プロローグ
半年前、『メトオーサの谷』周辺を大きな台風が襲った。
叩きつけるような暴風と共に大量の水が地面に吸収され、緩まった岩壁はぐずぐずに崩れ落ちていった。
しかし、人の住んでいない辺境の地の災害なんて、ニュースで数秒扱われただけで、次の日には皆忘れてしまった。
五ヶ月前、『ウレウディオス財団』の自然保護部門が調査のために漸く谷を訪れる。
何の変哲もないありふれた調査……誰しもがそう思っていたが、崩れた岩壁の奥に古代の建造物を発見したことで状況は一変する。
四ヶ月前、ウレウディオス財団は遺跡調査部門や支援している大学から選りすぐりの学者を集めて発掘チームを編成、調査に取りかかる。
脆くなった岩壁を慎重に時間とお金をかけて掘り進めていった。
そして現在、ついに最奥までの道が開かれた。
「こちらです。足下にお気をつけください」
「うむ」
今、まさに穴を掘ってましたと言わんばかりの泥で薄汚れた作業服の男に導かれ部屋に入って来たのは、場違いな高級スーツに身に纏った恰幅のいい男と、神経質そうな長身の男性、そしてモデルのような美女だった。さらに彼らに付き従うように六人のメイドもついて来て、ここが一等地にあるお屋敷なのではと錯覚してしまいそうになる。
「ここが最深部……」
長身の男は厳かな雰囲気が漂っているその部屋をゆっくりと見渡す。視線は奥にある大きな“箱”のようなもの、その前にある見たこともない文字のある石板を通り過ぎて、さらにその前にある台でストップする。
「あれが報告にあったものか……」
「はい。とりあえず危険はトラップなどの設置はないようなのでもっと近くで見てもらっても構いませんよ。触れるのはさすがにご勘弁を願いますが」
作業服の男に促されるまま、一行は台の前まで足を進めた。
「あれはただの石柱か?それとも箱か?だとしたら何が入っているんだ?」
「それは……」
「お父様、それを調査するために彼らはここにいるんですよ。ねっ?」
「はい……まだあれは何かは……」
「そうかそうか!その通りじゃな!古代のロマンがそう簡単に解明されるわけないか!」
美女に指摘され、恰幅のいい男は一本取られたと自らの額をぺちんと叩き、豪快に口を開けて笑った。
「だが、あの石板に書かれていたことはわかったのだろう?」
恰幅のいい男を尻目に長身の男は無表情を崩さないまま、冷静に作業服に質問すると、彼はその薄汚れた服の奥からピカピカのデバイスを取り出した。
「はい、あの文字自体は他の遺跡でも似たようなものが確認されていたので、解読はスムーズにいきました」
「で、なんと書いてある?」
「少々お待ちを……」
作業服は軍手を取り外すと、デバイスのタッチパネルを指で操作していく。
「これですね。読み上げましょうか?」
「頼む」
「では……」
皆の視線を一身に集めた作業服の男は一回だけ深呼吸と咳払いをすると、画面に書かれた文字をゆっくりと丁寧に読み上げた。
『願いを持つ者よ、その願いを叶えたいのならば、祭壇にゲツタの民が生みし三つの神器を捧げよ。
一つ、高き山の頂きにある“リーヨのマント”。
一つ、広き砂漠に鎮座する“ハーヤの剣”。
一つ、深き海に眠る“ベケの盾”。
これら三つを集めた者の願い、どんなものであろうと叶えられるであろう』
「……と、この石板には書かれておりま……すっ!?」
作業服の男が顔を上げ、目線をスーツの集団に向けると思わず言葉を失った。
「どんな願いも……」
「叶うなんて……」
「最高じゃな!!」
スーツの集団は口角を限界まで上げ、満面の、そして邪悪な笑みを浮かべていた……。