食わなかった。

「まぁ、いいじゃないか。ワシは来るべきだと思うよ。その資格が彼らにはある」

「会長……」

 ケーキを頬張りながら、フォンスが嗜める。尊敬し、かつてはバリバリの武闘派であった会長にそう言われてはトラウゴットは黙るしかなかった。

「さすが!大組織のトップや!話がわかるの!」

「なぁに、ワシは当然のことを言ったまでじゃ」

「その当然のことができるのが、すごいことなんやって!自分の凄さをあんさんはもっと自覚した方がええ!」

「そ、そうかね」

 ここぞとばかりにゴマをするケントの術中にまんまとはまるフォンスが照れくさそうに額を掻く。周りの人々はその姿を見て、むしろ今後のウレウディオスについて心配になった。

「こんな立派な男が大願を果たすところを見れるなんて、ワイは幸せものやな~」

「言い過ぎだよ、ケントくん……まだどうなるかわからないのだから」

「まぁ、全てはメトオーサの谷についてからやな」

「あぁ、一番近くの空港で降りてから、さらに陸路で三日ほどかかる。それまでにオリジンズや金目当ての不埒な輩と遭遇する可能性も」

「安心せい!そんな時のためにワイらがいる!なぁ!」

「えっ?あっ、はい」

 急に話を振られたトモルは思わず反射的に返事してしまった。

「トモルの奴もこう言ってることやし、ジョゼットのおっさんやメイド隊と同じくボディーガードの末端としてこき使ってくれや!」

「ケントくん……」

 ケントは力強く自らの胸を叩き、顔を親指で指した。

「オリジンズだろうが、盗賊だろうが来るなら来いってだ!!」



「……って、どや顔で言うたのに、何にも起こらんかったな……」

 ウレウディオス一行の旅路は順調としか言いようがなかった。オリジンズも盗賊も、それどころか雨さえ降らずに予定通りメトオーサの谷の遺跡に到着したのだった。

「良かったじゃないですか。めんどうなことにならなくて」

「まぁ、それはそうやが……」

「フォンス会長にもっと媚びを売るチャンスって意味では残念でしたけど」

「そういう言い方するなや。ワイがセコくて浅ましい奴みたいやろ」

「みたいじゃなくて、どういう考えてもセコくて浅ましいでしょ」

「前々から思っとったけどお前、ワイにだけあたり強くないか?」

「そんなことないですよ。それよりも見てくださいよ、この遺跡……写真では見たことありますけど、実物はやっぱり違いますね。迫力がある」

「お前……!……もうええわ……」

 文句を華麗にスルーして、トモルは遺跡をゆっくりと見渡した。そのマイペースな姿を見て、ケントは何を言っても無駄だと悟る。

「あれやな、ポイド遺跡とやっぱり似とるな」

「ということは同じ人達が作ったんですかね?」

「デザインだけ見るとそうなるんやけど、場所が離れ過ぎとるからな……どうやろ?」

「そもそもあんな辺境というか、禁足地みたいな場所に建物を立てようなんて……」

「そこまでして神器を隠しておきたかったちゅうことかな?」

 その言葉を聞いた瞬間、和やかだったトモルの顔がキリリと引き締まる。

「……ぶっちゃけた話、三つの神器を奉納したら願いを叶えてくれるって……信じてますか?」

「全然」

 ケントは鼻で笑いながら、首を横に振った。

「そんなおとぎ話を信じるには、ワイは大人になり過ぎた」

「ですよね。ぼくも正直、ちょっと残念な結果になると思います」

「そう思いながら、わざわざついて来たんか?金持ちが落ち込むところを見るために?やっぱ性格悪いな」

「失敬な。そんなんじゃないですよ」

「だったらなんで?」

「フォンス会長はぼく達に来る資格があるって言ってましたけど、むしろぼく達こそ来なければいけないと思うんですよね」

「ワイらが遺跡を攻略したからか?」

「はい。だからこの場に立ち会った方がいいと思うんですよ。もし仮に何も起こらなかったら、神器を手に入れた者として後々呼び出される可能性もありますしね。そうなったらめんどくさいじゃないですか」

「そんなこと言いながら、ほんまはどっかで願いを叶えてくれるって話、信じてるんちゃうんか?で、その権利が自分にあると思ってるんちゃうんか?」

 ケントはニヤニヤと嫌らしい笑みを顔に張り付けながら、トモルを見た。

 それにトモルもまた不敵な笑みで返す。

「ぼくはケントさんよりはピュアですから」

「はっ!どこがや!よくそんな強欲を胸に秘めながら、人のことをセコいだの浅ましいだの言えたのう!」

「それは事実ですから」

「この……!お前はほんまに……」

「怒らない、怒らない。ほら始まるみたいですよ」

 自分で焚き付けておいてトモルはケントの怒りをまたまた軽くスルー、顎で準備に取りかかっているウレウディオスの面々に注目するように促す。

「ちっ!あとでワイがどれだけ聡明で器の大きい奴か、じっくり教えてやるさかいな」

「はいはい。その前にまずは……この遺跡が古代からの贈り物か、時空を超えたタチの悪いドッキリか……ぼく達の苦労が報われるかどうか、はっきりさせましょう……!」

 トモル達の視線の先でメイド達がウレウディオスボックスを開放、三種の神器を取り出すとそれぞれフォンス、メルヤミ、トラウゴットに手渡した。

「ここに来る前にも持たせてもらったが、その時よりも重く感じるな……」

 ベケの盾を渡されたフォンスはいつもの堂々とした態度が鳴りを潜め、端から見ても明らかに緊張していた。

「ええ……」

「はい……これが我らが背負うべき責任の重さなのですね……」

 リーヨのマントを持ったメルヤミとハーヤの剣を持ったトラウゴットも同様の表情だ。今は世界に名を轟かす財団の幹部には見えない。

「では……やるぞ……!!」

「はい……!」

 覚悟を決めた三人は祭壇の前まで行き、横並びになると、それぞれ神器を持ち上げた。

「せーの……で置くぞ?」

「はい、お父様のタイミングで」

「お任せします……!」

 フォンスが左右に目配せすると、二人は力強く頷く。お互いに気持ちを確認すると、誰から言うでもなく、皆揃って深呼吸をした。そして……。

「「「せーの!!」」」

 言葉の勢いとは真逆の優しい手つきで祭壇に神器を置いた。


…………………………


「……ありゃま」

 遺跡の中でケントの呟きだけが、虚しくこだました。

「心のどこかでは“奇跡”を目にできることを楽しみにしていたんですけどね……」

「まっ、願いは自分で頑張って叶えるしかないって言う古代人からのメッセージってことにしとこうや。なぁ、ウレウディオスの皆さん?」

「――ッ!?」

 ケントの励ましとも嫌味とも取れる問いかけに答えることなく祭壇の前で三人は三人とも苦虫を噛み潰したような顔で立ち尽くした。それをメイド達が「おいたわしや」と憐れむように見つめる。

 一大プロジェクトの呆気ない幕切れ……人間達はそう思っていた……人間達は。

「いや……違う……!」

「アピオン?」

 この場でオリジンズであり、感知能力の高いルツ族のアピオンだけが、異変を察知し、冷や汗を流した。

「違うって……なんや?」

「わかんねぇよ!!」

「はぁ?」

「わかんねぇけど……来る!!」


ドッ!ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!


「「「!!?」」」

 アピオンの言葉に合わせたように、遺跡全体が激しく揺れた!立っているのもやっとなくらい激しく!

「この揺れは!?」

「たまたまじゃないですよね……!!」

「間違いなく神器を集めたせいだ!その結果、目覚めたんだ!!」

「目覚めた!?だから何がやねんな!?」

「だからおれっちもわかんねぇって!わかんねぇけど……あの祭壇の奥の箱から出て来る!!」

「なん……」

「やて!!?」

 アピオンの言葉で皆の視線が“箱”に集中する!そして指摘通り、箱に一本光の筋が通ると、そこからゆっくりと両開きになった。

「箱が開いた!?」

「ずいぶんと大袈裟な開封セレモニーやな……!!」

 完全に箱が開くと、揺れはピタッと収まった。バランスを取ることに気を使わなくて良くなったトモル達はさらに意識を目に集中させ、“箱”から何が出て来るのかを固唾を飲んで、見守った。

 そして、“それ”は姿を現した……。

「……ふぅ」

「人……やと?」

 箱から出てきたのは、みすぼらしい布切れに身を包んだ妙な品格と迫力を持った男性であった。

 男は一呼吸し、肺の中の空気を入れ替えるとトモル達を見回した。そして一通り観察し終えると、ゆっくりと口を開く。

「そなたらが、余を目覚めさせたのか?」

 質問の意味はもちろんわかったが、異様な威圧感を含んだその声に、誰も答えることはなかった。

「もう一度訊く……そなたらが、余を目覚めさせたのか?」

 無視されたことに苛立ちを覚えたのか、若干語気を強め、男は再び問いかけた。

 皆の視線は男からフォンスに移動する。ここは年長者である彼が代表して答えるべきだと。

 それを気配で察したフォンスは恐る恐る口を開けた。

「はい……わたくしどもでございます」

 その言葉を聞くと、男はニッと口角を上げた。

「よく……よくやってくれた……!そなたらの願い、余が叶えてやろう」

「えっ………ほ、本当ですか!?」

 フォンスの恐怖に歪んだ顔がみるみる喜びで塗り替えられていった。ここまで高揚したのは、財団のトップとして金で買えるものなら、全て手に入る彼にとっては久しぶりのことであった。

「石板に書かれていたことは本当だったのですね!!」

「あぁ、そうだ。余がそなたの願い、叶えてしんぜよう」

「あぁ!ワシの願いがようやく!我が願い……」

「おっと」

「――は!?」

 男はフォンスに向かって、手を突き出して、彼の言葉を遮った。

「あ、あの……?」

「皆まで言わずともわかっておる。生き物にとって願いなど突き詰めれば、たった一つだからな」

「そ、そうです!ワシの願いは全ての命にとって、人間が望むものです!」

「そうだろう、そうだろう」

 興奮するフォンスに満足げに頷く男……一見すると通じ合っているように見える。しかし……。

「ワシの願いは……!」

「余の手によって、安らかな死を与えられること」

「そうで………へっ?」

 男の手のひらの周りの空気がグニャリと歪んだ。男の言葉に理解が追いつかないフォンスには、その様子がスローモーションになって見えた。

「これこそが名も無き家畜にとっては最高の名誉であろう」


ドゴオォォォォォォォォォォン!!


「「「!!?」」」

「きゃっ!!?」

「ぐあっ!!?」

「お嬢様!!?」

 フォンスのいたところが突然大きな音を立てて破壊された!衝撃の余波で両サイドにいたメルヤミとトラウゴットが吹き飛び、ゾーイの悲痛な叫びが響き渡った!

「大丈夫ですか!?お嬢様!?」

「あ、あたしは大丈夫……それよりもお父様が!!」

 駆け寄って来たゾーイに上半身だけ起こされたメルヤミは父の姿を探した。しかし、先ほどまでいた場所には土煙が舞い上がり、細かく砕けた遺跡の床の破片が転がっていた。

「お父様……?そんな……」

 茫然自失となるメルヤミ。けれどすぐに悲しみは怒りに変わり、父親譲りの闘争心に火をつける!

「お前ぇぇぇっ!!!」

 怒号と共に男を睨み付ける!当の男は明後日の方向に視線をやりながら、眉間にシワを寄せていた。

「せっかく苦しみもなく、逝かせてやろうと思ったのに……余計なことを」

「……えっ?」

 怒りが今度は疑問に変わり、すぐに歓喜になる。男の視線をたどっていくと、そこには父の姿があった……。

 フォンスを抱えている桃色と黒のツートンカラーのドラゴンの姿があったのだ!

「お父様!!」

「いきなり出てきて、何しやがるんですか!あなたは!!」


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