魔王の記録
やらなければならないことは多かった。
村人の漁師、森番の者は村への帰還をのぞんでいた。だが、魔物の王がいつ次の人狩部隊をよこすかわからない。前の部隊の全滅は、あの分身の蜘蛛も倒してしまったことでおそらくばれている。もう来ていてもおかしくはない。
まず、偵察用に鼠を数匹、人狩り部隊のいた入り江の岬に走らせた。人間がいればまた小枝を持って帰ってくるし、いなければそこにとどまる。もし食われてしまっても、マップで見れば無事かどうかはわかるのである程度の情報がつかめることになる。
安全が確認できるまで村人たちに帰宅は許せなかった。ただ、塩作りと昼の間だけの漁に一時戻ることは許したし、その間は兵士シュベイヒに彼らの護衛についてもらった。気休めである。
残念だが、彼に匹敵する戦士は手持ちにいない。地下墓地の後、樫鬼たちの樹上葬の墓地にいってみたが、廃村の樫鬼たちとどっこいどっこいの者しかいなかった。
樫鬼の中ではダイが一番だったのには間違いがない。彼らは狩人であり、森の牧人として優れていても、戦いは好まない穏やかな者たちだったのだ。
幸い、漁村の樫鬼たちの守っている範囲の森に人狩り部隊は入り込んでいない。当面はそちらに留意はしなくてもよさそうだ。遠いのでまだ人間たちも入ってこない。魔物の王が抑止力になってくれている。そのかわり、彼らは東の別の樫鬼の領域を荒らしているようだ。
当面の心配は魔物の王だ。
派遣した偵察の結果が出るまで、数日。俺は魔王の記録を読み進めた。
この魔王は文字から読み取れる通り、同郷の男性で、時代が数十年差があるせいか言葉遣い、文字使いが古く、少し読むのに苦労した。ところどころはさんでいる自作の漢詩や短歌、俳句はとりあえずすっとばして読み進めた。植物学に関心のあった海軍の若い軍人で、乗艦の爆発事故に巻き込まれた際にこちらに召喚されたらしい。駄女神は失敗ばかりで俺が最初の成功と言ったが、成功例が少なくとも一人いるじゃないか。
それとも、駄女神の前任者の仕事なのだろうか。
この御仁はとても良い育ちらしく、俺には良し悪しの判断はつかないが詩歌をたくさん交えているくらいに教養があり、そして当時の国の掲げた理想を無邪気に信奉していたようだ。古めかしい理想を高く掲げて配下の各種族、部下たちとともに夢の生存圏を広げようと他の魔王や、略奪にくる人間たちと戦い続けていたらしい。
この地下避難所はそんな戦乱から小鬼などの自分たちの人民を保護するために作ったのだそうだ。
彼の戦記は延々と長く、参考になりそうなものも多くあるようだが、時間がないので最後のほうだけ飛ばし読みすると、最後には敵対勢力に手を組まれてここに追い込まれることになった、らしい。その後どうなったかは記録がない。ただ、手を組んだ敵対勢力の中には人間の「勇者」たちもいたようだ。
この「勇者」たちは戦士、魔法使い、僧侶、盗賊四人組、のようなゲーム的でなものではなく、補給部隊をそなえた小規模な軍隊だったようだ。傭兵団のように他の魔王たちにやとわれて彼を追い詰める先兵を買って出ていた。
魔王の最後については記録がないが、長年彼をささえた幹部四人の葬儀については記録があった。
内治を担当した太政大臣のリンホー、魔法技術の開発と普及につとめていた陰陽方のエリナ、戦争指揮を担当していた大将軍のスーハオ、魔王が持ち込んだ魔法に頼らない各種技術を統括していた殖産興業大臣のホルン。彼らは戦闘や事故、暗殺の犠牲となってあの地下墓地に葬られることになった。
幹部を失った魔王にもう力はなかっただろう。記録がないが最後は推して知るべしであった。
たぶん、あそこで拾った四人は彼らなのだろう。




