台地の再戦(1)
偵察小鳥で台地の戦場を観測すること四日目。
エリナの言葉の通りなら、腕のいい錬金術師がいれば人間たちも蜘蛛の糸の溶解液を作っているころあいだ。
これまではちらと様子見るだけだったのだが、とある理由でこの日は朝から監視を続けていた。
理由とは、ロクザン翁の来訪である。
今回は霊体なので、前回のようなことはない。今回の来訪は、侯爵領での動きの共有と、俺の死霊術の理解の進捗度合いを確認するためなのだそうだ。
死霊術についてはロクザン翁への報告はまだ着手したばかりの試みについての説明くらい。
組み立て式ゴーレムの制御水晶は四つ、うち一つはエリナが護衛につれていって以来、彼女の護衛と作業補助に使っているので三つ。リンホーも樫鬼たちがつけなかった帳簿をつけはじめたので助手がほしいと一体組み立てて残り二つ。俺にもどうかと言われたが、情報空間での作業が手伝えないので保留。残り二つ。だが、壊れているものは別に三つあった。うち物理的に壊れているのは一つだけで残りは編集用の魔法具で中を覗けるので、ソフト的な損壊のようだ。
直せないか、とエリナにきくと、こういう場合は闇鬼の国のメーカーでいわばマスターテープよりまるっと複写することになるという。無事な他の水晶の中身は複写できないようプロテクトがかかっていて、これは彼女にもちょっと解除はできないし、失敗したときのリスクも大きいという。
「何分古い製品だから、メーカーが残っててももう対応してもらえないかも」
闇鬼の国への連絡手段もここからだと鉄鬼の地下都市を経由し、彼女の記憶では二つ三つ国を通過していかなければならず、かなり遠い。
不足してるのは複写可能なマスターデータということなので、死霊術を応用して情報空間にある誰かの情報を複写してかわりにできないか。それが俺の考えた試みだ。要領的にはまるごといれるのは無理なので、死霊術にある霊魂の刈込という技術を使って、不要なものを除去して最低限の機能単位に編集できないかという試みになる。強い感情に基づく執着などはばっさり落としていいが、判断に困るものも多い。
情報空間のものを直接編集するのではなく、一度複写したものを刈りこむのでオリジナルは損なわれることはない。
もちろん、そんなものすぐにうまくいくわけはない。ぴくりとも動かない、精神的に不安定としか思えない動作をするなどは当たり前でもらった文献を精査しながら、理論と実験を繰り返していた。
この試みはロクザン翁のお気に召したらしく、いくつか有益と思われる助言もいただけた。
だが、このへんは実のところついでの用件で、ロクザン翁からすれば望外に面白い試みに大喜びしただけであって、本来の用事は別にあった。
英雄部隊の動向だ。
ロクザン翁は引退した賢者という位置づけで、錬金術工房を持っているらしい。錬金術の弟子二人に仕事の大半は任せ、本人は日がな一日書庫で書物に埋もれて弟子が困った時に相談にのる知恵袋という立ち位置だ。弟子たちはロクザン翁が死んだらどちらが工房を引き継ぐかで侯爵に取り入ったり、開発競争をやったり励んでいるが、実力行使に出ないのは工房を引き継ぐほうに伝えるという秘伝を用意しているし、それは侯爵も知っているからありかを探る以上のことはできないでいる。
もちろん彼らは死霊術師としてのロクザン翁のことは知らない。
この工房に英雄部隊の錬金術師が協力を求めてきたのだという。
「難燃性で強靭な蜘蛛の糸の攻略か」
「その通りじゃ。トールビョンとカイデルの手にはおえんので、わしのとこにまで相談がきよった。迷惑な話じゃで」
誰だそれは、と思ったが、それが錬金術の弟子の名前らしい。
「それで、協力したのか」
「参考になりそうな文献を探して渡してやっただけじゃ。蜘蛛絹の実用化研究とか、怪物蜘蛛の生態についての古い書物とかの。いまでこそ『対岸』にしかそういうのはおらんが、むかしは『此岸』にも魔物は多かったし、魔王も何人もうごめいておった」
たぶん全部駆除されたんだろうな。
「あんたがここにきたってことは」
「ああ、そうじゃ。うちの弟子どもは台地の蜘蛛の糸を攻略する手段を見つけた」
ロクザン翁の用件はこれを伝えるためだった。
「今度こそ本当に戦いが始まるぞ」




