交易船
糸の調査は、エリナのほうが着手は遅かったが、なにしろこちらには生きた蜘蛛がいる。彼らが糸をどう取り扱うかを目の当たりにできるだけ、彼女のほうが有利だった。
「なかなか興味深かったですよ」
元、魔物の王の眷属だった人の目をもつ蜘蛛。彼女は一般的な蜘蛛同様に尻から糸を吐くが、あの頑丈さでは切る手段がないと巣を構築しにくい。その手段は尻のわきにある腺からでる分泌物だった。これをつけると糸が溶けて切れるのだという。逆に、牙から出る毒は糸を頑丈にするため、蜘蛛はわなの固いほうがいいところには口で毒を塗りつけているのだそうだ。尻の分泌物はそうやって強化した糸も切れるが、少しだけ時間がかかる。
「この毒と、この分泌物を混ぜると熱くなって毒性も糸を溶かす性質もなくなるんですよ」
彼女は毒の中和剤に尻の分泌物を使える、程度に理解しているが、俺はなんとなく熱くなるというところでこれってどっちかが酸でどっちかがアルカリなんじゃないかと思った。
尻の分泌物については、蜘蛛の尻からもそんなにたくさん出るわけではないので、錬金術で同様のものを作れないか実験するのだと彼女は言った。
「できるのか」
「できそうですよ。人間どもにも気の利いた錬金術師がいるでしょう。わたくしは明日までにレシピを用意できる自信がありますが、人間どもは優秀な錬金術師がいても四、五日かかると思います」
目、きらっきらさせてるな。
「レシピとサンプルの用意お願いするよ」
こっちから台地に攻め込むなんてことをする気はない。いらないと思うが気圧されてそんな言葉が出た。
嬉しそうに飲み屋の店員みたいな返事をして、彼女はうきうきと遺跡の研究室に降りていった。
ちょっとだけ、ため息が出る。闇鬼って、みんなああなのだろうか。
彼女はああいったが、人間は油断ならない相手だ。偵察小鳥での監視は怠ることなく二日ほどが過ぎて行った。この間に鱗鬼たちの注文が仕上がり、取引部隊がまたそっと出かけて行った。今回は取引相手が樫鬼だけではないので、鱗鬼ならではの産品も少し仕入れてもらうことになっている。名前だけでは想像ができないが、湿地に住むワニかなんかの皮らしい。その皮欲しさに、小鬼の職人たちが励んだので仕上がるのも早かったようだ。
そして、湾に見慣れない船がやってきた。
最初、人間のものかと思ったが、喫水の浅い幅広の船で、帆に染め抜かれた魔除けらしい文様は侯爵領の港で見かけるどの船にもないものだった。
「妖魔の贅六どもの船だ」
見るなり吐き捨てたゴドルの言葉がその正体を俺に教えてくれた。




