強者三人②
一週間前、ネー……ノードゥスが日課のトレーニングを終え、居候させてもらっているホテルの一室に戻ると……。
「ただいま……って、誰もいないんだがな」
「生憎今日はいるんだな。おかえり」
「そうか……今日はお前がいるのか、傭兵……傭兵!?」
ノードゥスの宿敵とも言えるダブル・フェイスは高級そうなソファーに深く腰をかけ、悠々とくつろいでいた。
「いい部屋に住んでいるじゃないの」
そのソファーを手で押して、反発力を確かめるダブル・フェイス。表情は満面の笑顔。
対照的にこの部屋の一応の主であるノードゥスの顔は非常に険しいものだった。いつでも戦闘を開始できるように、左手首の黒い勾玉に意識を集中する。
「何しに来た……?不法侵入は立派な罪だぞ……!」
「ちゃんとこの部屋の本当のオーナーには話をつけてるぜ」
「何?どんな口八丁手八丁を使って、彼女を騙したんだ……?」
「騙したとは人聞きの悪い。俺は正直にお前に仕事の手伝いをお願いしたいって言っただけだぞ」
「仕事?俺がお前の小遣い稼ぎに手を貸すと思うか……!?」
傭兵の飄々とした態度と言葉に、ノードゥスの怒りの炎はさらに勢いを増していく。今にも飛びかかりそうだ。
普通の人間なら、その威圧感に気圧され、たちまち逃げ出してしまうだろうが、ダブル・フェイスは涼しい顔でこれまた勝手に作っていたコーヒーを啜った。
「これ、うまいな。さすがいいホテルの奴だ」
「貴様!?人をどこまでおちょくれば……!!」
「まぁ、落ち着けよ。別にただでこき使おうなんて思ってない」
「お前じゃあるまいし、俺が金で動くと思うか?」
「それじゃあ俺が金の亡者みたいじゃないの」
「事実だろ?」
「……お前の目から見たらそうか。でも、今回の仕事は金は二の次だ」
「……なんだと?」
「で、その仕事についてくれば、お前にも金ではないメリットがあるはずだ」
「俺にメリット……?」
「あぁ、俺とくればお前はもっと強くなれる……かも」
「もっと強く……だと……?」
傭兵の言葉に興味が湧き、ノードゥスの顔が僅かに緩む。
その変化を見て、ダブル・フェイスは自身の目的が達成したことを確信し、口角をニヤリと不敵に上げた。
そして現在……。隊列を組み、イラガ砂漠を進む車の中……。
「……というわけさ」
ダブル・フェイスはここに来た経緯をトモルとアピオンに話した。
「へぇ~、ではお二人はこの依頼を受けたのは、お金目当てじゃないんですね」
話の中でケチでセコいトモルが引っかかったのは、そこだった。それが事実だとしたら、彼にとって喜ばしいことこの上ない。
「お前さんのお望み通り、俺達は金には興味ない……とまでは言わないが、今回の依頼の報酬に関してはかなり融通できると思うぜ」
「そうですか。っていうか、その物言いだと話っていうのは……?」
「あぁ、お察しの通り飯と出発のどたばたで先延ばしになっていた話ってのは、俺達と組まないか、トモル・ラブザ?」
「組みます!!」
「「即答か!!」」
ノードゥスとアピオンが思わずハモりながら、突っ込んだ。
「俺としてもありがたいことだが、そんな簡単に決めていいのか?」
「あぁ!お前はもっとセコくて、疑り深い奴じゃないか!!」
「ノードゥスさんはともかくアピオンはちょっとひどいな。まぁ、確かに少し前ならぼくももっと迷っていたけど」
「ん?……あぁ、そういうことね」
「「??」」
少し前という単語でトモルの心を理解した長い付き合いのアピオン。一方、何のことかわからないノードゥスと傭兵は仲良く首を傾けた。
(トラウゴットさんの話を聞く前だったら、単純に報酬の一億バリュの取り分が減ることを嫌がったけど、今は交渉次第で追加ボーナスが得られる可能性を知ったからね。とにかくハーヤの剣を手に入れることが最優先!そのためにこの二人の力は役に立つ!)
自分に追い風が吹いていると感じ、自然と顔が緩む。それがノードゥスには気味悪く感じた。
「どうした?急に黙ったと思ったら、ニヤニヤし始めて?」
「い、いや!ちょっと思い出し笑いを」
トモルは自らの顔をはたき、気合を入れ直した。
「よくわかんねぇが、OKってことでいいんだな?」
「はい!願ってもない話です」
「そうか……んじゃ、神器を手に入れた時の報酬についてだが……」
「えっ?ぼくの総取りじゃないんですか?」
「人の話を聞いていたのか?融通できるとは言ったが、全部やるとは言ってないぜ。こっちも準備に多少なりとも金がかかってる」
「経費なら、それこそウレウディオスが融通してくれますよ。それも神器を手に入れた場合ですけど……」
「そうなのか……それなら……」
ダブル・フェイスは頭の中で一億バリュをどう分けるか、様々なパターンで計算し、答えを出した。
「お前達が7000万でいいぜ」
「「7000!!?」」
予想以上の金額の提示に思わず言葉を失うトモルとアピオン!だが、すぐに気を取り直し、その答えに至った経緯を傭兵に尋ねる。
「えーと……そんなにもらえるのは、ありがたいんですけど、どういう内訳なんでしょうか?」
「まずは単純に4で割った。一人2500万ずつだ」
「4って……おれっちも入ってるのか!?」
「当然だ。ルツ族の感知能力は遺跡探索に役に立つ。ぶっちゃけ俺の中では強いだけのかわいこちゃんより、評価が上だぜ、妖精さん」
「ええ~」
「おおっ!見る目があるぜ、傭兵のおっちゃん!!」
思いがけない傭兵の評価にトモルはふてくされ、アピオンは喜びを小さな身体で爆発させた。
「んで、話を戻すが、金に興味ないと言った手前、俺とノードゥスの取り分からさらに1000万ずつ追加した……で、合わせて7000万ってわけだ」
「なるほど」
「俺は1500万もいらないけどな」
「えっ!?ノーさん、それって……!」
ノードゥスの言葉にトモルが期待に目を輝かせる……が。
「おいおい、別にお前は要らなくてもいいけどよ……お前の世話をしてるパトロンに日々の感謝を込めて、飯をご馳走してやろうとか思わねぇのか?」
傭兵は軽く隣のノードゥスの胸を叩くと、そこから彼の言葉が心に染み渡っていくように感じた。
「それは……確かにそういう考えもあるな」
「だろ」
「……というわけで悪いな、トモル。さっきの話は無し……しっかり1500万はもらうことにした」
「そう……ですか」
トモルは少しだけ肩を落とした……本当に少しだけ。
「まぁ、七割もらっておいて、これ以上望むのは、さすがに品がなさ過ぎますね」
「じゃあ、決まりだな」
「はい。その条件で契約成立です」
「よしっ!!」
ダブル・フェイスは元気よくパンッ!と手を叩いた……と思ったら、すぐに隣のノードゥスに背を向け、向かい合っているトモルとアピオンから顔を背けて大柄な身体を小さく丸めた。
「話はまとまったし、俺は少し寝させてもらうぜ。車で行けるギリギリの場所までは、あと二日もあるんだろ?今のうちに体力を溜め込んでおかないと」
「だな」
「ですね」
「あっ!タトゥーの奴がいつリタイアするかの賭けは、車を降りて本格的に砂漠の横断が始まってからだからな」
「わかってますよ」
「続いていたのか、その話も」
「着きましたよ」
「はいはい」
その後、特にトラブルもなく二日間のドライブは終わりを迎えた。
車を降りるとイキの町とは比べものにならないほどの砂嵐が吹き荒れ、ほんの少し先さえも見えなかった。
「これは……車では無理だな」
「ここから順調に行けば、五日ほどでウレウディオスが目星を付けた場所にたどり着くはずです」
「そんな先のことを心配しないでもいいですよ」
突然、車を運転していたコーディネーターが声をかけて来る。そして……。
ガチャ……
銃を突きつけてきた。
「て、てめえら……!!?」
ヤンネの震える声が聞こえた。どうやら他の車でも同様のことが起きているようだ。
「どういうつもりですか?」
「どうもこうもねぇさ。こんな車で人を送り届けるだけで、大金貰えるボロい商売を一回で終わらせるのはもったいないからな」
「ここでお前らに死んでもらえば、また同じ依頼が来る。砂漠で遭難したってことにすれば、オレ達の罪にはならないし」
「身ぐるみ剥いで売っ払えば、さらに懐がホクホク……まったく笑いが止まらねぇな!!」
コーディネーター軍団は乗客達を取り囲み、逃げ場を潰す……少なくともトモルは逃げるつもりなど、更々ないのだが。
「ぼくよりセコい人間なんて久しぶりに見ましたよ……!」
トモルは両足に力を込め、目の前の男に狙いを定める。その時!
「トモル、やめておけ」
「ノーさん!?」
ノードゥスが手でトモルの身体を抑え、制止した。
「でもこいつらなんとかしないと!?ぼくなら大丈夫ですから……!!」
「わかっているさ。ただお前がやる必要はない。というか、もう終わっている」
「えっ?」
「お前ら!さっきから何を話している!!真っ先に死にたいっていう意志表明か!!」
コーディネーターの一人が怒声を放ちながら、引き金に力を込める!しかし……。
グンッ!!
「――えっ?」
突然、銃が重くなり、照準をトモルから真下の砂の絨毯に向けてしまう。
「なんだ、これは!?」
グンッ!!
「――がっ!?」
続いて全身に重みを感じる!まるで上から大きな手で押さえつけられているようで、膝が折れ、四つん這いになり、そして最後は砂に突っ伏してしまった。
「こ、これは!!?」
「どうなってんだ!?」
「ぐあぁぁぁぁっ!!?」
それは他のコーディネーター達も同じで、皆が皆砂漠にめり込んでいる。
「これって……」
「ダブル・フェイスの真骨頂だ」
「ダブさんの……」
傭兵の方に視線を向けると、イタズラが成功した子供のように、無邪気な笑みを浮かべてピースしていた。
「すごい人だとはなんとなく感じていましたけど、予想以上ですね……」
「悔しいが、実力は本物だ。性格はひどいものだが」
「そうか?性格も最高だと思うけど」
「アピオンは褒められたからでしょう」
「まぁな」
「談笑は後にしろ。お前達は食料と水、その他もろもろを車から取って来てくれ。俺は銃と車のキーを回収してくる」
「「はいは~い」」
トモルとアピオンは指示通り車に、ノードゥスは無様にうつ伏せになっているコーディネーターの下に向かう。
自分達が乗ってきた車を運転していた男の前まで来ると、金髪碧眼の美男子はまるでゴミを見るような蔑んだ眼差しで見下ろした。
「最低限の食料は残しておいてやる。それを持って、イキの町へ引き返せ。徒歩でな」
「そ、そんな……!?」
「反論は受け付けない。人に銃を向けながら、見逃してもらえるだけ、ありがたいと思え」
「――ッ!?」
背筋が凍った。まるで自分の何倍もある大きな獣に爪を喉元に突きつけられているような恐怖心が男の心を支配した。こうなっては何も言えない、ただ静かに了承するだけだ。
「わ、わかりました……」
ノードゥスは男の心が完全に砕かれたことを確認すると、宣言通り銃と車の鍵を回収し、仲間達の下に戻った。
「おう!武器は取り上げたか?」
「この通りだ」
「おっと。どれどれ……」
銃をダブル・フェイスに投げ渡すと、まじまじとそれを観察し始めた。
「一応、対ピースプレイヤー用の弾丸を装填しているな」
「無謀だなと思っていましたが、さすがにそれぐらいしていますか」
トモルもリュックサックを三つと小さな袋を抱えて戻って来た。
「あいつらに渡す用の食料を、もう分けてくれたのか?」
「ぼくは気が利く男なんで……と言いたいところですけど、最初から分けられていたんです」
「こいつらもギリギリまで、この茶番劇を実行するかどうか迷っていたってことだな。自分達の分の帰りの食料をきっちり用意してあった」
「ふ~ん、つまり決行したってことは……」
「俺達ならこの鉄砲程度でどうにかできると判断したわけか……」
「ひいっ!!?」
トモル達、強者三人の視線を一身に受け、コーディネーターは縮み上がった。
「やっぱ殺しておくか?」
「そんな労力を使う価値もない。トモル」
「ぼくも同意見……ですっ!!」
トモルは袋をコーディネーターの前に投げた。
「傭兵、もういいぞ」
「へいへい」
フッ……
「うおっ!!?」
急に重さが消え、戸惑いながらもコーディネーター達が立ち上がった。自分の身に何が起きていたのか理解が追い付いていないようで、ひたすら自分の身体を触って、異変がないか確認している。
「ケガなんてしてないと思うぜ、めんどくさいけど手加減してやったから。感謝しろよ」
「食料も渡したし……とっとと失せろ……!!」
「「は、はい!!!」」
コーディネーター達は食料を手に取ると、消えかかっている車のタイヤの跡を辿って、砂嵐の中へと消えて行った。
「ふぅ~、余計な手間をかけさせてくれましたね」
「まったくだ」
「一息ついてる暇はないぞ。他の奴らはもう進み始めている」
ノードゥスの言葉通り、他のライバル達はそれぞれピースプレイヤーを装着し、リュックサックを担ぎ、コーディネーター達が逃げた方向と真逆に歩き出していた。
「俺達……というか俺のおかげで助かったっていうのに、お礼も無しかい」
「あの程度の奴らなら、あいつらでもどうにかできただろうさ」
「一応感謝してるから、ノーさんの考えに従って、彼らの命を取らずに見逃したんじゃないですか?」
「いや、だからノードゥスじゃなくて、この俺、ダブル・フェイスに感謝を示せよ」
傭兵は納得いかないと、口を尖らせた。
「あんな奴らに感謝されても嬉しくないだろうが」
「それはそうだけどよ~。手柄を横取りされたみたいでさ」
「小さい奴め」
「お前なぁ……」
「はいはい!話す時間はこれからいっぱいありますから、行きますよ!」
パンパンと手を叩いて、トモルは無理矢理空気を切り替えた。二人も大人気ないと反省したのか、口をつぐんだ。
二人が落ち着いたことを確認すると、一息吐いてから、トモルは力強く口を開いた。
「ふぅ……では……行きましょうか!」
「「おう!」」
トモルとダブル・フェイスは首にかけたタグに、ノードゥスは左手首の勾玉に呼びかける!
「『デザートドッグ』!!」
「『サンドラット』」
「『ガリュネムレス』……!」
前者二人は砂と同じ色の、ノードゥスは夜の闇を閉じ込めたような深い黒い装甲をしたピースプレイヤーを装着した。
「ん?傭兵、なんだそれは?」
ノードゥスは勾玉のようにも見える二つの角と月を彷彿とさせる黄色い眼がついたマスクを傾けた。
傭兵の装着したマシンは彼の見たことのないマシンだったのだ。
「これは砂漠用のピースプレイヤーさ。花山重工の奴。あそこのマシンは燃費がいいからこういう長丁場にはちょうどいい」
「ほう……つまりお前が神凪に来たのは、それを手に入れるため……俺を誘ったのはついでか!!」
ノードゥスの怒りは一気に最高温度まで燃え上がった。少しだけ……ほんの少しだけダブル・フェイスに認められた気がして密かに嬉しかったのに、それが裏切られたからだ。
「べ、別にそんなんじゃ……」
「ではどういうつもりだ!言ってみろ!俺を誘うのがメインで、そいつを買う方がついでだったなんて陳腐な言い訳は聞きたくないぞ!!」
「逃げ道を潰すなよ……」
「つまり事実だと認めるんだな!」
「まぁ……」
「この……!というか、砂漠を歩くのに専用のマシンが必要なら、俺にも伝えろよ!!」
「別に絶対に必要ってわけじゃないし、お前のネー……じゃなくて、ガリュネムレスなら汎用性も継戦能力も高いから十分かなぁ~って。そいつもまた花山製だしさ。それにお前はすでにもう一体持っているだろ?」
「そ、それは……」
ノードゥスは急激にトーンダウンした。実は傭兵の誘いに乗ったのは、そのもう一体が原因であった。
そんな彼を蚊帳の外に追いやられたトモルはじっと見つめていた。
(竜を模したマシン……どうしてこの人はぼくの記憶を、感情を揺り動かすんだ……)
彼の脳裏には再び緑色の目をしたピースプレイヤーのことを思い出していた。
炎を模した角飾りに、トモルのパーソナルカラーと同じ桃色と黒のボディー、その姿はまるで竜を人間の形にしたようだった……。
「トモル」
「…………」
「トモル!」
「…………」
「トモルってば!!」
「うおっ!?」
耳元でアピオンに何度も呼ばれ、ようやくトモルは過去から帰って来た。
「ど、どうしたの?」
「ど、どうしたの?……じゃねぇよ!早く行くぞ」
いつの間にかノードゥスと傭兵の揉め事も一応終わっていて、トモル待ちの状態になっていた
「あっ!?すみません!ぼーっとしちゃって!」
「構わない。こちらこそ見苦しいところを見せた」
「それはお前だけだがな」
「準備ができているなら、今度こそ行くぞ」
「はい!」
「無視かよ……」
色々あったが三人と一匹は吹き荒れる砂嵐の中に足を踏み入れた。




