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No Name's Trust  作者: 大道福丸
本編
25/100

教団潜入①

 メウ共和国の片隅、都会の喧騒とは無縁の見渡す限り緑に囲まれた場所に、ディオ教第二十支部はある。

 そこで信者達は昼は作物を育て、夜は平和への祈りと自然への感謝を唱える穏やかな生活を送っていた……。

「一週間体験入信の“トオル・リブザ”様ですね?」

「はい」

 支部の入口にある施設でトオル・リブザ……という、あまりにもあんまりな偽名を使い、トモル・ラブザはその一見荒事とは無縁そうな偽りの楽園に潜入を試みていた。

「書類の不備は……ありませんね」

「それは良かった」

「では、こちらにスマホなど機械の類いをお入れください。支部内は撮影、体験入信中の外部との連絡は禁止なので」

「わかりました」

 言われた通り、懐からスマホを取り出し、差し出されたトレーに置く。

「はい……お預かりさせてもらいます。最後にそこのゲートをお通りください。危険物を持ってないかの最終チェックです」

「……はい」

 両脇に屈強な男が待機しているものものしい雰囲気のゲートをトモルは恐る恐るくぐった……。


ビーッ!ビーッ!!


「「「!!?」」」

 トモルが下を通り過ぎた瞬間、ゲートがけたたましい警告音を鳴らす!男達は目の色を変えて、女と見違えるほどのかわいらしい青年を取り囲む。

「トオル様、改めてわたくし達がチェックさせてもらいますが……よろしいですかな?」

「……はい」

 本人の了承を得た二人の男はそれぞれ上と下からトモルの身体を触っていった。


コッ……


「ん?」

 下半身を調べていた男の手に違和感が走る。ポケットの中に小さな“何か”が入っているようだ。

「トオル様、ポケットの中に手を入れさせてもらいますよ?」

「……どうぞ」

 大柄な男は手を小さくすぼめ、ポケットに入れる。すると指の先になにやら冷たい物が触れた。

「これは……!?」

 男が相棒に目配せすると、相棒は腕につけたブレスレットに触れた。いつでも戦闘態勢に、武器を装着できるという合図だ。

 不測の事態にも対応できると確信した男は小さく頷くと、意を決して“それ”を掴んだ。

「ポケットの中に入っているこれは……何なんでしょうか!?」

 勢いよくそれを取り出し、持ち主であるトモルの目の前に突き付ける!

 それは小さな二つの機械だった。耳に入るくらいの。

「あっ!?イヤホンがあったのを忘れてました!小さいからすぐにポケットに入れてること忘れちゃうんですよね。この前も入れたまま、洗濯して一個ダメにしちゃって……」

 後頭部を抑えながら、恥ずかしそうに首を前後にへこへこさせるトモル。

 その姿を見て、男達は再び顔を見合わせ、思わず苦笑いをした。

「そうでしたか……では、これもこちらでお預かりさせてもらいますが、よろしいでしょうか?」

「もちろん!」

「それではもう一度ゲートをくぐってください」

「はい」

 二回目のゲートチェックは何も起こらなかった。沈黙する機械に男達も完全に警戒を解く。

「結構です。トオル様、体験入信是非楽しんでいってください」

 男達は今までの非礼を詫びる意味も込めて、深々と頭を下げた。

「それじゃあ、支部内を好きに見せてもらいます」

「はい、あくまで自然体の姿を見てもらい、入信を決めてもらう……それがターヴィ支部長のお考えですから。もし何か気になることがあったら、近くの者にお聞きください。皆、喜んで答えてくれると思いますよ」

「わかりました」

 トモルはペコリと頭を下げると検問施設から出て行く。

 支部内に入ると情報通り、信者達が作物を耕していたり、子供たちに勉強を教えている穏やかな光景が広がっていた。

(さてと……とりあえず目指すは……)

 そんな和やかな風景には目もくれず、トモルはある場所に向かってすたすたと早足で歩き出す。

 その様子に疑問を持った一人の信者が声をかけてきた。

「ん?体験入信の方、そっちはお手洗いしかないよ」

「そのお手洗いに行きたいんです。もう今にも漏れちゃいそうで……」

「それなら、もっと近くに別のトイレが……」

「すいません。急いでいるんで」

「あっ!おい!だからこっちにトイレが……行っちまった」

 信者を振り切り、第二十支部の中で一番端っこにあり、人が来ないであろうトイレに駆け込み、個室に入り、蓋も開けずに便座に腰をかけた。。

(ふぅ……とりあえず第一段階終了……お次は……)

「遅いぞ!待ちくたびれたぜ!」

 座っているトモルの前にタグを二本首にかけ、指輪を持って飛ぶ小さな妖精、アピオンが現れた。

「ごめん、ごめん。思いのほかチェックが厳しくてさ」

「どこがだよ。こんなにあっさり危険物、持ち込まれてるじゃねぇかよ。ほれ」

 アピオンがタグと指輪を差し出すと、トモルはそれらを全てポケットにしまった。

「あっさりって言うけど、ルツ族の協力者なんて普通は考えないからね」

「まぁ、それはそうだけど……ちと心配になるぜ」

「何で君が教団の心配をするのさ」

「オリジンズの端くれとして、共存とか保護とか頑張ってくれてる人達は頑張って欲しいのさ」

「頑張った結果が、テロや暗殺じゃねぇ……」

「でも、軽く見渡した感じ、あんま悪そうな奴はいなそうだったぜ?」

「まぁ、一般の信者はそんなもんじゃない?武闘派の実働部隊は別にいるんでしょ。信者も一枚岩じゃないだろうし」

「なら、穏健派に頑張ってもらいたいね」

「そうだね。ぼくもそう……」


コンコン……


「「!!?」」

 突然のノックに二人の身体が固まる。

(事前に得られた情報の中から、一番人が来ないトイレを選んだはずなのに……!?)


コンコン……


 急かすようにまたノック。トモルは緊張から生唾を飲み込んだ。

「あ、あのちょっとお腹を壊しちゃって……別のトイレを探してくれませんか?」

 言い訳として定番のもの、相手も本当にトイレを使いたいだけなら、これで誤魔化せるはず……。

「嘘はよせ」

「――ッ!?」

 トモルにスイッチが入る!戦闘態勢に移行するためのスイッチが!先ほどしまったばかりのタグを取り出し、ギュッと握りしめる。

「いえ、本当にお腹が痛いんですよ……」

「腹を痛めている奴がこんなプレッシャーを放っては来ないだろ?」

「――くっ!?」

 相手はどうやらかなりの手練れらしい。トモルは警戒レベルをさらに引き上げる。

「あなたは一体……!?」

「一体って……散々やりあっただろうが。声に覚えがないか?」

「声……あっ!」

 トモルは再びポケットにタグをしまうと立ち上がり、個室のドアを開けた。その顔にもはや緊張感はない。むしろ喜びに満ち溢れている。

 なんてったって、思いがけない強力な援軍を得たのだから!

「ジョゼットさん!!」

「久しぶりだな、ラブザ」

 声の主はウレウディオスに雇われ、トモルを試験したジョゼット・アイメスその人だった。

「おお!ジョゼットのおっちゃん!奇遇だな!」

「アピオンも久しぶり。偶然の再会ってわけじゃないがな」

「じゃあ、ジョゼットさんもウレウディオスに頼まれて……?」

「いや、私がここに潜入したのは、あくまで自発的だ。そういう体だ」

「でしたね」

 思わず二人は苦笑し合う、お互いに難儀だなと。

「潜入はいつからですか?」

「昨日からだ。だが、昨日はあくまで馴染むこと、目立たないことを優先していたから、リーヨのマントについての情報はまだ何も」

「そうですか……」

「ちなみにここでは私の名前は“ジョイット・アイモス”だからな」

「……ちょっとあんまり過ぎません?」

「トオル・リブザにだけは言われたくねぇと思うぞ」

「あぁ、どの口が言ってるんだって感じだ」

「いや、でもあんまり本名から離れ過ぎると、反応が遅れる……」

「トイレ!!トイレ!!」

「「「!!?」」」

 またトイレに人が入って来た!公衆トイレなのだから当然だ!

 声を聞いた瞬間、アピオンは小窓から飛び出し、トモルとジョゼットは“トオル”と“ジョイット”というあんまりな仮面を被った。

「そうですか……“トオル”さんもピーヌスから」

「ええ、あそこも自然豊かな国でしたけど、ここはもっと素晴らしいですね」

「私も驚きましたよ。なんというか……一人の人間、一つの生命体に戻った気がします」

「そうだろ!そうだろ!おれも体験入信の時、同じことを思ったよ!」

 トイレに入って来た男は嬉しそうに、二人の会話に同意した。

「やはり皆そうなんですね。ところで……しなくていいんですか?」

「あっ!いけねぇ!ついお二人さんの話を聞いていたら嬉しくなっちまって!こんな状態であれだけど、楽しんでいってな」

「「はい」」

 お互いに会釈し終えると、男は思い出したかのように、奥の個室に入って行った。

 トモルとジョゼットは他愛もない会話を装いながら、信者達の集まる場所に向かった。

「ところでジョイットさんは傘は持って来ましたか?雨が降った時、必要でしょう?良かったら、ぼくの余りをお貸ししますよ

(訳:ジョゼットさんはピースプレイヤーを持ってますか?戦闘になったら必要になりますよ?良かったらぼくの予備を貸しますよ)」

「お気遣いありがとう。でも、いざとなったら信者の方達にお借りするつもりなので、大丈夫です

(訳:心配するな。もしもの時は適当に警備の奴らからぶん奪る)」

「わかりました。では、ぼくは他の人と交流を深めてきます

(訳:了解。ぼくは情報収集しに行きます)」

「私もそうします。夕飯は一緒に食べましょう

(訳:私も話を聞いてくる。夕飯の時にお互いの情報を整理しよう)」

「はい。では……」

「楽しい時間を」

 二人は分かれ、宣言通りそれぞれ信者達に聞き込みを開始した。



「いいところだろ、ここ!飯も採れたてのものを使うから、抜群だぜ!」

「わしもいつか教祖ラーハッシ様のように星の声を聞きたい……それだけが、老い先短いジジイの最後の望みじゃ……」

「なんか最近、警備が多いですよね?何かあったのかしら」

「教祖様にもルドヴィーゴ様にも会ったことあるよ。凄いでしょ」

「ここでの生活?最初は不便を感じたこともあったけど、今はなんとも思わないよ。少なくともノルマだ、残業だって言われ続けたあの頃よりは遥かにマシだね」

「オレもエヴォリストになりたいけど、オリジンズに殺されかけなきゃダメなんだろ?ほとんどはそのまま死んじまうらしいし……やっぱ無理なのかな……」

「ここだけの話、ルドヴィーゴはあまり信用してない。あいつは金儲けしたいだけだ」

「ターヴィ様は優しくていい人よ。他の支部長は好戦的で野蛮な人もいるって言うけど、あの人は何よりも自然とわたし達を大切にしてくれる」

「ちょっとだけみんなに自然にもオリジンズにも優しくなって欲しいだけなんだ」

「何日か前にターヴィ様と幹部の皆様がものものしい様子で西の端にある倉庫に入って行ったのを見たよ」

「ん?あんた、男?」

「T.r.Cだっけ?あいつらは最低だよ。エヴォリストだって人間なのに。違いを認め合ってこその人間でしょ」

「ぶっちゃけ自然とかオリジンズとの共存とかどうでもいいんだよね。ただここは居心地が良くてさ……」

「警備が使ってるピースプレイヤー?確か……『エラヴァクト』とか言ってたわね。なんか無難な作りに定評があるメーカーの商品なんだって」

「実は俺……好きな人ができたんだ……」

「ターヴィ様は今留守だよ。確か明日の朝には帰ってくるはずだ」

「ここでは誰も私を殴らない……」

「他の支部の人達にはうちを見習って欲しいよ。わざわざ周りに喧嘩売るような真似したって仕方ないのに」

「T.r.Cとの一件でみんな殺気立ってる。嫌な感じだ……」

「我らのことを訝しむ輩は多い……気持ちはわからんでもないが、あたしはこの生活こそが正しい人の在り方だと思うよ」



 そしてあっという間に夕飯の時間。二人は食堂の端で、料理に舌鼓を打ちながら向かい合っていた。

「美味しい!これは嬉しい誤算です!」

「あぁ、わざわざ来た甲斐があったと思える味だ」

「これを一週間食べてみたい気持ちもありますが……」

 トモルはジョゼットに顔を近づけて、声を潜める。

「どうやら西の倉庫に荷物が運ばれていたらしいです」

「その話は私も聞いた」

「噂の緑の処刑人も今はいないようですし……どうしますか?」

 問いかけているようで、胸の内では答えが決まっているトモルは強い眼差しでジョゼットに訴えた。

 しかし、ジョゼットは小さく首を横に振り、却下する。

「焦るな。行動を起こすのはもっと情報を集めてからだ。場合によっては今回は本当にただの体験入信しに来た奴として、ここを去る」

「弱気過ぎませんか……?」

「敵地の真ん中だ。それぐらいでちょうどいい。いいか、決して一人で無茶をするなよ」

「……はい」

 年長者の言葉というのは、正しければ正しいほど、若く猛る者には疎ましく思われてしまうものだ。

 今回のジョゼットの言葉もまたトモルには届かなかった。

 トモルはその晩、寝室から抜け出した。

「アピオン……いる?」

「おう」

 外に出て呼びかけると、妖精がどこからともなくやって来た。

「ご飯は食べた?」

「あぁ……お前らの残りものを盗んで食ったよ……情けなかった……けど、旨かった……それがまたなんか惨めで」

 アピオンは複雑な表情を浮かべながら、肩を落とした。

「それじゃあ準備は万端だね」

「おれっちはな。お前はどうなんだ?ジョゼットのおっちゃんに止められてただろ?」

「聞いてたんだ、話……」

「あぁ、お前らの頭上の通風口に隠れてた。って、それはどうでもいいんだよ!マジで倉庫に忍び込む気か!?」

 一瞬、迷った素振りを見せたが、トモルはそれを振り切り、力強く頷いた。

「うん。ターヴィがいない今が最大のチャンスだ。ここを見逃す手はない」

「お前がそこまで言うなら……でも、ヤバそうになったらすぐ退くぞ」

「わかってるよ」

 二人は進路を西に取り、息を潜めて闇夜に足を踏み出した。

 この時のトモルの心はこの闇と同じ黒に染まっていた。彼の頭の中である言葉が延々リフレインして、思考を阻害していたせいで……。


「俺とお前は違う。お前がどんなに望んでも、“孤高”になれるタイプじゃねぇよ。俺とは別の道を歩け、トモル・ラブザ」


(孤高……ぼくは誰にも頼らない!一人でできるところを見せてやる!!)

 イラガ砂漠での経験が彼を間違った道へ誘っていたのだ……。


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