二十三話
無理して書きました。
確かに、“幼馴染”という表現が一番簡単だった。
物心ついたころには既に一緒に遊んでいたものだ。
同じ小学校、同じ通学路。小学校の頃の遊び相手と言えば、まず最初に挙げられる人物であり、初めて他者に尊敬の念を抱いた相手でもある。
事あるたびに、その顔全体に広がる大きな火傷痕を嗤われた美誠を守りたかった。だが、怜於にそんな行動力は無かったし、それでも毅然と振舞う二歳年下の彼女に圧倒された。そして、彼女のその毅然さを支えた彼女の知能も尊敬した。
だからこそ、真桜学園、黎明中学校に合格したときに怜於は躊躇いを禁じえなかった。
彼女の才覚に突き動かされて勉強に励み、結果的に胴体一個分も上の学校に合格したときは戸惑いを隠せなかった。
―俺はここに運よく来れたけど、美誠は来れないんじゃないか。
慌てて怜於はそんな思い上がりを否定する。
―俺がどんなにラッキーだとしても、それで入ることが出来る学校に、あの美誠が合格できないわけがない!
それでも、今まで“真桜”という学校を雲の上の存在として見ていたから、怜於にとっては不安の方が大きかった。第一、怜於より成績が良い彼女とて、真桜にはまだ二歩、三歩届かないのだ。
―自分だけがラッキーを物にするなんて、虫が良すぎるよな。
―ラッキーで受かった学校に入ったとしても、後で追いつけなくなるだけだぞ。
―だとしても、折角手にしたラッキーをむざむざ捨てるのか?
同時にそんな思いが頭を過る。その直後に、「このチャンスを逃したら、絶対後で後悔するわよ!」という母親の言葉が怜於の思考の天秤を傾ける。
「…」
そうだ、あの美誠だぞ。受かるはずだ、この学校に。それに今は四年生。あれだけの土台を持つ美誠がさらに努力を続けてくれれば、絶対に受かってくれるはずだ。
それに自分だって、やればできるはず。事実、真桜の先生方は自分の能力を見込んで、「真桜生たる力」があると信じてくれたに違いない。
ーだとすれば、これを蹴るのは臆病だ。
テスト勉強の期間で疎遠になってしまった彼女とは、最後に会ってから確かに四年もの年月が経っていた。その間全く連絡が無かったのもあり、最近「美誠が引っ越した」というニュースと「美誠が真桜に落ちた」というニュースが一緒になって怜於にもたらされるまでは、彼女についての情報が全く更新されないままだったのだ。
―それが突然目の前に現れたのだから、困惑や思索よりも先に、身体が動いてしまったのは仕方ないじゃないか。
「終わりましたか」
寧音先輩が帰ってきた美誠に声をかける。
「ど…どうしたんですか?」
水科先生の声には戸惑いと心配が6:4で滲んでいた。
「いや…何でもないですが」
「何かあったの…お父さんに」
怜於も、美誠の青ざめた顔に戸惑いながらも訊いた。「いや…辛いなら言わなくていいんだけど」
「いや、大丈夫。お父さんは無事だって。だけど…」
動揺を隠しきれない表情で無理やり笑顔を作った、美誠のその表情は痛々しかった。
彼女は水科先生の方を向き、無理やり顔を明るくした。
「…今からこの病院にヘリコプターの救助が来るそうですが」
「マジで?」
真っ先に廻が美誠に食らいついた。怜於は真顔で廻を制止する。
「…それで?」
「…それで、交換条件として…」
後に続く言葉に、そこにいた五人全員が顔を見合わせた。「…つまり?」
「“この病院を明け渡せ”っていうのは?」
「医者の人を含めた全員がこの病院から立ち退く…ってことでしょうか」
水科先生が呟く。
「微妙ですね…ここまで色々と良くしてくれたお医者さんたちにここを立ち退けって…」
寧音も困惑の混じった言葉で応える。
「まず、何のために?」
「廻、まずはそれは良いだろ。まずはお医者さんたちを説得することが大事じゃないか」
「いえ、それは問題ありません」
水科先生が溜息交じりで応える。「それは私がどうにかします。他に問題はありますか?」
「問題…かぁ」
廻が呟いたのを最後に、沈黙が降りた。沈黙を破ったのは美誠の控え目な言葉だった。
「あの…問題ないようでしたら頼んでも良いですか?」
「…お願いします、美誠さん。誇りある真桜の教師として、感謝します。ありがとう」
「いや…そんな大儀なものじゃないので大丈夫ですよ」
美誠は再び部屋から離れて、機械に口を向けて話し始めた。
「…ありがたいですね。あとは既にここにいる人たちの説得ですが…一緒にここを脱出することで手を打ちますか?先生」
「いや、その必要はありません。私がどうにかしておきますよ」
「お願いします」
「怜於さんと廻さんは、屋上への道を確保しておいてください。非常灯がついているか、ドアがちゃんと開くか。終わったら屋上で待っていてください」
怜於と廻は頷き、その部屋を出た。緊迫した世間とは対照的に鳥の声が聞こえる。
怜於と廻は何の障害もなくヘリポートに辿り着くことが出来た。
綺麗な丸にHのマークは、なんとなく怜於の“男の子の血”を呼び覚ます。
「…ああぁ、なんでこんなことになったんだろ」
溜息混じりに怜於は呟いた。
思えば、どうして二日、三日連続でこんな大事件に巻き込まれなければならないのだ。なんで二日、三日連続で命を懸けなければならないのか。
「全く、バトル漫画の主人公じゃないんだから…廻って、こういう体験ってしたことある?」
苦笑いしながら怜於は訊いた。「こんな…“他人のために命を懸ける”っていうヒーローみたいな」
「…確かに、他人の為っていうのはあんまりないなぁ。でも僕、常に人生綱渡りだよ」
「…寧音先輩を常に宥めないといけないもんな」
「違う違う、光吉先生もだから。全く、命が何個あっても足りない」
はははは、と小さな笑いを生んだ。
「…その左腕」
「これ?…まぁ、確かに命を懸けた結果の一つになるのかな…?」
「いや、そうじゃなくて。…ごめん」
怜於は深く頭を下げた。「俺のせいだ」
「いや、そんな重大に考えなくていいよ。そもそも怜於は大して悪くない」
「でも」
「不慮の事故だよ、これは。いつかちょっと借りを返してもらうだけでいいよ」
冗談めかして廻が言った。
でも、それが虚勢に見えて。怜於に抱く負の感情を隠すための笑顔に思えて。
でも、本音に聞こえて。これ以上心配しなくていいよという思いやりに思えて。
「…ごめんね」
結局そう言うしかない。
「怜於ーーー!」
満面の笑みで美誠が駆けてきた。
「これで帰れるよ!」
美誠の広げた両手に怜於は両手を合わせた。「良かった…ありがとう、美誠」
「本当に。美誠が偶然あそこに現れなかったら、もしかしたらまだ助かる道が見つかってなかったかもしれない」
「…偶然?」
美誠が聞き返した。
「…え」
怜於が今まで「流石に無いだろう」、と可能性を排除してきたことだ。だから今まで、美誠は偶然大阪にいて、偶然あの場所にいたのだと思っていた。
「何言ってるの怜於、私は怜於が危険な所にいるかもしれない、って思って一人で来たんだよ。怜於が心配だからさ」
そうだ。忘れていた。怜於はもう四年間も顔を合わせておらず、すっかり忘れてしまいそうになっていた。
或いは、流石に四年も経てばそれも変わっているだろうと楽観していた。
「私、怜於がだーーいすきだもん!これくらい、なんてことないよ!」
美誠の満面の笑みを見て、思わず怜於の顔を向いた廻の顔は忘れられない。
だが、それが香坂美誠の特徴の変わらぬ特徴の一つだったのだ。
二週間前?に書いた怪我ですが。
まぁ後遺症が残っちゃうってことなので、強く前向きに生きていきたいと思います(ゆうて大きい物じゃない)。
さて、これが投稿される頃には、夏休み前でかなり浮かれている時期だと思いますが。
僕は今回、読書感想文を本気でやらなければならないので、来週あたり空くかもしれません。たくさん空いてしまってすみません。
ただ、夏休みどこかのタイミングで短編が入ったり、不定期でこの小説も更新されたりするかもしれないのは書いておきます。それでなんとか埋め合わせたいと思います。
では、また。




