やはり引きは悪かった
この場所は条件のあう場所を駄女神にたのんでさがしてもらったものだが、さっそくというか引きの悪さを実感することが判明した。
俺の希望した条件だが、以下の通りだ。
一つ、弱い生き物が多くいる場所であること。できればそこから離れるとだんだん生き物の強さがあがっていく場所がいい。
一つ、住人がいてもいなくてもいいが、廃墟でも住める場所があること。
最初の条件はじっくり強さを進めていく方針にした以上、必須だった。人間の平均的兵士にも殺されそうなザコ魔王から始めるんだ。うかつなところに出ればあっという間に死ぬことになるだろう。
二つ目の条件は現代人の俺が一から住む場所を作れるほどサバイバルできるわけがないという自覚があったからだ。
この廃村とその周辺は実によく条件にあっていた。レベル2からステータスアップになる生き物は野犬くらい。イノシシのような危険な生き物もいない。蛇と鼠と虫が大半で、最初に掃除で取得した蛇を召喚し好きに狩らせるだけで微量づつながら稼ぐことができた。これで倒した生き物は、少々離れていても取り込むことができるのは発見だった。召喚魔王軍を結成し、世界中で暴れるのもいいだろう。
…いや、俺のことだ。どこかで虎の尾を踏んづけるんじゃないだろうか。
召喚獣が狩ったものは彼らに食わせたり、調べるためにもちかえらせたりできる。食わせると維持コストがかなり節約されるのでますます効率がいい。
持ち帰らせたには食べられるものもあったから、防御結界を手袋がわりにして不器用にさばいた。
生き物の種類は俺の知ってる田舎のものに似ていたが、少し有毒のものが多かった。見かけも凶悪で読み込んだ情報から食べられるとわかってもためらってしまうものも多い。一番食べやすく、うまかったのはキリギリスに似た虫だった。丈夫な足だけむしって炒ると殻が割れて香ばしくなり、ばりばりかみ砕いて食べると酒が欲しくなるうまみがあった。胴の部分は毒がきついのと何を食べてるかわからないし、炒っても食べたもので独特の臭気がわきたってとても食えたものではない。食うなら数日飢えさせて腹を空っぽにしないといけないと思う。
召喚にはコストが必要だ。いろいろ使えるらしいので魔力と呼ぶ。これに余裕があるので、ネズミや蛙も召喚してみた。蛇が見向きもしない小さな虫や、たべた植物も記録に追加されることがわかった。
生き物の特徴、利用方法のメモは情報空間にノートをつけられるので、そこに記入する。キーワード検索ができるようになっているので、後々、記憶から消えたものもこれで見落とすことはないだろう。俺の仕事は自分の生活と、取り込んだ情報の確認、メモの記入に終始することになった。結構いそがしい。
ここまでは順調だった。いくつかの毒への耐性をえて、結界は枚数は増えないが少し強度があがり、夜目がきくようになった。嗅覚も鋭くなったので風呂が恋しくなる余禄もあった。感覚の強度を変更することのできる虫を取り込んだおかげで、調整がきくようになった。おかげで聴力が強化されたときはうるさい思いをしないでよかった。赤外線や紫外線を見る能力もそのままだったら視界が変で大変だったろう。
他に発火能力もなぜか得ていた。どうやら、こちらのホタルは枯れた木に炎を放ち灰の中に産卵する生き物らしい。発火というより着火なので生活に便利なだけだが、全身汗だくになってなんとか起こした焚火を大事に守るしかなかった俺には実にありがたい。
歩いていける範囲の小動物はだいたい収集してしまったし、一番単純化したステータス表示はそのまま程度で伸びはなかったが、頭打ちを感じてレベル上限を一つあげたのが始まりだった。
ゲームシステムに従って、レベルがあがると取り込み可能な範囲が広がる。1レベルの生き物の取り込みは継続できるが、もうステータスへのプラス効果はない。耐性などの獲得は可能としてあるから、ここにいない生き物を取りこぼしているのは気にしなくていい。
2レベルになると、思いがけないものが取り込めるようになった。
低級のアンデッド、つまり幽霊だ。
アンデッドの仕組みはわからないが、幽霊については少しわかった気がする。死んだ人間が、生前の魔力だけでなんとかとどまっている姿が彼らで、何かする力があるわけではない。この村の住人らしい彼らは、命を失って長く、ほとんど消えかかっていた。取り込むのに倒す必要はなかった。俺が受け入れ可能になったと見ると次々勝手に入り込んでくる。
ステータスの上昇は起きなかったが、情報は読み込めた。
この村の住人は樫鬼族という亜人だったらしい。茶褐色の頑丈な肌と体幹を持ち、シイを植林しヒエかアワのようなイネ科っぽい植物を畑で栽培し、森の動物を管理し間引いたのを捕食する人々だった。戦えば勇敢だが、金属製品は交易で入手するしかなく、戦士の武装は重く硬い樫のこん棒で防具も革か樹皮をつないだものくらい。ただ、好んで他と戦うわけではないので長らく平和にここに住んでいた、そうだ。
蛇や鼠にくらべると知恵と文化のあるものの情報量はすさまじい。素朴な人々でこれだ。
そして知能ある存在を取り込むと、これに質疑応答形式だが知識の伝授を依頼することができるとわかった。たとえば、最初の倒した毒蛇の食べ方、さばくときの刃のいれかたやつぶしてはいけない内臓、どうあっても食べられないもの、調理方法などを幽霊のくわしそうなのに聞くことができるのだ。ただ、回答者の知識、知恵に依存するので常識として言われたことがさっぱりわからないなんて困ったこともおきる。どうしても困ったときは蛇の十数倍のコストがかかるが召喚することも可能なので頼る。
召喚した知恵あるものたちがどんなものかも興味深かった。
知識と経験とそれに基づく判断力はその身にしっかり刻まれているが、意志というものが感じられない。無茶ぶりをすると一応抗議はしてくるが、命令の実行を保証できないというだけでやれといえばやろうとはする。生きた人間とはいいがたい。それでも寂しいので一人だけ召喚し、身の回りの世話をたのんでいた。樫鬼の若い女性で名前をダラという。若いが一家のおかみさんとしてしっかり回していたらしく、樫鬼式であることを我慢すれば俺のすることは取り込んだ情報の整理と身についたものの確認くらいになった。
ここまで、悪いことはなにもない。悪いことは、樫鬼たちがなぜいなくなったか知った時に明白になった。
彼らは、人間たちによって滅ぼされていたのだ。
村を滅ぼした人間たちは少し離れた海岸沿いの平地に住み着き、樫鬼たちの守っていた森を切り開き、保護していた動物をかたっぱしから狩り、最後に彼らを攻め滅ぼした。
このあたりに小動物くらいしかいないのはそのせいで、昔は樫鬼たちが猪や狼を適数すまわせていたんだそうだ。
つまり、そこらの人間の兵士に簡単に袋叩きにされる2レベル魔王の近くに、樫鬼をほろぼせるくらいに武器をもった人間たちがいることになる。
やばい。