魔物の王
この鳥の中にはきわめて断片的な誰かの記憶が入っていたのだ。
本当に、本当に断片的なそれはこれまで取り込んだ四人の幽霊の誰の国にも、誰の階級にもないものだった。
その時間わずか二秒くらい。
夕焼けの美しい団地の公園で、セーラー服の誰かが逆光の中こちを振り返った瞬間の記憶。
これは誰の記憶なのか。なぜこのほんのわずかなものしかないのか。
そもそも、なぜ魔物の王のしもべの鳥にあったのか。
鳥自体の記憶は雛時代の兄弟との熾烈な餌争い、そして長じて気楽な猛禽生活、その終焉のしんじられないほど大きな蜘蛛の巣のわな、そして命令の内容までしかなかった。
魔物の王の姿も鳥は覚えていた。巨大な蜘蛛だ。鳥の記憶はあいまいで蜘蛛らしいということ、頭に少し変な感じがあるがそれがなにかわからないということしかわからない。
とらえられた鳥は自分がどうなったか知らないようだった。彼の最新の記憶は王の前に据えられ、南の飛龍の動きを見てくるよういわれたことからしかない。
もしや、と思ってもう少し情報空間で探ってみると、彼の記憶ではないが空から見下ろした記録は残っていた。魔物の王の巨大な蜘蛛の巣宮殿から飛び立ち、人間どもの砦を遠目にしながら南下、廃村に何かいるらしいと気づいて少し高度を落とし、ばっちり俺やダラの姿がとらえられていた。
そして飛龍に食われた。
これが魔物の王の手にわたらずにすんだのは助かる。よけいなちょっかいを出されてもこまるのだ。
鳥のもっていた記憶の断片から見当はついている。魔物の王は怪物化した召喚者の一人のなれのはてだ。
怪物化した召喚者がどんな姿でどのくらいの強さかは駄女神からふわっとしたところを聞いている。
失敗と見るや駄女神がぽいっと捨ててしまったそうで、ほとんどちゃんと見てないそうだ。
足の多い虫のようなもの、固い甲羅を備えた亀のようなもの、たっぷり一トンはありそうなスライムのような粘性生物らしいもの、強さはゲームシステムの評価でいえば四十から五十レベルくらい。ちなみに上限は九十九だ。いずれにしろ、今の俺より圧倒的に強い。しかも、出会うのはもっと後だと思っていただけにいきなりすぎて苦笑いしか浮かばない。
なんてとこを選ぶんだ駄女神。
ここに住み着いて二か月。そろそろ人間たちに見つかってもおかしくないだけの時間がたっている。
正直、手が足りないが見張りのために人間でも樫鬼でも呼べるかというとそんな余裕はない。彼らくらいになると維持コストがまだ発生する。それに意志は名残しかない者たちなので、細かい応用はきかない。ダイもダラも生きていたころの活動を指示つきで再実行してもらっているだけなのだ。
今はコストのかからなくなった蛇や鼠などでなんとかならないかと工夫をしてみることにした。
彼らはコストがかからなくなった分、繁殖含む生き物として普通にくらすことが可能になっているが、簡単な指示ならしておくことができる。残念だが、俺が召喚したやつ限定で繁殖した子供には指示できない。レベルがあがればまたできることが増えるようだが、そのへんは駄女神か別の神がずいぶん昔に作った仕組みなので不明だ。
彼らには人間のようなものをみかけたら一度廃村に戻ってくるように指示した。戻ってきた証に小鳥には小枝を、蛇にはちぎった草など残していくように気づくよう工夫してみる。
幸い、ダイが戻ってくるまでそんな知らせはなかった。