見えないものは、ないのと同じ
さてさて、皆様は掃除が得意であろうか。
整理整頓、掃除機かけとか、水回りの掃除とか。
私は、どれも苦手である。
掃除機かけも水回りの掃除も苦手であるが、整理整頓はなにそれおいしいの? のレベルである。
わけはある。
ちゃんとある。
だから汚部屋は想像しないでおくれ。
自分的には割ときれいにしているつもりだから。
閑話休題。
なぜ、湯兎は片付けができないのか。
理由は簡単、タイトルにも書いてある。
見えないものは、ないのと同じ。
例えばクローゼットにものをしまえば、湯兎の頭の中からそれは消え失せる。
存在も思い出せなくなる。
例えば食材を冷蔵庫に入れたとする。
冷蔵庫の扉を閉めれば、あら不思議、冷蔵庫に入っていたものが思い出せなくなる。
そして、ほったらかしにして、腐らせる。
料理ができないのと相まって、なんとも地球にやさしくない。
クローゼットの扉を開けて片付けたものを見れば、冷蔵庫の扉を開けて食材を見れば、あ、これがあったんだっけ、と思い出す。
扉を閉めれば、忘れる。
(物理的に)見えないものは、ないのと同じなのである。
もはや人体の神秘と言ってもいいと思う。
そこで「片付けができない」に戻るのである。
想像してみよう。
例えばよく使う外用のかばん。
ここを定位置にしよう! とクローゼットに入れる。扉を閉める。
すると、こうなる。
かばんがあったことを忘れて、別のかばんを使うか、新しくカバンを買ってしまう。
そして久しぶりにクローゼットを開いた時、「あ、これがあったんだ……」と思い出すことになる。
想像してみよう。
買い置きの詰め替え洗剤などを水回りの下の収納スペースに置く。
すると、こうなる。
買い置きをしていたことを忘れ、また同じ商品を買い、収納スペースに入れようとしたところで予備があったことに気づく。
お金の無駄遣い!! と叫ぶことになるし、収納スペースは圧迫される。
湯兎にとって、見えないものはないのと同じだ。
そうやっていろいろなものを収納スペースに片付けて、片付けたことを忘れて、新しく同じようなものを購入したりする。
それが時に何度となく続くのだ。
じゃあどうするか。
片付けなければいいのである。
見えないものは、ないのと同じ。
つまり、(物理的に)見えていれば、忘れないのである。
そう気づいたのがよかったのか悪かったのか。
よく使うもの、大切な書類。忘れちゃいけないお薬たち。
そんなものを出しっぱなしにしていれば、それは部屋はごちゃっとする。
整理整頓なにそれおいしいの? という部屋になる。
私だって整理整頓がうまくなりたいのだ。
でも、整理整頓をしちゃうと、ものがどこにあるのか、そもそもあるのかもわからなくなってしまうのだ。
もうちょっと部屋を片付けたい。
でも片付けると……の無限ループである。
解決策は一つ。
物理的にものを少なくする。
しかし湯兎は捨てるのが下手な人である。
それはまた今度の話である。
とりあえず、汚部屋ではないが整理された部屋でもない理由は、見えないものはないのと同じ、だからである。
くすん。
ASDに優しい片付け方法を募集してます。




