教団脱出
槍の穂先は赤い液体で濡れ、月明かりでキラキラと光っている。それを呆気にとられたトモルは虚ろな目で見つめていた。
(全身植物なのに血は流れているんだ、やっぱり人間なんだな……って違うだろ!!)
我に返ったトモルは露出した目で槍を切っ先から視線でなぞっていった。当然、そのゴールに待ち構えているのは今も全膂力を槍に伝え、ターヴィに少しでもダメージを与えようとしているエラヴァクトの姿であった。
(どうして……?このタイミングでクーデター……ではない。わかっている……今、ぼくを助けようとする人は……散々の注意を無視して窮地に立たされたぼくなんかに手を差し伸べてくれる人は……!!)
トモルはエラヴァクトのマスクの奥に厳しくも優しいかの人の顔を見た。
「ジョゼットさん!!」
「ラブザ!大丈夫か!?」
「――っ!?」
こんな自分を心の底から心配していることが声色から伝わった。その鬼気迫る声が耳を通り、心に届くとトモルの目は自然に潤み出す。できることなら、ただ感情の赴くまま泣き出したいと思った。
けれども、そんなことを緑の処刑人が許してくれるはずもなく……。
「もう一人、ネズミが入り込んでいたか」
「くっ!?槍を突き刺されても、平静を保てるのか!?」
「その程度……オレからしたら攻撃のうちには入らんよ」
「ちっ!?」
「攻撃とは……こういうものを言う!!」
わずかにターヴィの身体がモゾモゾと動いた。それを見落とさず、命の危機を本能で感じ取ったジョゼットは叫んだ!
「ラブザ!避けろ!!」
「!!?」
ズシュン!!!
ターヴィの全身から鋭利に先端を尖らせた木の枝が剣山のように伸びた!
「くっ!?」
いち早くその攻撃の兆候を見つけたジョゼットは槍を手放し、先ほど調達したばかりのエラヴァクトにかすり傷をつけながらも回避。
「ぐあっ!!?」
トモルもさらにトゥレイターの装甲を砕かれながらも、ジョゼットのおかげで事なきを得る。
そして再び三人に距離ができた……。
「反応はいいな。Bランクってところだ」
ターヴィは伸ばした枝を引っ込めながら、自身に深々と突き刺さった槍を抜いて投げ捨てる。コロコロと地面を転がるそれが止まるまでの間に、ぽっかりと空いた穴は見る影もなくなっていた。
「再生能力か……!」
「そうだ。我が第二十支部の主力兵器に支部長として、こんなこと言うのは嫌だが……エラヴァクトごときではどうにもならんぞ」
「そんなことやって見なくては!!」
ジョゼットは新たにマシンガンを召喚!狙いを定めると同時に引き金を引く!
ババババババババババババッ!!
闇夜をチカチカと照らしながら、銃口から絶え間なく弾丸を発射する!しかし……。
「何度も言わせないでくれ……エラヴァクトではオレを倒せない」
弾丸は時に弾かれ、時に貫通するもすぐに回復され、ターヴィにダメージを与えることはできなかった。
「くっ!?」
「遠距離攻撃ならば、せめてこれぐらいはしてくれ」
弾丸の雨に晒されながら、ターヴィは軽く手を振った。
シュッ!シュシュッ!!
「!!?」
振った手から発射された何かが弾丸の雨を切り裂き、ジョゼットに真っ直ぐ向かって来る!その正体は……。
「葉っぱだと!!?」
それはパッと見、何の珍しさもないただの葉っぱだった。しかし、そのただの葉っぱは技術の粋を集めて作られたマシンガンの弾丸よりも速く飛び、その弾丸をあろうことか切り裂いたのだ。
「ちいっ!!?」
たまらずジョゼットは攻撃を中断し、回避に専念する。
「やはり反応がいいな。もしかしたらエラヴァクトを使うの、この第二十支部の誰よりもうまいんじゃないか?」
「それはどうも!」
「是非とも部下達にご教授願いたいね」
「ならば!!」
回避運動を続けていたジョゼットは急遽方向転換!葉っぱカッターに切り刻まれながらも、ターヴィの下に全速力で走り出した。
「そこまで言うならもっと私の力を味わうといい!!」
ボロボロになりながらも、遂に射程圏内に!ジョゼットは勢いそのままにアッパーカットを放った!
ゴンッ!!
「まぁ、別に部下が強くなる必要などない……オレがいるからな」
「ぐ、ぐあぁぁっ!!?」
「ジョゼットさん!!?」
砕けた……ターヴィの顎ではなく、エラヴァクトの装甲が、その下のジョゼットの拳が砕けた!攻撃した方が砕けたのだ!
「顎を狙うのは悪くない。まともにダメージを与えられないオレに対し、脳を揺らし、気絶を狙うのは、正しい判断だ。だが、正しいゆえにオレも対策を練っている」
「ぐっ!?」
痛みに顔をしかめるジョゼットの目に映ったのは、木の根のようなもので補強され、太くなったターヴィの首であった。さらに痛みに耐えかね視線が落ちると、彼の足からも根が生え、大地としっかりと繋がっていた。
「大地を殴りつけた気分だろ?」
「くっ!?」
「お前は決して弱くない。今の状態でもBランク、もし本来のマシンを使っていたならBランクプラスと言ったところだ。だがしかしオレは……Sランクだ!!」
ドゴッ!!
「――ッ!?」
逆にターヴィのパンチがジョゼットの顎を捉える!一撃で意識は断たれ、大柄な身体がまるで重さを無くしたように宙を舞う。
「ジョゼットさん!!」
ドスッ!!
「――ぐっ!?」
地面に墜落しそうになったところにボロボロのトゥレイターが落下地点に先回りし、全身を使ってキャッチ……する体力は残ってなく、押し潰されてしまった。
「身を挺して仲間を守るか……その献身性だけはAランクをやろう、ピンク」
「くっ!?」
首と足の根を戻したターヴィはゆっくりと二人の下に歩き出した。まるで獲物を嬲るように、先の倉庫の戦いでトモルが信者に行ったように……。
(このままじゃ二人とも捕まる……!ぼくのことはいい……自業自得だから……でも!ジョゼットさんだけはなんとか逃がさないと!!)
トモルは脳ミソをフル回転させた。いつもの自分のための悪知恵を考えるためではなく、愚かな自分を助けるために命を張ってくれた大切な仲間を救うために……。
(一か八かぼくの最強の必殺技、アスタリスクコンビネーションで……いや、万全の状態で放っても通用しないかもしれないのに、今の状態じゃ……って!ブレード折られてたんだよ!ちくしょう!!)
考えれば考えるほど光が小さくなっていくような気がした。そしてそんな何も思いつかない自分に腹が立っている間にジリジリと処刑人との距離は縮まっていく。
(くっ!?時間がない……!逃げる方法を、ジョゼットさんを逃がす方法を考えなくちゃ……!でもトゥレイターは……って、だから堂々巡りしてる場合じゃないんだよ!もうトゥレイターのことは忘れろ!トゥレイター以外で……あっ!)
最後の最後、ギリギリのところでトモルに希望の光が差した。その光の正体は……。
「お前だけが頼りだ……玲剣!!」
イラガ砂漠で傭兵との賭けの報酬で受け取った……というか、タトゥーだらけのヤンネから強引に奪い取った高級ピースプレイヤー、玲剣であった。
「もう一体ピースプレイヤーを持っていたか……だが、何体所持してようが、オレには関係ないことだ。正面から叩き潰してやる」
「おあいにくさま……ぼくはもう戦意喪失しているんですよ」
「……何?」
「お願い!なんとかなって!!」
バシュン!!
玲剣は銃を召喚!そして直ぐ様発射する……銃身の下方に装備されたグレネードを。
「ふん……火力はただの弾丸より強そうだが、たかが知れている。何よりオレには当たらない!」
シュッ!!
ターヴィもまた迎撃のためグレネードに葉っぱカッターを発射した!
グレネードと葉っぱというにはあまりに凶悪な緑の刃はちょうど二人の中間地点で衝突!その瞬間!
カッ!!
「――なっ!!?」
まるでいきなり夜明けが訪れたように眩い光が辺りを包み込んだ。玲剣が発射したのは閃光弾だったのだ。
これにはターヴィも反射的に目を背けてしまう。そしてその僅かな時間で……。
「…………逃がしたか」
トモルはジョゼットと共に姿を眩まし、見る影もなくなっていた。
「ターヴィ様!!」
代わりにと言ってはなんだが、信者のリーダー格の男が足を引きずりながら、やって来た。
「悪いな……逃げられてしまったよ」
「いえ謝るとしたら、不甲斐ない我らの方……!追手を出しましょうか?」
ターヴィは小さく首を横に振った。
「その必要はない。奴らが何者か、だいたい見当はついている」
「やはりウレウディオスの……」
「あぁ。別にこちらとしてはウレウディオスに恨みがあるわけでもないし、これで懲りてくれるなら、結果オーライだ。まだやる気なら、もちろん容赦はしないが」
そう言うとターヴィは戦闘形態を解き、元の線の細い青年の姿に戻った。
「他の奴らは無事か?」
「はい!あのピンク野郎の仲間にエラヴァクトを一機奪われてしまいましたが、装着者は皆無事です!」
「そうか……ピースプレイヤーはまた仕入れればいい。命以上に大切なものはないからな」
ターヴィの無表情な顔が優しく綻んだ。
「ぐっ……!ぐうぅ……!!」
一方のトモルはジョゼットを肩で担ぎながら、一秒でも早く、一ミリでも遠くに、緑の処刑人から離れようと歩を進めていた。
(早く安全なところにジョゼットさんを……!アピオンのことも気になるけど、彼はぼくなんかよりずっと要領が良くて賢いから無事だと信じよう……とにかく早く……!!)
ザッ!!
「――ッ!!?」
突然、どこからともなく見たこともない白と黒、シックなモノトーン色のピースプレイヤーが三体、トモルの前に立ちはだかった。
「追手か……!?」
いつも以上に警戒心が過敏になっているトモルは反射的に身構える……が。
「ラブザ……大丈夫だ……」
「――!?ジョゼットさん!?」
目を覚ましたジョゼットの言葉によって、危機感は一瞬で喜びと罪悪感に上塗りされた。
「ジョゼットさん……ぼくはあなたの言葉を……!」
「今はその話はいい……今は彼女達と……」
「彼女……達?」
再び視線を謎のピースプレイヤーに戻すと、それらは手を腰の前で組み、頭を深々と下げた。
その所作にトモルは懐かしさを覚える。
「その動き……」
「はい、わたくしは星鈴」
「ジャニスです」
「アレクシスでございます」
「メルヤミお嬢様の命で、このウレウディオス財団製のピースプレイヤー、『ヴァルターリア』を装着して支部の周りで待機していました」
「そう……だったんですか……」
メイド達の穏やかな声を聞いた瞬間、安心感からトモルの全身から力が抜けて行った。そして意識も……。
「これでとりあえず……助か……」
トモルの意識は深い闇の底へと沈んだ……絶望と後悔にまみれながら。




