兎はお風呂で泣く
ちなみに湯兎はうさぎを飼ったことはないし、うさぎをお風呂に入れていいのかも知らぬ。
この場合、泣く兎は湯兎だ。
このウサギ、「湯」の文字が入っているくせをして、お風呂が苦手なのである。
しかもちょっと聞いたことがない理由で苦手にしている。
湯兎は湯舟につかると泣く。
鳴くのではない。泣く。
ぽろぽろ涙がこぼれて、鼻水が出てくるくらい本格的に泣くのである。
もちろん湯舟には目や鼻を刺激するナニカは入っていない。
湯兎がいきなりリビングへの郷愁にかられたわけでもない。
妖精さんがえいやっとまぶたをひっぱったわけでもない。
でも泣く。
泣いてわけがわからなくなってぴえぴえお風呂から出てくる。
今のところ、我慢の最長記録は二分。
これを長いととるか短いととるかは皆様次第である。
毎回毎回お風呂に入ると泣くものだから、湯兎はお風呂が苦手になったのである。
しかしお風呂は人間的な生活をするのに大事だ。
シャワーは平気でも、湯船につかるのはまた別の健康効果があるのである。
できれば湯舟にしっかりつかりたい……と対策を考えるのはもはやお約束。
お湯の温度を変えてみる。だめだった。
お風呂に入る時間を変える。だめだった。
お風呂で遊ぶおもちゃを用意してみる。だめだった。
音楽を流してみる。だめだった。
動画はどうだ。やっぱりだめだった。
入浴剤はどうだ。結構試したがだめだった。
着衣泳してみた。だめだった。
このへんで行き詰まった。
しかし不思議なことが一つ。
湯兎、大学まではお風呂、普通に入っていたのである。
なんならうつ病と診断されてASDと診断された後もしばらく普通に入っていた。
お風呂に入って泣くようになったのはそれより後だ。
いや、ふつう逆じゃない? と思った湯兎はたぶん正しい。
こどものころにお風呂が嫌! というのはなんとなく納得できるし、うつ病の時にお風呂に入れない、というのも納得できる。
しかしうつ病から復活しつつある時にお風呂が苦手になったとははて不思議なことではないか。
この「湯兎、お風呂で泣く」の答えをくれたのは東洋医学の先生だった。
いつぞやうっかり湯兎を窒息死させかけた先生である。湯兎は根に持っている。
「東洋医学的には、湯兎さんは気温とか外界の変化にとても敏感なので、急にお湯につかるのは体と精神に負担がかかるんですよ」
足湯から慣らして入るといいですよ、と先生。
納得いかぬ。
いや、理屈は納得がいった。
が、それではつい最近お風呂で泣きだした理由がわからぬ。
わからぬ……原因はなんだ……と足湯から試しながら湯兎。
ちなみに足湯からはうまくいった。
余計にわからぬ。
と悩んでいたある日のことである。
湯兎は泡風呂の入浴剤を入れ、せっかくだからと蛇口からお湯を出してあわあわ楽しんでいた。
こういう泡は全身泡まみれになるのが楽しい。あわあわ、あわあわ。
お湯が増えるにつれどんどん泡が増える。あわあわ、あわあわ。
あわあわ……。
……あれ?
私、今、お湯がいっぱいな湯舟につかっているぞ???
泣いてないぞ???
足だけあわあわなのは楽しくない。だから湯兎は最初からバスタブの中にいた。
もう一回。
湯舟が、いっぱいなのに。
泣いて、ないぞ??????
先ほど、どうやったらお風呂にはいれるかの実験で入浴剤を試したと書いた。
もちろん泡風呂だって試した。
当然のように泣いた。
さあ今回はなぜ泣かない。違いは何だ。
湯兎はお風呂で何をしていたかを反芻して。
はっと壁を見た。
「お湯張り! 使ってない!!」
先生の言葉の中にちゃんとヒントがあった。
湯兎は「気温とか外界の変化にとても敏感なので、急にお湯につかるのは体と精神に負担がかかる」。
急な、である。
つまり、バスタブに先にお湯を張って、満タンなお風呂にざぶんと入るのが、湯兎にとってはだめだったのである。
最初からバスタブの中にいて、お湯がちょっとずつたまってくお風呂なら、湯舟いっぱいになっても湯兎は泣かないのである!!
湯兎がこどものころはお湯張り機能はなかった。
大学のときに暮らしていたアパートにもなかった。
お湯張り機能があるお風呂に入りだしたのは最近だ。
湯兎が泣き出した時期と合う。
まさかの技術の発展、便利機能が湯兎の苦手を増やしていたというオチ。
こんなこともあるのか、と非常に勉強になった一件だった。




