塩と温泉と釣りと
ダイの知ってるご近所さんは、いけすかない鳥の友、ここ、そして絶賛人間と抗争中の東の部族。それで全部だという。それで十分だったし、それ以上を知る機会もなかったことも間違いはないだろう。
情報空間で彼の同胞の記憶を検索しても同様だ。神話伝説の類としか思えない遠い「首都」の話はあったが、遠い昔にあったということと、少し想像のしにくい文明が華々しく繁栄していたことまでしかわからず、位置もさっぱりだ。そもそも伝聞に伝聞が重なったもので誰も実際にいったものはいない。
小鬼たちの知識のほうがまだ参考にはなった。
子供たちは何もしらず、木こりはダイたちの集落しか近隣は知らなかったが、漁師は入り江を出てまわりこんだ砂浜にある別の漁村を知っていた。小鬼ではなく、蛙とナメクジと泥鰌を混ぜたような顔を持ち、手足と太いひれ状のしっぽと濡れた丈夫な皮膚をもった種族だった。小鬼たちは海の人と呼んでいたようだが、見かけだけで蛙人と呼ぶことにする。火を使うのが苦手で、自分たちでは骨角器か石器が精いっぱいなので包丁などをこの集落の小鬼から買っていたようだ。漁をする縄張りも厳密に決めていて、だから老漁師は彼らのことをよく知っていた。
朝一番に偵察小鳥を飛ばしてみた。入り江の西の砂丘を越えたむこうには沼沢地が広がっていて歩いていくのはかなり難しいと思う。行くなら海から船が一番いい。
そしてそれらしい集落を見つけた。小鬼や樫鬼のように地面に屋根付きの家をたてるのではなく、彼らの集落は泥をほってかためて作った、いわば泥のかまくらだった。実物は漁師の記憶の通りで、あんまりちょっと仲良くなりたくない外見で、衛生的に問題のありそうなくらしをしている。彼らの使っている船も葦を編んでつくったもののようだ。原始的、というのが正直な感想だった。
ないな。
ここに身をよせれば病気になってしまいそうだと思う。受け入れてくれるかもわからない。
そもそも、ここの住人はどこに逃げたのだろう。
蛙人の集落を偵察したあと、海岸沿いに偵察小鳥を飛ばしてみたが、人工物は蛙人のものらしい定置網くらいしか見当たらなかった。
と、なると南の森の中か。そちらは広すぎる。それに見つけても彼らが受け入れてくれるかどうかは不明だ。
急いで動くより、ここでもろもろ準備をしながら様子を見たほうがよさそうだ。
西の偵察で、一つ収穫があった。
温泉と、塩田だ。
海岸の岩場に蒸気があがっているのを見たときは、誰かいるのかと思ったが、蒸気はごつごつした岩の隙間から噴出しているだけだった。
現地に行って確認したところ、温泉と塩田を発見したという次第だ。
塩田といっても、岩の蒸気の出るくらい熱いところに大きな金属の鍋がおいてあり、俺が見たときには焦げ付いた塩がこびりついている状態だった。近くには桶があり、柄の長い編みザルがおかれている。
おそらく、これで海水を煮詰めて晶出した塩をすくいとっていたんだろう。
こびりついた塩は海水のプランクトンなどが焦げたものがまじってそのまま使うことができないので、汗だくになって棒でけずり落とし、かきだした。鍋が大きく重く分厚い上にかなり熱いので割れるかもしれないので、海岸の砂をいれてはかきだして少し温度を下げた後、海水を入れた。苦労の甲斐あってわれずにすんだのはありがたい。風通しのよい日陰に取った塩を乾燥させていたらしい小屋も残っていた。作りかけの塩などのこってなかったのは残念だ。
温泉はそこから少し離れたところで湧き出し、海に流れ込んでいた。温度は沸騰こそしてないが、結構高い。だが、どこから水を得ているのか海水ではなかった。
塩を作ってた住人がこれを利用しないはずはない。
熱々の湯で何かゆでた痕跡もあったが、湧き出した湯を樋を伝って落下させて温度を下げて注ぐ湯舟があった。文字通り、くり船の胴だけが湯をそそがれ、ふんだんに湯をこぼしている。温度はやや熱いがはいれないことはない。少し湯あたりしてしまった。
こんなところにこんなものがあるのだから、この入り江はもともと火口湖だったのだろう。
と、すると中央はかなり深いかもしれない。あの魚たちが避難してくるのもわかる。
釣りもやってみた。道具は素朴なのがあったので少し直してあまった食べ物を餌にする。何度か試行錯誤した結果、カレイのような底生魚の大きめのが釣れた。漁師がいなくなって近くまで魚が油断しているようだ。魚のさばきかたはダラが淡水魚で覚えていたのは幸いだ。
ほんの少しだけ運がむいてきたような、そんな気がした。
もちろんそんなことはなかった。




