海溝で邂逅②
「おい!こら!アホ!ちょっと待ってろよ!そこで!!」
イエローのピースプレイヤーは一直線にゴウサディンの下へやって来る。そして……。
「ボケが!!」
「――くっ!?」
魚雷を装備していない右のマジックハンドでゴウサディンの胸ぐらを掴んだ。
「お前、ほんまアホちゃうか!?っていうかアホやろ!?」
「さっきからいきなり……なんなんですか!!」
苛立ちを隠そうともせずに手を振り払う。見た目に反し、負けん気の強いトモルにとって、すでに彼の物言いは我慢のキャパシティーを越えていた。けれど……。
「アホにアホって言って、何が悪いねん!!事実を言ったら罪になるんか!?ええっ!!」
男は止まらない。口から止めどなく罵声が溢れ出し、容赦なくトモルを責め立てる。
「事実って……ぼくのどこがアホなんですか!!」
「それがわからんのが、アホの証明やろうが!!」
「あのオリジンズにいい様にやられていたことですか!?」
「ちゃうわ!!」
「じゃあ、ポイド海溝に来たこと!?」
「それやったら、ワイもアホになるやんけ!!」
「そうか……じゃあ……?」
「そのマシンや!そのゴウサディンがアホ過ぎんねん!!」
「はい……!?」
奮発して購入し、気に入り始めていたゴウサディン・ソルジャインをバカにされ、トモルの怒りは頂点に達した。
「そんなダサいマシンを使っている人にゴウサディンをバカにされる謂れはないですね……!このマシンじゃなかったら、あのオリジンズにとっくに殺られていたと思いますし……!」
「そうやな。ゴウサディンは悪くない。ちょっと言葉を間違えたわ」
「へっ?」
いきなりトーンダウンする男に拍子抜けするトモル……と思ったら。
「訂正や!アホなのは中身や!!もっと浅瀬での運用を目的に造られたゴウサディンでポイド海溝を潜ろうとする己の頭がアホで!残念なんや!!」
再びの大噴火!そしてまた感情的な言い合いが始まる……ことはなかった。
トモルは男の言葉に引っかかったのだ。現状を率直に言い表した男の言葉が……。
「あ、あの……」
「なんや?」
「ゴウサディンはもっと浅瀬で使うべきものって言うのは……事実でしょうか?」
「だからそう言ってるやろ。それはもっと上の方で使用すべきもの。ポイド海溝くらいの深度を探索するにはこの『ディマリナス』のような深海用のマシンでないと」
「で、では深海用のマシン以外でここに来たら……?」
「水圧で押し潰されて、海の藻屑やな」
「マ、マジですか……」
ここで漸くトモルは自分が現在進行形で大きなミスを犯しており、今この瞬間にも人生が終わりを迎えてもおかしくないことを理解した。
「つーか、これ以上行ったらヤバいって警告とか鳴るやろ?」
「鳴りました……あれ、深度のことを警告していたんですね。てっきりあのオリジンズの接近を知らせてくれたのかと……」
「あぁ……凡ミスやな。けど、それはちょっと同情するわ。あんなん突っ込んで来たらそう思うのもしゃあない」
「これからぼくはどうしたらいいんでしょうか……?」
「そりゃあ、海上に引き返すしかないやろな。カタログスペックではそいつはいつ限界を迎えても不思議はない。こうしておしゃべりできてるのが不思議なくらいや」
トモルはその言葉で決意を固める。ベケの盾を諦める決意を……。
「そうですか……仕方ありませんね」
「命に代えられるものはないからな」
「ええ……残念ですが、撤収……」
「グウゥゥゥゥゥッ!!!」
「「!!?」」
そうはさせるかと、気を失っていたオリジンズが意識を取り戻し、自分をこんな目に合わせた奴に復讐しようと闇の底から浮上して来た!
「こいつ……!あれだけの爆発を食らって、もう動けるのか!?」
「咄嗟のことで頭に当ててしもうたからな!奴の、上級オリジンズ『ジカーマ』の角とその周辺は“国際硬すぎて加工なんてムリムリ素材”登録されているくらいの一品やからな!!」
「バカみたいな名前!でも、どういうものか一瞬で理解できた!!」
「わかり易さが何より大事ってことやな……って、言ってる場合か!!その硬いのが、一目散にこっち来とるぞ!!」
「グウゥゥゥゥゥッ!!」
「わかってますよ!」
「んじゃ……散開!!」
ピンクのゴウサディンとイエローのディマリナスは左右に分かれ、ジカーマの一突きを回避した。
「致命的ではなかったけど、ダメージ自体は残っているのか?速度が落ちている……!」
今回の回避はかなりの余裕があった。悠々と躱した後に、通り過ぎる尾鰭を見送るほどに。
「とはいっても、この短時間でここまでコンディションを戻したんだ。きっと次は……それになんだかぼくの方を狙っていたような……」
錯覚であることを願ったが、トモルの感覚は当たっていた。ジカーマはディマリナスではなく、ゴウサディンの方に向かって旋回していた。
「やっぱり……!さっきの魚雷もぼくの仕業だと思われてるようなんですけど!!」
「知るか!!つーか、その魚雷のおかげで命があるんだから、ぐちぐち言うなや!!」
「うっ!?そうかもしれないですけど……」
「それに考えようによっては、チャンスや。もう一発の……一発しか残ってない魚雷を無防備な横っ腹にぶち込むには、お前が狙われてる方が都合がいい!!」
「上手いこと言って、ぼくを囮にして逃げる気じゃないでしょうね……!?」
「そうしたいのは山々だが、あいつめちゃくちゃ荒ぶっとるからな。多分、お前を殺った後にワイの命を取りに来るわ。当然、奴の全開のスピードで追われたら、このディマリナスでもどうにもならん」
「だったら……」
「あぁ、隙を作ってくれ!ワイら二人が助かるには、それしかない!!」
「グウゥゥゥゥゥッ!!」
二人の話し合いが終わったのを、見計らったようにジカーマが何度目かになる突撃を開始した。もちろんその雄々しき鼻先の槍が狙うのは、暗い深海でも目立って仕方ないピンクの機械鎧!
(やっぱりもう魚雷を食らう以前のスピードに戻っている……!だけど、さすがにこう何度も見せられると……)
「グウゥゥゥゥゥッ!!」
「慣れるんだよ!!」
ゴウサディンは突撃を直前で、上に逃げることで躱した。
それを遠目で見ていたディマリナスの中の男は……。
「アホが!!?」
最悪の選択をした一時的なパートナーをまた罵った。
「ジカーマは背鰭から刺を発射できる!そこだと蜂の巣にされるで!!」
男のアドバイスは遅すぎた。もうジカーマは背鰭をひくつかせ発射体勢に入っている。そして……。
「グウゥゥゥゥゥッ!!」
バシュッ!バシュッ!バシュッ!!
槍と見間違うほどの巨大な刺を頭上のゴウサディンに撃ち出した!トモル・ラブザ、絶体絶命!……かと思いきや。
「読んでいたよ、それ」
「なっ!?」
「グウゥゥッ!?」
ゴウサディンは頭を下に向け、あろうことか自分の命を狙う刺へと加速した!
「胸鰭の形と一緒だったから同じ機能があると推測した!そして、きっとこの攻撃を掻い潜り、逆にカウンターを仕掛けてくるようなアホとは遭遇してないとも!!」
ゴウサディンはスピードを落とすことなく、文字通り紙一重で刺を避けながら、ナイフを召喚した。
「我ながら無茶苦茶な作戦だが、それぐらいしないとお前には勝てないのだろう!?なら、やってやるさ!このトモル・ラブザが!限界以上!お値段以上の力をここまで見せてくれているゴウサディン・ソルジャインが!!」
ザシュッ!!
「グ、グアァァァァァァァッ!!?」
ナイフの切っ先は刺を発射した背鰭の横に深々と突き刺さった。ジカーマは鋭い痛みに悶え苦しみ、その場でのたうち回る!
「もしかしたらとか淡い願いを抱いていたけど、やはりこれでは終わらないか……というわけで、お願いします!」
「おうよ!!」
ナイフを抜き、ゴウサディンが離れるのを確認すると、ディマリナスは最後の魚雷を狙いを定め、ジカーマへと向けた。
「ほんまわざわざ外付けで持って来て良かったわ……お前みたいな大物を仕留められるんやからな!!」
バシュウゥゥゥン!!
遂に放たれる最後の切り札!ジカーマの突進に勝るとも劣らない速度で、そのジカーマの横っ腹に……。
「グウッ!!」
スカッ
「な、何ぃぃぃぃッ!!?」
当たらなかった。痛みにのたうち回り、魚雷のことなど目に入っていなかったはずのジカーマが見事にそれを避け切ったのだった。
魚雷は虚しくターゲットを通り過ぎていく……。
(あの苦しみ方はブラフ、ワイを誘う嘘やったのか?いや、そんなことあるわけない!だったら……野生の本能が成せる業か!!?)
真実はわからない。ただ一つわかっているのは魚雷は外れ、トモルと男は敗北……。
「ナイスパス」
「「!!?」」
魚雷の進行方向、突然ゴウサディンが足を高々と上げて現れた。その姿はまるで……。
「お前はサッカー選手か!!」
「人生で一度は決めてみたいよね……ダイレクトボレーでゴールを!!」
ガンッ!!
魚雷を全力で蹴り飛ばす!ジカーマの方へ!
ドゴオォォォォォォォン!!
「――!!?」
「うっ!?」
狙いとは逆のサイドの横っ腹に魚雷が炸裂!皮膚が裂け、真っ赤な血を流しながらジカーマはポイド海溝の底へと沈んでいき、もう二度と浮上してくることはなかった。
「やった……って、あいつは!?」
ディマリナスは胴体と頭部が繋がっている仕様なので、傍目からはわからないが、中では男が忙しなく首を動かし、今回の突発的なミッションの相棒を探した。
「慌てないでいいですよ……」
「お前!?生きとるんか!?」
「あなたが霊とおしゃべりできる希有な才能の持ち主でなければね。これでもちゃんと爆発に巻き込まれないような距離を計算してやりましたんで。まぁ、思ったより吹っ飛んでしまいましたが……」
言葉通り、予想よりも遠くで気だるそうに手を振っていた。
「ったく……」
トモルが健在であることを確認すると、自然と男は安堵のため息を漏らす。
それと同時に、この短時間で見せつけられたはちゃめちゃな戦闘能力のことが脳裏に映し出された。
(あんな無茶な作戦を物怖じせずに実行する度胸、そして完遂させることのできる実力……こいつはただのアホやないのか?それともワイの想像を超える更なる超絶アホんだらなのか?)
ユチの町のチーロのように、男の目にもトモルの姿は少し前とは別物に見えていた。
「なぁ、お前……」
「なんです……」
ボコッ!
「「!!?」」
ゴウサディンの装甲が突然へこんだ!遂に恐れていたことが起こったのだ!
「そうやった!そんなピースプレイヤーでポイド海溝を潜ろうとする生粋のアホやった!」
「そうそう何もわからないアホなんですよ、ぼく……って!人のことをアホアホ言わないでください!じゃなくて、そんなこと言ってる場合じゃないでしょうが!?」
「一人ノリツッコミしとる場合か!!」
「そうだ!早く浮上しないと!!」
「いや、もう間に合わん!!」
「じゃあ、このまま黙って死ねって言うんですか、あなたは!!」
「ワイに当たるなや!!えーと……」
男はぐるりぐるりと回転しながら、あるものを探した。
「何を探してるんですか?」
「希望や!この辺にあれがあるなら、もしかしたら……あっ!!」
ディマリナスは回転を止め、岩壁のある場所を見つめた。ほのかに光って見えるような不思議な場所を……。
「おい!あの光が見えるか!?」
「は、はい!あれが一体、何なんですか……!?」
「だから希望や!こっからは正真正銘の運頼み!なんとかなるって祈りながら、全速力であそこに突っ込め!!」
「よくわからないですけど、やるしかないならやりますとも!なるようになる!!」
ディマリナスとゴウサディンは激闘の勝者とは思えない慌てっぷりで、その場を後にした。




