空の遺跡
一面銀世界、猛吹雪が吹き荒れるラゴド山の山頂付近に突如として出現した遺跡の最奥でケント・ドキは熱く魂を燃やしていた。
トモル達が二体の古代メカを撃破し、ハーヤの剣を手に入れたのと時を同じくして、リーヨのマントを巡る戦いも佳境を迎えていたのだ。
「危な!?」
猛スピードで動いていたケントベッローザは降りかかる水滴を避ける為に方向転換!しかし、僅かに遅かった。
ジュッ!!
「ちっ!?しもた!!」
それはただの水滴と呼ぶにはあまりに凶悪過ぎた。
高速で射出されたそれはベッローザの肩口の装甲をいとも簡単に抉り、さらに破壊部分を強酸性の成分で白い煙を出しながら溶かしていった。
「ほんま厄介やな……トモル・ラブザ風に言えば、『ラゴドスライム』か……!ちょいダサいけど」
「ジュジュ!!」
ラゴドスライムと命名されたそれは全身が先ほどの水滴と同じ強酸性、粘性のある半透明のゼリー状の物質でできていた。それをまるでケントのことを嘲笑うかの如くぷるぷると揺らす。
当然、良く言えば負けん気の強い、悪く言えば我慢弱いケントがその行為を黙って見過ごせるわけなく……!
「野郎!?ワイのダンスがそんなに無様か!!あぁん!!」
バン!バン!バァン!!
怒りに身を任せて銃を乱射!ラゴドスライムは動けない……動く必要などない。
ムニャ……ズルッ……グプッ……
「――ッ!?」
「ジュジュッ!!」
弾丸はゼリー状のボディーの表面を僅かに削り、逸らされ、または貫通して穴を作るもすぐに再生……何事もなかったように、またラゴドスライムは全身を揺らす。
(くそっ!?遠距離攻撃は通じん!!かと言って、格闘戦を挑んでもあのゼリーに衝撃を吸収されるわ、攻撃したこっちが溶かされるわで全然やしな。何より……)
「ジュジュ!!」
ケントの期待、というより不安に応えるようにラゴドスライムは全身から針を伸ばした。
(近づこうもんなら、あの強酸性の槍でズブリや!……まぁ、距離を取っていても……)
「ジュジュジュッ!!」
さらにご期待に応えましょうと、ベッローザに向いた針の先端が膨らむ。そこから……。
「ジュッ!!」
ババババババババババババッ!!
先ほどの凶悪な水滴が一斉に発射される!恵みの雨ならぬ、命を奪う最低最悪の豪雨だ!
「なろッ!!」
ケントはベッローザをフル稼働させ、回避。もうこの行為を何度も行っているので慣れたものだ……別に慣れたくなどなかっただろうが。
(こっちの攻撃は通じんのに、あっちはまともに喰らったら、一撃でゲームオーバーになる攻撃を乱射してくる……理不尽過ぎるやろ!!)
赤い仮面の下で憎悪を込めてキッとスライムを睨み付ける。正確にはスライムの半透明な身体の中心に浮いている球体をだ。
(くそ!!弱点のコアが丸見えなのがまた腹立つわ!!どうせワイらにはどうにもできんと思って、ひけらかしとんか!!?)
先ほどから何度も伸ばせば届きそうなそれに手を変え、品を変え攻撃を加えているが、全て徒労に終わっている。
このまま万事休すか……と、そんな簡単に挫けるようなやわな心をケントはしていない。
(……奴を倒すには、やっぱりアレしかないな……!!)
手をこまねいているように見えて、ケントはしっかりとラゴドスライムを分析し、さらに対抗策を練っていた。しかし、それをするには……。
(実行するには覚悟決めないとあかん!ワイだけでなく、『エクトル』さん達を含めてな……!!)
ベッローザはちらりと遠くで観戦している四人の男達を見た。
「ケントの奴、こちらを見ていますね」
「限界?いや、何か伝えたいことがあるのか?」
「じゃあ、とりあえず作戦通り、おれが行ってきますね」
「頼む、『木島』」
「はいな!『ルシャットⅡ』!!」
木島と呼ばれた男はピースプレイヤーを装着すると、ケントの下へと飛び出して行った。
「ケント!」
「木島はん!」
「交代だ!交代!よく頑張った!!」
「うす!!」
バチン!と空中ですれ違い様にお互いの手をタッチすると、ルシャットⅡは銃を召喚!スライムに挨拶代わりに銃弾をぶち込む!
バン!バン!バァン!!
「ジュジュ?」
やはり弾丸は僅かにゼリーを削るだけで、まともなダメージを与えられなかったが、木島の狙い通り注意を引き付けることに成功した。
「そうだ!こっちだこっち!かかって来いや!ゼリーちゃん!!」
「ジュジュジュッ!!」
ババババババババババババッ!!
完全にラゴドスライムの目には……目と呼べるような機関は見当たらないが、とにかく彼の視界にはルシャットⅡしか映らなくなっていた。
一方、興味が失われたベッローザは木島と入れ替わりに残った三人の男の下にたどり着いた。
「ぷはっ!!」
「お疲れ様、ほれ」
「おおきに!んぐっ!!」
ベッローザを解除したとたんに水筒を投げ渡されると、貪るように口をつけ、一気に中身を全て飲み干した。
「いい飲みっぷりだな」
「貴重品なんだから、もっと大事に飲めよ」
「わかってますよ、『リノ』はん。でも、水に関しては最悪、外の腐るほどある雪を溶かして調達すればええでしょ?」
「まぁ、それはそうか」
「なら、まずは頑張ったワイを労ってください。ふぅ……」
一息つくと、ケントは湿った唇を拭った。
「いや、本当に頑張ったよ、お前は。凄い!」
「おおきに。催促したみたいで、申し訳ない」
「したみたいじゃなくて、がっつりしただろう」
「まぁまぁ。それよりもあのラゴドスライムのことはじっくり観察できましたか?」
緩んだケントの顔に鋭さが戻り、三人の男を順々に見ていく。
それに対し、男達は……。
「「「……ラゴドスライム……?」」」
仲良く同時に首を傾けた。ラゴドスライムという名称はつい先ほどケントが心の中で命名したものなので、共有されてないのだ。
「あっ!?あの!?違うんですよ!ワイが前に一緒に依頼を受けた相手が、名前を付けるのが趣味の変な奴でして!だから、決してラゴドスライムというのはワイのセンスやなくて!!」
あたふたと身体を動かしながら弁明するケント。その様子を見て、男達は逆方向に首を傾けた。
「何を慌てている?シンプルでいい名前じゃないか?」
「……えっ?」
「アレとかソレっていうのも不便だし、ラゴドスライム採用で」
「うむ」
予想に反して、好評なラゴドスライムにケントは妙な悔しさと焦りを覚えた。
「もしかしてあいつのセンスっていいのか?それともワイが悪いのか?」
「どうした?」
「いえ!何でもあらへん!それよりも話を戻して……」
「あぁ……『ボリス』」
「うむ」
エクトルが隣にいる無表情な男に声をかけると、男は力強く頷き、口を開いた。
「正直新しいことはわからなかった」
「まぁ、昨日と違う行動はしてませんからな」
「あぁ、だが半信半疑だったものが確信に変わった」
「それは結構」
「とりあえず奴の……ラゴドスライムの攻撃パターンはあの身体を弾丸のように飛ばすのと、接近した相手に槍状にして突き刺す……その二種類しかないと見て間違いないかと」
「改めて戦い、色々試して見ましたが、その二つでこちらの動きには全て対応できてたので、当たってると思います。それだけあれば奴には十分」
「そして、その攻撃に晒されることになるのは特定のエリア内に入った者……そいつが注意を引いてくれている場合、他の侵入者は一定の距離を取って、攻撃の意志が示さなければ、こうして無視される」
ボリスはトントンと足下に刻まれた真新しい一本の線の上を爪先で叩いた。
「ちょっとでもあいつに何かしようとすると、敏感に反応するのが厄介やな。昨日、ギガキャノンで遠くから狙撃しようとしてひどい目おうたわ……」
思い出しただけで、ケントは身震いした。
「わたし達が分析できたのは、ここまでだ。実際に戦ってみたお前は?」
「ワイもあいつの特性に関しては、ボリスさん達と同じことくらいしかわからん」
「……そうか」
あからさまにがっかりし肩を落とす三人。
しかし、ケントの話はまだ終わっていない。彼は悪戯を思いついた子供のようにニイッと口角を上げる。
「でも、奴を倒す方法ならわかりましたよ」
「ほ……」
「本当か!!?」
三人の顔に一様に喜びと疑いの色が滲み出る。その顔がケントにとっては心地よかったようでさらに口角を上げ、自身の功績を誇示するかのように胸を張る。
「ほんまほんま。ばっちり思いついたで」
「それは一体……」
「あいつの攻防一体な身体は攻撃してもすぐに再生してしまう」
「あぁ、だからこうして頭を悩ましている」
「でも、攻撃自体は効いている。僅かでもあのゼリーちゃんを削ることができているなら、その再生を上回る速度で攻撃を続ければいい」
「「「………」」」
疑いの色を強めた表情の三人は据わった目でジトーッとケントを見つめた。
「それができたら苦労はしてない」
「この中で、その削りに最も特化したおれの『ガナドール・デストルクシオン』でも奴を倒せなかったんだぜ?」
「それはリノはんが回避しながら、やっていたからでしょ?あいつの攻撃を受けながらこっちも攻撃を続ければ……」
「アホか!おれに死ねって言ってるのか!?」
リノは思わず声を荒げる!対照的にケントは涼しい顔で首と手を横に振った。
「まさか。ワイはそんな残忍な男やあらへん」
「なら!」
「ワイのツムホルンと、ボリスさんの『機仙・甲』が盾になります」
「わたしとお前が?」
「ええ。こん中で耐久力のツートップはその二つや。もちろん防御だけじゃなく、攻撃もしながらですがね」
「その三体で攻めれば、奴を削り取れるとは思えない。むしろ回避をしないとわかれば、あいつが今まで以上に苛烈に攻めて来るぞ?」
「それが狙いです」
「何?…………そういうことか」
「なるほどね」
「えっ?何何?エクトルさんもボリスさんも急に納得しちゃって!?」
顎に手を当て、ふむふむと首を縦に動かすエクトルとボリスの顔をリノの視線は交互に行き来した。
「なぁ!意地悪しないで、おれにも教えてプリーズ!」
「教えるも何も……なぁ?」
「あぁ……」
「あぁ!また長年のコンビ二人だけで納得して!おれの頭はお二人のように賢く出来ておらんのですよ!」
「別に賢さはそこまで必要ないと思いますよ」
「えっ!?」
「ワイがさっきほぼ答えを言いましたから」
「……どこら辺?」
「あいつの攻防一体な身体……ってところ」
「攻防一体?そんなことわかりきってる!あいつは鉄壁のあのボディーを切り離して……あっ!!」
ここでようやくリノはケントの真意に気づき、ポンと胸の前で手を叩いた。
「そうか……攻撃で奴の身体を削るってのは、おれ達だけではなく、奴自身にあえて攻撃させて消耗させるってことか……!!」
「せや!再生が速過ぎてわかりにくいけど、あいつは自らの弾丸を撃った後、体積が小さくなっとる!なら、ひたすらこっちに攻撃させて、こっちからも攻撃を続ければ、コアに攻撃が届くほど、奴の防御は薄くなる!!」
「そうなったところを俺が『ブランジェントカスタム』で仕留めるってわけか」
「ええ!ベストは木島はんのルシャットⅡとの同時攻撃ですけど」
「理屈はわかった……だが、かなりギリギリの戦いになるな……」
「ですから撤退のことも頭に入れとかんと」
「その判断はお前が下すのか?それとも俺か?」
「ボリスさんにお願いします」
「わたしが?」
不意に話を振られたボリスは表情を微かに崩し、自らを指差した。
「一番ヤバい盾役になるのは、ワイとボリスさんですから。でも、ワイは結構熱くなってしまうタイプやさかい」
「買いかぶりな気もするが……こういうのは、少し臆病な人間がやるくらいがいいか……」
「せやせや、信頼してまっせ」
「それで作戦決行はこの後すぐか?」
「そりゃあそうでしょう!おれ達は登山途中のオリジンズの襲撃で食料をかなりの量失って、余裕がないんですから、速攻で決めないと!」
「あれはほんまに痛かった……しかも、その後に限って食料になるようなオリジンズが襲いかかって来るようなこともないし」
「過ぎたことを言っても仕方ない。ただ実際に帰りのことを考えると、神器を手に入れるにしても諦めるにしても、少しでも早く決めるべきだ」
「……せやな」
「一応、切り詰めれば、あと一日くらいは滞在できるが……どうするエクトル?今日決行するか、一日身体を休めてからにするか?」
「うむ……」
エクトルは現実の時間で五秒ほど、彼の体感ではその何十倍もの時間をかけて熟考した。そして決断を下す。
「決行は今日、今からだ!新手を警戒しながらこの遺跡に泊まるのも、外で吹雪を凌ぐのも、かなりの体力を消耗するだろう。ならば、今ここで決着をつける!反論は?」
エクトルが皆の顔を見回すと、皆が皆笑顔を浮かべた。
「あるわけないやん」
「おれも異議なし!」
「わたしはいつだってお前に従うだけさ」
「わかった……木島も話を聞いていたな?」
線の遥か向こうでルシャットⅡはラゴドスライムの攻撃の隙をついて、エクトルに向かって親指を立てた。
「よし!全員の意志は一つ!ここからは勝敗が着くまでノンストップだ!!」
「「「おう!!」」」
エクトルとボリスは腕輪を、ケントとリノは首にかけていたタグを突き出した!
「ブランジェントカスタム!!」
「機仙・甲!!」
「行くで!ツムホルン!!」
「ガナドールD!ゴー!!」
「ジュジュッ!?」
全員が戦闘態勢に入った瞬間、ラゴドスライムは今まで夢中だったルシャットⅡのことを忘れ、そちらに注意を向けた!
「それでええ!ワイらをもっと見ろ!!」
「ジュッジュッ!!」
「そうだ!おれ達が……お前の長い歴史を終わらせる者だ!!」
ババババババババババババッ!!
ガナドールDは両腕、両肩のガトリング砲を最高速度で回転させ、数え切れない弾丸をラゴドスライムに向けてばら撒いた!
「――ジュジュッ!!」
弾丸はゼリーを凄まじいスピードで削り取っていく!このまま行けば……とは、当然いかない!
「ジュジュジュッ!!」
ババババババババババババッ!!
感情なんて読めないし、あるかもわからないスライムだったが、その反撃には怒りや対抗心のようなものを感じた。今までで一番の量と速度の超酸性雨だ!
「させる……」
「かっ!!」
ジュウゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
しかしそれはターゲットであるガナドールDには届かない。作戦通り、ツムホルンと機仙・甲というタフさ自慢のマシンが身を呈して、仲間を守る!
「その程度かいな!そんなんじゃいつまで経っても、ワイらは倒せへんぞ!!ずっとこんな辺鄙なところで居眠りしとったせいで、気長になり過ぎてるんちゃうか!!」
ババババババババババババッ!!
挑発しながらツムホルンと機仙・甲も少しでもゼリーの量を減らそうとマシンガンを乱射する!ガナドールDと合わせて、外に負けず劣らずの弾丸の猛吹雪が吹き荒れる!
「ジュジュッ!!」
ババババババババババババッ!!
「ちっ!?」「――ッ!?」「ぐっ!?」
だが、ラゴドスライムは怯むことなく真正面からその消耗戦を受けて立った。さらに横殴りというか平行に降り注ぐ酸性の雨は激しさを増し、盾の二人はもちろんその奥のガナドールDにも襲いかかる。
それをしばらく続けた……。どちらかの心が折れるまで……。
そして真っ先に悲鳴を上げたのは……。
ビーッ!ビーッ!ビーッ!
「ツムホルン!!?」
ケントのツムホルンだった。抉られ、溶かされ、原型がわからなくなり始めたマスクの中で耳障りなアラームがなり、ディスプレイに“Warning”と表示される。
「あかん!?予想よりずっと早く限界を迎えてしもうた!?」
「くっ!?もう少しだというのに……!!」
ボリスは歯噛みした。目の前のラゴドスライムは最初の頃よりかなり小さく、コアの周辺のゼリーは薄くなっていたのだ。
「もう少し……だが!人命には代えられん!!」
ボリスが悔しさに抑え込み、「撤退!!」と口にしようとした……その瞬間!
「待て!ボリス!!」
「――!?」
「最後に俺とブランジェントの力を試してみても良かろうが!!」
「エクトル!?」
三人を飛び越し、巨大な槍を持ったエクトルが駆るブランジェントカスタムがラゴドスライムに突撃した!
「どんな相手でも負けないように何度も何度も挫折を味わいながらも、改造して来たんだ!!こんなぷるぷるした奴なんかに!!」
エクトルは全体重と熱く滾る想いを乗せて、槍を突き出した!
ブル………ガギィン!!
「――ジュ!?」
刃はついに無敵のゼリーを貫き、コアに届いた!徐々にひび割れていく……だが、このまま終わらないとスライムも最後の意地を見せる!
「ジュジュッ!!」
「――!?」
ラゴドスライムは残った身体を刺付きの腕に変え、自らの生を終わらせようとしているエクトルに抱きつこうとした。しかし……。
「オレを忘れてもらっちゃ困るね」
ザンザザンッ!!
息を潜めていた五人目の男、木島のルシャットⅡが割り込み、ナイフでそれを切り落とす!
「ジュジュ……」
「残念だったな……俺には頼れる仲間がいた。お前にはいなかった……それが勝負を分けた」
バギィン!!
「――!?」
最後の悪あがきを防がれたラゴドスライムは為す術なくブランジェントカスタムによってコアを破壊されてしまう。
つまり、ケント達の勝利である!
「よっしゃあ!!」
ケントの勝ち名乗りに呼応するように、遺跡の最奥の床がせり上がり、箱が出現。それが開くとお目当ての最後の神器、リーヨのマントが姿を現した。
「おっ!吹雪が収まってる。これは助かる」
遺跡から真っ先に出て来たのはルシャットⅡを装着した木島であった。上機嫌だった心は穏やかに降る雪の結晶を目にし、さらに上がる。
「ふぅ……今から二日前にいた洞窟まで下るんですよね……めんどくさい!」
「気持ちはわかるが、山の天気は変わり易いからな。行ける時に行っておかないと」
続いて出て来たのは白いピースプレイヤーを装着したリノとボリスであった。
「オレもボリスの旦那みたいに、雪用の『スノードッグ』買っておけば良かったな」
「ずっと言ってるな、それ。というより良くルシャット一本で頂上までたどり着けたな」
「あれだったら、下山した後におれが今使っている『アイスラット』を格安で売ってやろうか?」
「お前のお古などいらん。ただでもいらん」
「何を~!!」
他愛もない会話を続ける三人の後から、これまたスノードッグを装着したエクトルとアイスラットを纏い、リーヨのマントを入れたウレウディオスボックスを背負ったケントが出て来る。
「ワイが持ってていいんですか?」
「それを手に入れられたのはお前の作戦のおかげだ。そのままウレウディオスに渡してくれ」
「そうですか……でも、あの作戦を実行できたのはエクトルさんとボリスさんの名コンビが中心になってがっしり構えてくれたおかげです」
「名コンビだなんて、そんな大層なもんじゃないさ。ただ冒険という言葉に心を奪われた哀れな男二人さ」
「そういう生き方憧れますけどね」
「とはいえロマンだけでは腹は膨れないから、こうやってたまに趣味と実益を兼ねて傭兵まがいのことをしないといけないんだが……そう言えば、本当に報酬は五等分でいいのか?さっきも言ったが、お前の功績は大きいし、あれなら俺の取り分から……」
「かまへんかまへん」
ケントは顔の前で手を振って、エクトルの提案を却下した。
「これはワイら五人の勝利や。報酬も平等に分けるのが、筋ってもんやで」
「お前がそう言うなら、それでいいが……」
エクトルは不思議そうに、ケントの顔を覗き込んだ。
「なんや?ワイ、変なこと言いましたか?」
「いや、最初見た時はもっと金にうるさいイメージがあったから……」
「いやいや!ワイほど金に執着ない人間はおりませんよ」
嘘だ、口から出任せだ。ケント・ドキほど金に執着している人間はいない。本来なら取り分が減るから、チームなど組みたくないと宣うような人間だ。
だが、そんな彼が今回エクトル達と協力したのは……トモルと同じ理由、トラウゴットと話をした後からだ。
(後から交渉次第でウレウディオスから金を引き出せるのは、わかったからな。目先の報酬より、もっと先の大金のために実績を手に入れるのが最善!そのためのチームや!)
そしてその思惑は成就し、リーヨのマントを手に入れることに成功した。嬉しさから自然と肩が上下する。
(あとはどうやってちょっとでも多くの金をウレウディオスに出させるかや。トラウゴットは堅物そうやし、やっぱあの親子……ん?)
悪巧みのためにフル稼働していた思考回路が停止する。その代わりに戦士としてのスイッチが入る。ケントだけではなく、他のみんなもそうだ。
目の前に突然、場違いにも程がある薄着の男が現れたのである。
「………なんや、お前?」
あまりに突然のことなので、普通に問いかけてしまった。けれども、男も男でそれに素直に返答した。
せめてもの手向けにと……。
「人からは“緑の処刑人 (グリーン・パニッシャー)”と呼ばれている」
「!!?」
三日後、傷だらけで意識を失った四人の男を担いで、スタンゾルバーを装着したケントが下山する。人を見た瞬間、安心して彼もまた気絶してしまった。
彼らの持ち物にリーヨのマントはなかった……。




