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No Name's Trust  作者: 大道福丸
本編
27/100

圧倒

「……急いで戻って来た甲斐があったな」

 入って来た線の細い男の第一声は静かで穏やかなものだった。それが信者にとってはとても頼もしく、トモルにはとても恐ろしく思えた。

「そもそも三下の密猟者の相手なんて『フローロヴィチ』達だけで十分だったんだ。オレはここを離れるべきじゃなかった……」

 第二声も穏やか……表面上は。倒れる信者の姿を把握していくうちに、微かにだが声色が変化しているように思えた。

「それで……お前がやったのか?」

「――くっ!!?」

 目が合っただけで、トモルは激しく狼狽えてしまった。

 目の前の男と自分の実力の差を直感的に理解したのだ。

(見誤った……エヴォリストなんてピンからキリまで、ケントさんがやられたのも疲労していたから、緑の処刑人なんて大層な異名も噂に尾ひれがついたものだと高を括っていた……だけど!)

 トモルの目には確かに線の細く弱々しい印象さえ受ける男の後ろから発せられる禍々しいオーラが見えていた。圧倒的な強者が発するオーラが……。

「……答えてくれないか……それとも必要ないと思っているのか……とにかく無視されるのは気分が悪い……な」

「――ッ!?」

 男はトゥレイターに向かって手を伸ばした。すると……。


シュル!シュルル!!


 その手から鮮やかな緑色をした何かが無数に伸び……。


ガシッ!!


「――ッ!?」

 ピンク色の機械鎧に絡みついた!

「これは……!?蔦!?」

 それは植物の蔦だった。紛うことなき植物の蔦だった。

「蔦ならば!!」

 トゥレイターはフルパワーで自身に絡みつく蔦を引き裂こうとした。ただの蔦ならいとも容易く千切れるはず……しかし、その蔦は。

「ぐっ!?なんだ、これは!?」

 千切れるどころか、小さな裂け目さえつけることさえできない。むしろ逆にギリギリと締め付け、ピンクの装甲にひびが入り始める。

「ぐ、ぐうぅ……!?」

「この程度か……記憶にないと思ったが、やはりBランク以下か」

「Bランク……だと……!?」

「ディオ教の本部では敵対する人物や、敵対されると困ると判断した人物を独自にランク付けしている。そしてオレはAランク以上と認定された者の名前と姿形は全て頭に入れている」

 男は蔦を伸ばしている腕とは、逆の手の人差し指でこめかみを指した。

「ぼくはそのAランクとやらには……入っていなかったわけですね……!」

「B以下でも、そんなド派手なピンク色のピースプレイヤーを使っているなら覚えてそうなものだが……」

「本部にも把握できてない新手の強者ってことですよ、ぼくは。そのことを教えてあげます!!」

 トゥレイターはガンドラグRを召喚し、銃口を男に向けた。だが……。

「そうだな……もう少し力量を測ってみる……か!」


グンッ!!


「――がっ!!?」

 絡みつく蔦の力が強まり、トゥレイターは腕を上げることができなくなった。

「ここでは倉庫や仲間達に被害が出る。だから……外でやろう」


グンッ!!


「うあっ!!?」

「トモル!!?」

 蔦に引っ張られ、トゥレイターの足が地面から離れる!そしてそのまま男の下に引き寄せられ、通り過ぎ、出入口から外に投げ出された!

「くっ!?」

 蔦から解放されると、トゥレイターは空中で体勢を立て直し、地面に着地、即座にガンドラグRを倉庫に向かって構え直した。

 銃口の先で男もまたゆっくりと外に出てきた。その姿をまったくの別物に変えて……。

「それが“緑の処刑人(グリーン・パニッシャー)”の由来ですか……!」

 男の姿は全身緑色の蔦や葉っぱに覆われ、所々赤や黄色の花が咲いているものに変化していた。

「その異名はカッコいいから気に入っている。ただ実際は殺さなきゃいけないほどの敵と出会えたことはないのだがな」

「……でしょうね……!!」

 完全なる戦闘態勢に移行した男はまさに別格の存在だとトモルは感じた。どこか儚く美しい見た目の奥には、圧倒的な力が凝縮されているのだと、本能で理解できた。

「さて……不埒な侵入者よ、名前を教えてもらおうか?」

「人に尋ねる前に自分がまず名乗るのが、礼儀ではないですか?」

「フッ……この第二十支部に来ておいて、オレの名前を知らないはずなかろうに。だが、まぁいい。名乗ってやろうじゃないか……我が名は“ターヴィ・トルマネン”、見ての通りエヴォリストだ」

 律儀に自己紹介するターヴィ。それに対しトモルは……。

「十字葬弾!!」


ババババババババババババッ!!


 不意打ちで返した!

(不本意だけど、これぐらいしないとぼくに勝機はない!この一撃で少しでもダメージを与えなければ……!!)

 必死の願いを込め、十字に放たれた弾丸は夜の闇を切り裂きながら無防備なターヴィに迫る!そして……。


ババババババババババババッ!!


 見事に命中!ターヴィの緑色の身体に十字架が刻まれる!

「やった!」

「何がだ?」

「!!?」

 けれど、十字架はみるみると小さくなっていくと、あっという間に消えてなくなってしまった。

「さ、再生能力……!!?」

「オレは自然に、緑に囲まれた土地で生まれ育った。そんなオレだからこそこの力に目覚めた。植物のしなやかで強かな強さの前では人間など無力。お前ごときではどうにもできんよ」

「そ、そんなことない!!」

 あからさまな挑発、いや挑発とすら言えないものにトモルは激昂し、策もなくブレードを伸ばしながら突撃した。普段の彼なら逆に煽り返しているだろうに、その普段ができないほどの恐慌状態に陥っていた。

「力量差がわからないのも愚かだが、わかった上で挑まずにはいられないというのは……より愚かだ」

 ターヴィを一直線に向かって来るトゥレイターに手を翳す。


ババババババババババババッ!!


 そしてその手のひらから小さな刺を発射した!

「そんなもの!横一文字葬弾!!」

 トゥレイターも弾丸をばらまき迎撃を試みる……が。

「無駄だ」


ババババババババババババッ!!


「――ッ!?」

 刺は弾幕を正面から突破した!勢いをまったく衰えることなく、ターゲットに襲いかかる!

「くっ!!?」

 避けることも不可能と判断したトゥレイターは身体を限界まで丸め、致命的なダメージだけは防ごうとした。


ババババババババババババッ!!


「ぐ、ぐうぅ……!?」

 そんなトゥレイターの防御など知ったことかと、刺は桃色の装甲を削り、抉り、貫いた。

 刺の嵐が通り抜けた後、残っていたのは見るも無惨なスクラップ寸前の機械鎧だった。

「まさかここまでとは……!!」

 それでも戦闘不能に陥る中身へのダメージを防いだトモルは恐る恐る顔を上げた。そこには……。

「――ッ!?」

 ターヴィの姿はなかった。

「こっちだ、ピンクマン」

「なっ!!?」

 ターヴィはトモルが自分の命を守るために必死になっている間に彼の側面に周り込んでいた。

 その手をまるで木のハンマーのように変化させて……。

「がら空きだ……ぞ!!」


ドゴッ!!


「……がはっ!!?」

 ハンマーは容赦なくトゥレイターの脇腹に突き刺さり、トモルの肺の中の酸素を追い出しながら、吹き飛ばした。

「がっ……!?がはっ……!ぐっ……!!」

 地面に這いつくばりながら、なんとか呼吸を整えようとするトモル。

「ちょっと加減し過ぎたか……装甲を完全に破壊するつもりだったんだけどな」

 ターヴィはそんな彼に目もくれず、自身の手を変化させたハンマーをまじまじと見つめていた。最早決着はついたと思っているのだろう。彼だけでなく、この状況を見た者は皆そう思うだろう。

 しかし、たった一人だけ……トモル・ラブザだけはそうではなかった。

「まだ……まだだ……!!」

 立つことすらままならないというのに、闘う意志だけは折れていない。それがいいことなのか悪いことなのかはわからないが……。

「やめておけ。潰れてこそないにしても内臓にダメージは伝わっているはずだ。悪いようにはしないから大人しくしていろ」

「敵の言うことなど……聞くつもりはない……!」

「頭の方はCクラス以下だな」

「人を勝手に格付けするな!!」

 最後の力を振り絞り、トゥレイターはターヴィに飛びかかった!そして射程に入ったとみるや否やガンドラグRを振り下ろし、必殺技を放つ……つもりだった。

「エクススラッ……!!」


スカッ……


「――シュッ!?」

 必殺技が炸裂することはなかった。ガンドラグRのグリップから伸びていたはずのブレードは先ほどの刺によって抉られ、折られてしまっていた。

「手に持った武器の状況さえ把握できないとは……ランク外だな」


ガァン!!


「――ッ!!?」

 まるでまとわりついてくる羽虫を払い除けるように、たっぷりの嫌悪感を込めてターヴィはトゥレイターを手の甲ではたいた。

 軽く撫でたようにも見えたその行為は、今度こそ限界を迎えていた桃色の装甲を砕き、半分に割れた仮面からトモルの顔が露出した。

「ん?女だったのか?ピンクウーマンだったのか?」

「ぼくは……男だ……!!」

「そうか、やっぱり男か。まぁどっちでもいいがな。第二十支部に仇なす者は男だろうが女だろうが、容赦をするつもりはない……」

「くっ……」

 ターヴィは手を伸ばした、満身創痍のトモルに。トモルは万事休すかと身構えた。その時!


ザシュッ!!


「……えっ?」

 信じられるのは自分だけと思っているトモルが自分の目を疑った……。

 エラヴァクトがターヴィを背後から突き刺したのだ。


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