始動①
(不覚……こんなところで力尽きるとは……『タモツ・ナガミネ』、一生の不覚だ……)
巨大な木々が生い茂る森の中、ガタイのいい男、タモツ・ナガミネは生き倒れていた。
(たかがちょっと広い森ぐらいあっという間に突破できるとたかを括っていたが、野生のオリジンズに追いかけ回され、道を見失い、あれよあれよと言う間に三日経ち、ついに食料と水が尽きた……)
タモツの頭に走馬灯がうつる。過去の楽しい家族旅行の思い出が……。
(父ちゃん、母ちゃん、じいちゃん、ばあちゃん、マヤカ、先行く不幸をお許しください……もう一度くらい家族一緒に旅行行きたかったなぁ……)
薄れ行く意識……タモツ・ナガミネ、享年……。
「こんなところで寝てたら、風邪引きますよ?」
「!!?」
「いやぁ~!助かった!助かった!!」
先ほどまでと打って変わって、タモツはチョコバーとペットボトルを手にしながら、にこやかな表情で軽やかに森を歩いていた。
その傍らには彼より頭一つ分小さく、鞄を斜め掛けした可愛らしい人物が並んで付き従っていた。
「本当、助かったよ!えーと……」
「トモルです。『トモル・ラブザ』です」
「うおっ!?」
トモルは名前を名乗ると優しく微笑みかける。その仕草に思わずタモツはドキッとしてしまう。
「どうしたんですか?」
「い、いや!?別に何でも……」
眉を八の字にし、こちらを覗き込むトモルの愛らしさに、自然と頬の赤みが増していく。これはまずいとタモツはそっぽを向いた。
(トモルって男の名前だよな?いや、女でもあり得るのか?はっきりさせたいけど、どっちなんですかなんて恩人に聞くのはちょっと、いやかなり失礼だよな……?)
頭の中で探究心と礼儀で揺れ動くタモツ……。現実の時間では数秒の出来事だが、彼の体感時間では長い長い時間の熟考の末、ついに意を決する。
「あのトモルさんは……」
「ぼくは男ですよ」
「そうですか……って、ええっ!?」
「それが聞きたかったんですよね?」
「えっ?まぁ……はい……」
「やっぱり。何故か初対面の人には訊かれるんですよ。そんなに紛らわしいですかね?」
「そんなことは……」
ある!とは言えなかった。なのでタモツは息を整え、胸が高鳴ってしまった記憶を胸の最奥に仕舞い込むと、強引に話題を切り替えることにした。
「そ、それよりも!トモル君はなんでこんなところに?」
「ぼくは……観光ですよ、観光」
「観光?こんなところに?」
「こんなところに観光です」
「うっ!?そ、そうなんだ……」
有無を言わさぬ恩人の圧力にそれ以上何も言えなくなってしまう。さすがに二度の失敗で学習し、タモツはトモルのパーソナリティーを探ろうとすることを諦めた。
「観光か……おれはね……おれは成り上がるために、ここに来たんだ」
「成り上がる……?」
「ウレウディオス財団の依頼を受けるんだ」
その言葉を聞いた瞬間、ピクッとトモルの眉尻が動いたが、鈍感なタモツは気付かず、自分に酔った講演を続ける。
「この森を抜けた先にウレウディオスの施設があるんだよ。そこに行けば、依頼を受けられる」
「わざわざこちらから出向かなくてはならないんですか?」
「この森に生息するオリジンズ達を掻い潜り、突破できないような奴には任せられないってことなんだろ。それだけ危険なミッションなんだ!きっと!」
「きっとって……内容もわからないんですか?」
「あぁ、だが報酬は弾むことは確かだ。だからおれはその依頼を達成して、成り上がるんだ!普通の家庭に生まれた平凡な長男坊で終わってたまるか!」
「はぁ……」
目を子供のようにキラキラと輝かせ、木々の隙間から零れる青空を見上げるタモツ。
そんな彼をトモルは冷めた横目で見つめていたが、やはり夢という美酒に酔いしれている世間知らずの若者は気づかない。
「だからさ、今日のお礼は申し訳ないけど少しだけ待っておくれよ!必ず大金を手に入れて、この水とチョコバーの何百倍もする豪勢なお酒と食事をご馳走するからさ!!」
そう言うとチョコバーを全て口に放り込み、それを一気に水で流し込んだ。
「まぁ、期待しないで待ってますよ。家訓でお酒は飲めないので美味しいジュースにしてもらえるとありがたいですけど」
「了解した!最高級のジュースを用意してみせるよ!」
「そのためにはとりあえずこの森を抜けないと……そろそろ出口のはずなんですが……」
「あぁ!森の出口までナビゲートしてくれたお礼も付け足さないと!」
「その前に、この程度の森に迷って、一人じゃ突破できないことを恥じた方がいいと思うんですけど」
「ん?何か言ったか?」
「別に何でもないですよ」
「そうか!」
再び蠱惑的な笑みを浮かべて辛辣な突っ込みを誤魔化す。そしてそれにまんまと引っかかるタモツ。「そういうところですよ!」とお説教してやりたいところだが、トモルはグッと堪えた。
未来への希望で満ち溢れている者と、そんな男に苛ついている者、相反する二人はこの後も歩みを進め、遂に森の終わり、光が差す出口を視界に捉えた。
「おっ!出口だ!出口!明るいな!おれの未来みたいだぜ!!」
タモツは少し前まで生き倒れていたとは思えない力強さで地面を踏みしめ、出口へと走り出……。
「――!!タモツさん!ストップ!!」
「――いっ!?」
突如として森に響くトモルの荒げた声にタモツの身体は硬直し、勢いを殺し切れずに地面にキスしそうになるが、ギリギリで耐え、なんとか起き上がった。
「な、なんだよ、急に!?」
戸惑いを隠そうともしない表情でタモツが振り返ると、トモルは彼の方を一瞥もせず真っ直ぐと出口を、正確にはその光の中で待ち構えている人物を睨み付けていた。
「そこにいるのは、誰ですか?出て来てください」
「へっ?」
タモツは頭を反転させ、また出口に視界を向けると光の奥から人影がこちらに向かって歩いて来る。
「まったく……せっかく無防備なお馬鹿さんに気持ち良く夢の世界に旅立てるスーパーパンチをプレゼントしてやろうと思ったのによ」
姿を表した男はお世辞にも品のいいとは言えない見た目をしていた。
ガムを音を立ててクチャクチャと噛み、首にはギラギラと喧しく輝くネックレスをぶら下げ、太腿と見違えるほどの太い腕にはタトゥーがびっしりと刻まれ、大きな身体をさらに大きく見せようとこれでもかと胸を張り、こちらを威圧してくる。
そして悲しいことにタモツはまんまと男の術中にはまり気圧されてしまった。
「あ、あんた何なんだ……!?パンチ?おれをいきなり殴ろうとしたのか?」
必死に強がっているが、言葉の端々が震えていた。その情けない姿に男は下品な金歯を剥き出しにして嗤う。
「ははっ!思った通りのヘタレだな!そんな調子でウレウディオスの依頼を受けようなんて片腹痛いぜ!!」
「ウレウディオス……あな……お前もウレウディオスの依頼を受けに来たのか!?」
「何もない『ピーヌス』の端っこまでやって来る奴の目的なんて、それしかないだろうが。あと正確に言うと俺様は依頼を受けるためじゃなく、達成してやるために来たんだ。そこんとこ間違えないように」
「大した自信だな……」
「ノンノン!そんなことないぜ。他の奴に先んじられないように、依頼を受けに来た奴を潰そうとするぐらい慎重で現実的さ」
「だからおれを……!!」
タモツは男のセコいやり口に、それにまんまと引っ掛かりそうになった自分の情けなさに憤慨して、歯を食いしばり、拳を固く握った。いつの間にか気後れしていた心もどこかに吹き飛んでしまっていた。
「おっ、やる気か?」
「やりたくなんてないさ……けど、黙って通してくれるつもりはないんだろ……!?」
「そりゃあ……もちろん……!」
「だったら……!!」
タモツはペットボトルを地面に置き、チョコバーの包み紙を投げ捨て……はせずに、ご丁寧にポケットに仕舞うと、襟元から服に手を突っ込んだ。その時……。
「タモツさん」
「――!?トモル君!?」
沈黙を貫いていたトモルが声をかけた。困惑と若干の苛立ちを含みながらタモツは彼の方を向く。
「どうした?また何か?」
「いえ……個人的に……やめておいた方がいいかと……」
心配そうにこちらを見上げるトモルの心をタモツは察した……察したと勘違いして、優しく微笑みかけた。
「大丈夫。君のことはおれが守ってみせるよ」
「いや、そうじゃなくて……」
「予定より早くなったが、ちょうどいい!君に助けてもらった恩をここで返す!!」
「だから、ぼくが言いたいのはそういうことじゃなくて……」
「下がって!おれに全て任せろ!指一本も触れさせやしないさ!!」
「……もうわかりましたよ……」
聞く耳を持たないタモツに見切りをつけ、トモルはゆっくりと後退した。
「さぁ、始めようか……えーと……」
「『パストル』だ。覚えようと努力なんてしなくていい。嫌でもお前の心に恐怖と共に刻まれることになるからな」
「おれはタモツ・ナガミネ。安心しろ、そんなことには絶対にならない……!」
タモツはそう言うと、首にかけていたタグを外に出した。そして……。
「『ガナドール・ソルプレッセ』!!」
高らかに愛機の名前を叫んだ!
タグは光の粒子に姿を変え、それがさらに機械鎧へと変化、タモツの全身を覆っていった。
まるで黒曜石を彷彿とさせる漆黒のピースプレイヤー、ガナドール・S!ここに見参!
「ほう……『ガナドール社』製のマシンか。趣味は悪くないな」
「その言葉は素直に受け取っておこう。で、お前もその品のないネックレスの真の姿を解放したらどうだ?」
パストルはまた金歯を剥き出しにしながら、首のネックレスを摘んだ。
「これがピースプレイヤーだってことに気付いたことも褒めてやろう。中々の観察眼だ。だが、一番肝心の相手の力量を理解できないのは……いただけないね!!」
咆哮と共にパストルのネックレスも粒子に、そして装甲へと姿を変え、装着されていく。
現れたのは、粗暴と下品という概念を具現化したようなパストルには似つかわしくないサファイアのような気品のある青色をした流線形のマシンであった。
「『ベッローザ・ブルー』……これが俺様の愛しのピースプレイヤーだ」
「あんたもマシンの趣味だけはいいようだな」
「言うじゃないか……その減らず口がどこまで持つかな……!」
煽り合いながらジリジリと近づいて行く二つの機械鎧。それを遠目で見ているトモルは……。
「……下らない」
そう侮蔑するように呟いた。




