病院での再会
「ケントさん……」
ウレウディオス財団が経営している病院でガラス越しに治療室でけったいなチューブに繋がれ、あの喧しさが嘘のように静かに眠るケントとの予想もしてなかった再会にトモルは激しく動揺していた。
(一体、どうしてこんなことに……!?ケントさんほどの実力者をここまで……!?)
戸惑っていた。どうしてケントがこんな状況に追いやられたのかに……ではなく……。
(よくも……!!……いや、何でぼくはこんなに苛立っているんだ……?この仕事をしていたらこういうことになるのは、ケントさんだって覚悟の上のはず。それに一回だけ一緒になったケントさんのことでぼくがどうこう思うなんておこがましい……なのに、どうしても心が逆立つ……!!)
トモルは戸惑っていた。ケントがどうして傷ついたことよりも、ケントを傷つけた誰かに強い憤りを覚える自分に……。
「冷静になれ、トモル……お前にとって今大事なのはケントさんではなく、最後の神器、リーヨのマントのことだろ……!」
「……大丈夫か、お前?」
「……君に不安を与えるくらいおかしかったかい?」
「かなり……」
「……そうか」
自分で自分に問いかけていると、傍らにいたアピオンが不安そうな顔で覗き込んできた。
その表情を見ると、自分がどれだけ取り乱していたのかを自覚した。だが、そのおかげで少しだけ落ち着きを取り戻す。
「ふぅ……ここでケントさんの寝顔を見ていても、どうにもならない。とりあえずコーヒーでも飲みながら、情報を整理しよう」
「おう」
一人と一匹は後ろ髪を引かれながらも、ケントから顔を背け、廊下を歩き出す。すると……。
「コーヒーなら、あたしがご馳走するわよ、トモル・ラブザ」
見たことのある上品な女性と一人のメイドがトモル達の前に立ちはだかった。
「確か……メルヤミさん?」
「そうよ。覚えていてくれてありがとう」
「それであなたは確か……みつ子さん?」
「はい。お久しぶりです」
みつ子が深々とお辞儀をすると、トモルとアピオンも軽く会釈した。
「お二人はどうしてここに……って、当然ですよね。ここは財団保有の病院ですし、そもそもぼくがいるのもゾーイさんに連絡した時に教えてもらったからですし……」
「ええ。あたし達がした依頼で重傷を負った者がいるなら、見舞いの一つでもするのが道理というもの」
「そうですか……あと、ぼくが回収したハーヤの剣を取りに来た……むしろそっちがメインじゃないんですか?」
トモルが背負っている頑丈そうな箱をトントンと叩くと、メルヤミはクスリと小さく微笑んだ。
「話が早くて助かるわ」
「わたくし達もゾーイに、あなたがここに進路変更をしたと聞いて、お迎えにあがったのです」
「それはどうも……」
またトモルの心は若干逆立った。
彼女達が神器の回収をするのは、当たり前だと頭では理解しているのに、ケントのことを軽視しているように見えたのが、堪らなく許せなかった。
だが、それを表に出すほど子供でもない。
「わかりました。神器は今、渡せばいいんですか?報酬の件で色々話したいことがあるんですが……」
感情を押し殺し、今必要なことを淡々と口に出す。その様子がメルヤミには好意的に映ったようで、再び彼女の口角が緩む。
「コーヒーご馳走するって言ったでしょ?ここの応接間を用意してあるから、そこで腰を据えてお話しましょう。あなたが手に入れた神器のこと。そして……ケント・ドキが手に入れたのに、消えてしまったリーヨのマントのことを」
「……はい」
メルヤミに連れられ、エレベーターに乗り込み、病院の上階に。案内された応接間はトモルがイメージした通りのドラマで見るようなまさしく応接間といった様相であった。そしてその中にはもう一人、メイドが待機していた。
「トマサ、コーヒーを」
「すぐに」
トマサは命じられるとすぐに奥の部屋に行き、戻って来た時にはトレーに二つのカップとそれと同じデザインだが小さな一つのカップを手にしていた。
「どうぞ」
すでに席についていたトモルと主人であるメルヤミの前にカップを、高級そうなテーブルに胡座をかいているアピオンの前には小さなカップを置いた。
「ありがとうございます」
「おれっち用のカップまであるなんて、用意周到だな」
「ウレウディオス財団で働く者として当然のことです」
「さすが!」
「では、いただきましょうか?」
「はい」
早速三人は一斉に芳醇な香りを漂わせるコーヒーに口をつけた。淹れてくれたトマサへの礼儀という意味もあったが、これから話をするに当たって、喉を潤しておきたかった。
「ふぅ……美味しいです、トマサさん」
トモルが感謝を込めて、笑いかけるとトマサもまた穏やかに笑い返し、頭を下げた。
その姿を確認し終えると、トモルの顔は一気に神妙なものへと変化する。
「……さて、本題と入りましょうか?」
「ええ……」
カップを置いたメルヤミもまた表情を引き締めた。天性の品の良さに威圧感まで加わり、常人なら萎縮してしまうところだが、数々の修羅場をくぐり、今も心の奥では怒りの炎が燃え滾っているトモルは決して動じない。
「まずはぼくの話から……長くならないと思うので」
トモルはイラガ砂漠でのこと、つまり二人の協力者について話した。
「わかりました。その者達にも報酬を振り込んでおくわ。でもその前に……」
「わかってます。ハーヤの剣が本物かどうか確認しないと……ですよね?」
トモルはカップを端にどけ、テーブルの上にウレウディオスボックスを置き、中身が見えるように開いた。
中には当然、古びた剣が入っている。一見、何の変哲もないそれを目にした時……。
「あぁ……!これがハーヤの剣……!!」
メルヤミが目を見開き、頬を紅潮させ、皮膚の上で汗を滑らせた。
「お気に召されましたか?」
「ええ……なんとなくだけど、今まで詐欺師達が持って来た偽物と違うことがわかる……!」
「確かに不思議なパワーを感じますよね、これ」
「おれっちのセンサーにも、なんかすげえ!って、びんびん伝わって来るぜ」
「そうなの?なら……いえでも、一応確認しておかないと」
メルヤミは懐からデバイスを取り出し、操作する。
「……ええ、メトオーサの遺跡と同年代、類似性が認められる……と出ているわ」
「ということは……?」
「依頼達成よ」
「よっしゃ!!やったな、トモル!!」
「うん!」
トモルが手を出すと、アピオンはそれに向けて小さな手のひらをバチンと叩きつけた。
「達成と言ったが、一応、後でピースプレイヤーの映像データも提出してもらうからね」
「ええ、構わないです」
「では、この話はここでおしまい……みつ子」
「はい」
メルヤミの声に応じ、みつ子はテーブルの上のウレウディオスボックスの蓋を締め、持ち上げた。
「引き取らせてもらいますが、よろしいでしょうか?」
「それももちろん……構いませんよ」
「では……」
みつ子は頭を下げると、応接間から出て行った。
見送ると、示し合わせたわけでもないのに依頼した者と依頼を受けた者は同時にコーヒーを口に含む。
「……さてと……次はあたしが話す番ね……」
和やかだった雰囲気が一気に重くなる。トモルにとっての本題はここからなのだ。
「と言っても、こちらとしても掴んでいる情報は少ないのだけど……」
「逆に言えば、少ないながら情報を掴んでいるわけですね?」
「ええ……」
「それを教えてください……!」
「――ッ!?」
自然とトモルの身体から発せられたプレッシャーに思わずメルヤミはたじろいだ。それでもすぐに平静に戻れたのは、いずれウレウディオスを継ぐ者としてのプライドであろうか。
「……あたし達が知っている情報はケント・ドキ他四名がラゴド山の遺跡を攻略、リーヨのマントを手に入れたこと。そして、その直後に何者かの襲撃を受け、それが奪われたこと……」
「何でそれがわかったんだ?」
「彼らのピースプレイヤーの映像データを調べたのよ」
「なーる。じゃあ、その襲撃者の正体もわかっているのか?」
「ええ、一応ね」
「一応ってなんだよ?」
「データが損傷していたから、見た目や戦闘スタイルなんかはわからずじまい……だけど、“緑の処刑人”と名乗った音声だけはサルベージできたのよ」
「グリーン・パニッシャー?いや、それだけわかってもどうにもならないんじゃねぇ?」
「いえ、どうにかなったわ。その異名はある界隈では有名だから」
「ん?おれっちは聞いたことないけど」
「ある界隈と言ったでしょ。宗教家や経営者、国家の安全を考える人達ね」
「んじゃ、おれっちが知らないのも当然か。で、その緑の処刑人とやらはどこのどいつなんだ?」
「……『ディオ教』の第二十支部の支部長『ターヴィ・トルマネン』よ」
「ディオ教の支部長ですって!!?」
トモルはその言葉を聞いた瞬間、テーブルに乗り出した!
「今の話、本当ですか!?」
「襲撃者がターヴィの名を騙っていなければね」
「そうか……嘘をついている可能性も……でも、ケントさんをあんなにしたんだから、少なくとも実力は支部長クラスで間違いないか……」
「ケント・ドキは遺跡攻略直後で疲弊していたし、あぁなったのは仲間を担いで強行軍で下山したのも大きな原因だけどね」
「だとしても、ケントさんとあの人が認めた人達がむざむざとせっかく手に入れた神器を奪われるとは思えない!」
「……だとしたらやはり強奪者は本物の緑の処刑人か……」
「ストップ!スト~ップ!!」
白熱する二人の視線の間にアピオンが割って入った。
「ディオ教とか支部長とか全然わかんねぇって言ったでしょうが!?だったら説明してあげましょうって優しさはあなた達にはないのですか!?」
「アピオン……今はそんなこと言ってる場合じゃ……」
「言ってる場合ですよ!!」
「うっ!?」
アピオンの剣幕に今度はトモルがたじろいだ。
「そうね……この際改めてディオ教のことを再確認するのもいいかもしれないわ」
「そうそう!大事よ、確認は」
「わかりました……」
トモルはしぶしぶソファーに腰を下ろし、息を整えた。
「えーと、ディオ教っていうのは正式名称“ディフェンスオリジンズ教団”、その名の通りオリジンズと自然を守り、共存することを教義としている宗教団体だよ」
「付け加えると、教祖の名は『ラーハッシ』、オリジンズに襲われてから星の声が聞けるようになったそうな。実際の組織運営はナンバー2である神父『ルドヴィーゴ・ビファイ』が行っているらしいけど」
「今の話を聞く限り、胡散臭いが無害に思えるんだけど。おれっちがオリジンズだからちょっと好意的に見えてるのかもしれないが」
「実際にただオリジンズや自然の保護を訴えるだけなら良かったんだけどね……」
そう言うと、メルヤミは再びデバイスを操作し、とある記事を検索し、アピオンの前に差し出した。
「森を伐採して、工場を建てようとした会社を爆破!?やり過ぎだろ!?」
「その通り、彼らはやり過ぎるの。もはやただの環境テロリストよ」
「なら、とっとと潰せばいいじゃん!!」
「それができたらいいんだけど……」
「なんかできない理由があるのかよ?」
「26ある支部の長は全て彼らが崇めて止まない教祖と同じくオリジンズの祝福を受けた者……つまりエヴォリストなの」
「エヴォ!?」
アピオンは言葉を失った。その単語の恐ろしさについては理解していたから……。
「エヴォリストってあれだろ?オリジンズに殺されかけて、めちゃくちゃヤバい能力に目覚めた超強い奴ら……」
「うん。まぁ、能力にはピンからキリまである一概に強いとは言えないけどね。それこそ教祖のラーハッシは戦闘に関係無い能力だし。だけど……」
「ええ……ディオ教の支部長は全てバリバリの戦闘型よ」
「そんな奴が26人も……!?」
恐怖でアピオンの顔からみるみる血の気が引いていった。
「戦闘型のエヴォリストに対抗できるのは、取り込んだオリジンズの血液に究極まで順応した“スーパーブラッドビースト”や、人の感情を力に変えるコアストーンと同じ性質を全身に持った特級オリジンズで作った“特級ピースプレイヤー”、それと“完全適合”した者など、極一部の奴しか無理だとされているわ」
「多大な犠牲を許容するなら、数で押しきるってのも手だと思うんですけど……」
「なまじ彼らの教義に反することをしなければ、無害だからね。そこまでするまででもない。だから各国ともうまいこと距離を取って、それこそ共存することを選んだ……はずだったんだけどね」
「何かあったのか!?」
「彼らと同じか、それ以上に厄介な勢力が最近になって台頭してきたの」
メルヤミはまたはデバイスを操作し、別の記事を画面に出す。
「ん~なになに……反エヴォリスト団体、『秘密結社T.r.C』……いや、秘密じゃねぇじゃん!!じゃなくて、反エヴォリスト団体!?」
「エヴォリストの排斥を訴える差別主義者どもよ。その目的からエヴォリストを支部長などと呼んで持て囃すディオ教とは折り合いが悪い……どころの騒ぎではなく、バチバチもバチバチ」
「そもそも教団に恨みを持つ者を積極的に取り込んでいるという話も聞きますね」
「ええ、そして遂に先日、多くの犠牲を出したけれど、ついに支部長の一角を討ち取ったらしいわ」
「はは~ん、つまりディオ教はそれに焦って、神器とか集め出したってことか」
「多分、そうでしょうね……」
メルヤミはデバイスを懐に仕舞い、立ち上がった。
「あたし達が手に入れた情報はこれでおしまいよ」
「おいおい!それだけかよ!?」
「近くに宿を取ってあるから、あなた達は砂漠の疲れをゆっくり取るといいわ」
「そうじゃなくて!!リーヨのマントはどうするんだよ!?」
「ウレウディオスとしては、教団と事を構えたくない。どうにか平和的に取り戻す方法を考えるわ」
「テロリストに平和的にとか通じねぇだろ」
「だとしてもよ」
そう言うと、メルヤミはドアに向かってすたすたと歩き出してしまった。そしてドアノブを握ると……。
「あっ、そうだ」
「「!?」」
立ち止まり、わざとらしく声を上げた。
「確かディオ教の第二十支部は『メウ共和国』にあったはず……」
(メウだって!!?)
その名前を聞いた瞬間、トモルの記憶はイラガ砂漠の時のように激しく揺さぶられた。
「今のはただの独り言よ。忘れてちょうだい」
メルヤミは今度こそドアノブを捻り、扉を開けると、そのまま外に出て行った。
「下手くそな芝居しやがって……あれって、どう考えてもそのメウ共和国とかに行って、取り返して来いってことだよな?」
「だろうね。あくまでぼく達が自発的にやったこと……ウレウディオスは関係無いって体で」
「あのお嬢様、かわいい顔して曲者だぜ!」
感心したような、ムカつくような複雑な感情を洗い流すように、アピオンは温くなったコーヒーを一気に飲み干した。
「……んで、どうするんだ?お嬢様の悪巧みに乗ってやるのかよ?」
「乗るよ」
「即答かよ!!」
「メルヤミさんもトラウゴットさんもドライだけど、きっちり成果には報酬を払ってくれるからね。きっとぼくがリーヨのマントを取り返したら、ボーナス弾んでくれるはずさ」
「結局お金ですか、トモルくんは」
ぶれないトモルにこれまた感心と呆れの相反する感情を妖精は抱いた。
だが、今回トモルが決断したのは、よくも悪くもいつもと違っていた。
「それに天がぼくに行けって言っているような気がするんだ」
「天?お前も宗教、始めるのか?」
「まさか……メウ共和国はぼくが小さい頃住んでいたところなんだ……」
この時からトモル・ラブザに静かに、だが確実には大きな挫折の影が近づいているのだが、彼がそれに気付くことになるのは、全てが終わった後だった……。




