真夜中の再戦
ターヴィは僅かに目を細め、トモル達を一人ずつ見回していった。
「……ピンクの仲間の支部でオレを後ろから刺した奴と、ラゴド山の五人組の中で一番喧しかった奴か」
「ワイのどこが喧しいねん!ボケが!……って、前とはマシンが変わっとるのにわかるんか……?」
反射的に突っ込んでしまったが、よくよく考えると以前と全く違うピースプレイヤーを装着しているのに、自分を特定されたことに背筋が凍った。
「能力に目覚めてからは、感覚が鋭敏になったからな。視覚に頼らず気配で人を判断できるようになった」
「そんな力があるなら、処刑人より探偵とかになった方がいいんじゃないか?人探しとかに使えるだろ」
「そうだな……転職も悪くないかもな。お前達を倒してからじっくりと考えさせてもらうよ……!!」
「「「!!?」」」
空気が一瞬で緊迫すると、ターヴィはその身体をみるみるうちに変化させていった。
美しくも儚く、そして恐ろしく強い緑の処刑人の姿へと……。
「ボスのお出ましかい……!」
「やはり前座とはプレッシャーの質が違うな……!」
「ええ……でも、勝ちます。あの人に勝つためにこうしてドラグゼオに力を貸してもらっているんだから!」
最初に動いたのは炎の竜だった。手に持った特別製の銃で空中に十字を切る!
「十字葬炎弾!!」
ボボボボボボボボボボボボボボッ!!
桃色の炎の十字架が闇夜に出現したと思ったら、凄まじいスピードでターヴィへと向かっていった!
「あの時と同じ技……いや、威力は別物か」
ターヴィはアスファルトが砕けるほど強く踏み込み、十字架の軌道上から退避した。
あっさりと避けられてしまった必殺技にトモルの心中は……。
(よし!!)
喜びで満ち溢れていた!
(前回は避けなかったのに、今回は避けた……自慢気に語っていた鋭い感覚が避けないと危ないって判断したんだ!ドラグゼオはターヴィさんに通じる!)
トモルのテンションと共にドラグゼオの温度も上がっていく!そしてその高まりもターヴィは敏感に感じ取った。
「やはり完全適合に至った特級ピースプレイヤーか。先日の戦いから、短い間によくぞそこまでと褒めてやりたいところだが、それだけではオレは……」
「それだけって!!」
「私達を忘れるな!!」
ターヴィの着地の隙を狙って、ゲイム・Lとブラーヴ改が左右から挟み撃ち!しかし……。
「忘れるさ。うるさいだけの奴と、手負いの奴なんて、覚えておく価値はない」
「「なっ!?」」
両手を広げ、襲撃者に向かって伸ばす!比喩や常識の範囲の話ではない!実際に腕全体を太い丸太に変化させて、それをまるで弾丸のごときスピードで伸ばしたのだ!
ドゴッ!ドゴッ!!
「――ッ!?」「――がはっ!?」
「ジョゼットさん!?ケントさん!?」
カウンターで炸裂した丸太パンチに装甲を砕かれ、キラキラと破片を撒き散らしながら、二体のピースプレイヤーは戦線から離れていった。
「どちらも世間的には強者と呼ばれる部類なのだろうが、オレと、ディオ教の支部長とやり合うには力不足だ」
「よくも!」
ボン!ボン!ボォン!!
仲間の仇を討つためにドラグゼオは炎の弾丸を発射しながら突進した!
「仲間の救助より、敵の排除を優先するか……薄情な奴め」
「二人を信頼してるからです!」
「ならばまた尻尾を巻いて逃げて、態勢を立て直し、三人がかりで来るべきだったな。その射撃、威力は悪くないが……当たらなければ意味はないぞ!」
ターヴィはそれをあっさり躱しながら、両腕を丸太から鋭利な木の剣へと変化させた。
「ちっ!バーナーブレード展開!!」
対抗するために炎竜もまた銃のグリップから炎の刃を吹き出す!そして……。
「でやあぁぁぁぁぁっ!!」
「はああぁぁぁぁぁっ!!」
ザンッ!ボォン!ザザンッ!ボン!ザンッ!!
至近距離での真っ向からの斬り合い!射撃を織り交ぜ、独特のリズムを形成するドラグゼオに対し、ターヴィは二刀の手数とスピードで対抗した!
「完全適合に至った特級ピースプレイヤーはディオ教の慣例として、Aランク以上に格付けされる」
「あなたが覚えているランクですね!」
「一応な。確かに完全適合した特級のパワーとスピードには目を見張るものがある……だが!だからといって、それだけで危険視するのは間違っている!!」
「――ぐっ!?」
ザンッ!
ターヴィの剣速が上がった!対応できず桃色の装甲に傷が刻まれる!
「エヴォリストがピンからキリまでいるように、特級だって強弱があるはずだ。マシンのスペックは良くても、装着者が物足りない場合もたくさんある……お前のようにな!」
ブゥン!!
「――!?」
横から竜の顔面を薙ぎ払うように放った一閃は空を切った。目の前からドラグゼオの姿が一瞬で消えたのだ!
「こっちですよ」
「!!?」
竜はアスファルトに寝そべっていた。わざと倒れこむことで、攻撃を回避、さらに追撃を仕掛ける!
「燃えろ!緑の処刑人!!」
ボオォォォォォォォォッ!!
ガンドラグの銃口から火炎放射!桃色の炎が緑色のボディーを包み込む!
「これでも物足りないですか?」
勝ち誇ったように呟くトモル。しかし……。
「植物なら炎に弱いだろうと思ったか?」
ブォン!!
「――なっ!?」
ターヴィが勢い良く腕を振ると、炎は一瞬で消え去った。
「部下のおかげでお前が炎を使うことはわかっていたからな。だから、空気中の水分を吸収していた」
そう言いながら、腕を頭上に、剣からハンマーの形に変形させながら振り上げる。
「水気のある植物とは予想以上に燃えにくいものなんだ……ぞ!!」
「くっ!?」
ボオォォォォォッ!ドゴオォォォォォォォン!!
「……ちっ!」
撃ち下ろされたハンマーは粉々に砕いた……アスファルトを。ドラグゼオは足裏から炎を噴射し、ターヴィの射程から脱出したのだ!
「相性的に有利なんて浅はかな考えだったな……」
「漸く気づいたか……お前がオレに勝とうなんて一生無理なんだよ!ピンクドラゴン!!」
今度は腕をハンマーから蔦に変え、竜を捕らえようと伸ばした!
「束縛の激しい男はモテないですよ!!」
ザンッ!ザンッ!ボオォォッ!!
ドラグゼオはその蔦を炎刃で焼き切り、さらに背中とまた足裏から桃色の炎を噴射し、空中に飛び上がった!
「その軌跡……あの不細工なアートはお前の仕業か」
「ぼくはアーティストじゃありません!ぼくは……戦士です!!」
ボン!ボン!ボォン!!
桃色の炎竜は空中でやはり不恰好な絵を描きながら、銃を乱射した。
「何度も言わせるな……当たるかよ!そんなのろまな攻撃!!」
けれど、ターヴィは軽快にステップを踏み、ダンスを踊るように全て躱した。さらに蔦を伸ばして、今度こそ竜を捕らえようとするが……。
「おっと!のろまなのはどっちですか!」
空中を凄まじいスピードで移動するドラグゼオには追いつけなかった。
(ちっ!蔦では速度が足りない……というか、奴に切られたところの再生が妙に遅い。炎で断面が焼け焦げたせいか?まぁいい……蔦がダメなら別の手を打つまでよ!)
このままでは埒が明かないと判断したターヴィは蔦を引っ込め、腕を振りかぶる。そして!
「これならッ!!」
バシュ!バシュ!バシュッ!!
葉っぱのカッターを射出した!それは緑色の閃光となって、闇夜を切り裂き、空中の炎竜に迫る!
「速い……けど、ドラグゼオほどじゃない!!」
だが、ドラグゼオは噴射する炎をさらに強め、スピードアップ!葉っぱを避けながら、ついでに焼き尽くした。
これでさすがのターヴィも打つ手なし……と思いきや、彼の顔は焦りではなく、余裕が滲み出ていた。
「フッ……理解したよ……お前が未熟だってことをな!!」
バシュ!バシュ!バシュッ!!
ターヴィは再び葉っぱのカッターを発射した!ドラグゼオの進む先に。
「偏差射撃!?くそ!!」
ボン!ボン!ザンッ!!
避けることは無理だと一瞬で理解した炎の竜はガンドラグを使って迎撃!今回は事なきを得た……今回は。
「よくぞ防いだ……では、次は倍でいくぞ!!」
バシュバシュバシュバシュシュッ!!
宣言通り先ほどの倍……いや、それ以上の数の葉っぱが発射され、ドラグゼオの視界をその瞳と同じ緑色で覆った。
「このぉ!!」
ボン!ボン!ザザンッ!!
竜はまた迎撃しようとガンドラグを必死に動かす……が。
チッ!!
「――くっ!?」
全て撃ち落とすことはできず、足先を掠めた。たったそれだけのこと……それだけのことで未熟な竜を地に落とすには十分だった。
「うわあっ!!?」
ドスン!!
バランスを崩したドラグゼオは空中を二回、三回とぐるぐると回転した後、地面に墜落した。
「スピードは良かったが、動きが直線的過ぎたな。読み易いったらありゃしない」
「くっ……!ティーチャーパストルに言ったことが、回り回って返ってくるとはね……!」
「驕り高ぶって講釈でも垂れたのか?そういうところだぞ、ピンクドラゴン。お前がオレに勝てない理由はな」
「知った風な口を!!」
桃色の炎竜は勢い良く立ち上がると、魂に怒りをくべて、全身にから炎を吹き出し、ターヴィに飛びかかった!
「馬鹿正直に正面から……もう少し頭を使ったらどうだ」
バシュ!バシュ!バシュッ!!
ターヴィもまた正面から迎え撃つ!葉っぱのカッターを再び射出した!ドラグゼオは今度は反撃できない!
いや、するつもりもなければ、必要もないのだ。
ザシュ……
葉っぱのカッターがドラグゼオの身体に触れた……その瞬間!
ボゴオォォォォォォォォォォン!!
「何ぃ!!?」
葉っぱが触れた瞬間、ドラグゼオは爆発!辺りに強風が吹き荒れ、白煙で包まれた。
「これは目眩ましか!?」
ターヴィは炎竜の本体を見失う。その隙にドラグゼオは……。
「“蜃気楼の双子”……言われなくても、あなた相手には頭を使いますよ!」
側面に回り込んでいた!必殺技の構えを取りながら!
「これで!エクスフレイムスラッシュ!!」
桃色の炎の刃がXを描く、トモルとドラグゼオの必殺技が炸れ……。
スカッ……
「……え?」
Xが刻まれ、断末魔を上げるはずのターヴィが刃に触れた瞬間、ゆらゆらと揺らめき、そのまま薄くなって消えていった。
「これは……!?」
「化かし合いはオレの勝ちのようだな」
「――ッ!?」
ドゴン!!
「ぐあっ!!?」
声のした後ろを振り返ると、がら空きの脇腹にミドルキックをお見舞いされた!
ドラグゼオはミシミシと胴体にひびを入れ、吹っ飛び、そして二度三度とバウンドして、地面に這いつくばった。
「くっ!?ターヴィさんも分身を……!?」
「否。オレはお前のように炎で分身を作るなんて、器用な真似はできないよ」
「なら!」
「オレができるのは、ちょっとした幻を見せるぐらいだ」
そう言うと、ターヴィは身体についた鮮やかな花を指で弾いた。すると、そこからキラキラと粒子が闇夜に舞った。
「それは……花粉……?」
「あぁ、この花粉は皮膚から浸透し、幻覚作用を引き起こす。あくまで皮膚から吸収させないといけないから、ピースプレイヤー相手には効かないんだがな」
「じゃあ、ぼくは何で……?」
「お前のマシンが特級で、お前がそれに完全適合しているからさ。聞いたことはないか?特級ピースプレイヤーの軍団が幻覚を見せるエヴォリストに一網打尽にされたなんて話を」
「そうか……そういうことか……!!」
トモルもその話を知っていた……知っていたからこそ悔しさがよりこみ上げて来た。
「完全適合した特級ピースプレイヤーの装甲は装着者と強く結びついている。故にオレの花粉も効く。せっかくのニューマシンだったが、裏目に出たな」
勝利を確信したターヴィはいまだに立てずにいる炎竜に手を翳した。
「くそ!まだだ!まだ終わってない!!」
勝利を諦めていないドラグゼオは今度こそと勢い良く立ち上がろうとした……したが。
グンッ!!
「――なっ!?」
竜の四肢はアスファルトを砕いて出て来た木の根っこに絡めとられていた。ドラグゼオはその屈強な根に抑え込まれ、再び地面に這いつくばる。
「生憎、オレはもうお前に付き合うつもりはない」
「くっ!?」
「残念だが……これで終わりだ……!!」
ターヴィはこの不毛な戦いに終止符を打つために竜に向けて翳した手に意識を集中した。
それに対しドラグゼオの桃色のマスクの下、万事休すのはずのトモルの顔には……ニヤリと笑みがこぼれた。
「ええ、終わりです……ここからは第二ラウンドの始まりです!ねぇ!ジョゼットさん!!」
「おおう!!」
「――なっ!!?」
雄々しい咆哮と共にブラーヴ・ソルダ改が緑の処刑人を背後から強襲した。




