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No Name's Trust  作者: 大道福丸
本編
29/100

再点火

「ん……んん……!!」

 トモル・ラブザの瞼が再び開かれた時、真っ先に目に入って来たのは知らない……いや、ちょっとだけ見覚えのある天井だった。

「ここ……どこかで……」

「見覚えがあるか?」

「はい……でも、いつどこで目にしたのか思い出せない……」

「多分、ドキを見舞いに来た時じゃないか?」

「あぁ……そうだ……ここはあの時の病院だ……」

「思い出せて良かったな」

「はい……ジョゼットさんのおかげです…………ジョゼットさん!!?」

 トモルは全身を優しく温めていた掛け布団を払い除け、上半身を起こし、声のした方を向いた。

「ジョゼットさん!!」

「よお!元気そうだな、ラブザ」

 声の主、ジョゼットは同じくベッドで上半身だけ起こしており、片手を上げて挨拶をした。もう一方の腕は……。

「……あなたは元気ってわけじゃないですよね……」

「まぁな」

 ジョゼットは片腕を包帯でぐるぐる巻きにしていた。その痛々しい姿があの夜の惨劇が現実のものだと教えてくれる。

「……夢だったら良かったんですけど……」

「私だってそう思うさ。けれど、現実は一つ……どんなに目を背けたくても向き合わなくてはいけない」

「……ですね」

 トモルはベッドの上で正座をし、頭だけでなく身体全体でジョゼットの方を向いた。

「おいおい……そんなこと私は望んじゃいないぞ?」

「あなたならそう言うでしょうね。だけどさせてください。こうしたければぼくの気が済まないんです」

 言い終わると、トモルは額を真っ白なシーツに擦り附ける。

「すいませんでした……!あなたの注意を聞かずに、ぼくが先走ったばかりに、こんなことに……!!」

 今にも泣き出してしまいそうなほど、トモルの声は震えていた。その震えこそ彼の後悔の強さだ。

 ジョゼットはそんな彼の姿を見て、叱咤する……のではなく、穏やかに微笑み掛けた。

「顔を上げろ、ラブザ」

「上げられませんよ……!あなたにこんなに迷惑をかけて……!あなたの目が見れない……!」

「自分を責めるな。責任の一端は私にもある」

「そんなことはありません!ジョゼットさんはぼくのことを……!」

「いやな……正直、お前が無茶するのはなんとなくわかってたんだよ」

「え?」

 トモルが顔を上げるとジョゼットはバツが悪そうにドレッドヘアーを掻いていた。

「それってどういう意味ですか……?」

「そのままの意味だよ。私はお前が行動を起こすことを予測できていた。だからやろうと思えば、もっと強引に止めることもできたんだよ。先回りして倉庫に突入する前に制止するとかな」

「じゃあ……何で……?」

「頭では止めるのが最善だと思っていた……だが、心ではもし私の試験をクリアしたお前とエヴォリストのターヴィが戦うことになったらと、実際にやったならどこまでやれるかを見たいと思ってしまったんだ……だから」

 ジョゼットも掛け布団を除け、ベッドの上で正座をした。そして……。

「私の方こそすまん!興味を優先し、みすみすお前を危険に飛び込ませてしまった!」

 彼もまたシーツに額をつけた。

「ジョゼットさん……それでも最終的に決断したのはぼくで、助けられたのもぼくです!ですからどうか頭を上げてください……」

「お前がどう思うかどうかじゃないんだよ。私自身のけじめとしてやっている。お前がそうしたように、私もこうしないと気が済まないんだよ」

「……わかりました。あなたが満足いくまで、ぼくは何も言いません」

「そう言われると天の邪鬼だから、頭を上げたくなるな」

 言葉通り頭を上げると、きょとんとした顔のトモルと目が合った。

「あなたって人は……」

「こういう奴なんだよ、私は」

 二人はお互いに向き合ったまま「フフフ」と笑い合った。その声が耳に届く度にトモルは心が軽くなっていくのを感じた。

「よっしゃ!話はまとまったようやな!」

「やな!」

「ん!?」

 突如別の声が二つ、トモルの鼓膜を揺らした。その声にも聞き覚えがあった。なので声のした方向に視線を移動させると……。

「ケントさん!?アピオン!?」

「よっ!」

「よっ!」

 ケント・ドキが椅子の上で胡座をかきながら片手を上げて、挨拶をした。その姿を完全に縮小コピーするように彼の頭の上でアピオンが同じ行動を取る。

「目が覚めたんですか!?」

「とっくの昔にな。確かお前が見舞いから帰った直後や」

「そうでしたか……アピオンも無事だったんだね」

「当然!どさくさに紛れて逃げ出して、お前らがみっともない姿でメイドちゃんに担がれているところに合流した」

「そうか……良かった……!本当に良かった……!」

 心に引っかかっていた二つの懸念事項が一気に解決し、トモルは胸を撫で下ろした。

「そんなにワイと再会できて嬉しいか?」

「おれっちとだろ?トモル」

「どっちもだよ。それにしてもいつからこの部屋にいたの?」

「最初から……いや、お前的には最初より前やな」

「最初より前?」

「トモルが“もうお腹いっぱい……!食べられないよ”って、寝言言ってる時からさ」

「起きる前から!?っていうかぼく、あんなことがあった後なのにそんなベタでのんきな寝言を!?」

「言ってたで」

「言ってたよ」

「言ってたぞ」

「ジョゼットさんまで証言するってことはガチじゃないですか!!」

 恥ずかしさのあまりトモルはベッドの上でちっちゃく丸まってしまった。

「さて、禊の罰も与えたことやし、今後の作戦会議といこうか」

「お前が罰を与える権利はないと思うが、今後のことを話し合うのは賛成だ」

「つーことは、やっぱりあのグリーンパニッシャーとまた戦って、リーヨのマントを取り戻す気なのね?」

「「当たり前や(だ)!!」」

 ケントとジョゼット仲良くハモると、和やかな雰囲気から一変、身体から焼け付くような闘争心を放出させた。

「あの野郎……!ワイが苦労して手に入れたもんを後から来て掠め取りおって……!猛吹雪の中、登山して来いっちゅうねん!!」

「いや、頂上付近で会ったんなら登山はしてるよね?」

「私も借り物のエラヴァクトではなく、愛機のブラーヴ・ソルダで戦わなければ納得できん!もっとやれたはずなんだ、私は!!」

「こっちは神器とかどうでもよくなってるし……」

 アピオンは呆れて「はぁ……」とため息をつくと、いまだに丸まり続けている相棒に声をかけた。

「いつまでも悶えてないで、こいつらをなんとかしてくれよ、トモルさんよ」

「………だね」

 トモルは妖精の願いに応え、再び起き上がり正座の姿勢を取った。その顔はどこか晴れやかで、決意に満ち溢れていた。

「おっ!ようやく復活か、トモル・ラブザ」

「おかげさまでようやく復活ですよ、ケント・ドキ」

「んで、その顔は何か考えがあるんやな?」

 トモルはコクリと力強く頷いた。

「正直、ターヴィは……グリーン・パニッシャーは強いです。万全の状態のぼく達三人が力を合わせても勝ち目がないくらい」

「はっ!言ってくれるな」

「だが、事実だ。さっきはあぁは言ったが、私がブラーヴ・ソルダを使ってもどうにもならないだろうな」

「ずいぶんと弱気やな、おっさん」

「お前達より長く生きているからな。恥も挫折も多く体験している」

 ジョゼットは瞼を閉じると、かつての仲間とその前に立ちはだかった身の丈もあるライフルと長刀を持った漆黒のピースプレイヤーの姿を脳裏に映し出した。

「かつて私は……俺が仲間と共に最強を自負していた頃、今回のラブザのように無謀にも完全適合に至った特級ピースプレイヤーに喧嘩をふっかけたことがある」

「前に言っていた野蛮で粗暴な世間知らずだった頃ですね」

「あぁ……本当に世間知らずだったよ。あっという間に一網打尽さ。結果、チームは解散し、俺は流れ流れてこうしてウレウディオスの飼い犬をしているわけだが……」

「おっさんの昔話はええわ!要はエヴォリスト野郎とその特級野郎と同じだって言いたいんだろ!?」

「そうだ……エヴォリストや完全適合した特級ピースプレイヤーの力は別次元のものだ。我らもそれに類する力を手に入れないわけには、また病院のベッドで目覚める……いや、今度は目を覚ますことはできないかもな」

「……せやな」

 ケントは反論はしなかった。したかったができなかった。彼もまたターヴィの力を目の当たりにし、燃え盛る心とは裏腹に冷静な頭が“勝ち目なし”と判断しているのだ。

 そんなケントは救いを求めるようにトモルに話を振った。

「トモル、お前も同じ意見か?」

「はい。このままじゃ絶対に負けます」

「ならどうするつもりやねん?」

「こっちも新たな力……特級ピースプレイヤーを手に入れます」

「手に入れますって、そんな簡単に手に入れば苦労しないっちゅうねん。買えるところがあるなら、教えて欲しいわ」

 返って来たのはケントを満足させる答えではなかった。なので彼は冷めた心でぶっきらぼうに嫌味を言い捨てた。

「買えるところは知りませんが、あるところは知ってます」

「せやろな……って、ええッ!!?」

「何!?」

 一転して身体が熱くなる!ケントは胡座を崩し、椅子から立ち上がり、ジョゼットもまたベッドから身を乗り出す!

「ほんまやろな!?こんな時に冗談なんて勘弁やで!!」

「ほんまですよ。当てがあります」

「それはどこに……?」

「ここメウ共和国です」

 トモルは人差し指を下に向けた。

「メウに……やと?」

「そう言えばお前、ここメウで生まれ育ったって言ってたな」

「はい。ぼくが幼き日を過ごした森……今は確か『エンレイの森』と呼ばれている場所にそれはあります」

「森に眠る特級ピースプレイヤーか……」

「いえ、眠ってはいないと思いますよ」

「……何?」

 疑問から皆の視線がトモルの一身に集中する。だからというわけではないが、トモルは眉間に深いシワを刻んだ。

 彼が顔を険しくしたのは、過去と向き合う時が来たからだ。

「父が残した特級ピースプレイヤー、我がラブザ家の希望と絶望の象徴……『ドラグゼオ』は今も起動中です……!」


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