地の遺跡③
イラガファイターとフレイムは臨戦態勢のまま五階で待ち構えていた。別にトモル達が来たから、こうしているわけではない。このピラミッドが作られた日からずっとこうしている。
自分達を倒す者が現れるまでずっと……。
ピピッ!
「ゴゴゴッ!!」
悠久の時を生きてきた闘士の鋭敏なセンサーが“何か”を感知する!すると同時に腕を伸ばし、胴体を高速回転させ、再び巨大な独楽となる。そして……。
ガァン!!
「ちっ!?」
“何か”の正体は当然黒き竜、ガリュネムレス!マントで姿を隠し、手から伸びた刃で一閃しようとしたが、弾かれてしまった。
「あえてもう一度教科書通りの戦法を取ってみたが、やはり無理か」
お得意の一撃を防がれても、ノードゥスは動じない……動じてしまったら、今までと同じだ。
「問題はこれから……冷静に、取り乱すことなく、攻略の糸口を見つける……!」
動じてはいないが、妙な高ぶりは感じていた。この戦いを乗り越えた時、自分はどうなっているのかを想像すると、ワクワクが止まらなかった。
そんな彼に水を差すように、もう一体も動き出す!
「ガガガッ!!」
ファイターの影からイラガフレイムが顔を出す!腕のガトリング砲を向けながら!
「君の相手はぼくだろ?浮気しないでおくれよ、ファイアーマスター」
キンキンキィン!!
「――ガッ?」
突然、側面からの弾丸の強襲!これまた放ったのは当然、トゥレイター502だ。
「ガガガッ!!」
イラガフレイムの注意はシックな黒き竜から一転、ド派手なピンク野郎に傾いた。
こうして再び一対一かける二の構図ができあがる。
(ここまではさっきと同じ、ここからは……とりあえず同じ手で様子を見るか……!)
ノードゥスは先ほどと同じようにもう一体の愛機の力を試すことに決めた。
「叩き潰せ!シュテネムレス!!」
黒き竜から紫の鬼へと姿が変わると同時に突進!両拳に力を込める!
「でえぇい!!」
身体ごとぶつけるような体重の乗ったパンチを繰り出す!しかし……。
「ゴゴゴ!」
やっぱりあっさりと避けられる。さらにそのままイラガファイターは回転パンチを浴びせようと、突撃!
「またバカと言われそうだが……正面から迎え撃たせてもらう!!」
もう一方の拳をすかさず撃ち込む……が。
ドゴオォォォォォォン!!
「――ゴッ!?」
「――くっ!?」
僅かに怯ませたが力敵わず……紫の鬼はまたまた壁に叩きつけられた。
(一か八かのカウンターでは無理か……まぁ、あいつがあれだけ言うんだから、もっとスマートな勝ち方があるんだろうな……)
「ゴゴゴ!!」
ビーッ!!
そんなこと考える暇なんて与えない!と言わんばかりにファイターはビームで追撃!けれど……。
「それはもう見た!かみ千切れ!ガリュネムレス!!」
紫の鬼から再び黒き竜に!スピードには定評があるガリュネムレス相手では、牽制用のビームなど、止まっているも同然だった。
(ガリュウのスピードに奴はついて来れていない……けれどガリュウでは奴の装甲を破れない。一方、シュテンはその真逆、さっきのカウンターで奴を怯ませられた威力……まともに当てられれば、必ずダメージを与えられるはずだ。けれど、そのためのスピードがない)
「ゴゴゴ!!」
ビーッ!ビーッ!ビーッ!!
何本もの光の線がマスクの横を通り過ぎていく。けれども、それには目もくれずノードゥスはより深い思考の領域に潜っていた……。
(一番いいのは、俺がシュテンを使いこなせるようになることなのは明白だが、そんなこと一朝一夕でできるもんじゃない。実際、トレーニングを日々欠かさずやって、この様だからな)
「はぁ……」
「ゴゴゴ!!」
ビーッ!ビーッ!ビーッ!!
思わずため息が漏れたが、今も絶え間なく攻撃を続けるファイターに嫌気が指したのではなく、自分の不甲斐なさに辟易したのだ。
もはやノードゥスの敵はノードゥス自身になっていた。
(勝つ方法はある……一体それは?どうにかしてガリュウでシュテン並みのパワーを出す方法があるのか?それともシュテンがガリュウと同等の速度を出す裏技が……?そんな都合のいい方法……ん?)
突然、脳天に雷が走った。そして徐々にマスクの下のノードゥスの顔は赤みを帯びていく。
(もしかしなくても俺、さっきやってなかったか!?あいつのビームを避ける時、シュテンでは避けられないから、ガリュウにチェンジして……そういうことなんじゃないのか!?)
顔は完全に真っ赤に染まっていた。心の底から自分の浅はかさを恥じていた。
「情けない……情けなさ過ぎる!こんな単純なことに気づかず!ウジウジ悩んでいた自分が許せない!!」
自分への怒りを脚に込めて猛然とダッシュ!
「ゴゴゴ!!」
ビーッ!ビーッ!ビーッ!!
イラガファイターは迎撃を試みるが、黒竜の最高速には何の意味もなく、あっという間に接近を許してしまう。
「ゴゴゴッ!!」
ならばと回転パンチしながら体当たり!しかし……。
「当たるか!!」
ガリュネムレスは軽やかにジャンプ!イラガファイターの無防備な頭上を取った!
「バカだ俺は……スピードのあるマシンとパワーのあるマシンを持っているなら、その長所を生かすように使い分ければいいだけの話じゃないか!そうだろ!シュテネムレス!!」
再度、再度の紫の鬼の登場!しかも今回はさらに……。
「鬼天棒!!」
身の丈もある金棒を召喚!さらにさらに!
「オラァッ!!」
ボオォォォォォォォォォォッ!!
その金棒に口から出した炎を吹きかける!結果、金棒は燃え盛る真紅の炎を灯した凶悪過ぎる武器へと変化する!
それをノードゥスの自分への憤りを込めておもいっきり振り上げた!
「炎月破砕撃!!」
ドゴオ!!
「――ゴッ!?」
撃ち下ろされた灼熱の金棒は無慈悲にイラガファイターの頭部を溶かし、砕く!それだけには飽き足らず……。
「チェストォォォォッ!!」
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
そのまま胴体を粉砕し、縦真っ二つに砕いた!まさに一撃必殺……勝負は一瞬で決した。
「……感謝するぞ、古代の守護神よ。お前のおかげで俺はまた一歩、先に進めた……!」
炎の消えた金棒を肩に担ぐと、紫の鬼は弔うように、そう呟いた……。
「……カッコつけてるけど、ピースプレイヤー複数持ちがマシンをスイッチして戦うなんて基本中の基本だから。マイナスがようやくゼロになっただけだから」
「……うるさい……!」
「ったく……」
いい気分に水を差されたノードゥスはふてくされた子供のようにそっぽを向いた。その姿にまた若き日の自分を重ねて苦笑するダブル・フェイス。
だが、すぐに表情を引き締め、もう一人の生徒の方へと視線を移動させる。
「さてさて……こっちの問題児はなんとかなったが、あっちはどうかな?」
「ガガガッ!!」
ボボボボボボボボボボボボボボッ!!
ガトリング砲から発射される火球の雨!しかし、高速移動するトゥレイターにかすることもできない。
(あっちは終わったみたいだけど、こっちは……あのシュテネムレスとかいうマシン、火を使うからイラガフレイムの攻撃にも耐性があるだろうし、手伝ってくれないかな?)
ちらりと横目で紫の鬼を確認したが、まだご機嫌が直ってないようだった。
(まぁ、ノーさんの性格から言って、本当にヤバくならないと助けには来てくれないだろうな。仮にノーさんが乗り気でも、ダブさんが止めるだろうし……)
再びちらりと傭兵の方に目を向けると、視線が交差した。
(甘えるな……って、目で言ってるな。こうなったら、ぼくも覚悟を決めるか……!)
覚悟というより、半ば自棄になるトモル。ガンドラグRを自らの身体で隠すように半身に構え、地面を最大限の力を込めて蹴り上げた!
(あの二人が本気になったら、ぼくの状態なんて関係なしにやられるだけだ!なら、もうなるようになれだよ!!)
火球の間をすり抜け、いとも簡単にイラガフレイムの懐に。しかし、古代メカは胸の装甲を開き、火炎放射機を露出させる!
ボオォォォォォォォォォォッ!!
吹き出される火炎!先の戦いでは、たまらず逃げ出したトゥレイターだったが、今回は……。
「ええい!!」
そのまま火炎に突っ込む!溶ける装甲!急激に上昇する内部の温度!悲鳴を上げる回路と内臓!
だが、それでも止まらない!そして火炎放射機の奥にあるコアを射程内に捉えた!
「ぐ、ぐうぅ!!熱いんだよ!この!!エクススラッシュ!!」
ザザンッ!!
「――ガッ!?」
トゥレイター自身が盾になったことで、溶けずにいられたガンドラグRの刃がイラガフレイムのコアをXに切り裂いた!
瞬間、炎は止まり、ガトリング砲の腕は力なく垂れ下がり、浮いていることもできずにイラガフレイムは地面に激突!その後は二度と動くことはなかった。
そしてトゥレイターもまた着地すると同時に機能停止、勝手にタグの形に戻ってしまった。
「ギリギリだったね……ギリギリ耐え切ってくれた。お疲れ様、トゥレイター……」
トモルは首にかけたタグを感謝を込めて優しく撫でた。
「でもこれでしばらくはトゥレイターは使えないな……」
「使う必要ねぇよ」
「えっ?」
「ほれ」
ダブル・フェイスが顎で上を見るように促す。それに従い視線を動かすと、ゴゴゴと音を立て、天井から階段ではなく、箱状のものがせり出て来ていた。
「あれは……」
「ゲームクリアしたご褒美だろうな」
箱が出現し終わると、パカッと両開きで開き、その中には古びた剣が収められていた。
「ハーヤの剣……ゲットだよ!!」
感情に身を任せ、両腕を突き上げると、疲れが一気に吹っ飛んだ!トモルは目を輝かせながら、ハーヤの剣とダブル・フェイスの顔を行き来した。
「えっ?どうします?ぼくのウレウディオスボックスに入れます?それともお二人の?」
「お前のでいいよ。その代わり道中で拾ったこいつはもらっとくぜ」
傭兵は色違いの小瓶のような三つの何かを指の間に挟んで、フリフリと振った。
「それは……?」
「『獣封瓶』っていうアーティファクトだ。こいつの中に屈服させたオリジンズを捕まえておける。で、必要に応じて、短時間使役できる」
「へぇ~」
「色ごとに封印できるオリジンズのレベルが……って、講釈垂れてる場合じゃねぇか」
「ええ~、聞きたかったのに」
「これ以上知りたかったら、自分で調べろ。というわけで、ノードゥス!」
「ん?」
「ほい」
「うおっと!?」
傭兵は獣封瓶を三つともノードゥスに投げ渡した。
「俺にくれるのか?」
「あぁ、俺には必要ないからな」
「それを言うなら、俺だって……」
「お前、今オリジンズなんかに頼らなくても、自分で戦えばいいって思っただろ?」
「うっ!?」
心の内はやっぱり見透かされていた。さっきの弱点の指摘といい、自分以上に自分のことを理解している傭兵にノードゥスは恐怖すら覚え始めていた。
「はぁ……本当お前って奴は……戦闘に手助けがいらないなら、それ以外に使えるオリジンズを捕まえとけばいいだろ?移動用とか探索用とか……」
「それは……そうか」
「もっと頭を柔軟に使いなさいよ」
「ぐうぅ……」
ダブル・フェイスはノードゥスをやり込めると、恨めしそうにこちらを見つめているトモルにまた目を向けた。
「そんなに便利なものなら、ぼくも欲しかったです……!三つもあるから一つくらい分けてくれてもいいのに……!」
「駄目だ、駄目。あれがあるとお前の悪癖をひどくするだけだ」
「――!?それって……」
「もういいから外に出ようぜ!話は帰り道にいくらでもできるだろ!?ここは埃っぽくて敵わん!!」
会話をぶった切るアピオンの不満!気を削がれたトモルは気だるそうに頭を掻いた。
「ふぅ……そうだね。早く出ようか」
「おう!」
「うおおぉぉぉぉっ!めっちゃ晴れてる!!」
アピオンだノードゥスがピラミッドの外に出ると、入る前までの砂嵐が嘘のように晴れ渡っていた。
「これもハーヤの剣を手に入れたおかげか」
「守る物がなくなったからってことか。でも、結局おれっち、全然活躍できなかったな……」
妖精は小さな肩をがっくしと落とした。
「そんなことはないさ、アピオン。入口を見つけたのはお前だし、お前の声援があったから俺はイラガファイターに勝てた」
「声援?おれっちは全然攻めないノードゥスの旦那に、“攻めろ!臆病者!!そんな弱気で一流の戦士気取ってるなんてちゃんちゃらおかしいぞ!この野郎!!”ってヤジを飛ばしてただけだぞ」
「そ、そうだったのか……」
知りたくもない事実を知って、今度はノードゥスが肩を落とした。
そんな他愛ない会話をする二人に遅れて、ダブル・フェイスとハーヤの剣を収めた箱を背負ったトモルも外に出て来た。
「ぼくが単独でピーヌスに持って行っていいんですか?」
「あぁ、雁首揃えて行くもんでもないだろ」
「それはそうですが……もしかして、この足で最後の遺跡に向かうつもりですか?」
「いやいや」
傭兵は顔の前で手を振り、否定した。
「俺の目的は遺跡を見ることだ。多分、最後の一つも同じようなものなら、わざわざ出向く必要ない。それにこのレベルのトラップしかないなら、同時に出立した向こうの傭兵団の誰かがすでに攻略してるだろ。なら、報酬的にも行く価値はないな」
「あぁ……」
「心当たりがあるようだな」
「ええ……あの人なら……」
トモルの頭にケントの顔が思い浮かんだ。彼ならきっと傭兵の言う通り、三つ目の神器、リーヨのマントを既に手に入れているだろうと確信できた。
実際にその推測は当たっていた……当たっていたが、その後に起こるイレギュラーによって予想外の展開を迎えることになるのだが……。
「じゃあ、ぼくが責任を持ってウレウディオスに届けます」
「おう!報酬は指定の口座に振り込んでおいてくれ。もし振り込まれなかったら……!」
「わかってますよ。あなた達二人を敵に回すような真似はしません」
「ならばよし!」
ダブル・フェイスは満面の笑みを一瞬だけ浮かべた……そう、一瞬だけ。
すぐにその顔は真剣なものへと様変わりする。
「俺達が裏切ると思ったか?」
「……えっ?」
その全てを見透かした問いかけにトモルは思考停止し、再び頭が回り始めたとたんに額から汗が噴き出した。
「多少のダメージ覚悟をすれば、イラガフレイムは倒せる……お前はそのことに気づいていたはずだ。けれど、それを最後までしなかった」
「…………」
「それは何故か?答えは俺達に裏切られた時の為に少しでも余力を残しておきたかった……だろ?」
「そ、そんなことは……!!」
「別に責めてるんじゃない。会ってから一週間も経っていない人間を信用しろなんて無理な話だし、この仕事をするに当たって、慎重であることは必要な資質だ。裏切りはともかく帰りのことを考えたら、できるだけリスクの少ない方法を模索するのも当然」
「じゃあ……」
「だけど、本当に信頼できる相手と出会っても、下らない意地を張るようなら問題だ。TrustはTreasureだぞ」
まるで堅物の学校の教師に説教されているような気持ちになるトモル。沸々と反抗心が沸き、口答えしたくなった。
「そうは言いますけどダブさん、自分のことを孤高って言ってましたよね?」
「あぁ、言った」
「なら!!」
「俺とお前は違う。お前がどんなに望んでも、“孤高”になれるタイプじゃねぇよ。俺とは別の道を歩け、トモル・ラブザ」
「――ッ!?」
そのダブル・フェイスの言葉はトモルの心に深く突き刺さり、侵食し、彼に大きな過ちを起こさせることになるのだが、今は誰もそのことを知らない……。




