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夜の墓地

 幸い、俺は夜目がきく。

 だから墓地には夜中にでかけていくことにした。

 夜の森に出るのは初めてだ。昼見た限り、大型の生き物はいないように見えるが蛇や鼠、小鳥の目に触れないところで夜を待ってる夜行性のハンターが残っていないとは限らない。

 なので、一人ではいかない。

 レベルがあがったのと、夜間は蛇たちの召喚は解く分があるので、護衛を召喚した。樫鬼の戦士だ。

 身の回りの世話を頼んでいる樫鬼のダラの兄でダイだ。熟練の狩人であり、森の番人でもあったらしく、ダラがいろいろ知っているというのもあって都合がよかった。

「鎧はないのか」

「職人さんが三人おっても二十日はかかる代物だべ。これで我慢しろ」

 妹と兄のやりとりは生前をなぞっているのだろう。彼らに意志が宿ってるのではと勘違いするものだった。

「武器はねえべか」

 だが、事務的なやりとりがおわるとぶったぎったように次の話にはいるところは、なんだか不自然だ。

「人間の鉄のやつがあんべ。サビはおとしておいた。弓もねえべがスリングと石で我慢してけろ」

 鉄の輪っかをはめてスパイクを植えた凶悪なこん棒と、ネズミの革でつくったスリング、そして蛇の革をつないだ丈夫な貫頭衣が彼の装備になった。本人の判断では「あんまり大丈夫じゃないが、おおせのままに」ということで不安はある。

 俺は武器をもってもしかたがないといえないが、ダイの助言で板を腹と背中にくくりつけていきなり内臓損傷のリスクだけさげ、樫鬼たちのつかっていた木に燧石の刃を植えた鉈をもった。鉈は武器というより邪魔な下草を払ったりして藪漕ぎするためのものだ。

 準備ができたら、日の暮れるのを待って俺たちは出発した。夜明けまでには戻る予定だ。

 夜目はしっかり機能していた。視界は月夜のようにあかるい。ここに俺の知る大きな月はないので星明りがここまではっきり見えているというのは驚きだ。ただ、いつもにくらべるとモノトーンで少し違和感がある。

 道中の困難は主に足元の小さな障害、草に隠れた轍のくぼみや、進出してきた灌木、倒木などでそれをのぞけばわかりやすかった。どうしても足元ばかり目がいく。

 その俺の肩が軽くたたかれた。

 ダイが行く手の木の上を指さしている。

 最初に見えたのは金色の猫族の目だった。目だけが枝葉の間のくらがりからこちらを見ている。

「オオヤマネコだ」

 蛇や鼠を捕食している肉食獣だ。昼間みかけたことはない。人間よりは小さめで軽く、人間を襲うことはめったにないという。

「警戒している。刺激しなければ危険はない」

 その割にはぎらぎらした目だな、と思いながら俺たちはオオヤマネコのひそむ枝をゆっくり迂回した。

 ぱっとその目が消えた。がさごそと葉擦れの音が聞こえ、気配が遠ざかっていく。赤外線視野にきりかえると熱源が遠ざかっていくのが確認できた。

「逃げてくれた」

 襲ってきたらどうやっかいだったのかはダイにはわかっているようだ。

 その後はコウモリや夜行性の鼠、リス類をみかけるだけで危険な遭遇はなく、峠から見下ろす位置に到着した。

「ここまででオオヤマネコ一匹だけか」

 ダイが拍子抜けたようなことをいうので聞いてみた。

「少ないのか? 」

「おらの生きてたころなら、もう何種類かみかけたはずで」

 やはり人間が間引いてしまったせいらしい。

 峠から人間の村を見下ろして、俺は驚いた。

 樫鬼たちの記憶では戦える人間は百人から二百人。これだけでせいぜい戦士五十人の樫鬼たちを圧倒できたのだが、眼下の広大な開墾地に散在する人家は数えないとわからないが百軒はこえているし、中央の集落は最初の移住者のものらしい、百人も避難すればいっぱいになりそうな砦と、その周辺の密集した家屋が住民の急な増加があったことを物語っている。

 全人口、ざっくりベースで二千人から三千人くらいか。

 俺は軍事に素人だが、もしここに敵対する軍隊が攻め込んできたらどうなるかは容易に想像がついた。

 海を見れば、漁師のらしい小舟が十数隻浜にあげられている。遠浅の海に、大穴のあいた大型船が座礁していて、彼らがどうやってやってきたかを物語っている。

 樫鬼たちが滅ぼされて十数年。そんな短時間で人間がこれだけ増えるならそういうことだ。

 町はもう寝静まっているが、中心のほうは不寝番でもいるのか遠くたいまつらしい明かりが見えた。

 人恋しさにちょっと見に行こうという考えを押さえるのが大変だった。

 ダイもダラも生前のような意志はない。樫鬼は人間に似ているが明白に人間ではない。それは最初にダラを召喚したときに痛感していた。かならず男女の双子を生む樫鬼の女性は控えめな乳房が四つあるのだ。似ているところもあるだけに異質さが際立った。

 未練を断ち切って、峠から稜線沿いに岬に移動する。墓地になっている丘陵だ。

 踏み分け道のようなものしかないので、鉈をふるって進まなければならなかった。

 開けたところにきたところで、ほっとしたものだ。

 そして俺は人間の幽霊たちに出会った。

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