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六話

花粉嫌いです。

「ご苦労様でした。道中、何かありましたか?」

「…いえ、特には。先生方のサポートのおかげもあって、スムーズに進めることができました。ありがとうございました」

「いえいえ、いいんです。本来ならば我々教師がやるべき事だったんですから…」

「不満に思っているわけではないのですが、いえ、むしろ光栄に思っている程なのですが…。なぜこのような重大な仕事を(生徒)にお任せになったのでしょうか?」

 大阪から帰って、寧音はすぐに先生に報告を済ませた。寧音に大阪行きの仕事を任せた張本である、広報部顧問の水科志麻(みずしなしま)先生にである。先代の顧問の先生が、広報部の公務を、部員の寧音が申し訳なくなってきてしまうほどに独力で片づけていったのとは逆に、水科先生は寧音のクラスの担任ということもあって、寧音の手腕を認め、仕事の多くを任せている。尊大なところもない、三十行ったくらいの女の先生だ。今回の大阪行きも、水科先生が行く予定ではあったが、急遽別の用事が入り、難しくなった。他の先生に任せることもできたのだが、寧音に任せてみた、ということである。

「…あなたを信頼したのよ、で、あなたは私の期待にしっかりと応えてくれた」

「期待…。…ありがとうございます。これからも頑張っていきます」

「頑張ってね。頼りにしてるわ」

 水科先生の笑顔に、少し励まされた。

…「無事に」任務を終えた、というのは嘘だった。




「…以上が、今年度の学園祭の案です」

 寧音は今、聖フェロメナ学院の校長室にて書類を提出している。

「なるほどね。分かった。後の細かいことはまとめて任せる」

 校長室の椅子―一段低いところに置いてある―に座るのは、丸眼鏡の男だ。結構スラリとしている。

「…校長は今、何処におられますか?」

「生憎、校長が学校に顔を出すのは稀なんだよね…だから、基本的には僕が全権を任されてる」

「…成程。お忙しいところありがとうございました。これにて退室させていただきます」

「うん。ご苦労様でした。ああ、後日プライベートでも来ていいよ。僕の方から入校許可してあげるよ」

「お気遣い、ありがとうございます」

 寧音は静かに退室し、扉を閉めた。

「…はぁ、緊張した…。」

 慣れているように振舞ってはいたが、こういう重大な役割は初めてなので、かなり緊張していた。が、校長がいなかったことで聊か緊張しなくて済んで、少し安心している。あの男が校長ではなく、代理であるということを知っているだけで気が楽になる。

「…終わった?」

「終わりました、無事に」

 外で待っていたのは、寧音の同級生である古旗彰(ふるはたあきら)。大阪にある、聖フェロメナに一人で寧音が行くと聞いて、「それなら一緒に行ってやる」とか言ってついてきた。交通費も安いものではなく、寧音のように学校から支給されるわけでもないのに、一緒にグリーン席を予約した。寧音としても、関東から大阪まで、という遠出はそう頻繁にするわけでもないので、少し心細かったのも事実。だから内心、ありがたいと思っている。

「後の用はもう無いの?」

「…いや、そういうわけでは。校長との打合せ、そしてそれを聖フェロメナの人たちに告知するための資料作りを…」

「えっ、それは大阪(ここ)でやるもんなの?」

「いや、そういうわけじゃないです。効率悪いですし…第一、そうだとしたら彰くんも想定外でしょう?」

「…まぁ、確かに」

大阪(ここ)にしばらく留まってもいいって言われたけど…私だけ留まっちゃったら、彰くんも困るかなって…」

「え、じゃあ俺の為に…」

「でも、第一私だって準備できてませんから。それに、早く帰らないと学校の方で溜まる事務もあるでしょうし」

「…。それは広報部の後輩に任せれば?」

「無理ですよ。彼らは部室の掃除をしてるはずです。一日で終わるとは思いますが…そもそも、まだ重大な任務というのは任せられません」

「ふふっ、辛辣だな」

「それほどでも」

 喋りながら、廊下を歩き、昇降口に到着した。

「…何、あれ」

 寧音は、若干後退りしながら、目の前の光景を指差す。

「何って…。…え?」

 笑いが浮かんでいた彰の顔から、見る見るうちに笑みが引いていく。

「…軍隊?」

「いやぁ、流石に…流石に…この情勢下とはいえ…」

「ありえない、ですよね。…でも」

「あれは軍だよな」

 物々しい、ゴツゴツした装備を持った男―多分―達が、隊列を整えて校内に入ってきている。真桜大学の由緒ある”御神木”に匹敵するほどの大きさの木が、ここ聖フェロメナ学院にもあり、広い中庭の中心にどっかりと鎮座している。

 そして、その"第二の御神木”を中心として隊列を組んでいるのだから、只事ではないことは分かった。

「…どこの軍でしょうか?」

「分からないけど…日本国内ではありそうだよね」

「…まぁ、それはそうでしょうけど…。政府の軍?…装備が違いますね」

「そんなことまで知ってるの…?」

 日本は、緊迫した国際情勢に備えるためにも国民の賛成多数で憲法改正に踏み切り、自衛隊と呼ばれていた時代と同じ規模の軍を持っている。

「…ええ。ニュース見てれば、分かるでしょう?」

「まぁ、確かに言われてみれば違う気がする。…じゃあ、どこの軍?」

「…何の目的なのか、も気になりますよね」

 そう話しているうちにも、ぞろぞろと、いや粛々と、兵士と見られる軍服が歩いてきている。そして見る見るうちに、中庭の半分、寧音と彰から見て奥側に軍隊が満ちていく。

「何事だ!」

 寧音が先程まで話していた、"校長代理”という男が走ってきた。おそらく、上からただならぬ中庭の様子を見て駆けつけてきたのだろう。

「あの人達、だれですか?」

 こんなときまで落ち着いてる!と、彰が驚くより感動してしまった横で、"校長代理”、(くすのき)謙也(けんや)は顔色はあまり変えないものの、かなり険しい顔をしている。

「…分からないが、政府軍か…?…違うよな」

「装備が違いますものね」

「ああ。…話を聞いてみたいが…応じるかな」

 独り言のように呟いたあとで、早足で昇降口から出る。泰然としていた兵士に少し緊張が走ったようで、何人かの兵士が楠に銃を向ける。

「何者だ」

 明らかに、それは楠の台詞(セリフ)だろうが、堂々と兵士たちは問いかける。やれやれ、といった風情で楠は両手を上げる。

「それはこちらの台詞だ。そちらは何者だ」

 広い中庭に響く声は、鍛え上げられた兵士の声と同じくらい大きい。

「…我々は政府軍だ。校長を出せ」

「嘘をついても損をするのはお前たちじゃないか?」

「…」

 といっても、こんな大規模な武装集団を持つことができる団体など、この日本では高が知れている。

「…もしかして、特保ですか?」

「ありえない話じゃない…けど、真桜学園が何かしたのか?」

 寧音と彰は、剣呑な雰囲気が漂う場所からは一歩後ろでコソコソ話している。と、それを察したのか楠はチラリと二人の方に視線を向け、「ここを去れ」と目で言ってきた。二人に疚しいところがあるわけではない。お言葉(視線)に甘えて、二人は駆け足で逃げていった。



 その二時間後。

 校舎の上層階から、先ほどの武装集団が粛々と学校を後にするのを二人は見た。

「…帰っていったのかな」

「そうみたいですね…。結局、何だったんでしょう、あの人たちは」

「さぁね。余計なことは余計に考えない、これも大事だと思うな」

「…そうですね」

 その場は一旦、彰の言葉で終わった。半日かけて、東京へと戻っていった。


一連の騒動を無視して、これを「無事に」と呼ぶのは、少し違う気がするのだ。




…怜於と廻は、何か面倒ごとを引き寄せる性質(たち)だったのかもしれない。

 のちに彼らは、それぞれの体験と共に実感することになる。全ての始まりは、この事件だったかもしれないのだ。


 

「…これが今回の、でございます」

「ご苦労。…これからもよろしく頼む」

「勿論だ」

 簡潔な会話が聞こえてくる。まるで周りを憚るような、小さな声の会話。そして、柱の陰からそれを窺う、二人の男子。

「…なんでかなぁ…」

「…ホントだよなぁ…」

 雨が降るかも知れない、などとふざけて駐めた二人の自転車は、地下駐車場にある。二人はそれを取りに行ったのだが…。そこには、こそこそと話し、でっかい金属バッグ(アタッシュケース)を渡す、厳つい男二人がいた。

「…ここ、離れた方が良くない?」

「でも、僕らの自転車が…。」

「後でもいいから!」

 変なところに気を遣う廻の袖を引っ張り、その場を去ろうとする。物騒な大人たちの取引を見ていたのがバレて、ロクなことはないだろうということは分かる。

「…う、うん」

 流石に廻もそれは分かっているらしい。大人しくその場を離れようとする。

「ふふ、やっぱりこの世は金だよな」

「ええ、そうですねぇ」

 ピクリと、廻がその言葉に反応する。

「…おい廻、どうした?変な気は起こすなよ?」

 怜於が悪い予感を察し、服を握る手の力を強める。

…が、それも虚しく、廻は暴走する。


色々と忙しくて、結構遅れた更新になりました。

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