五話
投稿頻度安定しませんね。
「何の用だ」
”S"に所属する、実行部の一人が顔を上げて問う。他の四人は既に、研究機器の準備を座り込んで行っている。
「我々の管轄下で何をしているか、問おう」
高圧的な態度で問うのは、スーツ姿の男。サングラスをかけ、その大柄な体躯も含め、かなり威圧的な容貌。それに追随するように、十人余の警備服を着た屈強な男が”S"の五人を囲う。
「…お前らは誰だ」
最初に答えた”S"の男がさらに問う。物々しい屈強な男を前にしても、腰は少しも引けていない。傲岸不遜とも言える態度である。
「…“特別保安隊”だ」
「…!」
「“上”の命令だ。今すぐ立ち退け」
その言葉に、今まで屈んでいた“S"の実行部員たちが立ち上がる。
「奴らの命令には従えない。我々には権利があるはずだ」
「…越権行為だろう」
「…」
互いに睨み合うように対峙する。ただならぬその気配に気づいたのか、校長の小菅が駆け寄ってくる。
「み、皆々様、どうか、どうか穏やかになされませ…特保の皆さま、どのような御用件にございますか?」
遜り、頭をぺこぺこと下げる小菅は、権威ある真桜学校の校長のはずなのだが、“S"実行部員や、“特保”の隊員たちが彼に向ける視線はとても冷ややかに感じられる。
「……お、おい特保、余計な口出しはするでないぞ!ここは我らの管轄だ!か、勝手な真似は…」
「分かった。今回のところは手を引こう。が、我らに直接許可を請わねば、本来このような無礼は許さぬ。それだけ、伝えておけ」
「あ、ありがとうござ…」
「…了解した。その旨、しかと伝えておこう。それと、そちら側にしてももう少し穏当な態度をとってもらえるように頼む」
間に入っている校長を置き去りにして、二者は和解した。そして、特保の隊員たちはその場を去る。
「この度は、我が国の者たちが無礼を…」
「…遜るな。我々の中には外国人も多くいる。日本の権威ある学校の校長がそのような態度をとっていては、われわれ日本人としても居心地が悪い」
校長の言葉を遮り、その態度を窘めたのは“S”の一人。比較的大柄な体躯の実行部員五人の中では、目立って貧弱な体。だが、その眼光は、彼がただならぬ者であるということを示している。小菅にも、それは感じられた。
「…まあまあ、落ち着いてくださいよ。…校長さん、色々と苦労もあると思いますが、この国を背負う気概を持って頑張ってください」
優しげな顔の“S”実行部員が間に入る。よくよく見てみれば、彼の体も決して大柄な方ではなく、平均的に見える。
「…はぁ、お気遣いありがとうございます」
小菅がその場を離れると、何事もなかったかのように実行部員は作業を再開する。間もなく、“S"の“本隊”がやってくる頃合いだ。
「あーっ、くそっ!」
「あははは、怜於下手ー」
二人は、平日昼のゲーセンを満喫している。真桜学園の創立記念日として、学園全体は四月九日が休みなのだが、学園の創立者が、「全国一様に学生が休むは本意ならぬ事を起こす」と、何だか分かったようなことを言ったお陰で、学校ごとに創立記念日による休みの日が違ってくる。黎明学校は遅い方なので、蝉の聞こえてくる六月二日。冷房が効いた、近所のショッピングモールで遊んでいる。
「わざわざ遠くから来たんだから、その分たくさん遊んで元取らないとねぇ」
「…そうだねぇ」
怜於と遊ぶためだけに、かなり遠くから来てくれたことに若干の引け目を感じている。仄かな後ろめたさをかき消すかのように、のんびりとした感じで答える。
が、そののんびりとした雰囲気とは裏腹に、やっている競馬のメダルゲームは凄まじいレースが繰り広げられていて、結局廻は一レースで二百枚程失うことになった。が、二百枚如きでは二人とも動じない。何せ、二人は千単位で豪遊しているのだ。無論、怜於にはそんな経済力は持ち合わせていないので、廻の豪遊にお相伴させてもらっている形だ。
「…いやー、背徳感すごいよねぇ、木曜日の昼にゲーセンなんて。…あっ、三百倍だ!僕三十枚賭けちゃおーっと」
「ははは、俺は三枚~」
大人も学生も、今の時間帯にメダルゲームをやっているのは怜於達のみだ。休日のゲームセンターを知ると、聊か物足りない騒がしさの中では、二人の笑い声は響かない。
「では、S市のショッピングモール、地下駐車場にてお会いしましょう」
「ああ、充実した議論ができるのを楽しみにしているよ」
上品な髭を伸ばした紳士服姿の男は電話を切る。既に初老を過ぎているのだろうが、しかし老いを全く感じさせない、若々しい見た目である。ぎこちない笑顔を浮かべながら、電話に向かってため息をつく。
「…どうなされました、黒岡当主」
礼服を着た、スラリとした男が声をかける。
「…気苦労が絶えないな、時勢というのには逆らえないらしい」
「…とは?」
「“S"の奴らだ。先月に懲りず、今月もまた、金を貸してほしいらしい。…いや、まだそうは言われていないんだが、どうせそういうことだろう。我々の事業資金も無限ではない。いざという時には、新しい仕事を仕入れてこなければならない」
「…左様でございますか。私めに出来ることがあれば、なんなりと」
「頼りにしているぞ」
とはいいつつ、彼―黒岡財閥の当主、黒岡正毅は、その男―金森洋一―を全く頼りにできない。
なぜなら、上下の関係にありながら引け目があるから。だが、今はそれは関係ない。金森は去っていった。
黒岡は、それを見送ってから別室に移動し、急いで服を着替え始めた。
「…ふぅ、今んとこどうだ?増えたか?」
「…えーっと、最初が二十箱で、空箱が十と、一二三、四、七箱あるから…」
「…一万七千くらいマイナスか?えげつないな」
「怜於は?」
「…三千枚くらいマイナス」
「ははは、人のこと言えないじゃーん」
「…うーん、やっぱり賭博は難しいよなぁ」
「でも楽しいね。やっぱり好きだ、競馬って」
「そうだね」
「…一息つく?」
「そうだな、腹も減ったし」
「そっかぁ、もうそんな時間かぁ。フードコート行こうか」
廻が時計を見ながら言う。が、もうすぐ十二時になろうという今の時間帯は、きっとフードコートは昼休みの人たちで溢れているかもしれない。流石にゲーセンには人はあまりいないが、少しずつ人が入ってきた。
「うーん、平日とはいえ、フードコート混んでそうだなぁ…正午ジャストじゃん、今」
「確かに。じゃ、ここ出て別の場所で食べに行く?」
「賛成。もう行くか」
「メダル預けるの面倒だけどね」
数千枚ものメダルを、一つの機会に流し入れるのは、中々骨だ。
それでも数千枚ものメダルをむざむざ捨てるわけにはいかないので、何回にも分けて流し込んでいる。
「…ふむ、ふむ、よろしい。ならば、地下駐車場にて会いましょう」
「…そうか、分かった。今すぐ向かう」
騒がしいゲームセンターの音に紛れずに、声が聞こえてきた。反射的に振り向くと、そこで電話をしていたのは、黒いスーツに身を包んだ、大柄な男性。メダル機の近くの隅に立ち、きょろきょろと辺りを見回しながら電話をしている。
「…ねぇ、怜於。あの人何なのかな」
「…え?…どっかの会社の重役とか?」
「…そうじゃなくて、ほら、なんか、面白そうじゃない?」
ちらりと廻を一瞥すると、彼の顔には《好奇心っ!!!》とでも書かれたかのような表情になっており、目がキラキラと輝いていた。へぇ、これが目を輝かせるってことか~と、思わず怜於は納得してしまった。確かに、輝いている。
「…どうする?」
わくわく、といった感じで廻は怜於を見る。
「…え…。だって、普通の企業の人じゃないの?」
「こんな真昼間に、小さなショッピングモールの小さな地下駐車場でこそこそと会うのが不思議だよ。接待とかなら、もっと良い場所があるんじゃない?」
黙るしかなかった。何気なく怜於のお気に入りが小さい、小さいと言われているのはスルーするとして、確かに、接待ならばここで会うのは不自然だ。駅前には良いホテルがごまんとあるのに。
「…でもまぁ、それだけの余裕がないとか。中小同士の企業の話とか…あるいは、そんな大層なものじゃなくて、友達同士で会うのかもしれないよ」
とは言ったものの、それにしては高そうなスーツで、この小さな地下駐車場で話し合うというのは不自然なシチュエーションだ。
「…ねぇ、もしかしたらさ、裏社会のなんとかかもしれないよ。面白そう…」
暗に、「一緒に行こう」と言っている。
「…だとしたら、怖くない?」
「怖くない。怜於は、怖いの?」
「…怖いよ」
それを聞くと、廻のキラキラ光っていた目が急に生気を失い、全身で表現していたワクワクが凍ったように感じられなくなった。
「…そっか。そうだよね。だとしたら危ないもんね」
怜於は危険を冒してまで、好奇心を満たそうとはしない。
それと同時に、最後のドル箱を機会に入れ終わった。
「…お、ピッタリじゃん」
丁度一万五千枚という表示を見て、思わず怜於は呟いたが、もうスーツ姿の男が近くにいないことを見て、廻はそれに反応できないほどにしょんぼりしていた。
「…おい、元気出せよ廻。あんなの見ても何も楽しくないぞ?きっとあれは古い友達同士の再開か、下請け同士の話し合いだって。…あんまり言葉良くないけど」
「…そうかなぁ」
中々廻が元気を出さず、何と声をかけても元気が戻ることはなさそうなので、しばらくの沈黙の後、怜於は口を開いた。
「…チャリ取って飯食いに行くか」
「…そうだね」
特保という略称、ちょっと特定保健用食品を連想しちゃいますね。
もうちょっと略称がかっこよくなる組織名無いかな…