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台地の戦い(3)

 台地の上は蜘蛛の糸で防御設備が構築されている。たんなる壁になっているわけではなく、身をかがめれば通れるような通路が巡らせてあって、中はおそらく迷路のようになっているだろう。

 この蜘蛛の巣をなんとかしないと魔物の王のところまで切り込むことはできないはずだ。

 その対策として、英雄部隊は二つほど準備していた。

 一つは着火したたいまつだ。もし、蜘蛛の巣が燃えるならそれだけでほとんど、もしくは全部を倒すことができるという計算なのか。台地全体が炎上すると、俺たちの漁村もおそらく煙と煤ともしかしたら火の粉で影響を受けるだろう。

 蜘蛛の糸はタンパク質なので炎に弱いはずだ。燃え上がらないまでも熱で縮んで断裂するだろうと思ったが、どういう仕組みか炎上しない。切れない、というわけではないが糸一本切るのに炎を一分以上押し当てないとだめらしい。

 じれったく思った英雄部隊の誰かが剣で切り付けてみたが、これも一度では切れず、跳ね返されて転ぶことになっている。用意していたワイヤーカッターみたいな道具で梃子の原理ではさみきろうとしても苦戦している。

 撤退の合図が出て、英雄部隊、侯爵領軍ともに撤退していった。切り取った糸をなるべくたくさん拾っているので、おそらく対策を練りなおしてくるのだろう。

 台地の攻防戦の最初の戦いはこうして終わった。

「あの糸、気になりますわね」

 しんとした書庫の中、耳元でそんなことをささやかれて本気でびっくりした。

 エリナだった。彼女は書庫の魔法具関係らしい本を一冊手にして思案気にたたずんでいる。

 今の彼女はサリー風の着こなしから、中央アジアあたりの民族衣装のような凝った刺繍の衣装になっていた。この服は彼女が自分でしたてたので、同様の男物をリンホーのために仕立てている。この二人、死の直前には冷え切っていたが遠隔の地の同族男女ということで一時夫婦であったらしい。

 今はなぜかまた仲良くなっているようで、これも魂が新たになった影響なのかもしれない。仲良く、といっても当初おたがいに示していたしょっぱい対応ではない、という程度だが。

 それより、俺が彼女の顔をしげしげながめてしまったのは別の理由だった。

「見えてたのか」

「ええ。見えてしまいましたわ」

「どこまで見えるんだ」

「あなたさまが情報空間と呼んでいるものは見えるようですね。小鳥の視界も見えてしまいました」

「見えるだけかい? 」

「勝手に蛇を召喚してみようとしましたけれど無理でしたわ」

「ひとこと断ってほしかったかな」

「申し訳ございません」

 しれっと実験しようとするあたり、危ないやつだな。

「昔もできたのか」

 それなら魔王の幹部の特権ってことになるんだが。

 エリナはかぶりをふった。

「前主様のころにはできませんでした。あの方は情報空間を持たなかったのかしら」

「いや、これは魔王の権能のはずだから、あったはずだ」

 と、すると、と彼女は仮説を立てた。

「あなたさまに情報の修復をしていただいたことと関連がありそうですわね」

 リンホーにも見えるってことかな。あとで聞いてみよう。

 彼にも共有できるなら、配下管理をある程度任せることができる。

「糸だが、魔物の王の眷属を一人配下にしている。ダラのところにいるからそこから見本を取り寄せようか」

「まあ、素敵ですわね」

 彼女はぱっと花咲くような笑みを見せた。



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