人間の集落
ライトノベルだと、召喚した生き物と感覚を共有し、というのがよくあるが、そんな都合のいいものがあるわけがない。だいたい、生き物が殺されてしまうと苦痛や死の恐怖でどんな影響が出るかわかったものではない。
そう思っていたら、蟻が似たような能力をもっていた。普通の蟻ではなく、人の親指くらいある硬い大きな蟻でネズミが硬い前歯で捕食したものだ。
彼らは仲間と情報を共有することで運びきれない食べ物を分担して運んだり、敵対する群れの情報を得て有利な展開を試みたりという結構高度なことをやる。俺の知ってる蟻なら、これはフェロモンとしぐさを媒介して行うのだけど、こいつらは触覚同士で電波のようなものを飛ばして共有しているらしい。
これを使うためには蟻を召喚し、大きい蟻にとってもとんでもない距離をあるかせないといけないのか。
偶然がこれを解決した。蛇が獲物にした小鳥を召喚したとき、蟻みたいな特性があるといいなと思っていると情報空間に投影される形でその視界が映し出されたのだ。自分の視界の片隅に今飛び回ってる小鳥のぐるぐるした視界がゆがんだ円形に映った時にはびっくりした。
あとでわかったのだが、この召喚のしかただと存在時間が半分くらいになるらしい。餌をついばめが少々延長できるが、必要な頻度を考えるとずっと出しっぱなしにはできない。
制限は多いがカメラ付きのドローンみたいなことができそうだ。ただし、小鳥の本来の視界でしかものが見れないので飛びながらいわゆる鳥瞰はとても見やすいものとはいえない。
地上をちゃんと見ようと思えば、木の枝にでもとまらせて見下ろしてもらわないと無理だ。
この視界をちゃんと見るために、ダラに目隠し布を用意してもらった。草の繊維を手で編んだ荒い布でごわごわしているがまあ、用は足りる。
毎日、四方に順番に召喚小鳥を飛ばし、時に小さめの猛禽に邪魔されたりしながら五日ほどかけて人間の村を発見することができた。
案外近い。この廃村が峠一つ越えて奥地にあるが、人間たちの村は海側にあった。小鳥の目では正確な観察はあまりできなかったが、建物はずいぶんおおいと感じた。森はきりひらかれ、沼は埋められ、畑を広げているのもみえた。湾をかこむ岬の丘陵地には墓地らしいものもあって、墓標らしい杭も結構たっている。樫鬼との闘いで戦死した人たちか、それともなにやら大勢で武装してでかけていく先にあるどこかとの係争によるものか。
人間の村までの距離は正確にはわからないが、原野に戻りかけている切り開かれた道がある。樫鬼たちがもともと森のメンテナンスのために使っていた踏み分け道を人間たちが戦争のために切り開いた道だ。なので横幅はおそらく3メートルくらい平均で用意されていて、轍が刻まれている。
樫鬼たちが滅ぼされたのは正確にはわからないが十年以上前でこの道はもう使われていないため草や若木が伸び始めていた。だが、俺一人歩いていく分には問題なく迷う心配もない。というか、三、四時間も歩けば人間たちの切り開いた場所に出ることができそうだ。
もっと近ければ子供たちが興味本位で遊びに来れてしまう距離じゃないか。
平和に見えたこのあたりは実はとんでもなく危険だと知ってぞっとした。
もう少し奥地に移動すべきだろう。2レベルになったのだから、それにふさわしい場所を目指すのはまちがってはいない。
だが、やみくもに逃げれば無自覚にもっと危険なところに飛び込んでしまう可能性がある。
情報が必要だ。
そして新たな情報源として期待できるのは最大の脅威でもある人間たちしかいない。
俺の姿は今のところ人間離れしてはいない。だからいきなり襲われることはないだろう。あそこの人間たちが海を渡ってやってきたのなら、きっと新参の人間もいるだろう。
だが、いきなり彼らのところにいくのは危険だ。ぼろぼろになった背広がどう見えるか心配だが、それよりおそらく言葉がわからない。樫鬼たちの言葉も情報空間経由で理解しているだけなのだ。
だから、俺がめざすところは一か所だけということになる。
岬の墓地だ。人間の弱い幽霊を取り込もう。