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カササギ準公爵

 人間の幽霊たちの情報を精査したところ、人間たちがどこからなぜやってきて、今何をしているかようやく把握できた。

 まず、初代領主のカササギ準公爵が俺といい勝負に運の悪い人だった。

 準公爵というのは、俺のほうで適当に訳語を割り当てただけで彼の国の貴族階位の一つなのだが、少しこれが複雑だ。

 まず、公爵というのは独自の法律と文化をもった小さな国家だ。どうも民族国家らしい。その中で飛び地などをあずかる公爵家の分家が準公爵。彼らから一定の権限委譲を受け、開拓や他公爵家からの防衛を受け持つのが伯爵、公爵家の代官として地域をあずかって自治を行うのが子爵、ここまでは世襲制が強く、民間有力者や、貴族子弟で公爵、伯爵の配下として役割を持つのが一代爵位の男爵、男爵、子爵より給与を受けて働くのが紳士で武官と文官がいる。そして公爵の中でもっとも有力なものが他を束ねて皇帝の地位につく。

 皇帝の地位や権力をめぐって国が分裂したり、謀略がしのぎをけずったり、皇帝の宮廷は胃袋にやさしくない環境らしい。

 カササギ準公爵の本家キンシ公爵家はコナラ公爵家と組んで皇帝のすげかえを企んだらしい。老いた皇帝に退位を迫り、彼らの擁立する後継者を立てる。歴代皇帝と公爵たちは契約をいくつも結んでいて、その一つにのっとった行動ですばやい軍事行動が求められた。

 当然、飛び地とはいえ一族であるカササギ準公爵も出兵を求められた。

 準公爵の不運は三つだった。

 少し遠いため、本家より早く動きだしてしまったこと。

 動き出してすぐくらいに皇帝が崩御したこと。

 それでもすぐに引き返せばよかったのだけれど悪天候で知らせが遅れて手遅れになったこと。

 これは本家も具合の悪いことになり、この軍事行動の責任はうやむやにされた上で準公爵領の譲渡で決着がついた。そしてカササギ準公爵は刑を減じて人間の領域でなかった「対岸」開拓の実質伯爵としての追放が決まった。随行するのは準公爵家の抱えていた男爵が一人と行先を失った少数の紳士、そして滅びた公爵家の遺民たちの一部だ。公爵家は民族国家だから彼らは最下層の住人として搾取されるか、放浪し差別される境遇にあって帝国ではお荷物扱いだった。

 開拓は上陸地点を決めることから始まっていた。

 この人間以外の領域である「対岸」は、知ってる地理でいえばヨーロッパ大陸に対する北アフリカのような場所だ。サハラ砂漠はなく、広大な緑の大地が広がっている。人間は何度か海を渡って侵入したそうだが、流刑の一種でしかなかったため成功はしていない。本格的に攻め込むのは政治の問題で難しく、スエズ運河のあるあたりに相当する地峡で魔物側勢力と一進一退を繰り返しているそうだ。

 そこの戦いさえ、人間たちの足の引っ張り合いの具だというからまいるね。

 「対岸」の平穏を保証しているのは公爵たちのにらみ合いだけじゃない。独自の植生のせいで土質が特殊で、人間たちになじみの作物が育ちにくいのもある。時間をかけて土地改良をしないと農業が成立しない。そして、「対岸」には人間にとっての脅威となる勢力が今はいない。開拓に乗り出すメリットがないのだ。

 カササギ準公爵はもてあまされて捨てられたというのが実際で、しかもそこに彼の責任は何一つなかったという悪運の人だった。

 それでも抱え込んだ流民を食わせないと暴動になる。準公爵は上陸地点を慎重に選び、あの場所に上陸した。

 第一次移民団は全員で七十五人。食料は二か月分しかなく、彼らは開墾とともに狩猟、採取に出ることになる。そして樫鬼たちと遭遇した。

 この時点で彼らと衝突したくないカササギ準公爵は通訳を二人はさんで彼らと協議した。

 これである程度の広さの開墾と、樫鬼たちとの交易が決まる。樫鬼たちは金属器を切望していて、のこぎり一本に集落全員が十日食えるほどの肉や木の実を約束してくれた。

 こういうボロい取引は増上慢を生む。特にこれまで被差別階級だった開拓農民にその傾向が強くでていると準公爵は記憶している。

 通訳をはさんだせいで伝わってなかったことがあとで判明した。樫鬼たちはこれ以上人数を増やさないという前提をつけていたのだ。

 だが、本国はさらにもてあましていた下層民と何人かの問題貴族を送り込んでくる。彼らをおとなしくさせるため、食料はやっぱり三か月分程度つけてあるが、そんな期間で自活が成立するわけがない。

 もはや、樫鬼たちとの衝突は回避不能だった。彼らも整えた森林を野放図に切り開かれ、数を管理していた獣を無造作に狩られるのは我慢ならなかったのだ。

 彼らとの対決に消極的だったカササギ準公爵に対し、後継者のイワツバメ準公爵子は好戦的だった。

 彼は邪魔な樫鬼をのぞき、食料問題も解決しようと計画し、そして実行した。

 そして、その成功とともに実権は息子に移る。

 カササギ準公爵は引退と本国での隠居を希望したが、認められたのは引退だけだった。

 準公爵領を最後まで見届けろ、それが本家からの返事だった。

 そこから死の日までの彼の記憶はぼんやりしている。ただ、最後に床から見上げた青空がきれいだったことだけをこの老人は覚えていた。

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