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九話

野球、アツいですねぇ~

同刻、中等校舎にて。

「…え…」

 思わず声を漏らしてしまった。静けさが漂う教室の中で異様に大きく響いた声の主である怜於は、隣の席の晴海に睨みつけられる。

「…とまぁ、こんな感じのニュースが流れていた。登下校、万が一に備えておくように」

 光吉先生がそう言って切り上げた後、教室はざわめきに包まれた。「マジで!?」「怖ーい!」「日本滅亡だー!」だの、やかましい。

「…どう思う、怜於?」

 控えめに晴海が訊いてきた。決して親しげではないが、別に悪感情を伴ったものでもない。普段あまり話さない相手なので軽い驚きを受けるが、

「…怖いね」

 と、なんともつまらない返答をせざるを得なかった。なので、

「でも、なんかその状況見てみたいかも」

 などと余計なことを付け加えた直後、

「もう一つ言うことがある!好奇心のままに現場に行ってみようなどと馬鹿なことは考えないこと!」

 という光吉先生の声が響くと、「だってよ」という晴海の冷ややかな視線が向けられ、いますぐに帰りたい気分になった。


「あーあ、暇」

 くるくる回る椅子に座りながら、夕焼け空を眺める。今日は、寧音先輩も廻もいない。寧音先輩はどうやら、また大阪へ行ったらしい。

「三嶋さんなら、明日の大阪行きの為の準備に早く帰るそうです。…あ、そうすると怜於さん一人になってしまいますね…」

「…あ、別に良いですよ。僕一人でも出来ることはあるでしょうし」

「そうですか、なら留守のついでに仕事頼んでおきますね。寧音さんからの伝言なのですけど…」

「なんですか?」

「とある本を、探してほしいと」

 という流れで、怜於は今独りで部室にいる。与えられた仕事、の目途が全く立たない。これほどの難題は、怜於の広報部活動史上、無かったかもしれない。

「本の題名(タイトル)、“星の真桜学園”…星ってなんだよ」

 水科先生曰く、これはかなり古い本で、真桜学園が出来た当初に発行されたらしい。だが、広報部室にはなぜか、その種の古い本に溢れている。

「…無理だって、先生」

 呟きつつも、夕日はずんずん沈んでいく。若干の焦りを抱きながら、荒れた本の山に手をかける。

 寧音先輩がいつも読んでいる本の山は、怜於の見たことが無い本がたくさんあった。というのも、怜於は普段、広報部にある小説などを読んでいるのだ。なので、寧音先輩が部屋の奥の方でいつも呼んでいる類の本は読んでいない。

「…“人との接し方”、“良いプレゼンの仕方”、“数学が分かる本”…“世界の闇”…?」

 先輩の読む本の種類(ジャンル)は多岐に渡るようで、思わず二度見してしまうような題名の本もたくさんあった。

「…片づけながらやった方が良さそうだな」

 床に転がる大量の本を、空っぽの本棚に戻していく。

 十五分くらいその作業を繰り返した後、なにやら黄色くなった古そうな本を見つけた。が、その見た目に反して、埃はかぶっていない。

「…“星の真桜学園記録”…?」

 題名と若干違うが、大方一致している。それを机に置き、片づけを再開したが、完全に一致する本が見つかることもなく、下校時刻を迎えた。


 帰り道、怜於は独りで帰路に就いた。

「見つからなかったな…」

 一応、星の真桜学園記録、などと書かれた古臭い本は広報部室の棚の上に、分かりやすく置いておいた。貴重そうなあの本を、まさか家に持ち帰る勇気も怜於にはない。夕日は見えるが、なんだか怪しい雲が見える。夕立来るかもな、と思い、若干急いで駅まで歩いていると、

「…怜於じゃん、おつかれ」

 ぶっきらぼうに怜於に話しかけてきたのは晴海。好きで話しかけたわけじゃない、見かけたから一応社交辞令として声をかけたんだ、と訴えるような目をして、すぐに怜於を追い抜こうとする。しかし不自然にならないように走りはしないので、怜於と歩調が合うような格好になってしまい、気まずい空気が流れる。

「…た、確か晴海さんってハンド部だったっけ…?」

 その空気に耐えられず、怜於が適当に話題を振る。普段女子と話をしないのも祟って、別に何も意識していないのに緊張する。陰キャの骨頂、だと自嘲する。

「陸上部。あなたは広報部だっけ?」

「うん。…そう」

「…大変な部活ね」校内で、公務を任される部活というのはそう多くない。広報部はその内の一つなのだから。

 だが、会話は弾まず、再び気まずい雰囲気が流れた。怜於には本当に耐えられないので、「それじゃ、」と言おうとしたその時。


「…松坂怜於、で間違いないな?」

 軍服姿の男二人組が、怜於達の前に立ちはだかった。

「…え、ええ」

 男の圧倒的な威容に押され、生返事をしてしまった。ちょっと冷静になってみてみると、男はかなり鍛えられた体を持っているようだ。…とても、文化部所属中学三年生の怜於には敵わない。

「誰ですか?」

 若干怯えつつも、既に怯えてしまっている怜於とは対照的に、晴海は気丈に振舞っているように見えるが、それでも若干怖がっている様子に見える。

「…我々は“特別保安隊”だ。松坂怜於、お前に用があって来た。隣にいるのは」

 男は晴海をちらりと一瞥し、

「廻、という者か?」

「…僕の名前は晴海。廻じゃない」

「廻という男について、知っているのか」

 高圧的に質問され、晴海は口を噤んだ。怜於は既にパニックになっていて、まともなフォローがその時にはできなかったが、晴海が口を噤んだのには、―廻の身元を言ってしまうと、彼に何か危険が及ぶかも?―という疑惑が、単純な思考回路で思いついたからだ。

「知っているんだな?」

 男の一人が、さらに高圧的になって問いかける。迫力に押されて、つい「はい」と言ってしまいそうになるが、怜於は恐怖に耐えることに全力を注ぎ、なんとか口を閉じた。

 怜於は命の危機を感じた。最近のTVでは放送されなくなったが、はるか昔のTVでは、警察に関する黒い噂が流れていたことがあるらしい。怜於はどこかで聞いたことがある。自らの、その種の様々な憶測が頭の中に入り乱れ、“特別保安隊”という怪しげな男たちに対する恐怖をかさ増ししている。

「取り合えず、詳しいことは然るべき場所で話を聞こう。任意同行、だ」

 任意同行、という言葉にようやく冷静さを取り戻した怜於だが、特保の男たちは、“任意”同行という言葉とは裏腹に怜於と晴海の腕をそれぞれグイと引っ張り、車の中に連れ込んだ。晴海は抵抗していたように見えたが、怜於は全くの無抵抗で車両に乗り込んだ。

「あっ…」

 よくTVで見るパトカーに装備されている、運転席と後部座席を隔てる金属網―高電流、高電圧が流れているらしい―と、外の景色が完全に遮断されている窓を見つつ、怜於の頭の中は真っ白になった。

「くれぐれも余計なことはしないように」

 と、怜於に要らない忠告をする男は二台目の車両に乗り込み、そこに晴海も乗せられていった。


「安心しろ、お前の連れも同じ所に向かっている」

「…連れじゃないです」

「まあ、そんなことはどうでもいい。…細かいことは全て、ここで質問するからな」

 男がそう言うと、窓のカーテンが開き、外が見えるようになった。

「ここは…!」

「…分かるか」

「…!」

 当たり前だ!と叫びたかった。ここは…普段ニュースを見ない怜於でも知っている。

「日本国内で、ここを知らない人は少数派でしょう」

「そうか、まぁそうだな」

「…ここ、ですか?」

「ああ。ここには様々な()があるからな」

 何の、とは言わない。ただそれだけで怜於は恐怖に襲われる。

「ま、肩の力抜いて頑張れよ。何の抵抗もせず、事実を淡々と話せばいいだけの話。従順になれば、不利益などない」

「…」

「どうした?…あぁ、そうだな。帰るのは少し遅くなるかもしれない。だが最短の条件ならば、早ければ八時までには学校に帰れるかもしれない」

 怜於は押し黙った。そこから家に帰るとかなり遅れる。親に質問攻めにされるかもしれないが、それは仕方ない。なんとかはぐらかすとして、問題は今だ。何をされるのか、全く想像がつかない。不安と恐怖に、気がおかしくなってしまいそうだった。



同刻。

「あの男はお前の彼氏なのか?」

「…違う」

「はは、そうかそうか。ところでお前…」

 晴海は、怜於と同じような車に乗り、経路を別にしながら、同じ目的地に向かっていた。車の中で二人になると同時に男はキャラを豹変させ、ただのキモイおじさんになってしまった。晴海としても全くいい気持ちはしないので、つっけんどんな対応を取ることに決め込んでいた。

「ちょっと黙って」

 いちいち対応するのに疲れた晴海は、少し攻めた返答をしてしまった。すると、男の纏うふざけた空気が一気に冷め、

「…いい度胸じゃないか」

と、冷たい声で言った。

「立場を弁えろよ」

 丁度信号で車が止まったのを良いことに、男は晴海の方を向き、弄ぶように話す。

「今から俺は、お前を相手に”事情聴取”を行うんだ。しかも、我々の業界では、"事情聴取”はその参考人を連れてきた人の自由なんだよ…意味が、分かるか?」

 信号が青になり、車が走り出すので男は前を向くが、彼の顔は今、残忍な表情になっているだろう。

「これから向かう場所は、“黒岡財閥”の本拠地。…分かるよな?」

「…!」

「知っているかどうかわからないが…黒岡財閥はなぁ、我々の業界では“情報の楽園”(パラダイス)とか言うんだ」

「…というのは?」

「…おっと、止めておこうか、これ以上は。ちょっと喋りすぎたかもしれん」

 はっはっは、と男が笑うのとは対照的に、晴海の表情は曇っていく。パラダイス?何の?自分は今から何をされるの?渦巻く疑問に対する答えは、一つしかない。

―知らないよ、そんなの…。怖いよ…―

 ただ、それを口にするのは晴海の矜持(プライド)が許さなかった。

 その結果、今は恐れを知らない、気丈な“参考人”・岡崎晴海が出来上がっている。


書きたいものが多すぎますね…

結構長引きそうです。

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