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二話

今日一日ずっと書いてました。

テスト勉強すっぽかして。

寿司打やって。

同じ部活に入るとは言いつつ、どこに入るのかは廻も決めていなかったらしい。

「どうしようか…」

「…え、決めてなかったの?自分で言い出したのに?」

「…うん」

怜於は呆れて、廻に背を向ける。

「で、どこか行きたいところはある?」

「…無いって言ったよな?」

 廻は笑顔を浮かべながら、肩をすくめる。「悩ましいよなー」

 廊下で笑いあっていると、一人の先輩が声をかけてきた。後輩に対してなのに恐る恐る、という感じだ。ちなみに、先輩かどうかは指定靴の色で分かる。

「…部活見学ですか?」

「…ああ、うん。…あっ!…そうです」

ため口が出てしまったのを急いで繕う廻に、些か緊張が解れたのか。

「…じゃあ、私の部活に来てみませんか?きっと気に入るとは思うんです。…あ、他に入る予定があるなら良いですけど」

 この低姿勢はどういう事情から出てくるのだろう、と思いながら、

「はい!じゃあお相伴に預かります!」

「…違くない?その言葉の使い方」

「ありがとうございます…!」

 廻の元気良い点頭で、引きずられるようにその先輩についていった。


 そこで出会ったのは、‘広報部’という部活。

「…え、これって部活動とは別の枠組みなんじゃ…」

「いえ、そういうわけでは…部活動として、こういう仕事をやっているんです」

「へぇー、楽しそう」

本棚を潰そうと言わんばかりに綺麗に積み上げられた本を眺めて、満面の笑みで廻は部室を歩き回る。

「部員は何人なんですか?」

 怜於は先輩に問いかける。と、廻の楽しそうな姿を見て少し笑っていた先輩の表情が、分かりやすく曇る。

「…私一人です」

「え、じゃあ一人で広報の仕事をしてるの…しているんですか?」

「ええ。…とても一人じゃできない仕事もあるから、最近はあまり成果を上げられていないのですけどね」

「…失礼ですけど、それで部活として成り立っているんですか?」

「決して、充分に成り立っていると言うつもりはないのですが…そもそもこの学校自体の知名度が高いので、あまり需要がないというか…それと」

 先輩はさらに情けない表情になる。

「…顧問の先生が、色々とサポートしてくださっているのですけど、そのご協力が大きすぎるというか…先生一人でこの部活が成り立ってしまっているというか」

「すごい人だね…じゃなくて、すごい人ですね、その先生は」

いい加減、廻はですます口調に慣れないのだろうか?彼は余程、丁寧語というのを使っていないものと見ゆる。

「ええ。すごい人なのですけど…私に仕事が回ってこないんです」

「…普段は、どんなことをなさっているんですか?」

「先生は、いつも方々からくる学校のお得意様と話したり…あとは、たまにですけどポスターなどを」

「先輩はなにをしているんですか?」

ようやく丁寧語を最初から使えるようになった廻が先輩に問う。その質問にも、先輩はさらに表情を曇らせる。

「…手伝いをしようとしても、いつもいいから、と仰って…だから、仕方なくここで本を読んでいるんです」

「へぇ、本を読む部活かぁ…」

「馬鹿、違う」

「分かってるって。もしも入ったら僕たちはしっかりと働くことになるんでしょ?」

「…」

この状況で、「もし入ったら」の話をしてしまえば、もはや怜於たちの行く道は決まってしまう。が、それを堂々と廻は口にした。先輩は口を噤んでいるが、しかしこれで入らなかったら相当気まずい思いをすることになるかもしれない。現に今、怜於は気まずく思っている。

「…色々大変そうですが、僕たちもその力となれたら嬉しく思います」

 半ば自棄になってそう言った。まあ、別に、他に行きたい部活があったわけでもないので、これはこれで良かったのかもしれない…。



 そんな軽い動機で入った広報部も、今では結構良い感じに生活になじんでいる。

「怜於、そっちの本取って」

「…いい加減本読むの止めない…?」

基本的に毎日部活はあるが、今日の廻はここ一時間くらいずっと本を読んでいる。

「えー、だって面白いんだもん、ここにある本。たくさんあるから飽きないし」

「仕事やれよ」

「えー」

 怜於と廻を除く、唯一の広報部員である三嶋(みしま)寧音(しずね)がこの部室にいないからできる話である。

「そういや、寧音先輩はどこに行ってるの?」

「馬鹿、お前昨日の話聞いてなかったのか…?」

「…いや、あの時はその…計画について色々と考えてたんだ」

「嘘つけ、絶対聞いてなかったんだろ…あんなに気合のこもった眼差しで頷いてたのにな」

「…うーん」

「寧音先輩は昨日の夜から大学に行ってるんだよ」

「あ、思い出した。西の大学に行ってるんだよね?」

「ああ、そうだ」

 西の大学―というのは、少し説明が必要だ。

 全国各地に多数の幼稚園小学校中学校高校を持っている真桜学園ではあるが、大学は関東と関西に一つずつ、合計二校しかないのだ。東にある大学は国立真桜学校、そして西にあるのは、

「私立聖フェロメナ大学院か…。遠いところまで何しに行ったんだろ」

「…お前、それも言ってたぞ」

「…あ、思い出した。今度の文化祭の打合せか」

「そう」

 毎年行われる、真桜祭。一般からの参加も可能な、超大規模な学園祭である。その規模の大きさゆえに、毎年文化祭の直後から次の文化祭の検討を始めている。当然、全国の学園校とのコミュニケーションを取るためにはネットを使っているが、しかし東と西、つまり真桜学校と聖フェロメナ学院の連携は、校長同士が顔を合わせた方が都合がいい。

 なので、広報部である寧音が、東の、言わば使者を担っているのだ。

「大役だよなー、学園祭のセッティングを任されるなんて」

「セッティングをしてるわけじゃないが…でも、大役なのはそうだよな。寧音先輩はやっぱり優秀だよ」

「ホントだよなー、僕がポンコツでもよく働いて、大活躍してるし」

「…」

 これには怜於も黙らざるを得ない。

 ポンコツ、サボっているのは廻だけではないのだ。

 無論、全力を尽くしてやれることをやっているはずだが、それでも寧音先輩は優秀な人で、顧問の先生が、怜於たちが入部したときに変わってしまった後でも、その代役以上の働きをしているのだ。その優秀さの前には、自分の熱心な働きも霞んでしまう。

 しかも廻も決して怠惰を貫いているわけではない。

 普段なかなかやる気を見せず、今現にこうしてソファでだらけている廻も、いざ働くときは怜於以上の働きっぷりを見せる。

 その豹変っぷりには、怜於もびっくりしたものだ。思えば彼はいつも自分より成績がいい。

「じゃ、怜於は何してるの?先輩が大仕事してる間なんだから、僕もサボってられないね」

「…部屋の、整理だよ」

怜於は、広報部という小さな部活には不似合いな、地元の中学校の教室ほどの広さを持つ部室を見回す。そこには、世も末という感じで本が散乱している。

「先輩が帰ってくるまでには片づけておかないと」

「えー、めんどくさい」

「廻っ!働け!片付かないと先輩がキレるぞ!」

 一度、普段は落ち着いている先輩がキレかかったことがある。あまりに部屋が汚すぎて、自分の読みたい本が見つからず、一喝して怜於と廻に掃除させた。

「あれは怖かったよなぁ…でもあれ、先輩が散らかしたんじゃ」

「言うなよ、それ以上は」

「…分かってるって」

渋々の体で、廻はソファからずり落ち、棚の上に無造作に置かれた本たちを仕分け始める。「こんなたくさんの本、どうやって仕事に生かすんだろうね」

「さぁね、先輩の仕事を全部把握してないから分からないけど」

怜於は本を分類ごとに並べ替えながら続ける。

「先輩って、広報部のポスターも書いてるだろ?校内の」

「ああ、そうだね。よくわからない話題を特集してたりするけど」

「そのネタに…使うにしてもこんなにたくさんの本はいらないよな」

「図書室の在庫処分場だったり?」

「かもな」

 思えば、散らかっている本のほとんどがボロボロである。今年の広辞苑(これこそ何のために使っているのかわからないが)なんかは比較的綺麗ではあるが、そのほかの本はかなり古い。表紙が黄ばんでいるのも少なくない。

「…いつになったら、終わるんだろうな」

教室ほどの広さの部屋全体に散らばる、大量の本たちを、今日中に整頓しなければならない。窓からは夕日が差している。



「おはようございまーす」

「遅い!廻!」

 担任の教師である、光吉(みつよし)誠人(まこと)先生が怒鳴る。遅刻してきた廻を光吉先生が怒鳴るのは、もはや日常風景になってきた。五十を過ぎた光吉先生が、毎朝廻が遅刻するがゆえに怒鳴らないといけないのが可哀そうになってくる。

「えー、起立」

びっくりするくらい早い切り替えで、光吉先生が挨拶の号令をかける。

「おはようございます」

「「おはようございます」」

ガタガタと無秩序な音を立てて、三十人のクラスメイトは着席する。

「早速だが、昨日の定期試験のテスト返しを行いたいと思う」

「「えーーー」」

 怜於も、殆どのクラスメイトと同じ気持ちで、えーーー、と言った。

 確かに、昨日一か月に一回ある定期試験は行われた。行われたが、それにしてもテストの返却が早すぎはしないか?

「先生、まだ授業始まってないです。僕トイレ行きたいですし」

 怜於と同じ外部編入生の一人、岡崎晴海が手を上げて発言する。

「…そうか、じゃあ十分後にテスト返却を始める。トイレ行ってきたい人は行っておいで」

 光吉先生がそう言うと、急に教室が騒がしくなり、バラバラと席を立つ人が増えていく。

「怜於、おはよう」

「うん」

 いつものことなので、顔も上げずに答えた。だから、廻の顔がいつもと大きく違っていることにも気づかなかった。

「うんじゃなくて!聞いてくれ、怜於!」

「お、おう、何だ」

廻が怜於の肩を揺さぶってようやく、怜於は廻のただならぬ表情に気づいた。

「一体どうしたんだ」

「今日テストが返されるって!」

 数瞬、置いた。

 そして静かに、廻の顔を見返した。

「…だから、どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたも!まだ心の準備が整ってないんだよ!どうすればいいんだ⁉」

「知るか、少なくとも俺は知らない」

「えー、ケチ」

「何がだよ」

「大体、そんな切羽詰まった表情でつまらないこと言われたら大体の人が無言で顔を殴りたくなるって…」

「それだけじゃないんだよ!もっと大事なことがあるんだ!」

「…何だよ」

「まだ部室が片付いてないんだ!」


 放課後。

 広報部室には、夕日の照らす部屋をせっせと片付ける二人がいた。

「片付いてないことくらい知ってるよ!大体お前が真面目にやらないからだろ!」

「そんなこと言ったって…正直面倒なんだもん」

「ったく…」

全く終わる算段が付かない。未だに、半分も片付いていない状態で散らかっている。

「あー、誰か来てくれないかなー」

「他力本願だろそんなの…。少しは自分でなんとかするということを考えろよ」

 怜於がそう言った時、部室のドアが開いた。

「失礼します」

「…!」

 扉が開き、そこにいたのは背が高く、眼鏡をかけた女子。先輩。

 とても優秀で、定期試験でもトップを争う成績だそうだ。

 穏やかな生活で、いつだって礼儀正しく、接していて息苦しくなるほど、丁寧な態度。

…だが、本人は決して認めないが、壊滅的なほどに片づけ、整理能力に欠如している。

 その結果が、この荒れ果てた部室である。

…その上、一度感情が激すると、ちょっと止められない。

寧音先輩が、そこには立っていた。


 その顔に、怖いほど感情は見られなかった。


平和ですね。

暫く、平和パートと動乱パートを織り交ぜて書いていきたいと思ってたんですが…

これは、平和ですね。

十割、平和ですね。

十割そば食べたいですね。

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