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No Name's Trust  作者: 大道福丸
本編
3/100

始動②

 トモルの気持ちなど露知らずガナドール・Sとベッローザ・ブルーは距離を詰めていき、遂にお互いの手の届くところまで来た。

「…………」

「ん?どうした?攻撃して来ないのか?ほれほれ」

「――ッ!?」

 威勢よくピースプレイヤーを装着してみたものの、いざ戦闘開始となると緊張し、黙り込み、様子を伺うことしかできなくなってしまったタモツの目の前で挑発的にパストルはぺちぺちと自らの頬を、正確にはその上を覆う流線型の青色の装甲を叩いた。

 さすがにそこまでされては血気盛んな若者も黙ってはいられない。

「野郎!そこまで言うなら、先手を取らせてもらう!!」

 ガナドール・Sは大きく拳を振りかぶると、間髪入れずにそれを指定された通りベッローザの頬に撃ち込んだ!

「ウリャア!!」


ぱしっ


「……えっ?」

 全力のパンチはいとも簡単に、まるで子供の手を払い除けるようにあっさりとはたかれ、軌道を変え、何もない虚空に炸裂した。

「な、なんで……!?」

「おいおい、呆けてる場合かよ?せっかくいいマシンを持っているんだ、どんどん攻めて来いよ」

「くっ!?」

 再びの挑発にガナドール・Sは再度拳を固め、今度は横からの攻撃を試みる。

(今の攻撃は直線的過ぎた!角度をつければきっと……!!)


ぱしっ


「――!!?」

「残念……」

 リベンジのフックは手の甲で手首を叩かれ、目の前で突っ立っているだけの憎いあんちくしょうにまたまた命中することはなかった。

「ぐうぅ……!?」

「ぐうぅ……!?じゃねぇよ。唸ってても俺様とベッローザ・ブルーは倒せないぜ?」

「そんなこと……わかっているわ!!」

 次の手は連打!単発ではなく次々と拳を繰り出していく!だが……。


ぱしっ!ぱしっ!ぱしっ!ぱしっ!


「――ッ!?」

 ガナドール・Sの漆黒の拳は全てベッローザ・ブルーの青い手によって軌道を修正され、頬どころかそのサファイアのようなボディーのどこにも触れることはできなかった。

「このぉ!!」

 埒が明かないと黒のマシンは今度は脇腹に向かってミドルキックを放つ!視覚と意識の外からの攻撃に青のマシンは対応できないはずなのだが……。


ガキン!


「――くっ!?」

「見え見えだぜ」

 こちらも足を上げてガード!当たりどころのせいか攻撃したタモツの方が痛みを感じる。

「ありゃりゃ、何やってるの?攻撃したのに逆にダメージを受けちゃうなんて」

「……黙れ」

「あん?」

「黙れって言ってんだよ!!」

 意気のいい言葉とは裏腹に徒手空拳では勝てないと諦めたタモツは拳を開くと、剣を召喚、それを握って、青のマスクに撃ち下ろした!しかしこれも……。


ブゥン!


「――!!?」

「おっと、怖い怖い」

 ベッローザはほんの僅かに後ろ下がり、刃は眼前を通り過ぎ、空を切った。

「まだ……まだだ!!」

 次こそはと刃を地面と平行にすると、今度は首に向かって薙ぎ払う!


ブゥン!


「危ない危ない。首と胴体がお別れしちまうところだったぜ」

 しかし、これまた少しベッローザが仰け反っただけで避けられてしまった。

「この!この!この!!」

 もはや破れかぶれだった。ガナドール・Sはがむしゃらにひたすらに狙いも何もなくただただ剣を振りまくった。

「よっと」

 けれども、ベッローザ・ブルーには一太刀も浴びせることは叶わず。あっさりと全て避けられてしまう。そして剣と青いボディーの空間は一撃ごとに広がっていく。

「この!この!この!!」

「必死だね……そんなに俺様にひとあわ吹かせたいかい?」

「当たり前だろ!!」

「そりゃそうか……だけど残念、無理な話って奴だ!!」

「――!!?」

 一瞬、ほんの一瞬で高級感溢れ、自然と人の目を集めてしまうベッローザ・ブルーがタモツの視界から消えた。

「どこに……!?」

「こっちだよ」

「――!?」

 肩を指先でちょいちょいと叩かれ、振り返る!すると……。


ぺちん


「――!!?」

 頬を叩かれた。いや、撫でられたと言った方が正確なほど優しく触れられた。

「舐め……やがって!!」

「よっ」

 怒りに任せて剣を水平に振るったが、ベッローザがジャンプしたことによって、またまたまたまた当たらなかった。

 このまま先ほどの再放送が不愉快にも行われてしまうとタモツは考えた。

 けれどその予想は外れることになる……彼を待っていたのは、より最悪なものだった。

「ウォーミングアップも十分だろ……ギア、上げさせてもらうぜ……!!」

「――なっ!!?」

 再び青のマシンを見失う!キョロキョロと間抜けに周りを見回すが、どこにも見当たらない。

「おいおい、せめて目でくらいは追ってくれよ」

「くっ!?」

 声のした方を向くと木の枝の上にベッローザは立って、こちらを見下ろしていた。

「今度は見失うなよ」

 そう言うとベッローザは他の木へと飛び移る。しかし今回はそこで止まることなく、直ぐ様次の木へ。さらにまたすぐに別の木へ……。

「こ、これは……!!?」

 ベッローザは縦横無尽に森を駆ける!タモツは視界の端に青い残像を捉えることだけで精一杯だった。

「これがベッローザ・ブルーだ!スピードを追及する『ヴィスカルディ』の主力商品、ベッローザの最上位モデルのブルー!!お前ごときがこの動きについて来れるかよ!!」


ガァン!!


「――ぐっ!?なろッ!!」

「遅い!遅過ぎる!!」

 一気に距離を詰められ、パンチをもらう。反撃にガナドール・Sは剣を振るうが、その時にはベッローザは遥か彼方で次の攻撃の準備を終えていた。

「オラァ!!」


ガァン!!


「――ぐぅ!?」

 もう一発!今度こそと黒のマシンは反撃の剣を振るうが虚しく空を切り、余裕綽々で回避した青のマシンの間を置かずに更なる攻撃へ……。


ガァン!


「――ッ!?」

「どうした?最初の威勢はどこへ行った!!」

「く、くそおぉぉぉぉッ!!?」


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


 一方的だった……。最早戦いとは呼べないほど一方的にガナドール・Sは殴られ、蹴られ、その漆黒のボディーをへこませ、傷つけ、ひび割れていった。そして……。



「ぐ、ぐうぅ……!?」

「よお……気分は……良くねぇか」

 首根っこを掴まれ、唸り声を上げるタモツ。傍らには折れた剣が転がり、地面から足は離れているので、踏ん張ることができない。いや、もう彼には反撃する力は残っていない。

「お前は俺様のことを卑怯な野郎だと軽蔑してるみたいだがよ」

「間違って……ない……だろ……!!」

「半分はな」

「半分……?」

「半分は確かに報酬を奪い合うライバルを先に潰しておこうというセコい考えでこんなことをやっている。だけどよ、半分は優しさなんだぜ?」

「こ、これのどこが優しさだ……!!」

 頭を動かせないので、漆黒のマスクの下で眼球を動かし睨み付けるタモツ。

 見えないはずの怒りの眼差しはパストルに届いたらしく、彼もまた青のマスクの下で口角を上げた。

「この期に及んで、まだ分からねぇか?俺様は選別してやってるんだよ」

「せ、選別だと……?」

「そう!選別だ!ウレウディオスの依頼を受けて大丈夫かどうか……生き残れる奴かどうかをな!!」


ガァン!ガァン!!


「――がっ!!?」

 ベッローザは手に付いた汚いゴミを振り払うように、雑にガナドール・Sを投げ捨てると、黒のマシンは地面を二回ほどバウンドし、力無く突っ伏した。

「お前は言うまでもなく失格だ。0点だ」

「試験官気取りで……!お節介なんだよ……!!」

「では、さらにお節介だ。お前の敗因はなんだと思う?」

 ベッローザはまるでランウェイを歩くモデルのように悠々と、自らを誇るかの如く堂々と歩き、未だ起き上がれずにいるガナドール・Sに近づいて行く。

「さぁ、落第者くんの答えは?」

「おれは……!!」

「ブッブー!時間切れだ!!」


ガァン!!


「ぐはっ!?」

 顔面に蹴りを入れられ、さらに地面を転がり、黒の装甲に土汚れをつける。

「そういう判断の遅さがまず一つ目だ」

「ぐうぅ……!?」

「では、二つ目は?」

「な、なんでおれがそんなこと答えないと……!!」

「ブッブー!またまた時間切れ!!」


ガァン!!


「――がっ!?」

 また顔面を足蹴にされる。しかし今回は必死に地面にしがみつき、無様に転がることはなかった。頭はぐわんぐわんシェイクされたが、それがせめてものタモツの意地であった……そこが駄目なんだが。

「そういうとこだぜ」

「な、何……!?」

「お前は今、不格好に地面を転がることを拒否した。プライドのためにな」

「それの……何が悪い……!」

「ダメージを減らすには、逆らわずに転がった方が良かった。むしろ下手に抵抗したことで脳ミソの方がローリングしてるだろ?」

「うっ!?」

 青のマシンがこめかみの辺りを人差し指でくるくると回す。

 それを見上げるタモツの視界はぼやけ、揺れ、彼の指摘な正しさを嫌というほど証明していた。

「図星か……お前は何も知らな過ぎる。自分の実力も、戦い方も、そのマシンのことも!!」


ガァン!!


「――がっ!!?」

 今度は顔面ではなく、背中を踏みつけた。衝撃で黒の装甲の亀裂がさらに深くなり、土埃が舞い、肺から強制的に酸素が追い出される。

「がっ……!?はっ……!?ぐうッ……!!」

「苦しんでないで、俺様のありがたいレッスンに耳を傾けろ」

「ぐうぅ……!!」

「そのマシン……ガナドール社が自社の名前を冠した主力商品ガナドールには様々なバリエーションがある」

「そんなこと……!!」

「知っているか?なら何故に俺様の目の前でのんきに装着したんだ?そいつは“ソルプレッセ”……その名の通り奇襲用のピースプレイヤーだ。レーダーを欺き、物音を立てず、息を潜めて忍び寄り、敵が自分を認識する間もなく始末する……そんなマシンを何で俺様の目の前で自信満々に装着したんだよ!!」


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


「ぐはっ!?」

 激しく!ひたすら踏みつける!ガナドール・Sの漆黒の装甲が小さな欠片となって辺り一面に飛び散っていく!

「百歩譲ってこの状況だ、敵の前で装着するのはいい!!だが、何先手を取ることに躊躇してるんだよ!!不意を突かねぇと勝ち目ないだろうが!!正面から殴り合いしようとしてんじゃねぇ!!!」


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


「――がはっ!!?」

 背中を襲う激しい痛み……だが、それ以上にタモツは心を強く痛めていた。

(この男の……この男の言う通りだ……!悔しいが、何一つ反論できない……!単純にこの結果はおれの実力不足……ガナドール・Sの特性を理解しながら、それを生かそうとしなかった驕り……全部おれのせいだ……!!)

 肉体より先に心が限界を迎えた。抵抗する素振りも見せずに為すがまま……タモツは完全に敗北していた。

「はっ!折れたか……んじゃ!とどめといくか!!」

 サディストなパストルは心だけでは満足しない。肉体も二度と立ち上がれないようにと、全体重を込めて足を撃ち下ろ……。


コツン……


「……あぁん?」

 頭に何かが当たった気がした。そのせいで足が止まり、タモツは九死に一生を得た。

「何だ?気のせい……」


コツン……


「――!?」

 気のせいなんかではないと宣言するように再び頭に小さな衝撃が走った。ベッローザはその謎を探ろうと衝撃を受けた方に視線を向けた。

「…………てめえ……!!」

「ト、トモル君……!?」

 そこには片手で石を宙に投げては受け止めているふてぶてしい美少年トモル・ラブザの姿があった。

 そしてパストルは一目で理解する……こいつが自分に石を投げて来たのだと。

「何のつもりだ……!?」

 タモツのことは意識の外に追い出され、パストルの視界も心もトモル一色になった。足をガナドール・Sではなく、地面に下ろすと、視線だけでなく、全身をトモルの方に向ける。

 普通の人なら取り乱すであろう状況でトモルは不敵な笑みを浮かべる。それがまたパストルの心を逆撫でした。

「おい……!」

「レッスン」

「あぁ!?」

「ぼくにもレッスン……というより、試験ですか?受けさせてもらいたいと思いましてね……ティーチャーパストル」

 トモルは石と斜めがけしていた鞄を投げ捨てる。鞄の中から「いてっ!?」と声が聞こえた気がするが、全く気にせず先ほどのタモツのように服の中に手を入れ、首にかけていたタグを取り出した。

「やはりお前も……」

「トモル君……まさか……!?」

「さぁ、行こうか……『トゥレイター502』!!」

 呼びかけに応じ、タグから眩い光が放たれ、トモルの全身を包み込んだ。


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