狐の森と猟師の掟
俺達は大学の休みを利用して仲良し3人組でネイチャーツアーに参加する為に森の入口まで来ていた。何故わざわざ休みにそんな事を?と思うかも知れないが当時は『癒し』とか『森林浴』みたいなのが一大ブームだった。俺の田舎が自然豊かな土地だと言う話題からあれよあれよと2人が帰省について来てネイチャーツアーの参加が決まったのだ。いわゆる大学生のノリである。
一応、人物紹介しておく。当然、全員偽名だ。
秀太・・・語ってる俺
信二・・・・同じ大学の男。食いしん坊
美香・・・・・同じ大学の女。オカルト好き
金子さん・・地元在住のネイチャーガイド。愛妻家
早朝から金子さんの案内で鳥のさえずりと木のざわめきに耳を済ませながら森を探索した。定番だが大木に抱き着いて木の鼓動を聞いたり湧き水を飲んだりと大自然を満喫した。
昼過ぎに最終目的地に到着した。そこは朽ち果てた集落だった。
金子さんは「ここが最終目的地です。ここは町への移住が始まるまでは長い間狩猟で自給自足の生活をしていた村なんだ。当然、電気もガスも無い。まぁ、自給自足とは言っても加工品や肉を街に売りに行ってそのお金で足りない物を買ったりはしていたらしいけどね」と村の歴史を語ってくれた。そして、「さあ、ツアーはここでおしまい。科学とテクノロジーの現代世界に帰ろう」と言った。
それを聞いてすでにヘトヘトの信二は「こ、ここからまた同じ距離を歩くのはきつい」と弱音をはいた。
金子さんは「ああ、大丈夫。集落を抜けて来た道と反対側に行けば半分以下の距離だから。」と言った。驚く俺達に「昔は逆のコースもやったんだけどやっぱり帰りは短い方が好評でね」といたずらっぽく笑った。
しばらく歩くと「最後にここに寄っていこう」と金子さんが指差した。そこには川があった。
まさしく清流と言う川に少しテンションがあがった。「ここで昼食を食べよう」と言う金子さんの言葉にさっきまでヘトヘトだった信二のテンションは一気にマックスになった。
金子さんは包みを1つずつ「中身はおにぎり二つに漬物。中身の梅干しと味噌も漬物の沢庵も全部自家製だよ。おにぎりは奥さんに頼んで男子分は少し大きめに握ってもらったから二つでも満足できると思う」と言って渡してくれた。
さらに「ちょっと待っててね。」と言うと川から水を汲んできてキャプテン用のガスコンロで水を沸かして「お味噌汁はインスタントだけど水が違うと味も違うってみんな言ってくれるんだよ」と言って信二以外にお味噌汁を渡してくれた。
信二にはそのままお湯の入った容器を渡した。「おおお、ついにこの時が!」お湯を受け取った信二はリュックからカップ麺を出してお湯を注ぎ出した。
運動が苦手な信二がわざわざこんなツアーに参加した理由はこれだ。『良い水だとカップ麺もいつも以上に美味しくなる』と言う話を聞いて試してみたかったからだ。
食べながら美香が「ほんとだ。インスタントなのに味が違う」とか金子さんが「秀太君はこっちの出身だよね。びっくりしたでしょ。君のところは田舎の中でも都会だからね」と言ったりおしゃべりしながら食事を楽しんでいると「ああああああ!」と言う信二の叫び声が響いた。
驚いて信二の方を見ると「ない!ない!僕のお揚げがない!」とカップ麺の中身を箸で混ぜながら騒いでいる。
金子さんは「ああ、カップ麺って言うからラーメンかと思ったらきつねうどんだったか」と頭をかきながら言った。
しばらく騒いだ後落ち込む信二に金子さんは「きっと狐に取られたんだよ」と励ました。
「あ、そういえば美香ちゃんってオカルト好きだったね。腹ごなしに1つ村に伝わる昔話を話してあげるよ」と言って語りだした。
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猟師には色々と掟がある。猟には女性を連れて行ってはいけないとか護符を持っていかなくてはいけないとかね。
この村の猟師には1つ絶対に破ってはいけない掟があった。それは狐を撃ってはいけないと言う事だった。
この村は狐が守り神なんだ。狐を撃つと不吉な事が起こると言い伝えられている。
そこまで重くない掟には油揚げを猟にもっていかないというのもあった。これも森の守り神である狐への配慮だとされている。
ある猟師が村外の嫁を迎えた。その奥さんは油揚げを猟に持って行っては行けないという掟を知らず、旦那さんも当たり前と思いすぎて言っていなかった。
ある日の朝、奥さんは弁当にいなり寿司を作っていた。旦那さんは迷ったが作り直す時間も無かったし作ってくれた物を無駄にしたくは無かったのでそのまま持って猟に出た。
食事の時間になると考え事があると言って仲間から離れてこっそりいなり寿司を食べる事にした。
お弁当を出すと後ろからいきなり「うまそうだな」と言う声が聞こえた。驚いて振り向くと誰もいない。
今度は正面から「うまそうだな」「俺にくれ」「俺にもくれ」と言って複数の男性の声が聞こえ、いつの間にか現れた男達は弁当に手を伸ばしいなり寿司を全て持っていかれた。
彼は呆然といなり寿司を手に山の奥に消えていく男達の姿を見送るしかなかった。
この事に驚いた彼は仲間達に話すと掟を破った事にまず怒り、その後おかずを少しづつ分けてあげた。
猟が終わると彼は奥さんに掟を言っていなかった事を謝り今後油揚げはお弁当に入れないようにお願いしたという。
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話を聞き終わると美香はキラキラした目で金子さんに「あのあの。もし狐を撃ってしまったらどうするんですか?」と質問した。
金子さんは「当然、間違えて撃ってしまった事は歴史の中であったらしいよ。その時は村総出で油揚げを揚げて狐の死骸と山積みの油揚げを持って森の奥の神域の前に持っていき謝罪したらしいよ」と森の奥の方を指して「あっちの奥に見える山が神域なんだ。あの山には登らないのも猟師だけではなく村人の絶対に破ってはいけない掟だったんだ」と言った。
空のカップ麺容器を見ながら金子さんは「だから、カップ麺から油揚げを盗んだのも狐の仕業かもしれないね」と言った。
オカルト魂に火が付いた美香は「もっと無いんですか?そういう話。」と聞いた。
「うーん。ちょっと短い物なんだけどある事はあるよ」と言って語ってくれた。
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その当時、村には天才猟師が居た。彼は一匹狼で群れず一人で猟をしていた。
加工品作りも街に加工品を売りに行くのも一人で行っていた。
他の猟師が文句を言うと「獲物の一部と売り上げの一部を村に納めている。文句を言われる筋合いは無い」と取り付く島もなかった。
そんな彼がある朝遺体で見つかった。川で全裸に手ぬぐいのみを持ってまるで風呂にでも入るような異様な姿で見つかったのだ。死因は溺死だった。
その後、彼の家から狐の毛皮などが見つかった。街の人からも彼が狐の加工品を売りに来ていたという話を聞いた。
彼は禁止されていた狐の猟をこっそり行っていたのだ。村では「狐の怒りを買って化かされて殺されたのかもしれん」と噂された。
それから村では不猟が続いたが狐鎮め祭事が毎年行われたおかげか数年で普通の量が取れるようになったそうだ。それ以来新人の猟師には必ずこの話を言い聞かせる事になっていたと言う。
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話し終えると「残念な事に狐鎮め祭事のやり方は失われてしまったらしくて今は分からないんだよ」と付け足した。
金子さんは雰囲気を変えるように伸びをしてから「さて、科学とテクノロジーの現在世界に帰りますか!」と改めて言って歩き出した。