二十一話
書くの疲れました。
「さぁ、太陽が出る前に終わらせましょうか」
先生は意を決して扉を開けた。無論ゆっくりと慎重に開けたのだが、古い物のようで、軋む音が響く。
「…!」
息を潜め、忍び足で歩く。
ギシッ
「!」
「だいぶ古い建物のようですね…。長い間改修もされてこなかったのでしょうか」
泰然としている水科先生に若干安心させられたが、反面そんあ警戒意識で大丈夫なのかと若干不安になる。
「…暗い、ですね」
再び水科先生が呟く。
数メートル先も見えない。門から差し込む月光が廊下を照らしてはいるが、とても充分ではない。足が竦んでしまう。
「…この暗さなら、廊下に見張りはいない…ですかね?」
「まぁ、そういう見方もありますが…用心しておくことに越したことはないでしょうね」
こんな暗闇の中だと、見張りがいても意味がないだろう。
―ギシ、ギシ…
怜於と水科先生は足を止めた。既に、背後から射していた月光はここまで届いていない。持ってきたスマホのライト機能でようやく足元だけは確認できるが、余計にそれが得体の知れない恐怖を掻き立てるようだった。
「…誰か、いるんですかね?」
囁くような声で怜於が呟く。
「…さぁ」
上か下か、はたまた右か左か。どこからともなく、再び木が軋む音が響いてきた。
「でも、何かがいますね」
先生も無言で頷いた。頷いた。しかもその音は、次第に大きくなっていくように聞こえる。
「怜於さん」
黙ってスタンガンを受け取る。
―大丈夫、落ち着いて。何も慌てることはないよ。―
そういう声が玲於の脳内に響いた。
「うっ!」
刹那、呻き声を立てて人間が倒れた。
「!」
玲於も咄嗟の事でなにが起こったのか理解できない。
反射的に、脱力したようなその男に再びスタンガンをねじ込み、トリガーを引いた。
「玲於さん!」
水科先生が振り向き声を発したその時には、既に玲於の一連の動作は終わっていた。
「…あ、危なかった」
思わず怜於は呟きを漏らした。
「ちょっと遅れていたら危なかったかもしれないですね」
ふぅと息をついて、やけに重いスタンガンを下ろす。
「…え、ええ。良い動きでしたね」
突然のことにまだ動揺しているのか、まだ先生の言葉には怯えと動揺が残っていた。
「こいつ、どうしましょうか」
すっかり余裕が出てきた怜於は、足元に転がっている男の顔を照らそうとした。
―刹那。
ガンッ!
怜於と水科先生は反射的に天井を見上げた。
「上…ですか」
玲於が呟いたその時には、先生の影は既に前方にあったり
「行きますよ」
小さく鋭い先生の言葉に、玲於も慌てて先生の後を追った。
(確かに、誰かがいるならこっちから向かった方が良いのか。敢えて隠れていても不利だな)
そう納得したのと、目の前の先生が足を止めたのは同時だった。
光が漏れている。
玲於と先生は頷き、ドアをゆっくりと開けた。
「…!」
いた。埃っぽい狭い部屋に置かれた、古びた椅子に座っている寧音先輩が見えた。
「寧音さん!」
押し殺した声で、先生が呼びかけた。
「…先生?」
怪訝そうに彼女が振り向き、
「どうしたんですか?」
と、本を閉じて言った。蝋燭だけが彼女の手元を照らしていた。
「どうしたんですかって…心配しましたよ!」
玲於も言葉が出なかったが、寧音先輩が無事であることを確認したことで重見天日、心がフワッと浮くような安心感が心を満たした。
「心配って…」
それでも困惑したような表情を浮かべる寧音先輩を見て、怜於の脳内に一つの仮説が浮かぶ。
「寧音先輩は、ここに連れ込まれたんですか?」
「連れ込まれ…?何を言っているんですか?」
彼女の表情に現れていた困惑が深まって、怪訝そうに、そう聞き返した。
「あの…じゃあ寧音さん、これも知らないんですか?」
恐る恐る、といった風情で先生がスマホの画面を寧音先輩に見せた。
その表情にあった濃い困惑が薄れ、明らかに混乱しています、と言わんばかりにスマホの画面を凝視し、口が半開きになっている。
「えっ…これって」
「寧音先輩のことですよ」
-反社会組織“橘”、真桜生を人質としたと発表。
速報のネット記事の画面を見て、寧音の表情に微かな怯えが混じった。
「で、でも…私は人質になんて」
「現に今、軟禁されてるじゃないですか」
「それは…確かに“しばらくここにいろ”とは言われましたが…」
でも軟禁では無いんです、と自棄っぽく言い張る寧音先輩に、玲於と水科先生は顔を見合わせた。
「…取り敢えず、ここを出ましょうか。色々話を聞かないといけないですし…何より、廻さんが心配です」
「…何があったんですか」
未だに理解できない、という表情を作る寧音先輩を急かす。
「じゃあ先輩は…自分が人質となっているのを知らなかったんですか?」
「ええ、まぁ…」
「今は、そういうことになっているんです。だから廻さんも一緒に来て、寧音さんを助けようとしたんですが…廻さんとまだ合流できていないんです。だから、寧音さんを見つけたらできるだけ早く合流しなければ」
「でも、ここはそんな危険な場所じゃないって…」
「…」
怜於と先生は口を噤んだ。どうやら、先輩が状況を全く飲み込めていないというのは本当のようだ。
「とにかく、今はここを出ましょう」
「待ってくださいよ」
未だ困惑の色を残しながら、寧音先輩は反論した。
「今私はここで…探したいものがあるんです」
「今、すぐ必要なことですか?」
先生の質問は、状況が状況だからか、怜於もびっくりするくらい鋭い物だった。
「…そうではないと、思います」
先輩は手に持っていた古びた本を閉じ、傍らの本棚に置いて立ち上がった。
「それじゃあ、廻さんと合流しましょう。…無事だと良いのですが」
その時怜於は、その言葉はあまり深く捉えなかった。先輩が無事でいたということと、その監視体制がそこまで厳重ではなかったことが、結果的に怜於を楽観的にさせてしまったのだ。
「…まず、最初に聞きたいことがあります」
「…何ですか?」
不気味な館の外は、いい加減空が白み始めてきている。
古びた扉を開け、まず先生が寧音に問いかけた。
「寧音さんは、ここにどういう経緯で来たのですか?」
「経緯?」
「はい」
寧音先輩は、ニュースを見せられたあとでも自分が「人質」となっていたことを中々認めなかった。怜於と先生が彼女のために何をしたか、というのを話すと流石に渋々ながらその事実を受け入れたが、それでもなぜ先輩が強情なまでにその事実を受け入れなかった、その理由が知りたい。
あんな場所に一人でいて、である。
「私はただ…ある本を探したくて」
「本?」
怜於は思わず聞き返した。―あまりにも、今の切羽詰まった雰囲気とは対照的な単語だったからだ。
「ええ、なんでも真桜大学に関するもので…」
「待って」
三人の先頭に立って足早に館から離れようとする水科先生が足を止めた。
「それって…“星の”」
「はい。“星の真桜学園”、という本です。広報部にあった本なのですが…あまりに黒塗りが多かったのと、つい最近失くしてしまって」
刹那の沈黙が降りた。怜於は思わず水科先生の方を向くが、怜於の位置からは先生の表情は窺い知れない。
「だから、その本を探してここまで…」
ザッ…
二人はピタリと会話を止めた。
鳥の鳴き声一つ聞こえないこの場所で、不気味な足音が響く。
「…怜於」
「…め、廻?」
横から現れたのは、さながら亡霊。
廻だった。
「廻さん!無事でしたか!」
「そりゃそうでしょ…丁半博打に命は賭けないよ」
苦笑いを浮かべながら三人に近づいてきた。
「ちゃんと見つかったんだね、人質」
「廻さんも私が人質にされていたと思っていたんですか?」
「違うんですか?」
「…ここに来たのはあくまで私の意志ですから…」
頑固にそれを言い張る寧音に、
「人質だって公表されたら人質でしょ…結果的には利用されそうになってるわけだし」
廻がバッサリ切り捨てた。
「まぁ…申し訳ないと思ってます」
「…とにかく、これで全員無事に揃いました。まずはそれを祝いたいところですが…まずは大阪を脱出すること。それが大事です。…寧音さん、詳しい話はそれから聞きましょうか」
全員が頷き、寧音もこくりと頷いた。
―誰だ!!
―それを合図としたかのように、白い空に怒号が響いた。
反射的に全員が声の方向を振り向く。
「バレた…?」
廻の呟きに、先生が首を横に振った。
「…どうやら違うようですが」
薄っすらと、人影が二つ見える。
「誰でしょうか?」
寧音の呟きに三人の視線が横に注がれた。
確かによく見れば、大小二つの人影がある。怜於もよく目を凝らした。
―え?
「…あれは」
その姿形がよく見えなくても、怜於には分かった。
―怜於さん?大丈夫ですか?」
という先生の声を聞いたかどうか。
「怜於?」
廻も一瞬置いて、怜於の後を駆け出した。
「m!」
そういうみっともない声が自分の物だったのは覚えている。
―なんで、自分が突然も突然、あんな愚行に走ったのかは分からなかった。少なくとも、その時には。
―うっ!
呻いたのは自分か、はたまた誰だっただろうか。
衝撃と大音響、そして再び響いたうめき声に、怜於の意識は暗転した。
ちょっとリアルで事故が起きちゃいまして、来週の投稿は多分できないと思います。
何しろ、創作活動に結構大事な場所をやっちまいまして…
パソコンに向き合っているのもかなり辛い状態なので。
次かその次くらいには区切り付けたいですね。(この前聞かれましたが、完結まではまだまだデスヨ)




