炎竜の正体
「アピオン……」
「ワイとしたことが、咄嗟のことで止められんかった……!!」
桃色の炎が爛々と辺りを照らすのと比例するように、それを見る人々の心に暗い影を落とした……。ジョゼットは言葉を失い、ケントは後悔で瞳を潤ませる……。
「くそッ!ぼくがこけなかったら!そもそもここに来なければ!!」
トモルは怒りに身を任せ、地面を殴った。自分に対して激しい憤りを覚える一方、ドラグゼオへの闘志はみるみると萎んでいく……。
それに呼応したわけではないが、アピオンを包んでいた炎も小さくなる。炎が消えた後、残るのは無惨な消し炭……。
「アピオン……!!」
「……ん?」
「……ん?」
目が合った。アピオンと。何の変哲もないいつも通りのアピオンとトモルの視線が交差した。
「「んんんッ!!?」」
「「アピオン!!?」」
妖精は無事だった。火傷一つない姿で灼熱の炎から生還したのだ!
「これはどういうことだ……!?」
「なんだっていいわ……理由なんて、別にええ!生きてりゃそれで万々歳や!!」
ケントは今度は喜びから目を潤ませた。
一方のトモルの頭は喜び以上に疑問に支配されていた。
(一体、これは……?間違いなく攻撃を喰らったはず……ドラグゼオの攻撃は一撃必殺の破壊力を秘めているはずなのに……!?)
疑問と恐れが滲み出た眼差しで、ドラグゼオをチラッと見た。その瞬間だった。
「グルオォォォォォォォォッ!!」
「「!!?」」
沈黙していたドラグゼオが再び動き出す!今までと変わらず目の前の敵を排除するために!
「アピオン!下がって!!」
「言われなくても!!」
「グルオォォォォォォォォッ!!」
妖精が戦線を離脱すると、先ほどまでと同じ一方的な猛攻を繰り出すドラグゼオと、それを必死になって躱し続けるトゥレイターの構図になった。
(くっ!?色々あり過ぎてまだ混乱してるけど、依然ぼくが不利なのは変わらないか……!!)
炎の剣による斬撃と徒手空拳の組み合わせは少しずつ、けれど確実にトゥレイターの装甲とトモルの集中力を削っていった。
だが、そんな自らの命が脅かされて尚、トモルの心を支配していたのは、アピオンがなぜ無事だったのかということだった。
(ルツ族は適応力が優れていると聞いていたけど、まさかあの一瞬でドラグゼオの炎に適応したというのか?いや、それはあり得ない。イラガ砂漠でも暑さに慣れるまで、短いがそれなりの時間がかかっていた。何より……!)
「グルオォォォォォォォォッ!!」
ジュウゥゥゥ!!
「――ッ!?」
ガンドラグのグリップから伸びた炎の剣の切っ先がちょこっと触れる。そのちょこっとで、トゥレイターの装甲は深く熱く焼け爛れた。
(この火力をまともに受けて、耐えられる生物なんているはずない……!ならばなぜ……!?)
トモルはドラグゼオの顔を見た。その顔は凶悪と形容して差し支えない恐ろしいものだった。
(ドラグゼオは父さんの怒りと嘆きの化身……!全てを憎悪し、全てを焼き尽くすために存在しているはずだ……!)
「グルオォォォッ!!」
ボオォォォォォッ!!
「――なっ!?」
炎の剣はさらに燃え盛り、大きくなる!凄まじい勢いで辺りの水分が蒸発しているのが、ピースプレイヤー越しでもわかった!それを……。
「グルオォォォォォォッ!!」
おもいっきり振り下ろす!
「くっ!?」
ジュウゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!
トゥレイターは全てのエネルギーを両脚に集約し、跳躍!かろうじて避けることができた。
桃色の炎刃はそのまま地面に衝突するが、あまりの熱量に岩が赤熱化している。
(まだ火力を上げられるのか!?父さんの憎しみはどこまで……)
刹那、トモルの頭に幼き日の思い出と父の笑顔が走馬灯のように過った。
(……違うんじゃないか?確かにドラグゼオを起動させたのは父さんのやりきれない思いだ。それは間違いない……だけど、父さんはそれだけの人じゃないだろ!)
両手を傷だらけにして料理を振る舞ってくれた父、星を眺めながらラブザ家のことを教えてくれた父、夢のために真剣な面持ちで机に向かう父……。
今まで蓋をしていた父の思い出がトモルの中で溢れ出す。
(父さんは憎しみや怒り、ましてや虚栄心でドラグゼオを作ったんじゃない!ぼくやぼくの子供、そのまた子供の未来のためにラブザ家を再興しようと、優しい祈りを込めてドラグゼオを作ったんだ!)
父との思い出が脳裏に鮮明に映し出される度に、目の前にいるドラグゼオが恐ろしいドラゴンというより、怖くて暴れ回っている子供のように見えてきた。
(そうだ……父さんは優しい人だった。借金取りに騙されたのに恨みごと一つ言わず、病気になっても誰かのために動いていた。だから、死んだ時はみんな悲しんで、心の底から悼んでくれたんだ……)
涙を流す人々に囲まれ、安らかに眠る父の姿を思い出し、トモルは大きな勘違いを犯していたことに気付いた。
だから足を止め、そして……。
「トゥレイター……解除」
戦うこと自体を放棄した。
「何やってるんだ!あいつは!?」
あり得ない行動にジョゼットは思わず叫んだ!
「まさかマシントラブルか!?」
ケントはその行動に理由を求めた。
この中でトモルと一番付き合いの長いアピオンは……。
「きっとあれがあいつなりの答えなんだ。この戦いを終わらせる……いや、ドラグゼオを手に入れるための……」
アピオンはただ信じた……トモル・ラブザのことを。
「グルオォッ!!」
ドラグゼオは銃口を生身のトモルに向ける。そしてまた躊躇なく引き金を……引いた。
ボウッ!ボオォォォォォォォッ!!
「ラブザ!!?」
「トモル!!?」
弾丸は着弾すると同時に、トモルの全身を桃色の炎で包む!トモルは熱さで悶え苦しむ……ようなことはなかった。
「……あいつ平気なんか?」
「あの炎で焼かれて大丈夫……どころか、むしろ傷が治ってないか?」
「……確かにそう見えなくもない……」
実際にトモルの傷は急速に癒されていた。自らの身体に起きる嬉しい異変にトモルは正しい選択ができたことを確信する。
「……やっぱり君は優しいマシンだったんだね。君が本当に父さんから受け継いでいたのは、怒りや憎しみなんかではなく、あの人の本質だった……」
「グルオォォォォッ……」
「ただ君は相手にされたことをそのまま返しているだけ……憎悪には憎悪で、怒りには怒りで、信頼には信頼で。ぼくは君を手に入れるといいながら、君を恐れ、拒絶していた……だから、ぼくに襲いかかってきた」
ドラグゼオはガンドラグを下ろし、ゆっくりとトモルに近づいた。
「やっぱり……相手の信頼を得たいなら、まずぼく自身が心を開いて、信頼を示さなきゃいけなかったんだね」
トモルの脳裏に今度はイラガ砂漠で傭兵に言われた言葉が蘇る。
「俺とお前は違う。お前がどんなに望んでも、“孤高”になれるタイプじゃねぇよ。俺とは別の道を歩け、トモル・ラブザ」
「今ならダブさんの言いたかったことがわかる。あの自分よりも他人の幸せのことばかり考えている父さんの息子であるぼくが孤高なんて無理な話だったんだ……ぼくに本当に必要だったのは……」
トモルはチラリとこちらを心配そうに見つめているアピオン達に目を移した。
「すぐに変われるとは思わない……だけど、せめてぼくのためにあんな顔をしてくれる人達のことは心の底から信頼できるようになりたい……いや、なってみせる……!」
再びドラグゼオに視線を移すと、真っ直ぐとこちらを見つめる緑色の眼が笑いかけてくれているように感じた。
「ドラグゼオ、ぼくは君を受け入れる。だから、君もぼくのことを受け入れてくれ」
「グルオォッ……」
トモルが手を差し出すと、ドラグゼオはそれに応え、手を握った。
すると桃色の竜の身体は光の粒子になり、トモルを覆っていた桃色の炎と共に彼の手のひらの中に入っていった。
トモルが手を開くと、そこにはピンクの宝石の装飾が施された十字架があった。
「お帰り、ドラグゼオ。そしてよろしくね……」
トモル・ラブザは新たな、そして終生の愛機を手に入れた。




