夜明けの奪還
「……ん!……んん!?……これは……?」
元の人間の姿に戻り、トラックにもたれかかっているターヴィ・トルマネンが目を覚まして、真っ先に視界に捉えたのは、予想もしていなかった光景だった。
「……メイド?フローロヴィチ達を手当しているのか……?」
戦場には場違いなきれいなメイドが部下達を介抱していたのだ。
「……どういうことだ、ピンクドラゴン?」
「うえ!?」
二本のペットボトルを持ち、息を潜めながら近づこうとしていたトモルをターヴィはギロリと睨み付けた。
「どういうことって……起きたら喉が渇いているだろうなって思って、お水をお持ちしたのですが……」
「……そうじゃない。いや、それも意味わからんな……何でオレ達を助ける?お前らとオレ達は今まさに殺し合った敵同士だろう?」
「それは……」
敗者とは思えない威圧感を放つターヴィに、トモルは口ごもってしまう。そんな風におどおどしていると……。
「ワイはとっとと殺してしまえって言ったんやけどな」
「あっ!?」
「一本もらうで」
ケントがやって来て、ペットボトルを奪い取ってしまった。直ぐ様蓋を開けると、ごくごくと喉を鳴らしながら、口内を潤す。
「ぷはっ!生き返るな!」
「ターヴィさん用に持って来たのに……」
「別にええやろ。こいつはやろうと思えば空気中の水分を吸収できるんやから」
「あぁ、そう言えばそうでしたね。その能力に痛い目に合わされたばかりなのに失念していました」
トモルは照れたように頭を掻いた。その姿に戦闘中に感じた迫力は微塵もなく、ターヴィも毒気を抜かれる。
「……なんとなくだが、お前がお人好しなのはわかった」
「せやせや、こいつは最初からお前らを殺すつもりなんてあらへん。あくまで奪われた神器を取り戻すのが目的やからって、絶対に命を奪うようなことはやめましょうって、耳にタコができるくらい言われたわ」
「殺すつもりでなければ、オレには勝てないぞ」
「せやせや!パニッシャーはんの言う通りや」
「ええ……何でぼくが二人がかりで責められてるんですか……それこそお二人敵同士でしょうに」
戦闘中とは真逆の奇妙な構図となった現在の状況にトモルは焦り、ターヴィは……笑った。
「フッ……面白い奴らだ」
「なんかわからんけど、うけたなら良かったわ」
「ですね」
「それにのんき……だが……!」
しかしすぐにその顔は元の厳しいものに戻り、再びトモルを睨む。
「本当になぜそこまでしてくれる?オレは悪名高きディオ教の支部長だぞ?」
自分で言っていて、悲しくなった。けれどもこれが世間から思われている正しい印象だ。だというのに……。
「ディオ教とか支部長とか関係ありませんよ。ただぼくはターヴィさんがいい人だと思ったから殺したくなかったんですよ」
「!?」
あっけらかんと、そして真っ直ぐ曇りない眼で見つめられて、そう言い返されるとターヴィの心は激しく揺れ動いた。
ここ最近外部の人間からそんな目を向けられることはなかったから……。
「オレが“いい人”だと……?何を持ってそんなことが言えるんだ……!?」
「何を持ってって……教団に侵入した時、信者の人達はこぞってみんなそう言ってましたし……」
「それだけでか……?」
「あと、戦ってる時もぼく自身もターヴィさんのこと強い!とか怖い!とかは思うんですけど、嫌だ!とは思えませんでした。感覚の鋭いルツ族のアピオンもだいたい同じ意見だった……からですからかね」
「そんなことを思いながら、あれだけ苛烈に、容赦なく攻めて来たのか?」
「それはそれ、これはこれ。自分で言っていたじゃないですか、殺すつもりでいかなきゃ勝てない……ぼくはそれを実践したまでです。それにあの程度では死なないって、信頼してましたから……ターヴィさんのこと」
そう言いながら屈託のない笑顔を浮かべるトモル。
その嘘偽りない言葉と、暖かみのある笑みがターヴィの固く閉ざされた心を氷解させた。
「……オレがお前の言う“いい人”かどうかはわからないが、オレと第二十支部の者達が、エコテロリストと揶揄される教団の行為に不快感を覚えているのは事実だ」
「やっぱり……」
「そもそも26も支部のある大きな組織だ……一枚岩ではない。入信した理由も、教義に共感した者、とにかく逃げ場所を求めた者、ただ暴れたいだけの者など様々だ。教祖ラーハッシの能力に疑問を持っている者もいる」
「星の声を聞けるってやつか?確かに胡散臭いわな」
「支部長であるオレが言うのもなんだが、オレも信じてないし、聞けたところでどうしたという気持ちしかない」
「なのに支部長なんかやってるんですか?」
「組織にいないとやれないこと、守れないものがあるんだよ。オレはそのために上を目指し、支部長まで昇りつめたが、その支部長同士もまた様々な思いをそれぞれ抱いて対立していた。目下の争いの種は暴力的手段を取るか否かだな」
「まぁ、驚きはせん。宗教なんて一皮剥けば、どろどろの権力争い、主導権争いって相場が決まっとるからな」
「その定番の状態に陥っている我らがディオ教だが、近年になって、そのバランスを崩す敵組織が現れた……」
「秘密結社T.r.Cですね?」
ターヴィはコクリと頷いた。
「エヴォリストを憎悪するあの組織が教団に攻撃を仕掛けて来たことから、奴らの反撃殲滅を掲げる過激派の力が増している。そもそもあいつらがテロなんかするから目の敵にされている部分もあるというのに……!!」
ポーカーフェイスだったターヴィの顔が今までで一番、苦々しく歪んだ。
「だからオレ達穏健派は今、教団内の地位を上げようと必死になっている。その一環が……」
「ワイらが集めていた神器の横取りか?」
「あぁ……ウレウディオスが躍起になって手に入れようとしているものを本部に献上すれば、発言力が増すと考えたのだが……間違いだったな」
ターヴィは立ち上がると、トモル達に背を向けた。
「お前らレベルの敵と事を構えることになるなら、割に合わない」
「じゃあ……?」
「持っていけばいいさ」
「よっ!太っ腹!……って、そもそもワイが手に入れたものやっちゅうねん!!」
ケントはノリツッコミをビシッと決めた。
「そうだったな……ならばお返しする。オレにはもう必要のないもの、道具は真に欲している者が持つべきだ」
「ありがとうございます。まぁ、もうとっくに回収しているんですが……」
「そうか……」
ターヴィは肩越しにトモルを見た。先ほどまでと違い、優しい眼差しで。
「ピンクドラゴン、お前名前は?」
「あっ!そう言えば名乗っていませんでしたね。ぼくの名前はトモル・ラブザです」
「トモルか……オレは穏健派と言ったが、無茶な開発をする企業や密猟者には力を振るうことを辞さない。下らない金儲けのために故郷を奪われた者の寂しさと憤りは痛いほどわかるからな……」
「ターヴィさん……」
「だからお前はもう二度とオレの敵に回るような真似はしてくれるなよ。お前の相手をするのは骨が折れる」
「完全に同意します。ぼくもターヴィさんと戦いたくないので、ディオ教が出てくるような案件にはもう手を出しません」
「そうか……ならば二度と会うこともあるまいな」
「ターヴィさん!」
「さらばだ、トモル・ラブザ。もし……もしもう一度会う機会が与えられたなら、その時は一人の土いじりが好きなのんきな人間として会いたいものだ……」
「ターヴィさん!!」
ターヴィはそう言うと、地平線から昇る朝日の中に消えて行った……。
「行っちまったな……」
「はい……」
「雰囲気に飲まれて、カッコつけまくってたけど、しばらくしたらトラックと部下のこと思い出して戻ってくるよな……」
「はい……」
「どんな顔して戻ってくるかな……?」
「真っ赤にしてじゃないですか……?」
「緑の処刑人なのにか……」
「緑の処刑人なのにです……」




