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No Name's Trust  作者: 大道福丸
本編
21/100

地の遺跡②

「ここまで来りゃ、大丈夫だろ」

 余裕の表情でサンドラットを纏ったダブル・フェイスが四階フロアに出戻り。彼から少し遅れて、残りの二人と一匹が必死の形相で階段を降りた。

「大丈夫って……あいつら追って来ないって保証はあるのかよ?」

「自分達が守っているエリアからは離れないはずさ……ゲームなら」

「ゲームの話かよ!!」

「冗談だ。俺の経験からもあの手の遺跡を守っているマシンはわざわざ逃げる奴を追うような真似はしない」

「それなら最初からそう言えよ」

「場を和まそうと思って」

「そんな気遣いは不要だ……!」

 傭兵と妖精の緊張感のない会話に割って入ったのはノードゥスだ。その言葉の端々に不快感が滲み出ている。

「冗談なんて言ってないで、とっとと説明しろ!撤収とはどういうつもりだ!」

「その前に喉渇いてないか?」

「だから!」

「ノーさん」

 トゥレイターがガリュネムレスの肩に手を置き、「落ち着いて」と制止する。その行動のおかげでノードゥスはわずかに冷静さを取り戻す。

「わかったよ、トモル。水でも飲んで落ち着こう」

「はい。では……一旦お疲れ、トゥレイター」

 三人は一斉にピースプレイヤーを解除、久しぶりに生身の顔を外気に晒した。

「ほい、水筒」

「ありがとうございます」

「………」

 傭兵に水筒を手渡され、そのまま口に運ぶ。水が口内に入るとそこからはノンストップ、かなりの量を一気に飲み干した。

「ぷはっ!」

「いい飲みっぷりだな」

「止まらなくて……」

「そこまで水分が枯渇しているのに、それを自覚できないくらい切羽詰まっていた……これが俺が戦いを止めた理由の一つだ」

「「――ッ!?」」

 僅かに緩んだ空気が再び引き締まる!ノードゥスとトモルの二人の顔は上で古代メカと戦ってた時よりも深刻だ。

「……確かに悔しいが、お前の言う通りだ……」

「……あいつら今までの相手より別格に強くて……」

「それが大きな勘違いなんだよ」

「えっ?」

 ノードゥスとトモルはお互いの顔を見合せ、「そんなことなかったよな?」「強かったですよね?」と無言で確認した。

「……端から見れば大したことのないように見えるかもしれませんが……」

「奴らの実力は本物だ」

「いいや、端から見てるからわかることもある。実力的に言えばお前らはあいつらに既に勝っているべきだ」

「では、何で……?」

「それはお前らの“弱点”のせいさ」

「弱点だと……?」

 その言葉を聞いた瞬間、ノードゥスの顔が更に険しくなり、周りの空気が更に張り詰めた。

「あいつら……名前がないと不便だな……」

「提案します。ノードゥスさんが相手をしていた方を『イラガファイター』、ぼくが戦っていたのを『イラガフレイム』と呼称するのはどうでしょう?」

「採用。ファイターとフレイムは今までのフロアの奴より別格に強い……けれど、お前らの実力を十分に発揮できたなら、倒せるはずだ」

「だけど、結果は……」

「全てはお前らの弱点が露呈してしまったせいさ」

「その弱点というのは?」

 恐る恐る問いかけるトモルにダブル・フェイスは静かに首を横に振った。

「トモル、お前は自覚があるはずだ。そのせいであのイラガフレイムの攻略法に気づいていても、実行できないことも理解しているだろ?」

「そ、それは……」

 図星だった。実のところトモルはなぜイラガフレイムに苦戦しているのかはっきりと自覚していた。

 自覚しているのに改善できないからこそタチが悪いのだ。

「だからこれ以上お前に言うことはない。自分で判断しろ、その弱点を克服するのか、見ない振りをし続けるのかをな」

「はい……」

「で、問題は何にもわかってないお前だ、ノードゥス」

「………」

 傭兵はノードゥスの方を向き直す。二人の間には今にも爆発しそうな鬱屈した不穏な空気が流れる。

「とりあえず……お前自身は自分の弱点はなんだとと思う?」

 ノードゥスの頭の中をこのイラガ砂漠の戦い、そしてそれ以前の激戦が駆け巡る。

 特にガリュネムレスと瓜二つの紅き竜が銃を構える姿が鮮明に映し出される。

 そうして脳内で自分の戦歴を復習した彼が出した答えとは……。

「……殲滅力か?俺には広範囲に攻撃する技がない」

「違えよ、バカ」

「バッ!?」

 自分なりに必死に考え、わざわざ口にしたくないことを言わされたのに、あっさりと否定され、思わず言葉を失った。だがすぐに沸々と怒りが湧いて来る。

「……お前、人が真面目に答えているのに……!」

「いや、だってバカだろ。それが弱点だとしたらイラガファイターを倒せているはずだろ。奴の攻略にその能力は必要ないはずだ」

「そ、それは……」

 言われて見れば……と、心の中で納得してしまう。その様子にダブル・フェイスの口から大きなため息が零れる。

「はぁ……本当に強いのにバカだよな、お前。いや……強いからバカというべきか」

「お前!人をバカバカと!」

「実際そうだろうが。もっと正確に言うと、特定条件下でバカになる」

「特定条件下?何を訳をわからないことを!!」

「だったら、バカにでもわかるように言ってやる。お前は地頭はいいのに、格上と思った相手と戦う時、バカに成り下がる」

「……なんだと」

 また気温が一段階下がった。反面ノードゥスの身体の内は燃えるように熱を帯びている……今にも目の前の傭兵に飛びかかりそうなほど熱く……。

「それは俺のことを自分よりも強い奴にビビる情けない奴と言っているのか?」

「そう取ってもらっても構わない」

「貴様!!」

「ストップ!ストップ!!」

 限界を超えそうになった瞬間、トモルが二人の間に割って入った。

「落ち着いてください、ノーさん!」

「落ち着いてられるか!こんな屈辱を受けて!!」

「ダブさんが言っているのは、そういうことじゃないですよ!!」

「何?」

 前のめりになっていたノードゥスの姿勢が戻り、視線がトモルへと移動する。

 当のトモルはひとまず強者二人の激突を防げたことに胸を撫で下ろした。

「そういうことではないというのは……どういうことだ?」

「それは……」

 トモルは横目で傭兵の顔色を伺った。傭兵は苦笑いを浮かべながら、首を縦に振る……OKの合図だ。

「では、お許しが出たので代わりに説明させていただくと……っていうか、さっきダブさん、答えを言っているんですけどね」

「答えを……いつ?」

「さっき、“強いからバカ”って言ってたのが、かなり乱暴な言い方ですけどノーさんの弱点と理由を言い表しているんです」

「強いからバカ……どう考えても、侮蔑の言葉だろ?」

「そうだけど、そうじゃないんです!」

「……俺はお前が何を言っているのかわからない……」

 ノードゥスの頭からプスプスと煙が昇る。彼の思考回路はショート寸前だ。

 このままではいつまで経っても、終わらないと感じたトモルは丁寧に子供を諭すように説明することに決めた。

「いいですか、ノーさん?」

「お、おう……」

「ノーさんは強い」

「まぁ、そこらへんの奴らよりはな」

「いえ!滅茶苦茶強い!強過ぎです!!」

「そこまでは……まぁ、ありがとう」

「でも、そこが弱点でもあるんです」

「ん?強いのが、弱点?」

「そうです。長所と短所は背中合わせ……ノーさんは強いからこそ、他の人が経験していることを経験できなかった」

「経験……?」

「ノーさんは強過ぎるから、自分より強い相手と戦った経験が不足しているんですよ」

「なっ!!?」

 再び傭兵に視線を戻すと、彼は力強く頷いた。

「トモルの説明通りだ。お前は強い……だから格上呼べる相手と出会うことが少ない。だから、そういう相手と相対した時にどうしていいかわからなくなるのさ」

「それが“特定条件下でバカになる”という言葉の真意か……」

「あぁ」

 改めてノードゥスは今までの戦いを思い返して見た。すると格上と呼べるほどの実力差が上の敵は、今自分の弱点を指摘したダブル・フェイスを含め、両手で収まる程度しかいなかった。

「どうだ?下手したら片手……多くても両手で数えられるぐらいしかいなかったんじゃないか、今まで戦ったお前の思う格上の敵ってのは?」

「うっ!?」

 完全に心を見透かされ、たじろいでしまう。

「そ、その通りだ……恥ずかしながらそれなりに修羅場をくぐり抜けて来たつもりだが、自分より明確に強い相手というのは数えるぐらいしかいない……」

「まぁ、それは何度も言うようにお前が強い故に仕方ないこと。問題なのは、格上はもとより格下相手でも搦め手を使われると取り乱すこと……そういう経験、あるんじゃないか?」

「ううっ!?」

 あった。完全に自分の能力を分析され、窮地に立たされてしまったことが……。頭の中で獣人が嫌味ったらしくほくそ笑む顔が浮かぶ。

「今回のイラガファイターもそうだ。ちょっと見たことのない動きをされるだけで、思考停止しちまって」

「確かに……俺は古代のメカというだけで、妙に気負っていた……」

「お前は強いから、スペック頼みのゴリ押し、教科書通りの動きをしていれば、大抵の敵は瞬殺できる。だが、それが通じないとなると、その後の引き出しがない。それを学ぶ機会がなかったからな。俺との初対戦の時もそれで痛い目を見た」

「あぁ……」

「しかし、二回目の時はそれなりに対策を練れていたことから、戦闘IQ自体は低くない。それを常時、どんな相手でも発揮できるようにするのが、当面のお前の課題だ。自分の予想を現実が超えても、不安に飲み込まれず、冷静に勝ち筋を探す……」

「それができれば俺はさらに高みに……」

「あぁ、行けるぜ」

「――ッ!!」

 さっきまで怒りに満ち溢れていた胸の奥が、今は喜びで震えていた。このことを聞く為に、自分は遥々こんな砂漠までやって来たのだと、来た甲斐があったと、強く拳を握り込む。

「……いい顔になったな」

「ふん!おかげさまでな……!」

「よっしゃ!話がまとまったようだな!!」

 完全に蚊帳の外だったアピオンが注目を集めるようにパンッと手を叩いた。

 その音を合図にしたように、ノードゥスとトモルは振り返り、階段の上を見上げた。

「リベンジがてら成長させて貰おうか、イラガファイター……!!」


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