四話
テストやってきました。
すごく、疲れました。
四話
「"S”の実行部だ。これが証明書。これより構内に入る」
「…うむ」
研究所”S"の実行部員五人が、真桜学校の校舎に入る。
全員が全員、白衣にシルクハットという異装である。これがかえって凄みになるのか、この五人に近づく生徒は一人もいない。受付役の初老の男も、証明書を見せられると言葉少なに入校を許可した。学生たちの集まりを、海割りでもするかのように歩いてゆく。彼らに声をかけた者が、一人。
「…これはこれは、"S"様の御一行でございますか。この度は、何の用でございましょう」
校長の小菅が五人の前に立ち、出迎える姿勢を見せる。
「”炎之変”の調査のために来た。環状の校舎になっているということだが、焼け跡のある中庭には立ち入りを規制してもらいたい」
五人の内の一人が、感情を感じられない声音で答える。炎之変、というのは一昨日の御神木の火事のことだ。
「…そうですか、協力が必要ならば、なんなりとお申し付けください」
小菅も、自校の"御神木”が、今世間を騒がせている”聖樹””救世主”である可能性があるというのは十分に知っている。だから、それを燃やしてしまったというのは、長年の伝統を自分の代で破ってしまったという罪悪感を遥かに上回る後ろめたさを感じていた。だから、
「いえ、結構」
と言われ、横からさっさと抜けられたときは激しく落胆し、失望した。
その日、廻は人が変わったように元気がなかった。
「…廻くん、どうしたの?」
隣の席になっていた女子が問いかけてくる。三回目のクラス替えで、初めて同じクラスになったので、名前もうろ覚え。確か、真岡音緒…だったか。控えめな性格なのか、怜於はあまり彼女が誰かと話しているところを見たことがない。それが、廻に話しかけていったというのに少し驚いた。…逆に言えば、それほど廻が落ち込んでいたということでもある。廻自身、お調子者ではあるが授業中にはしゃいだりするタイプではないので、少し落ち込んでいるくらいでは誰も気にしない程度のカーストなのだが…
「…いや、なんでもないよ」
優しい声をかけてくれた音緒の方を気遣っているのか、無理やり笑顔を作っているように見えた。
怜於も声をかけたかった。
「どうしたんだよ、廻?」
とか、
「元気出せって、なんかあった?」
とか、何とかして廻の元気を取り戻してあげたい、と思っていた。
だが、普段怜於はそんな気を遣うことに慣れていないので、こういうときどんな風に声をかけてあげたらいいのか分からなかった。しかしあの廻のことだ、明日には何もなかったかのように元気になってるだろう…
とは思ったが、一応声をかけてみる。
「…どうした、廻?」
不器用さが出て、かなり適当っぽい対応になってしまった。
「…いや、なんでもないよ」
音緒に言われた時と同じ、無理やり張り付けたような強張った笑顔で返されて、怜於はそれ以上何も言えなくなった。そして、「そっか」と小さい声で言って立ち去ろうとしたとき、
「どうしたんだ、廻」
そう、廻に声をかけたのは光吉先生。毎日のように朝遅れてくる廻を、毎日のように怒鳴りつける光吉先生だが、しかし生徒への気配りは厚く、愛嬌のある良い先生だと思っている。
「…いや」
「…何か、悩んでる時は他の人に相談するのが一番だぞ。人に言えないことでも、自分一人で抱え込むなよ」
「…はい」
「ま、自分一人で考えることも大切かもしれないがな」
先生も、それ以上は何も言わずに、沈んだ顔の廻を後にした。
「雨、止んだな」
廻が、ふと顔を上げ、窓の外を見て呟いた。
「…うん」
と、怜於は随分と間抜けな返答をした。
「おーい怜於、テストどうだった?」
各教科の成績が一枚の紙にまとめられ、順位までが書かれた個票が、やけに険しい顔をした光吉先生に渡された廻が無邪気に訊いてくる。この表情、この雰囲気ならば、彼はきっととても良い成績だったのだろう。だが、怜於は違う。そして、そんな能天気な廻の声を聞いて、さらに顔を険しくした光吉先生の視線が怖過ぎる。
「…言いたくないな」
「えー、見せて」
「…」
渋々ながら、見せる。一つには、廻の成績も見てみたかった、というのもある。…それと、(なんだ、結局一日で期限直してるんじゃん)という、拍子抜けした気持ちも一つにはある。
「へえー、五割超えてんじゃん」
「点数はね。偏差値は平均以下だった」
「えー、でも僕より高いよ?」
「……え?どのくらい?」
「下から十位」
「…は?」
廻が得意げに順位が書かれた紙を見せてきた。そこにはしっかりと、平均点が六から七割程度のテストで、しっかり二割程度―赤点スレスレ―を取った者の成績が書かれていた。
「…よくこの成績で他人の成績を訊けたな」
「自分のを気にするのなんて無駄だよ。コミュニケーションの一環として怜於の成績を訊いてみただけ」
「…そっか。今回全部赤点回避したんだね」
「まーでも平均以下だからね。しっかりと呼び出しはあったけど」
「…それで、不安になったりしないの?」
「しない。怜於は不安になったりするの?いちいちそんなので悩んでて、気に病まない?」
あっけからんとした態度に、怜於は何も言えなかった。
「よう、バカ二人」
ふざけた色が濃い笑い声を発しながら、怜於の席に近づいてきたのは神田倫成。背が高いので、座っている怜於からはもちろん、背が平均より少し低いくらいの廻も見上げるような姿勢になる。
「…馬鹿?」
「その点数見せびらかして、よく馬鹿じゃないとか思えるよな…。尊敬するよ」
ぎゃははは、と神田の声に笑い出す男子達。…平均より成績が低いので、怜於は何とも言えない。しかも相手は、スクールカースト最上位に君臨しているのだ。下手に返すと、精神的に痛い目を見る気がする。
「神田、聞いてたぞ。いくらなんでも、馬鹿とみんなの前で言うことも無かろう」
その様子を見て軽く注意する光吉先生。怜於自身は別に深く傷ついたわけじゃないし、廻もケロッとしている。そして、光吉先生に大きな声で訊く。
「いいんですよ先生、じゃあ、先生は僕のことを天才と呼べるの?」
「…う、む」
若干おどけたような二人の会話に、クラス全体が笑った。
―とある一室で。
「会長、今回の件はどうなされますか?」
恭しく礼をする、スーツ姿の女性。そして、ソファに寝転がる男。照明は落としており、暗くて部屋の全容は見えないが、広い部屋だということはわかる。そして、ソファの近くに置かれたライトは、その広さとは不釣り合いなほどに単調な造りに見える。
「…”S”とは仲良くやっていきたいが、今回のは流石に度が過ぎるな」
「…然り。これを見過ごしては、我々の株も堕ちてしまうでしょう」
「それだけは絶対に避けたい」
「しかも彼らが屯しているのは、我々の聖地とも言える場所。到底許せるものでは」
静かな声にも、怒りの感情が滲んでいる。
「…聖地、か。…まあ、そうだな。…で、どうする?」
少し迷ったように男は答え、策を促す。
「…いずれにせよ、”S"とは当面の間は諍いを起こさないほうがよろしいかと。よって彼らはあまり刺激しないほうが良いでしょう。…しかし、度が過ぎる横暴は徹底して排除するという姿勢を見せねば」
「…あんまり大事にすると政府が五月蝿いんだが…まあ、いい。その旨、伝えておけ」
「了解」
女は部屋を去った。
それを確認すると、男はまたすぐに本に目を移す。
テスト勉強の間を縫って(家では殆ど勉強してないんですけど)書きました。
僭越ながらコンテストタグつけさせてもらいました。