十九話
ちょっと過激かもしれないです。
―政府上層―
「どういうことだ?」
「申し訳ございませんでした!こちらも情報の裏付けを取ってから伝えるべきでした…」
総理大臣に平謝りしているのは、総理大臣秘書、田村明華。
先日、世間に広まっていた「反社会組織が交通網を攻撃」という情報を鵜呑みにしたことは、流石の彼女でも反省した。その失態によって、一時全国の公共交通機関に支障が出て、各地で混乱が起きたのも事実だからだ。
「…まぁ、今の情勢を鑑みるにその失敗は大きなものではない、か…。」
失敗をした身、言葉にして同意は出来ないがそれもその通りである。
噂に触発されたのか呼応したのか、関東圏で交番の襲撃など暴動が起きたのを始めとし、大阪で反社会組織が蜂起―それもかなりの規模で―し、大阪の要所を現在進行形で制圧している。
現状総理自身対話を望む姿勢を崩していないが、総理その人の内心は、相当荒れている。
(このまま横暴を続ける相手に対話など通じるのか…?いつまでも甘い態度でいたら国民からの非難を受けるだろう…。しかし相手はあの岩上空…。対等な対話が果たして現実的なのか…?)
という思考もあるが、
(何が橘…!我らの軍の示威も兼ねて武力で完全制圧してくれる…!)
という過激な思想が総理の心の奥底で目を覚まそうとしているのも事実。
そして、現状日本国は世界有数の“軍”を保有しているのも、また事実。
「…何をするのにも自由になれない世の中だな…」
「…」
ともすれば心を壊してしまいそうな気配を見せる総理に、明華がかけられる言葉など無い。
「ほんっと、困っちゃう」
「仕方ないよ~、そういうご時世なんだから」
明華の同僚は、明華の愚痴にいつも付き合ってくれる。
「全国民の意思を肩代わりする総理たる者、こんなときにこそビシッ!と決断してほしいんだけれど…」
「総理は総理でも、同じ人間だから…。中々決断難しいでしょうよ」
確かに難しい決断だよな、とは明華自身感じている。「まぁ…」と言いながら、ストレートの黒髪を撫でる。「迷ってる間にも事態は進んでしまってるんだし…」
チラリ、とテレビを見る。大阪であちらこちらから火の手が上がっている様子が映し出されている。
「早くこんな“非常事態”、終わればいいのに…」
間もなく総理大臣の記者会見が行われる。否が応でも、そこで事態は動き出す。
「本日、我々政府としての今後の方針を決定いたしました」
記者たちの間で、小さなどよめきが生まれる。
「日本政府は、大阪にて小戦闘を繰り返し、“内乱”と認められる一連の組織、“橘”に対し、強硬な措置を取ることとします」
どよめきの波は、さらに大きくなる。一人の記者が、「強硬な措置とはどんな措置なのでしょうか!」と挙手、発言した。
「―現在“橘”は大阪にて軍事行動を起こしている他、地方の各地でも動揺の暴動を起こしております」
その静かな言葉に記者たちは何かを感じたのだろうか、空気が凍り付いた。
「…我々日本政府としては、引き続き対話を求める方針は変えませんが…」
続く言葉を、その場にいる全ての人が息を呑んで聞いた。
「これ以上人道に反する行いを続ける場合は、断固とした措置を講じると約束いたします」
刹那フラッシュが盛大に焚かれ、波起こるようにその場がどよめく。
その様子を見て、明華は溜め息をついた。
時を同じくして、神田家。
日本全国に根を張る”真桜学園”―。
この盟主、真桜大学の校長にあたる神田通泰を大黒柱とする3人家族である。その息子は、真桜学園共通の試験の数々にて堂々たる成績を残す、神田倫成。
真桜学園にて盤石な成績を残すということは、日本全国という視点で見ても有数の天才ということだ。
ただ、その母親は倫成が幼い頃に早世してしまっており、加えて何かと多忙な父親も家庭団欒を紡ぐことなどできない。
今、神田家には長男倫成と、お手伝いさんの二人が住んでいる。
「…大阪で結構な戦闘が起きているそうですね」
メイド服がこうなったのはいつの時代からだったのだろうか。使用人というのはいつの時代も存在していただろうが、この服を着ていた使用人が、果たして現実世界にいたのだろうか。
既に廃れた文化となったメイド服は、神田家では脈々と生き続けている。勿論彼女の希望ではなく、父通泰の趣味である。
「…争いは、いつの時代にも遍在してるだろう」
「そのために人類の歴史を学んでいたんでしょうけど」
この使用人、雇用主たる通泰がいないときには砕けた態度になる。
倫成も、十八歳の彼女のその態度を容認している。
「月島はどう思うんだ?」
月島真衣。神田家の使用人である。その業務はとても凡人に務まるものではない筈たが、彼女はそれを平然とやってのける。
五年前から神田家は新規使用人を探し始めたが、通泰の妙な性癖のせいで三、四年もの間、神田家の求める力量を持つ者は現れなかった。
通泰も頭を抱えていたから、去年綺羅星の如く現れた当時十七歳の真衣が、厳しい数々の選考を潜り抜けた時は彼も歓喜した。
煩雑な業務の悉くが必要なくなったのだから。当然、彼女の才気は雑務の範囲に限られたものではない。
「…中々、油断は出来ない人でしょう」
「“王”って奴が、か?」
頷き、彼女は席を立った。
「では、お任せしても宜しいですか?」
「ん」
通泰が居ないときの家事は、倫成が行うのが習慣である。
通泰は絶対に認めないが、これは倫成の希望だ。
「東京にいてもあんまり実感ないよな、この“内戦”」
「じゃあ、今から大阪に行ってみます?」
くそ真面目な顔で言われ、倫成は流石に「冗談やめてくれ」と行った。聞けば大阪は既に戦場と化しているという。逃亡する人で周辺の地域まで混乱していることまで考えると、「余程の馬鹿じゃなきゃ、そんな事しない」
「第一、後々親父に叱られるだろ、そんなこと」
「冗談です。ですがまぁ」
真衣はふと視線を窓に向けた。
「…近々、ここを離れることにはなるでしょうけど」
「…なんか言ったか?」
「いえ」
「逃げろ!もうここは危険だ!」
「どこに⁉」
「とにかくできるだけ離れた場所に!」
人の大洪水が、突如として大阪に現れた。
「押さないでください!落ち着いてください!皆さんどうか落ち着いて…!」
「うるせぇ!」
各々が持った漠然とした不安は、SNSなどによって急速に真実味を帯びたものになり、混乱が生まれ、更なる混乱を生んだ。
―そこからは、誰にも止められない負の連鎖だ。
「大変だ!新幹線が止まったらしいぞ!」
「え!⁉」
例えそれが“誤報”でも、恐慌に一度陥った大衆がそれに踊らない筈が無いのだ。
「どうやって帰ればいいんだ!」
「タクシーは⁉」
「大阪周辺の道路が使えないらしいぞ!」
「じゃあ…脱出できないってこと…?」
「いや、まだ海路がある!」
各々が各々の利益のために動き、事態はさらに悪い方向へと進んでいく。
「おい!どけ!」
「そっちがどけばいいだろ!」
人が満足に歩くこともできないほどの混雑。そしてそこに―
「戦車⁉」
「おい早く逃げろ!」
「全員死ぬぞー!」
一人の男が躓いた。満足に歩くことさえ出来ないこの中で、後ろから押されればどうなるか。
「きゃあぁぁ!」
「わあぁぁ!」
「ちょっ…!」
闇に包まれた大都会。そこに響く断末魔。現れる黒い無慈悲な鉄の塊。広がるパニック。ドミノが倒れ、弱い命が音を立てて潰されていく。
それを目の当たりにして、恐怖に震える者がいた。




