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No Name's Trust  作者: 大道福丸
本編
16/100

報酬受領

「こ、これがベケの盾か……!?」

 トモルとそしてケントが依頼の説明を受けた畳の和室、そこで神器の引き渡しは行われた。

 期待に胸を膨らます彼らの前では、今まで二人に対しては一切表情を崩さず、感情か死んでいるとさえ思われていたトラウゴット・マジエンスが、ウレウディオスボックスの中のベケの盾を目にすると、さすがに自然と口角が上がり、瞳を子供のように輝かせた。

「ほほう~、これはええもん見れたわ」

「そんなに喜んで貰えると、ぼく達も苦労した甲斐があるってもんです」

「うぐっ!?い、依頼主をからかうな!」

 トラウゴットは顔と耳を真っ赤にしながら、懐からデバイスを取り出し、あわただしく操作する。時間にして、三分ほどいじくっていた。

「……よし!報酬を振り込んだぞ。確認してくれ」

 トモルとケントもデバイスを取り出し、自身の口座にアクセスする。言われた通り、一分前に5000万バリュが振り込まれていた。

「おお~っ!5000万や!!」

「ええ!5000万です!!」

「…………5000万やな……」

「ええ……5000万です……」

 二人とも最初は喜びを爆発させたものの、徐々に項垂れていき、表情には不服さがにじみ出ていった。

「どうした?何か手違いがあったか?」

「いえ、手違いなんてないですわ……ただ……」

「ただ?」

「実際に時間が経って冷静になってみると、一億バリュが5000万か、半分になっちゃったか……って、残念な気持ちが。頭では納得しているんですけどね……」

「そういうことか……」

 トラウゴットは思わずため息をつき、呆れる。その様子に二人は若干、いやかなりイラッと来た。

「あんた、今ワイらのこと浅ましい奴って、思ったやろ?」

「そ、そんなことは……」

「いや、今完全に図星突かれたって、焦ったでしょ!」

「考え過ぎだ!」

「いいや!絶対に思っとった!絶対に!!」

「天下のウレウディオス財団のお偉いさんには、ぼくら庶民の気持ちなんてわからないんですよ!!」

「うっ!?」

 戦闘中でも見せない二人の連携と“圧”に、財団の交渉役として、修羅場をくぐり抜けて来たトラウゴットも気圧された。

「だいたいあんたら上級国民は……」

「ぼく達がそれを手に入れるまでの話を改めて最初からじっくり話してあげましょうか!!?」

「わかったわかった!ベケの盾を手に入れるためにかかった費用は全額こちらが負担する!水中用のピースプレイヤー代もだ!あと、会長達と話し合いの後、追加でボーナスを払うようにする!!」

「あんた達はそうやってすぐに金で解決しようとする……!」

「うっ!?」

「そういうところ……!」

「いや、待て、落ち着……」

「「最高です!!」」

「――けっ!?」

 二人は満面の笑みで親指を立てた。

「いやぁ~、流石やな!天下のウレウディオスは違うで!!」

「あなた達のような人が、人の上に立つべきです!!」

 この世の春が来たとばかりにはしゃぐトモルとケント。対照的にトラウゴットは頭を抱えた。

「本当に君達に依頼して良かったのか……ワタシにはもう判断できない……」

「そんなもん良かったに決まっとるやろ!」

「こうしてベケの盾を回収したんですから!」

「……まぁ、そうだな。人間性はともかく腕は間違いなく確かだ」

「せやせや!残りの二つも回収したるさかい」

「今回よろしく気前よくお願いしますよ」

「気前よくと言うが、本当のところ最初からこうするつもりだったんだけどな」

「ん?それって、どういうことや?」

「それはな……」

 話が長くなると思ったのか、単純に足が痺れたのか、トラウゴットは正座を崩し、胡座をかいた。

「実は最初はもっと高額な報酬を提示する予定だったんだ」

「マジか!?」

「マジだ」

「じゃあ、何で……?急にもったいなくなったんですか?」

「そうじゃない。あまりに最初に高額な報酬を提示すると、ただでさえ多い身の程知らずや詐欺まがいの輩が群れをなしてやって来ることになると思ってな」

「身の程知らずはわかりますけど、詐欺まがいっていうのは?」

「自分で作ったり、適当に骨董品屋で買った物を神器だと言って、報酬を騙し取ろうとしてくる奴だよ。実際に君達が来る前に何人かそういう奴が来た。わざわざ試験官を用意しても、この様さ」

 トラウゴットはやれやれと手のひらを上に向けて、首を横に振った。

「でも、偽物と本物の区別なんてつくんか?そもそも本物を見たこともないんやし」

「確かに言われて見れば……」

 二人が不思議そうな顔で見つめてくると、トラウゴットはニコリと口角を上げた。

「正直、本物かどうかはメトオーサの谷の祭壇に納めるまでわからない」

「なら……」

「だが、そのメトオーサの遺跡と同年代に作られたものかどうかは、これなら判断できる」

 そう言うと、目の前のベケの盾が収納されたウレウディオスボックスをコンコンと優しくノックした。

「このウレウディオス財団の総力を挙げて作られた最新鋭の箱は、入れたものの製作年代を正確に判別できる。そのデータについてアクセスできるのは、ワタシや会長、お嬢様が持っている特別製のデバイスだけだけどね」

「妙に時間がかかってると思うたら、さっき入金する時に、そのデータを確認していたんやな?」

「その通りだ。さらに言うと、移動データも保存してある。現地に行ったかどうかもわかるって寸法さ」

「しかも念には念を入れて、ぼく達のピースプレイヤーの映像データを提出しろと」

「あぁ、これで限りなく“本物”に近づけると思うし、そうでなくともメトオーサの遺跡と同じ時代に作られた貴重な超古代の遺物が手に入るってわけだ」

「んで、全部終わった後に改めて最初に渡すはずだった報酬を振り分ける……と」

「あぁ、だから気前がいいとかではなく、経費負担も、ボーナスもこちらの想定内だ。遠慮なく受け取ってくれ」

「ぼく達が遠慮すると思います?」

「……愚問だったな」

 トモルとケントはニコリと笑いかけると、立ち上がった。

「色々と合点がいったわ。そして納得できると、やる気も湧いてくる」

「ええ、次の神器も期待していてください」

「そのことだが、ちょっと連絡がある」

 トラウゴットも立ち上がり、三者の目線は再び近くなった。

「なんや?今さら5000万返せと言われても、絶対に返さへんぞ」

「金の話ではない」

「では、一体……?」

「君達、現地に着くまで、遺跡の周辺に行くのにもかなり苦労しただろ?」

「それは……」

「まぁ……」

 二人は苦しい道のりを思い出し、顔を僅かにしかめた。

「どうやら他の二ヶ所も悪天候と狂暴化したオリジンズのせいで似たような状況らしい」

「それってアピオンの言っていた通り……」

 落ち込むトモルを励まそうと、適当に放った妖精の言葉は正しかった。メトオーサの遺跡が発見されると同時に、神器の眠る遺跡周辺も活性化していたのだ。

「んで?それがどうしたんや?まさかタクシーでも出してくれるんか?」

「タクシーではないが、似たようなものだ。現地のコーディネーターを雇って、この依頼を受けた傭兵やトレジャーハンターをまとめて、行けるところまで連れて行くことにした」

「それは助かります……けど」

 トモルとケントは眉間に深いシワを寄せ、不信感を目で訴えた。

「わかっているさ。そんな真似をしたら、神器が他の奴らに奪われる可能性が高くなる……つまり君達が報酬を得る可能性が減る」

「それだけやない。金に飢えた輩を一点に集めたら、蹴落とし合いを始めるで」

「だろうな」

「だったら!」

「悪いが、そんなことはこちらとしては知ったこっちゃない。誰であろうと、どんな非道な手段を使っていようと、神器をワタシ達の前に持って来てくれれば、それでいいんだよ」

 目には目を……トラウゴットもまた強い意志を秘めた眼差しで見つめ返した。

 彼の言葉もクライアントとしては真っ当な主張なので、二人もそれ以上反論できなかった。

「……まぁ、そちらさんからしたらそうやろな……」

「ええ……少しでも神器を手に入れる確率を上げるには、それが賢明なのかも……」

「わかってくれて助かるよ。ただこちらとしても、各々やり方があるだろうから強制はしない。コーディネーターを伴った合同派遣は一週間後。集合場所を含めて、詳しいことはそれぞれのデバイスに今晩のうちに送られてくるはずだ」

「その合同派遣とやらに参加するのも……」

「しないで、一人でチャレンジして、報酬の独り占めを企むのも……」

「自由だ。とりあえず今日はここに泊まるんだろ?風呂にでも入りながら、考えてくれ」



 長かった話が終わり、トモルとケントは和室を後にし、用意された自室に戻るため広い廊下を歩き始めた。

「よお!ようやく終わりましたか」

 そこに袋をぶら下げたアピオンが飛んで来た。

「メイドさん特製のおやつ、美味しかった?」

「おう!お裾分けにシュークリームもらって来てやったぜ!ケントの分も、ほら」

「あんがとさん」

 トモルとケントはアピオンの持っている袋から、シュークリームを取り出した。

「っていうか、いつの間に二人仲良くなっているんですか?」

「仲良くってほどでもねぇけど、ケントが悪い奴じゃないってことはすぐにわかったからな」

「少なくともアピオンの方が、お前よりもまともやからや」

「わざわざそんな刺のある余計な一言を言わなくても……まぁ、仲がいいのはいいことですけど……」

「んなことより、お前はどうするんや?……うまいな、これ」

 シュークリームを頬張りながら、ケントは隣のトモルに質問した。

「そうですね……本当だ、美味しい!……じゃなくて、合同派遣とやらに参加するかどうかですか?」

「ちゃうちゃう」

 ペロリとシュークリームをあっという間に平らげたケントは口の周りのクリームを指で拭いながら、首を横に振った。

「ワイが言ってるのは、“山”と“砂漠”、どっちに行くかってことや」

「あぁ、それな!おれっちも気になってた」

「一応……決めてありますが……」

 トモルはチラチラと横目でケントの様子を伺った。

「なんや?」

「もしかして今回の件に味を占めて、ぼくと一緒にまた神器を取りに行きたいとか……」

「思っとらんわ!!全く!一切!これっぽっちも思っとらん!!」

 ケントの怒声が高級そうな絵画が飾られた廊下に響き渡る。

「そ、そこまで怒らなくても……」

「自分じゃわからへんかもしれんが、お前は人をイラつかせる才能がある!だからジカーマもポイドクロウラーもお前を狙ったんや!!」

「そんな才能要りませんよ!」

「持って生まれたものや、諦めろ」

「才能はいいから、話を進めろよ」

 空になった袋を丸めたアピオンが二人のやり取りに呆れながら呟いた。

「そうやな……ええこと言うわ、ルツ族は」

「そういうのいいから」

「では、話を戻して……ワイはできることならトモル、お前とは別の場所に行きたいと思っておる」

「そんなにぼくが嫌ですか?」

「嫌やな。さっきの話やないが、お前は厄介な奴を引き寄せる才能がある気がする。それに巻き込まれるのは……ごめんや」

「ひどい言いがかりですね……でも、ぼくも賛成です。多分、一緒にいたらケントさんのことを頼ってしまうから……」

 トモルの言葉には力がなかった……というより、どこか寂しげだった。

 それに対し、ケントは頼ってしまうと言われたことが嬉しかったのか、顔が綻ぶ。

「そうかそうか!ワイのような優秀な人間が側にいたら、ついつい頼ってしまうか!」

「優秀とは言ってないですけど……」

「まぁ、細かいことはええ。とにかくお互い別の場所に行きたいっていうのは、共通しとるな」

「はい、それは……」

「なら、いっせいのせでどっちに行きたいか言い合おうや!」

「子供ですか……」

「こういうのは単純な方がええねん」

「じゃあ、もし被ったら……もしかしなくてもじゃんけんですか?」

「わかっとるやないの!」

「はぁ~、まったくあなたって人は……」

 ため息をつくと、トモルは残っていたシュークリームを口の中に放り込み、一気に飲み込んだ。

「まぁ、それが一番後腐れがないですかね」

「せやろ!そういうノリのいいところは、お前の数少ない美点やで」

「それはどうも……」

「んじゃ、準備はええか?」

「ええ、けっこう前から決めていましたから」

 トモルとケントは立ち止まり、向かい合い、息を吸いながら、頭の中で行きたい場所を思い浮かべた。そして……。

「ぼくが!」

「ワイが!」

「「行きたいのは!!」」


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