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No Name's Trust  作者: 大道福丸
本編
26/100

教団潜入②

 あちこちから笑い声が聞こえていた昼間から一転、第二十支部は静寂に包まれていた。

 人っこ一人どころか、小型オリジンズさえ見当たらない漆黒の世界を音も立てずに駆け抜け、トモル・ラブザは目的の西の端の倉庫にたどり着いた。

「ここだね。順調順調」

「いや、順調過ぎるだろ……警備が一人もいないって、おかしくねぇか?確か最近は警戒を強めてるって、信者達が言ってただろ?」

 あまりにこちらにとって都合良すぎる展開に、アピオンは戸惑いと強い不安を覚えていた。

 一方のトモルはというと……。

「夜はちゃんとおやすみしましょうっていう教義でもあるんじゃない?基本的にここの人達ってのんきそうだったし、警戒がどうのなんて言ってもこの程度さ」

 繊細そうな見た目に反して、良く言えば豪快、悪く言えば適当なところのあるトモルだったが、今の彼の考え無しは異常だった。むしろ心の底ではトラブルが起きることを望んでいるようにさえ見える……。

「いくら何でもそれは……」

「とにかく!ここまで来ちゃったんだから、行くとこまで行くよ!ゴーだよ、ゴー!!」

「むうぅ……!おれっちは止めたからな!」

「わかってますよ」

 説得を諦めた妖精から顔を背け、トモルは巨大な倉庫の周りをゆっくりと観察しながら、周り始めた。

「センサーみたいなものは……ついてないね」

「そんなもんあったら、とっくに見つかってるよ」

「じゃあ、この古くさい……アンティークな鍵をどうにかすればいいってことか……」

 人用の出入口を見つけ近づく。倉庫自体かなり昔に製造されたもののようで、扉も旧態依然とした鍵穴があるものだった。

「指紋とかの生態認証だったら、ピースプレイヤーで強引に突破するしかないかなって思ってたけど、これなら……!」

「開けられるのか?」

「昔取った杵柄でね」

「何、やってたんだよ……」

「まぁまぁ……見てなって……!」

 トモルはいつの間にやら手に入れていた二本の針金を鍵穴に突っ込み、カチャカチャと動かした。すると三十秒もしないうちに……。

「……ビンゴ」


ガチャリ!!


 いとも簡単に解錠してしまった。

「マジで昔、何をやっていたんだよ……盗賊の手伝いとかじゃねぇよな?」

「まさか。昔、鍵を無くした金庫をどうにかしてくれないかって、父が知り合いに頼まれて開けに行った時に色々教えてもらったんだよ。父さんはぼくと違って、機械とかそういうのに強かったから」

「へぇ~」

「本当……いい思い出だよ……」

 久しぶりに帰って来た生まれ故郷で、父から教わった技術を使ったことで、妙にしんみりしてしまう。しかし、それではいけないとトモルはブンブンと激しく首を振った。

「いけないいけない!センチメンタルになってる場合じゃない!」

「そうだな。開けちまったからには、もう行くしかねぇよな!」

 アピオンも漸く腹を括ったようで、腕をブンブン振り回し、気合を入れる。

「そうそう、アピオンはそうでなくちゃ」

「おう!」

「じゃあ……開けるよ?」

「おおう……!」

 ゆっくりと音を立てないようにドアノブを回し、それ以上にゆっくりとノブを引いた……。

「失礼しま~す……」

 倉庫の中は月明かりもなく、外よりも“黒”に支配されていた。

「何にも見えねぇな……」

「照明のスイッチはどこかな……?」

 ドアをゆっくりと音を立てずに閉め、二人は完全に倉庫の中に入った。その時!


バッ!!


「――ッ!!?」

「な、なんだ!!?」

 探すまでもなく、倉庫の照明が全て点灯し、侵入者とそれを待ち構えていた者を照らし出す。

「どうやら……はめられたみたいだね……!」

「だからおれっちは言ったんだよ!!」

 倉庫内に待機していたのは十人ほどの信者で、トモル達を確認すると逃げ場を塞ぐように広がっていく。その中には見たことがある顔もあった。

「あなた達はぼくをチェックしていた……」

「おれも覚えているぞ……あの時のイヤホンの奴か……!」

「別に忘れてくれて良かったのに……」

「今の今まで忘れていたよ……!こんなことで思い出させやがって……!!」

 苦虫を噛み潰したような顔で男はトモルを睨み付けた。それ自体は百戦錬磨のトモルにとっては大したことではなかったが、騙してしまった罪悪感が心をチクチクと刺激した。

「……嘘をついたことも、黙ってここに入ったことも謝ります。けど、元はと言えば、ぼくの知り合いの手柄を横取りしたあなた達のボスが悪いんですよ」

「やはりお前の狙いは遺跡で見つかったというあの古びた布か……!」

 その言葉を聞いた瞬間、トモルの眉がピクリと動いた。

「その口振りだと、リーヨのマントはここにあるんですね?」

「……さぁな?ここで捕まるお前には関係無いことだ……!」

 男はそう言いながら、手首に装着された腕輪を触った。

「ターヴィ様はさすがだ。あえてここに何かあるという噂を信者の間に流し、不埒者を誘き寄せるとは……その仕上げをしくじるわけにはいかない!!」

 男の感情が最高潮に達すると同時に腕輪は光の粒子に、さらに装甲へと変わり、全身に装着された。

「丸腰の相手に大人げないが、完全武装でいかせてもらうぞ!」

「「「おう!!」」」

 他の者も同型のピースプレイヤーを装着。何もない倉庫内は戦場へと様変わりした。

「あれが噂のエラなんちゃらか……」

「エラヴァクトだ。アルムストレーム製の値段の割に優秀なマシンだ」

「なるほど勉強になりました。けど、その程度のマシンなら覚える必要もないね。ぼくとトゥレイターの相手じゃない」

「何!!?」

 トモルも首に下げていたタグを輝かせ、毎度お馴染みのピンクとブラックに彩られた愛機を身に纏った。

「どういうことだ!?事前のチェックで危険物はなかったはずだ!?」

「聞いてないわよ!本当に戦闘になるなんて!?」

「お、落ち着け!敵はたった一人だ!!」

 信者達の中に動揺が走る!リーダーの男が必死に冷静になれと訴えるが、その彼の声にも震えが混じっており、余計に事態を悪化させた。

 その状態にとどめを刺すため……ではなく、ただ自分の成果を自慢するために妖精は小さな胸を張りながら、トゥレイターの前に躍り出た。

「へへ~ん!!全てはおれっちのおかげなんです!!」

「「「――なっ!!?」」」

 今まで認識していなかったアピオンの姿を視界に捉え、信者達は言葉を失う……一瞬だけ。

「しゃ……しゃ……」

「「「しゃべったぁ!!?」」」

「「――いっ!?」」

 殺気立っていた雰囲気から一変、信者達の全身から喜びのオーラが放たれる!そのあまりの変わり様に今度は逆にアピオンとトモルが言葉を失った。

「あ、あたし、初めて見たわ!しゃべるオリジンズ!!」

「俺だってそうだよ!!」

「あいつ……じゃなくて、彼?彼女?がピースプレイヤーを持って来たのか!凄いなぁ~」

「あぁ、まさかしゃべるオリジンズを味方にしているとは羨ま……じゃない!!」

「「「!!?」」」

 堰を切ったようにはしゃぐ信者の中で、いち早く正気を取り戻したのは、やはりリーダーの男だった。彼の一喝で再び空気はシリアスなものに戻る。

「あのオリジンズのことは後回しだ!まずはあのピンクを捕まえたあとにお話でもなんでもすればいい!」

「お、おう!」「はい!」「よっしゃ!!」

 図らずもアピオンの行動は信者達を一つにまとめ上げ、内部崩壊を防ぐことになってしまった。

「な、なんか悪い……あいつらをやる気にさせちまった……」

 妖精は自分の過ちへの後悔と信者達の気色悪さに身体を震わせる。

「大丈夫だよ。最初に言ったけど、こんな有象無象にぼくは負けない」

「ま、マジで頼むぞ!あいつらに捕まったら、おれっち……!」

「まぁ、見てなって」

 トゥレイターは力の抜けた緩い構えを取る。無駄に力を入れ過ぎることは、動きの邪魔になることを理解した上の最善のフォームなのだが、武術や戦いには縁がない信者達にはバカにしているように見えた。

「この……!おれ達相手なら、真面目にやる必要はないってことか……!?」

「そうじゃないけど……君達と戦闘談義なんてする必要ないか。とっととかかって来なよ?先手はあげる」

「こいつ……!!おれ達を舐めたことを後悔させてやるぞ!!行くぞ!!」

「「「おう!!」」」

 リーダーの声と動きを合図にエラヴァクト軍団の半分、五体の機械鎧が槍を召喚しながら突撃してきた!

「それじゃあ……ぼく達も行こうか!トゥレイター502!!」

 トゥレイターもまた逃げることなく、向かって行く!こちらは手ぶらで……必要ないから。

「オラァッ!!」

 戦いの火蓋を切ったのはやはりリーダーエラヴァクト!躊躇することなく槍を突き出す!しかし……。

「ほい」


ヒュッ!


「――!?」

 槍が突き刺したのは虚空……つまりトゥレイターには当たらなかった。最小限の動きで、リーダー渾身の一撃はあっさりと避けられてしまったのだ。

「このぉ!!」

 屈辱が槍をさらに加速させた!絶え間なく放たれる突き!けれどやはり……。


ヒュッ!ヒュッ!!


「無駄だよ、無駄」

 トゥレイターには当たらない。まるでダンスを踊るように軽快に、そして華麗に突きの間をくぐり抜ける!

「くっ!?お前達もやれ!!」

「は、はい!!」「おう……!」

 業を煮やしたリーダーの命令で他のエラヴァクトも槍を四方八方から突き出すが……。


ヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッ!!


「量を増やしたところで、質が伴わなければ意味はないよ」

「ぐうぅ……!?」

 これまた当たらない!トゥレイターの動きがなんとなく激しくなったように見えるくらい……いや、むしろ今の信者達の限界が見えたことで、口を開く余裕さえ生まれていた。

「一つ疑問なんですけど、いいですか?」

「よくねぇわ!!」

「前々から思っていたんですけど……」

「人の話を聞け!!」

「オリジンズとの共存を掲げているのに、オリジンズで造られたピースプレイヤーを使うのって、どうなんですか?」

「「「――ッ!?」」」

 普段から見ないふりをしている自分たちの矛盾を突かれ、わずかに動きが鈍った。そのほんの少しの隙をトゥレイターは見逃さない!


ガシッ!!


「――しまった!?」

 トゥレイターは槍を掴み、そのまま力任せに回転し始める!

「言われて動揺するようなことするんじゃないよ!!」


ブゥン!ゴンゴン!ゴォン!!


「――ッ!?」「がっ!?」「ぎっ!?」「ぐわあぁぁぁっ!!?」

 槍ごとリーダーを振り回し、周りのエラヴァクトにぶつけていく!

 大人の男一人分と機械鎧の質量を叩きつけられれば、戦闘慣れしていない信者などいちころだ!あっという間に第一陣を崩壊させた!

「続いては……」

 高速回転していても、トモルの眼は狙いをしっかりと捉えていた!

「飛んで……けっ!!」

「――ぐっ!?」

 ハンマー投げの要領で、リーダーの男を投げ飛ばす!待機している二人の部下に向かって!!

「リー……」


ドスゥン!!


「――だッ!?」「がはっ!?」「ぐう!?」

 飛んでくるリーダーを健気にも受け止めようとしたが、気持ちだけではどうにもならず、そのまま一緒に吹っ飛ばされ、壁とサンドイッチにされる。全身を駆ける衝撃は二人の意識を断ち切るには十分すぎるものだった。

「リーダー!?」

「余所見をしていていいんですか!?」

「――!?」

 間髪入れずにリーダーの安否を慮る健気な残りの部下の下へ。トゥレイターはまさに一瞬きの間に接近!懐に入り込んだ!

「よ、よくも!!」

 恐怖よりもわずかに怒りと混乱が勝っていた部下が槍を突き出そうと、腕を引いた!

「距離を取っての戦いを目的にした得物を持っていながら、ここまで接近された時点で終わっているんだよ」


ガンガン!ガァン!!


「…………ぐはっ!!?」

 槍を突き出す暇も与えない三連パンチ!顎に二発撃って、脳を左右にシェイクしたところに、オーバーキルも甚だしい鳩尾への一撃!立っていることなど不可能に決まっている!

 しかし、攻撃の間にトゥレイターの背後に迫る影が……。

(いただき……!!)

 音もなく忍び寄ったつもりのエラヴァクトが仲間の仇に槍を突く!……が。

「見えてますよ」

「――!?」


ブゥン!


 またまた槍は空を切る!あくまで信者が忍び寄ったつもりになっていただけで、トモルは完全に動きを捕捉、それどころか返り討ちにする算段まで頭の中で描いていた……おまけもつけて。

「おりゃ」


ドォン!!


「――ぐはっ!?」「ぎゃっ!?」

 槍を躱しながらの、回し蹴り炸裂!不意討ちを試みたエラヴァクトだけでなく、狙い通り蹴り飛ばした先のもう一体もまとめてKOした!

「さてと……残るは一体……いや、必要ないか……」

「あ……あ……あぁッ……!?」

 仲間達が為す術なく次々とやられる光景を目の当たりにし、最後の一人は戦意を喪失。槍から手を離し、腰を抜かしてへたり込んでいた。

「あの様子じゃ、話は聞けそうにないね。となると……やっぱりあなたか」

「ぐ、ぐうぅ……!!」

 トゥレイターが心の折れた信者から顔を背け、お目当ての人物の方を向くと、リーダーの男は槍を杖代わりにして、かろうじて立ち上がっていた。

「けっこうな勢いでぶつけたはずなのにタフですね」

「できることなら今すぐ倒れてしまいたいよ……!!」

「そこまでして、ぼくをどうにかしたいんですか?」

「あぁ、したい……!お前はディオ教を軽蔑しているのだろうが、少なくともこの第二十支部は違う!平和と自然との共存を本気で考えている!ターヴィ様は優しいお方だし、本来我らを戦わせるようなことはしない!ピースプレイヤーだって本当は……」

 必死に自分たちの正統性を訴えるリーダーだったが……。

「言い訳なんて聞きたくないし、そもそもこのディオ教にも興味がない。ぼくが欲しいのは、君達がぼくの知り合いから奪ったお宝のことだけさ」

「――ッ!?」

 トモルは聞く耳を持たなかった。ただゆっくりと獲物を嬲るように近づいていく。

「さぁ、聞かせてもらいましょうか、リーヨのマントのこと?」

「誰がお前なんかに……!!」

「でしたら仕方ありません……もう少し痛い目を見てもらいます……!」

「くっ!!?」

 トモルが情報を引き出すために拷問をする、リーダーがそれに絶対に耐えるという覚悟を決めた。

 その瞬間だった。


ゾクッ……


「――なんだ!!?」

「トモル!!?」

 トモルとアピオンは何か得体の知れない気配を感じ取った。妖精は全速力で桃色の機械鎧に合流し、トゥレイターは警戒レベルを一気に最大限まで引き上げた。

「この異常なプレッシャーは……!?」

「どんどん近づいてくる……!なんなんだ、これ!?」

「わからないのか?いや、わかっているはずだ!ここの主が戻って来たんだ!!」

「「!!?」」

 トモルとアピオンは恐れを抱いた瞳で、逆にリーダーの男は希望に目を輝かせて、出入口を見つめた。そして……。

(((来る!!!)))


ガチャリ……


 扉は開いた……トモル・ラブザの絶望の扉が……。


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