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四十一話

「……その話、本当ですか?」


 疑わしい話を安易に信じない、ということはこの時代を生きる人間としての美徳であり、最低条件だ。


「あぁ。いつかこうなるとは思っていたけどな……」


 暗い一室で話し合っているのは、大阪府行政、“居残り組”だ。


 お偉いさんたちは皆、“外部への応援要請”と称して危険地帯からは脱出してしまった。そのくせ、十数人規模で府庁(危険地帯)に人間を置き去りにしているのだ。


 それでも、水道ガス電気は途切れ途切れながらも供給されていたし、備蓄もかなりの量があったのでこの規模なら凌ぐことが出来た。橘からの攻撃は一時激しさを増していたが、蜂起から十日を数えようとするその日、本格的な攻撃は止んでいた。


「でも、俺は若干知事(あのひと)達を信じてたんだけどな」


「私も、自分があの人たちに人の心があると思い込んでいたことに衝撃ですよ」


 自分たちを置き去りにするなら、相応に報いてくれるだろうと思っていた。確かに、備蓄を好きに使わせてもらっていたので、今までは少し外が危ないくらいで、全く不自由なく過ごせた。


 だが、今になって降って湧いた大ニュース。聞けばそれは、一週間前――知事が大阪を出た翌日――に既になされていた話だという。


「みんなー!電気止まるってー!」


 静寂にふりかけを足したような雰囲気の、シェルター兼倉庫兼モニター室兼職場から、一時“音”が奪われた。


 空気が張り詰め、各々の“動揺”と“静寂”の均衡が破れ始めた。そして、張り詰めた空気が限界に達し、破裂した。


「おいマジかよ‼」


「はぁ⁉」


「あーあ、遂に見捨てられたか私達」


「終わったな、これで。長く持った方だったよ」


 最悪の一報を入れた男はそのまま自分のデスクに座り、倉庫に秘蔵してあったワインを開けた。


「おい、ズルいぞ!……というか、マジで?その話」


「マジだよ。回線が復旧したと思ったら届いたニュースがこれ。マジで最悪」


 “橘”の拠点は、間違いなく大阪にある。その拠点の位置が定かではない上、大阪の各部にあるために、橘へと電力が供給されることを防げなかった。また、現在の大阪が造られた当初、“電線地中化”がデフォルトで設計に組み込まれていたため、よほど苛烈な戦闘が繰り広げられた場所以外では断線していない。


 要するに、政府が“橘”への燃料供給をストップさせるためには、“大阪”そのものへの供給を止めざるを得なかったのだ。


「てか、“橘”がそもそも燃料の備蓄持ってるんじゃないの?そしたらこれも意味ないじゃん」


「政府の人たちが言うには、『橘は今まで政府の監視を掻い潜って勢力を大阪に伸ばしていた。その勢力拡大と同時に燃料まで備蓄していたとなれば、その隠ぺいは不可能』だそうだ」


「俺は意味ないと思うけどな……」


「なー」


「そいや、ここにガソリンの備蓄ってあるの?」


「そんなん無いよ!あったら嬉しいけどな。というかそもそも、倉庫(ここ)にある食料水、医療衣料(いりょう)は各地の備蓄が無くなったら配布しにいかないといけないんだぞ?そんな大盤振る舞いできないし、ガソリンあったとしても配らないとだし」


「そっかぁ……。これ、どんくらい持つん?」


「我々だけで使うなら一か月は不自由なく過ごせるよ。電池もたくさんあるし。だけど配布に回すとなると……」


「……回すと?」


「まぁ、配布の塩梅とか各地の防災倉庫の備蓄にもよるけど。一週間くらい」


「うわぁ……」


 シェルターの外の衝撃が響いてきて、思わず一同は耳を塞ぎ、再び静寂に包まれた。


 ようやく彼らは事態の深刻さを実感する。


 シェルターとて絶対安全とは限らない。次の瞬間にはシェルターが崩壊して全員が生き埋めになっていてもおかしくはないこの状況を、全員が直視することになったのだ。




――――――




「お伝えいたします!」


 いかにも古風な伝令、という感じで女性が煉與の部屋に駆けこんできた。煉與はここ二週間、各地の戦場と大阪の本拠地を往復する日々を送っている。


「大阪府内、府の職員たちが現れ、投降してきました」


「……本当か」


 煉與は席を立ち、女性の案内を受けて、その“職員”たちに会いに行った。



「……大阪への電力供給が止まるそうな」


「は、はい」


 職員の内の一人が答える。


「この激しい戦火を潜り抜けて逃亡するのは至難と判断し、(われわれ)を頼った……。ということだな?」


「は、はい」


 煉與はその男の瞳を覗き込む。男は目を逸らそうとするが、頑張って煉與の視線を返そうとしてくる。


 気苦労が絶えないな、と煉與は内心呟いた。この男たちだって、昨日まではシェルターの中でぬくぬくとしていたに違いない。だがこうして電力が止まり、先行きが見えなくなったところで極道(たちばな)に頭を下げに来たのだ。多分、肝を冷やし続けて今この場にいるのだ。そう考えると、中々かわいらしく思えてくる。


 職務は大切だが、命はもっと大切。そんな当たり前の価値観が、何故か煉與にとっては新鮮に感じた。


「……道中、どうだった」


「……生々しい弾痕、瓦礫が散乱していました。ですが、もう飛行機も戦車も飛んでいませんでした」


「それはそうだ。我々が良く知っている」


「あ、そ、そうですね」


 慌てて男が修正しようとするのを、煉與は止めた。


「御託はいいさ。我々も、貴重な来訪者を無下にはしない」


 来訪者たちの顔が、少し上に向いた。その眼には光が灯っていたが、煉與にはそのような意図はない。


「出てこい」


「ん?」


「承知」


 県の職員の背後から、職員の二倍の数の男たちが入ってきた。そして、有無を言わさずに抵抗する職員たちをかたっぱしから捕えてゆく。


「な、何を!」


「悪く思うなよ」


 合理的に考えて、この職員たちを迎え入れるのはかなり危険だ。助けを求めているとは建前で、本当は情報を流すスパイかもしれない。そもそも、大阪全域への電力供給が止まるという情報そのものに疑問点が多すぎるのだ。


 橘は、それほどエネルギーに困っているわけではない。その気になれば発電所を制圧することもできるが、それはしない。長年の“橘通運”としての人脈が、エネルギーの確保を容易にしているのだ。そして当然、そういう情報は政府にわたっている筈だった。


 なのに電気を止めた。


 橘にとってはダメージにならないどころか、大阪にとどまる職員を始めとして、正確な数は把握できていないが数百世帯以上は確実に困窮に陥るであろうことは想像に容易い。


 それでも尚、政府が“都市”単位で攻めるのは何故か。


 煉與の脳裏に、想像もしたくない悍ましい光景が浮かぶ。


 煉與がもしも残虐無比な合理主義者だったのなら、平気で潰せたであろう、その絵図。



――――――



――顔色が優れませんね。


 はっ、と煉與は意識を取り戻した。


「ここは……」


「それ、言いたくなるの分かりますよ。でも残念ながら、ここは貴方のよく知る場所。大阪地下の橘通運、本社です」


「……そのようだな」


 直前の記憶は何だったか?


 ベッドから身を起こし、煉與は記憶を必死に掘り起こす。確か、この部屋で大阪の職員たちを迎えていたはずだが……。


「橘という一大組織を統べるような御身分にしては、かなり警備がザルでしたよ、岩上空さん」


「……!その名で!誰だ!」


 まだ鮮明になりきらない視覚に必死に鞭打ち、目の前の男を見る。


「……誰、だ?」


「これは悲しいですね。ネット上のウケはかなり良かったんですけどね」


 煉與はまじまじとその男の目を見る。だが、やはり見覚えはない。かなり特徴的なその風貌。芸術的、もはや人工的なまでの印象を与える、端正な顔立ち。


「生憎、ネットを見る暇などないのでな」


 まずは、この状況を飲み込まなければ。


 煉與の側近たちの姿は見えない。普段煉與が使っている場所なだけに、違和感が強い。


「“王”と、名乗っていたようですが」


「当てつけではないさ。だが、これくらいのブラフは不可欠。無論、戦いの前まで、だがな」


 “王”という呼び名は、煉與にとって禁句(タブー)だった。


「あなたの父親が、そう名乗っていたからですか」


「……何故、あのゴミのことを知っているんだ」


 その通りだ。それでもその名を使わせていたのは、自身への当てつけでもある。


 だが、そのことを自ら他者に行ったことはない。煉與の父親の話そのものを知るものも、この世界では限られている筈だ。


 考えれば考える程、気味が悪い。端正な顔で薄ら笑いを浮かべる目の前の少年の得体が、つかみどころが無さ過ぎて気味が悪い。


「答えろ。お前は、何者だ」


「僕の名前ですか。“音霧星哉”ですよ。今ニュースになってるんで、よろしく」


あれ、もう十話以上廻が出ていないという真実……。

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