死霊術師ロクザン
墓場には幽霊があふれていた。
樫鬼たちの幽霊は二十人ほどで全部取り込めたが、ここにいる人間の幽霊は百人を超えている。墓標の数より多いくらいだ。樫鬼たちは弱いものから順に自然に消え去っていたから、子供や老人はいなかったがここの人間の幽霊には子供もいれば老人もいる。人間の魔力はかなり強いようだ。
強い幽霊だらけで、困ったことに俺がすっと集めることのできるやつはほとんどいない。
そうなると彼らが自発的に従ってくれるよう説得でもしないといけないわけで、そんなものどういえばいいのかなんてわからないじゃないか。
ただ、何人か集めることのできた弱い幽霊は、老人が一人、働き盛りの男が三人、そして薄幸そうな女が一人とそれなりの幅があったのでいったんこれでよしとしよう。無理に強い幽霊を従えようとするとどうなるかわからない。
濃密な情報をもっているのは老人だった。十年近く前に死んだ、最初の領主らしい。政争に敗れて貧乏くじとしてここに派遣されてきた、らしい。それから男たちは兵士、大工、漁師で最近動員されて死んだらしい。これも貧乏くじでの従軍、だったようだ。そして女は妻として売られてきた元娼婦。不幸そうな人生のゆきつくところがここで、そして病死したらしい。
詳細は引き上げてから検討しようと思っていると、後ろから声をかけられた。
「あんた、何をしとるんかね」
夜の墓場にやってくるなんてろくなやつじゃない。そんなのに見つかったのか。青ざめる思いで振り返ると、そこにいたのは生者ではなかった。
幽霊、なのだろうな。
彼らは存在が希薄で、俺もレベルをあげてやっと見えるようになった。それでもふわふわしていて、取り込んで初めて生前の姿などを確認できるというのが実際だ。
だが、この幽霊は生きた人間がそこにいるのかと思うくらい存在感がはっきりしていた。黒っぽい長衣を着て眼鏡らしいものをかけた痩せた老紳士。聖職者かなにかがかぶりそうな帽子をかぶって手にはこぶしのきいた根っこの杖をもっている。
だが、生きた人間ではない。
この薄暗い中に姿がはっきり見えるのは夜目のおかげではなく、俺の幽霊を見る視界に強くはたらきかけているためだろう。そしてなんといっても彼の体は少し宙に浮いていたのだから。
「どちらさま? 」
間の抜けたことを言ってしまったと思う。だが、この相手はこれまでの幽霊とは違った。樫鬼の幽霊も、いま吸収した人間の幽霊も、意志をいうものはもう存在しない。だが、この相手は幽霊同様の存在ながら明確に意志を感じたからだ。
意志あるものと言葉をかわすのは駄女神以来になる。
俺は会話に飢えていたようだ。
「わしはロクザンという。おぬしは? 」
俺も名前だけなのることにしよう。
「俺はタケトだ」
「そうか。ここはわしの実験場なのだがおぬしはなにをやっとんのかね」
実験場って、墓場で?
「そうか、それは知らなかったが墓場で実験とはおだやかではない」
「おぬしも見たところ、似たようなことをしておらんかったか? わしの同業者にしては変だが」
「同業者? 」
「人生と魂の探究者よ。口の悪いものは死霊術師などとよぶがの」
ああ、お話に出てくる邪悪な術者というところか。
「しかし、あんたは生きた人間には見えないが」
「これは魂の不死性についての研究の結果じゃよ。表向き、わしは死んだことになっておる。面倒がなくってよいぞ」
自信満々だ。
「もしかして、ここの幽霊たちはあんたの実験材料? 」
だとしたら文句もいいたくはなるだろう。
「そうだ。だが、おぬしは知らなんだのだからそれはとがめはせん。それより何をしていた」
好奇心むきだしにロクザン翁は問い詰めてくる。
「低級霊を集めてた。ある程度弱いと自動的に吸い込める」
「ほお。おぬしはいったい何者じゃ」
さて、こまったぞ。この老紳士がどう出るかわからないのもあるが、いろいろ情報量が多すぎる