危機回避の検討
樫鬼の集落はいつまでも安全とは言えない。
距離的に近いし、生活が違うとはいえ、ここは集落を構えるのにむいたところだ。
準公爵領の人口が増えた場合、こちらに植民を行う可能性はある。彼らには貴族崩れもまじっているので伯爵、せめて子爵としての地位をある程度独立性の高いところに求めてもおかしくはない。
だからといって何もかも投げ出して逃げ出すのも軽率だ。野垂れ死にはしたくない。
それに、引き払うときは痕跡は消しておかないといらぬ追手がかかるかもしれない。ましてやダラの姿を見られれば樫鬼がまだ生き残ってると勘違いして残党狩りを招く。今、彼らが衝突してる樫鬼たちとは全然違う方角にあるのだ。危険視まったなしだろう。
ここを起点とし、成長に寄与するレベルに応じた獲物があって、当面安全なところに新しい拠点をもうけなければならない。そういうところなら人間たちの手はまだ届いていないだろう。
ただし樫鬼のような現地の住人はいるかもしれないが。
小鳥を偵察に出し、時にはダイに試し狩りに出てもらったりして、最初の候補を決めた。
位置関係を整理すると、俺たちは「対岸」の少し内陸にいる。準公爵領はその北北東の海岸だ。彼らと争っている樫鬼の一族はそこから南東の内陸。深さはこの廃村くらい。ただし人口はずっと多い。
そして西に魔物の王がいる。廃村からみて北西だ。墓地の岬は真北で、魔物の王を防ぐ前線戦はあれより西にいったところにあった。
つまり、俺は人間たちの戦場の最前線に向かう道を知らずに横切っていたことになる。昼間なら確実に誰かに出会っていただろう。早々に引き上げてよかった。
南には陸が広がっていて、小鳥がいけるぎりぎりくらいに湖のような水面が見えた。鹿などがみられるのもそっちの方角だ。
だから、最初は南下することを考えた。なぜか人間たちもあまり南に広げていないので安全だろうと思ったからだ。だが、ダイが偵察にいくのを嫌がる。
「どうしてだ」
「あそこは大きな鳥の縄張りだ。許された鳥の部族の樫鬼しか住まない。それ以外は鳥に食われても文句がいえない」
大きな鳥?
小鳥で見に行ったときは、猛禽類は見かけなかった。なので、思い切ってできるだけ高いところを飛んで俯瞰してみた。非常に見づらいが、あきらめて戻そうと思ったときに巨大な影がよぎるのが見えた。
地上から、何かをついばんだスケール感のおかしい飛行生物が舞い上がる。怖がる小鳥でかろうじて見ることができたのは、一言でいえばゴリラを加えて飛び去る龍だった。
あの猿がゴリラくらいだとしたら、龍の体長は十メートル近くあることになる。前足は翼になっているようでその翼にはきらきらするものがあった。飛ぶときにそれが光っていたので魔法のようなものが作用しているのだろう。
「大きな鳥、鳥の部族を守る。鳥の部族は鳥に奉仕しまもってもらう。あいつら偉そうできらい」
ダイにもダラにも生前の意志のなごりはあるが、意志はない。それがこういうのだから、よほど仲が悪かったのだろう。
南はだめだ。鳥と呼ばれた飛龍の縄張りをさけるためには東西どっちかを大きく迂回するしかない。
その向こうに安全な土地がある保証はない。縄張り的に鳥にはりあえるやばいのがいてもおかしくない、いやいると考えたほうがいいだろう。
と、なると西か東。どっちも人間たちが戦争をやっている真っ最中だ。ただ、西は北西に魔物の王の眷属を避けながら迂回できそうではある。
ダイとダラの知識ではそのへんにはここより小さい樫鬼の集落と、小鬼の集落があって人間が来るよりずっと前は海産物、塩目当てで交易していたという。
塩か。
よし、彼らとうまくいけそうなら身をよせるとしよう。