二十八話
夏休みの時の流れよ…
止まれっ!いくらなんでも速すぎる!
聖樹救世主?そりゃ、知ってるに決まってるよ。
地球のどこかにあるんだろ?で、地球のエネルギー問題を解決させるんじゃないかって話題になってるやつ。こんな話題になってるのに、知らない奴はいないって…。
え?いつかそれが俺たちの生活を救う日が来るかって?
…まあ、来るかもしれないけどさ、そんなの俺たちの孫の代だろ。
なんというか…夢っぽいしさ。
まあ国のお偉いさんも言ってるし、本当なんだろうなとは思うけど。
そんなに強い力、あるとするなら正直怖いけど。
――
「聖樹がどうしたって?」
怜於は急な話題に思わず耳を疑ったが、取り乱してペンを落とす程でもない。
気にせずノートに書き続ける。
「今数学の時間だよ?」
音緒の注意に、廻も渋々ノートに目を移す。目を移したは良いものの、彼の目には二次関数など映っていないように見える。
今は数学の授業。席の近い四人ごとに集まり、学び合う。仲が悪い人と一緒になると、仲が深まるどころかさらに険悪になってしまいかねないシステム。
今回の席替えは先生の意志が全く働かない方式。だから、怜於と廻が一緒の班になるというミラクルが現実に存在し得た。その席の並びを見た光吉先生の苦い顔は、迸るように二人の脳裏に焼き付いた。
「…そういや、しばらく休んでたけどどうしたの?」
晴海がペンを回しながら訊いた。
あの事件の後、怜於も廻もすぐさま登校、というわけにはいかなかった。
学校側の体面や、お偉いさんも絡んでくるのだろうか。暫くは怜於が知らぬところで駆け引きがあったらしい。
が、それも一、二週間程度で終わったのか有耶無耶になったのか、登校を再開することが出来た。
怜於の母は一応心配はしてくれたが、中学校の側からそれに配慮してくれて、中学校から専用のタクシーを出そうか、とも提案されたが母はかえって恐縮し、登校再開に首肯してくれた。
怜於としても長時間学校を休むと何かと面倒なので、素直に受け入れた。
「…ああ、あれはね。一緒に大阪行ってたんだよ」
「え?」
「は?」
「っちょ、廻」
強引に口を塞ごうとしたが、今怜於と廻は斜めの席の関係。上手くいかない。
「でね、なんか色々あったから、休むことになったんだけど…」
「おい」
怜於の斜め前の席に座る神田が後ろを向き、すかさず咎める。
「授業中だぞ」
廻は不満げに口を閉じる。
「ほら、言ったじゃん」
音緒も小さく追い打ちをかける。
なんとなく、“日常”に戻ってきた感覚があった。
「で、」
興味津々、といった様子で音緒が振り向いた。勿論、チャイムが鳴った後だ。「大阪、どうだった?」
「もう大変だったよ~、あっちこっちに人が溢れててさぁ」
「…?」
「へぇ~、やっぱりそうなんだ…テレビで見るだけでもヤバそうなのに、実際に行ったら凄いんだろうなぁ」
あれ?と怜於はさらに首を傾げる。
大阪で人ごみを見た覚えは無い。
廻…と声をかけるよりも先に、晴海が廻にきつい視線を向けた。「…散々先生からも釘刺されてたよね」
「いや、つい出来心で」
「帰りたくて帰れない人がいる中さぁ…不謹慎じゃない?」
廻は「敵わねぇや…」という表情を作り、ノートに視線を移した。
昼休み。
名門と呼ばれる中学校とはいえ、黎明中学校を始めとした真桜の学校の殆どは、生活基準をその他の学校と同じくしている。これは、ここが国立であるということにも深く関わってくる。
だから昼休みも十分にあるし、その過ごし方が人それぞれになるのも他の中学校と何ら変わらない。
怜於も最初はそのギャップに戸惑いを感じていた。母親が涙流して喜ぶほどの学校なら、雲の上のような存在なのだろう、と勝手に思い込んでいた。蛇口が金で出来ていて、給食は毎日キャビア丼なのかと思っていたが、それも単なる妄想だった。
でも、そこで怒涛の日々を過ごしていく内にその戸惑いは晴れた。
たくさんの人がそこにいて、同じ時間と空間を共有するということには、他の学校とは何ら変わりないのだ。
「おい松坂」
思いに耽っていたから、ビクリと必要以上に体が反応し、それに神田の方がびっくりしたらしい。坂の部分が裏返って聞こえた。
「びっくりした…なんだ神田か」
「一言余計だよ」
その直後、右の脛に音もなく激痛が襲ってきた。
「っ!」
「お前さぁ、先生も言ってたよな。それにあえて逆らうとか、どういうつもりだよ」
見ると、他にも男子達が怜於のことを剣呑な目で睨みつけていた。丁度教室に先生はいない。
「勉強も出来ないで先生には歯向かうとか、何の取柄も無いよな」
それだけ吐き捨てるように言い、その他の男子数人を引き連れて教室を出た。
もう、広まっているのか。
そう冷静に俯瞰する自分とは対称的に、脳が必死に涙を出そうとしてくる。同じ脳が、その涙を必死に止める。
冷静に考えれば、自分に非は無い。なのに、いやだからこそ、その無実の非を論われる事自体に対する涙は姿を見せようとしてくる。
ここで涙を見せればもっと惨めになるだろう、と自らの無駄なプライドを呪いながら、怜於は席を立った。
突発的な涙は、五分もして冷静になれば急に馬鹿馬鹿しくなって乾く。その後の授業は自分の目元を見られないように俯きながら受けた。が、その努力も虚しく、今日は二時間連続で指名された。
「怜於~、朝の話だけどさ」
「…何だっけ」
「ほら、一時間目の時。話しかけたじゃん」
「あぁ、あれか。何の前置きもなく突然廻が話し始めた」
「そうそう。あの続きなんだけど」
怜於の経験上、廻が真面目な話をするときは高確率で政治的な話になってくる。
怜於はあまり興味が無いのだが、新しい視点をくれるようで、廻をなんとなく尊敬する要因の一つでもある。
「…ぶっちゃけ、信じてる?」
“橘”が大阪周辺の交通網を完全に掌握し、遂には民間人を乗せて運行し始めたのはかなりの衝撃を与えた。
条件反射のように、国の高官がそれに対して「我が国を貶める越権行為」と一方的に非難すると、翌日にはその高官が大阪で家族を失った男によって殺された。
あらゆる政治的コミュニティでは、「橘擁護」と「橘断固制裁」の真っ二つに分かれ、国を始めあらゆる機関で議論が勃発した。
そのせいもあって、政府の重い腰は更に重くなった。行うのは相変わらず進展を見せない交渉、連日の記者会見。そして対応は一日、二日と遅れていく…。
そしてその日は、足を止めることなく訪れた。
―おい!向こうはもう火の海だ!
―持てるもの全部持って逃げろ!
―誰か!この瓦礫の下に子供がいるんです!
―ママーー‼
―助けて!!
六月一日朝。千葉県、国際空港爆撃。爆撃の実行者不明。機体は、大阪で橘が使用している物と酷似。被害多数にて確認中。
同日昼。敦賀港が武装集団によって占拠。被害は警備員二名。
同時刻。渋谷にて職務質問を受けた男ら三名が自爆。死者は警察官五名と不審人物らのみ。
同時刻。沖縄県旧アメリカ軍用地に多数の飛行機の着陸を確認。確認に向かった施設の管理人、警戒に当たった軍人ら複数死亡。
同時刻。博多駅にて百人規模のテロが発生。死者は出ないが、博多駅の交通網としての機能は喪失。
同日三時頃。大阪に一週間ぶりの軍事行動を確認。大阪から数十機の戦車が京都方面に向けて進軍。
上同時刻。高松空港で不審な爆発を確認後、確認されていない飛行機の着陸を確認。一時包囲。
同日夜。呉市郊外に戦車らしき影との通報。軍が敵部隊の戦車数機を発見、撃破。周辺住民には避難指示。
同日深夜。東京駅に不審な人影。不審者は自殺、神経毒系のガスを所持。東京駅の無期閉鎖。
同時刻。仙台市に不審な火事が相次いで確認される。原因は未確定。
そして、翌日未明。
真桜大学に再び戦車が侵入。特別保安隊が駆けつけ、戦車は撃破されたものの、その陸上戦の過程の何かが、それを引き起こした。
半径一キロから全てを消し去り、
半径四キロの家屋は単なる造形物と化す。
勿論大学校舎は跡形もなく崩壊。
半径八キロ圏内まで、生活に大きな影響を及ぼした。
そしてその爆発は、大地にその強さを刻み付けたのである。
ちょっと物語っぽい感じが薄かったですね、今回は。
慣れない学園パートも無理に入れようとしましたが、失敗(笑)。
仕方ないのでこっち路線で行きます。




