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No Name's Trust  作者: 大道福丸
本編
30/100

希望と絶望の象徴

 メウ共和国の中心から見て、ディオ教第二十支部の反対側にエンレイの森はある。

 自然豊かというには、あまりに生い茂り過ぎた巨木が何者だろうが侵入を拒絶しているというのに、近年では暴れ回る桃色の竜も住んでいるというので、近隣の人は決して近づかない。

 そんな辺鄙な場所を三人の男と一匹のオリジンズはひたすら奥に向かって進んでいた。

「お前、ほんまにこんなけったいなところで暮らしとったんか?」

「はい。久しぶりですけど、全然変わってないです。あの時はエンレイの森なんて名前で呼ばれてなかった」

 先頭を歩くトモルは通り過ぎる様に木を撫でると、ノスタルジーに顔を緩ませた。

「不便ってレベルじゃないやろ?」

「まぁ、当時はそれが当たり前でしたからなんとも思いませんでしたが、今思うとよく生活できていたなと思います」

「せやろ?こんなところ……逃亡犯の潜伏先は……言い過ぎやな、悪い」

 ほとんど言ってしまったが、さすがに人の故郷に対して失礼だったと思い、ケントは素直に謝った。

 それを受けたトモルは一瞬だけ微笑みかけると、再び前を向き直しながら、表情を寂しげなものへと変化させた。

「いえ、気にしてませんよ。実際、俗世から逃げて来たみたいなものですから」

「何かやらかしたんか?お前の親父?……って、これも深入りし過ぎか……」

「大丈夫です。むしろ聞いて欲しい……ぼくと父のこと……そしてラブザの家のこと……」

「ラブザって……なんや凄い家系なんか?」

「ぼくの家の始祖はかつてオリジンズが人間を滅ぼそうとした時に、人間を守るために先頭立って戦った人だったらしいです」

「そりゃあ、凄いな!……って、言いたいところやけど、いくら何でも凄過ぎないか?というかおとぎ話の世界やんけ……」

 ケントは思わず怪訝な顔をしてしまった……しまったが。

「いや、その話は事実だぞ」

「え?」

「おれっち、ルツ族の長老様が実際に人間と共存派のオリジンズの同盟と殲滅派のオリジンズの全面戦争をその目で見たって話聞いたもん」

「……マジか?」

「マジマジ、大マジよ」

 アピオンの言葉で一気に話に信憑性が増し、ケントは喉を鳴らした。それと同時に新たな疑問が湧き出てくる。

「でも……それならもっと敬われて、いい暮らしをしててもいいんじゃねぇか?」

 ケントの率直な問いかけに、トモルの顔にさらに影がかかった。

「そうです……実際に他の家、人間達を率いて、穏健派のオリジンズから竜の家紋を与えられた一族はケントさんの言う通り、今も各地で名門として尊敬を集めています」

「だったら……」

「最後まで裏切ることなく、人間側にいた家は……ね」

「――ッ!?なら、お前の、ラブザ家は!?」

 トモルは前を向きながら、コクリと頷いた。

「はい……ラブザは、桃色の竜は戦争の最中、人間を裏切り、人間を滅ぼそうとしているオリジンズの側に付きました」

「なっ!!?」

 ケントは言葉を失った。彼だけではなくアピオンもジョゼットもそれ以上何も言えなくなってしまった。

「始祖が裏切った理由はわかりませんし、わかりたくありません。ただ事実として裏切ったという伝承だけがラブザ家に伝わっているんです」

「そうか……お前がトゥレイターの名前を気に入っていると言ったのは……」

「まぁ、皮肉ですね。ラブザの人間にはぴったりだと……」

 ジョゼットは心の片隅に引っかかり続けていた疑問が氷解したというのに、晴れやかな気分にはなれなかった。

「だけど、そんなの過去の!顔も知らないご先祖様の話やんけ!お前や親父さんが気にすることやない!」

 いつの間にかケントはトモルに感情移入し、思わず声を荒げた。

 それがトモルには嬉しかった……嬉しかったが、もう少し早く出会いたかったと残念にも思えた。

「父さんにもケントさんみたいに言ってくれる人がいれば良かったんですが……」

「いなかったんか……?」

「はい……父さんはぼくと違って真面目な人だったから、人里から離れ、この森でラブザ家の名誉を回復するための方法を考え続けていました。そしたらある日……」

 トモルは腕と人差し指を真横に伸ばした。

「ちょうどこの先ですかね……散策していたら、特級オリジンズが死んでいたんです」

「特級が!?珍しいな!?」

「ええ……父も本当に驚いていましたよ。天からの恵みだってね」

「そう思うのも無理はない。むしろ今までのお前の話を聞くと、その特級オリジンズ自体が寿命を悟って、自らの遺体を竜の一族に……お前達に捧げに来たんじゃないか?」

「ロマンチストですね、ジョゼットさん」

「確かに……少し飛躍し過ぎたか……」

「本当のところは永遠にわかりません。ただわかっているのは、ぼくの父はその遺体売った金で商いをするのではなく、その遺体で特級ピースプレイヤーを作り、それを使って儲ける選択をしたということです」

「特級ピースプレイヤーを?こんな場所で?」

「ええ。父は昔ピースプレイヤーの開発に携わっていたこともあったんで、そのつてで色々と機材を集めて……」

「つてと言っても、かなりの金がかかっただろ?」

「はい……だから借金までして……」

「……おれっち、なんとなく展開わかっちゃったかも……」

「君の想像した通りだよ……その選択こそが一番の過ちだったんだ……!」

 トモルは力一杯、手のひらに爪が食い込んで、血が出てしまうんではないかと心配になるくらい強く握りしめた。

「寝る間を惜しんで父が特級ピースプレイヤーを完成させると、借金取り達が乗り込んで来て、利子だの返済期限だの言って、それを奪おうとしたんです」

「言っちゃなんだが、こんな森の中に住んでいる世捨て人に金を貸す奴なんて普通やないからな。そりゃ無茶苦茶するわ」

「きっと最初から特級ピースプレイヤーが完成次第奪うつもりだったんでしょうね。売るにしても、使うにしてもはした金貸した見返りに手に入るなら、儲けもんでしょうから」

「だけど、その特級ピースプレイヤー……」

「ドラグゼオ」

「そのドラグゼオって奪われないで、ここにあるんだろ?何でだ?」

「特級ピースプレイヤーは人の感情や意志を力に変える……あの時、父の怒りと嘆きがドラグゼオを目覚めさせたんだ……!」

 トモルの脳裏にその時のことが鮮明に甦った……。



「うわあぁぁぁぁぁぁっ!!?」

「化け物だ!!?」

「逃げろ……逃げろ!!?」

 桃色の炎に包まれた家の中から、借金取り達は恐怖に顔を青ざめさせ、転びそうになりながらも脱出した。

「やめろ!やめてくれ!ドラグゼオ!!」

 父は必死の形相で自身の作ったマシンに呼びかける。しかし……。

「グルオォォォォォォォォッ!!」

 ドラグゼオは止まらない!ピンクとブラックのボディーから桃色の炎を出し、緑色の二つの眼でどこか遠くを見つめながら暴れ続けた……。



「装着者無しで……動いたんか?」

「はい」

「それはほんまに……びっくりやな……」

 ケントは信じられないといった様子で黄色と黒のツートンカラーの髪をくしゃくしゃとかき乱した。

「にわかには信じ難いが、特級ピースプレイヤーというのは常識で測れないところがあるからな。装着者を取り込んで暴走したなんて話もあるし、外部から感情を受信し、制御不能になってもおかしくない……か」

 そうは言いながら、ジョゼットもやはり心の底から納得できずにいた。

「気持ちはわかります。ぼくもあの場にいなければ、信じられなかったでしょうし」

「まぁ……そのドラグゼオにこれから会おうっていうんやから、考えてもしょうがないか」

「そうですよ」

「それよりその後、お前ら親子はどうなったんや?」

「父はすぐに身体を壊して亡くなりました。精神的に折れてしまったんでしょうね。そしてぼくは生活のため傭兵まがいのことをし始めます」

「で、今に至るというわけか。お前が金に汚い理由がわかったわ」

「ケントさんだけには言われたくないんですが。まぁ、今思うときっと心のどこかで父の果たせなかったお家再興を成し遂げたいとか思ってたんでしょうね……父のようにならないために、誰のことも信頼しないで……!」

 その結果がこれだと思うと、トモルは情けなくて泣きそうになった。

 トモルの思いつめた背中から空気が重くなりそうになったのを、敏感に察知したケントは話を変えることにした。

「……ようわかったわ、お前のことは。んで、噂のドラグゼオはどこや」

「あっ、はい!えーと、もうすぐ……あの洞窟の奥です」

 トモルが前に指をつき出すと、その先に岩壁にぽっかり空いた穴があった。一行はそのままその穴に入って行く。

 洞窟の中は真っ暗……と思いきや、壁面に付いたこけが淡い光を放っていて、思いの外明るかった。

「なんや、このこけ?」

「さぁ?なんか光るんですよ、それ」

「わからへんのかい」

「この辺にある植物は食べられるかどうかでしか判断してませんでしたから。そのこけは食べるとお腹痛くなる……それだけわかっていれば十分でした」

「食ったことあるんかい……っていうか、何でこの洞窟にいるってわかるんや?お前、家壊されてからドラグゼオとは音信不通やったんちゃうんか?」

「実はキャリアを積んで、強くなったと自信が付いた頃に一回会いに来たことがあるんですよ。父の遺産ですし、他人に迷惑かけるようなことされるとあれなんで、回収できないかと」

「その時、この洞窟にいたのか?」

「はい。そして……」

 トモルは口ごもった……それが答えだった。

「なるほど……処刑人より前に、こっちにリベンジしないといけないわけやな」

「ええ……あの時よりもぼくが強くなったかどうか……これはそういう戦いでもあるんだ……そうだろ、ドラグゼオ?」

 話している間に最奥についていた。

 そしてそこには予想通り、ブラックとピンクの装甲と炎を模した角飾り、エメラルドを彷彿とさせる二つの緑色の眼を持った機械鎧が一機立っていた。

「これが……」

「ドラグゼオか……」

「ヤバそうな雰囲気プンプンだぜ……!」

 二人と一匹は足を止めた。ここから先は戦士達の領域だからだ。

 トモルだけ足を止めずに、ドラグゼオに近づいていく。すると……!

「やあ、元気か……」

「グルオォォォォォォォォッ!!」

 ドラグゼオは桃色の炎を全身から吹き出した!

「――ッ!?元気は有り余っているようだね、ドラグゼオ!!」


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